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ヨハネ14:1-14「父の家」

◇2020年2月24日(月)

●ヨハネ14:1-14「父の家」

14:1 「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。
14:2 わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。
14:3 行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。


●黙想
心騒いでいませんか。
弟子たちはイエス様がどこにいくか分からず、心騒ぎ、不安になります。
先行き(道)が分からないと心が騒ぎます。

イエス様は先に歩まれ、場所を用意し、戻ってきて、
その場所に迎え入れ、一緒にいてくださるお方です。
その場所とは、父の家(神の国・天国)です。

神を信じ、
道であり、真理であり、命であるイエス様を信じ、
御言葉と聖霊にナビゲートされながら歩む人は幸いです。
今日も祝福がありますように。byバルナバNextヨハネ14:15-24
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ヨハネ13:31-38「愛」

◇2020年2月23日(日)

●ヨハネ13:31-38「愛」
13:34 あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。
13:35 互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」

●黙想
イエス様は弟子たちに新しい掟を与えます。
古い掟は、主を愛し、隣人を自分のように愛することでした。
新しい掟は、主が愛されたように、互いに愛し合うことです。

主は弟子たちをこの上なく愛しました。
しかし、弟子たちは、この愛を理解していません。
命を捨てるほどの愛。
これが神の愛です。
この愛に気づき、主が愛されたように、互いに愛し合う。
それが神の御心です。

今日は日曜日です。
主に愛され、自分を愛し、隣人を愛し、互いに愛し合う人は幸いです。
今日も祝福がありますように。byバルナバNextヨハネ14:1-14

ヨハネ13:21-30「心を守る」

◇2020年2月22日(土)

●ヨハネ13:21-30「心を守る」

13:30 ユダはパン切れを受け取ると、すぐ出て行った。夜であった。

●黙想
心と体と人生は連動しています。

サタンはユダの心にイエスを裏切る考えを抱かせ(13:2)、
ユダの心に入り(13:27)、ユダはイエスの元を去っていきます。

弟子たちは、ユダの心(考え)もサタンの動きにも気づかずにいます。
しかし、イエス様は知っており、ヨハネも後で分かるようになります。

心は命の源です。
心(命)を制するものが人生を制します。
主は、私たちの心に神の考え(御心)を抱かせ、
私たちの心を制してくださるお方です。

主と主の言葉によって心を守り、身も心も魂(人生)も、健やかでありますように。
御名によって祝福します。byバルナバNextヨハネ13:31-38

ヨハネ13:12-20「互いに」

◇2020年2月21日(金)

●ヨハネ13:12-20「互いに」

13:14 ところで、主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。
13:15 わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである。

●黙想
神の国では、仕える人が偉い人です。

弟子たちの中には、誰が一番偉いのかと競い合う心がありました。
イエス様は答えます。
「いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。
人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、
また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように。」(マタイ20:27)。

イエス様は弟子たちの足を洗い、仕える模範を示されたのです。
イエス様に愛されたように、
互いに愛し合い、仕え合い、支え合い、助け合い、祈り合う。
これが神の国(教会)です。
「このことがわかり、そのとおりに実行するなら、幸いである」(13:7)。
今日も祝福がありますように。byバルナバNextヨハネ13:21-30
http://bethelshimizu.blog96.fc2.com/blog-entry-249.html

ヨハネ13:1-11「後で分かる」

◇2020年2月20日(金)

●ヨハネ13:1-11「後で分かる」

13:6 シモン・ペトロのところに来ると、ペトロは、「主よ、あなたがわたしの足を洗ってくださるのですか」と言った。
13:7 イエスは答えて、「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」と言われた。

●黙想
「後で、分かるようになる」。
私の座右の銘です。

イエス様は弟子たちこの上なく愛し、弟子たちの足を洗い、十字架にかかられました。
ペトロには、さっぱり意味が分かりませんでした。

神様がなされたこと、なされることは、後で分かるようになります。
神の愛、神の御業、神の計画、神の御心は、
今は分からなくても、後で分かるようになります。

「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。
私はそれであなたのおきてを学びました。」(詩編119:71・新改訳)。
この詩人も、後で分かった人です。
この上なく主に愛されている人は幸いです。
今日も祝福がありますように。byバルナバNextヨハネ13:12-20

ヨハネ12:37-50「世の光」

◇2020年2月19日(木)

●ヨハネ12:37-50「世の光」

12:44 イエスは叫んで、こう言われた。「わたしを信じる者は、わたしを信じるのではなくて、わたしを遣わされた方を信じるのである。
12:45 わたしを見る者は、わたしを遣わされた方を見るのである。
12:46 わたしを信じる者が、だれも暗闇の中にとどまることのないように、わたしは光として世に来た。


●黙想
イエス様と出会うことは、神様と出会うことであり、
イエス様を見ることは、神様を見ることです。

イエス様は神様であり、
イエス様を信じる人は神様を信じる人です。

イエス様は世の光、命の光です。
イエス様を信じる人は、暗闇の中に留まることはありません。
イエス様が道の光となって、人生の歩みを照らし、導いてくれるからです。

今日も神様と一緒に出発信仰!
祝福がありますように。byバルナバNextヨハネ13:1-11

ヨハネ12:20-36「一粒の麦」

◇2020年2月18日(火)

●ヨハネ12:20-36「一粒の麦」

12:24 はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。

●黙想
有名な御言葉です。
一粒の麦は地に落ち、無数の実を結びます。

キリストは、私たちを愛し、命を捨ててくださいました。
ここに神の愛があります。

「イエスは、わたしたちのために、命を捨ててくださいました。そのことによって、わたしたちは愛を知りました。だから、わたしたちも兄弟のために命を捨てるべきです。」(一ヨハネ3:16)。

命を捨てるとは、愛することと同義語です。
愛は犠牲を伴うからです。

一粒のままで終わる(愛さないこと)は、御心ではありません。
主があなたを愛されたように、互いに愛し合い、多くの実が結ばれますように。
御名によって祝福します。byバルナバNextヨハネ12:37-50

ヨハネ12:12-19「聖書」

◇2020年2月17日(月)

●ヨハネ12:12-19「聖書」

12:16 弟子たちは最初これらのことが分からなかったが、イエスが栄光を受けられたとき、それがイエスについて書かれたものであり、人々がそのとおりにイエスにしたということを思い出した。

●黙想
聖書の世界は現実の世界と関連しています。

弟子たちは、聖書(ゼカリヤ書)に書かれていた預言と、
今、目の前で起きている出来事とが、結びついていませんでした。

しかし、イエス様が栄光を受けられた時、
聖書の世界が現実の世界に実現していることに気が付いたのです。

聖書の世界はリアルです。
御言葉を黙想する人は、聖書の世界をリアルに体験するようになります。

後になればなるほどよく分かる。
それがQTの醍醐味です。
今日も祝福がありますように。byバルナバNextヨハネ12:20-36

ヨハネ12:1-11「香り」

◇2020年2月16日(日)

●ヨハネ12:1-11「香り」

12:3 そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。
12:4 弟子の一人で、後にイエスを裏切るイスカリオテのユダが言った。
12:5 「なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人々に施さなかったのか。


●黙想
神の愛は理性や常識を超えます。

マリアは高価なナルドの香油の壺を砕き、イエス様の足に塗りました。
理性的、常識的に考えれば、マリアの行為は無駄(浪費)であり、ユダの主張も一理あります。

神の愛は理性を超える愛です。
あなたの罪を拭う(贖う)ために、キリストは死なれました。
ここに神の愛があります。

マリアは、この愛を体験し、惜しみなく捧げたのです。
教会は神の愛を体験し、愛の香りが漂う場所です。

今日は日曜日です。
ベテル清水教会は、創立16周年を迎えます。
主の愛を受け、主を愛し、互いに愛し合い、
理性を超えたキリストの愛の香りが、家庭にも、社会にも漂っていきますように。
御名によって祝福します。byバルナバ
Nextヨハネ12:12-19

ヨハネ11:45-57「告白と告発」

◇2020年2月15日(土)

●ヨハネ11:45-57「告白と告発」

11:45 マリアのところに来て、イエスのなさったことを目撃したユダヤ人の多くは、イエスを信じた。
11:46 しかし、中には、ファリサイ派の人々のもとへ行き、イエスのなさったことを告げる者もいた。

●黙想
「告白」と「告発」は、生(救い)と死(裁き)の分岐点です。

「イエスのなさったこと」(ラザロの蘇り)を目撃した人々は、
イエスを信じる者と信じない者に分かれました。

信じない者は、敵(ファリサイ派)の陣営に行き、
イエスのしたことを告発しました。

サタンは告発者です。
人間の罪を告発し、死と裁きと滅びに向かわせます。

ファリサイ派の人々は、イエスの罪(冒涜罪)ローマに告発し、十字架で処刑するのです。
サタンは人間を神に敵対させ、死と裁きと滅びに至らせることが目的です。

しかし、イエス様は、人間を神と和解させ、命と赦しと救いに至らせるために、
人間の罪を背負って、十字架の道を歩まれたのです。

イエスのなさったこと(十字架)を見上げ、信仰告白する人は幸いです。
今日も祝福がありますように。byバルナバ
Nextヨハネ12:1-11

ヨハネ11:38-44「神の栄光」

◇2020年2月14日(金)

●ヨハネ11:38-44「神の栄光」

11:40 イエスは、「もし信じるなら、神の栄光が見られると、言っておいたではないか」と言われた。

●黙想
主を信じる人は、神の栄光を見ます。
神の栄光とは、神の御業が現わされることです。

ラザロは死んで四日も経っていました。
イエス様は祈ります。
「父よ、わたしの願いを聞き入れてくださって感謝します。
わたしの願いをいつも聞いてくださることを、わたしは知っています。
しかし、わたしがこう言うのは、周りにいる群衆のためです。
あなたがわたしをお遣わしになったことを、彼らに信じさせるためです。」。

そして、「ラザロよ、出てきなさい」と叫ばれると、ラザロは墓から出てきたのです。
この後、イエスを信じていたマルタとマリアの家に来て、
神の御業を目撃した人も、イエスを信じるようになるのです。

教会は神の栄光が現れるところです。
主は今も生きて働いています。
神の栄光があなたの上に現され、
あなたの周りにいる人々も、主の御名を崇め、信じる者となりますように。
御名によって祝福します。byバルナバ
Nextヨハネ11:45-57

ヨハネ11:17-37「復活と命」

◇2020年2月13日(木)

●ヨハネ11:17-37「復活と命」

11:25 イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。
11:26 生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」
11:27 マルタは言った。「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております。」


●黙想
イエス様は神の子、メシア(救い主)です。

弟を亡くし、悲しみにくれるマルタは、
主の言葉を聞き、「わたしは信じております」と告白しました。

「死んでも生きる」とは、「復活」を意味します。
「決して死ぬことはない」とは、「命」を意味します。

イエス様は復活であり、命です。
イエス様を信じる人は、たとえ死んでも復活し、
裁かれることなく、天国(神の国)が約束されているのです。

また、生きていてイエス様を信じる人は、
今も生きておられる神様の不思議な御業を経験します。

信じる者に与えられる命(永遠の命)は、
決して死ぬことも、奪われることもありません。

復活であり、命であるイエス様を信じ、永遠に神と共に生きる人。
それがクリスチャンです。
今日も祝福がありますように。byバルナバ
Nextヨハネ11:38-44

ヨハネ11:1-16「栄光」

◇2020年2月12日(水)

●ヨハネ11:1-16「栄光」

11:3 姉妹たちはイエスのもとに人をやって、「主よ、あなたの愛しておられる者が病気なのです」と言わせた。
11:4 イエスは、それを聞いて言われた。「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである。」


●黙想
主を愛していますか。
主を愛するとは、主を慕い求めることです。

病気のラザロも、その姉たちも、主を愛していました。
主を愛する人は、マイナスはマイナスで終わりません。
神の栄光が現れ、御名を崇め、神に栄光にあれ!と讃美する日が訪れます。

死はマイナスの極みです。
主はラザロを蘇らせ、死で終わらない世界(復活)があることを示されたのです。

主を愛し、主を慕い求める人は、
人生にどんなマイナス的な出来事が襲っても、
万事は益に変えられ、マイナスはマイナスで終わりません。

「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしは知っています。」(ローマ8:11)。
今日も祝福がありますように。byバルナバ
Nextヨハネ11:17-37

ヨハネ10:31-42「父の業」

◇2020年2月11日(火)

●ヨハネ10:31-42「父の業」

10:37 もし、わたしが父の業を行っていないのであれば、わたしを信じなくてもよい。
10:38 しかし、行っているのであれば、わたしを信じなくても、その業を信じなさい。そうすれば、父がわたしの内におられ、わたしが父の内にいることを、あなたたちは知り、また悟るだろう。」


●黙想
論より証拠です。

イエス様の教えと行動には、父(神)の御業(しるし)が伴いました。
彼らは、そのしるしを見て、「ヨハネは何のしるしも行わなかったが、
彼がこの方について話したことは、すべて本当だった。」と言って、イエス様を信じたのです。

イエス様の内に父(神)がおられるように、
イエス様を信じる者の内には、主が共におられるのです。

あなたの人生に神の御業が伴い、
あなたが話すことを通し、神があなたの内におられることを知り、
悟る人が起こされますように。御名によって祝福します。byバルナバ
Nextヨハネ11:1-16

ヨハネ10:22-30「神の羊」

◇2020年2月10日(月)

●ヨハネ10:22-30「神の羊」

10:27 わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。
10:28 わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。

●黙想
イエス様は「わたしと父は一つである」(30節)と言いました。
これは「わたしはある」と言われたのと同じです。

「わたし」=「神」であり、「羊」=「クリスチャン)です。
神は神の羊を知っており、神の羊は神に従います。
神は神の羊に永遠の命を与え、神の羊は決して滅びず、
だれも神の羊を神の手から奪うことはできません。

イエスの御名を信じ、
神の羊、神の子となる身分が与えられ、
神に導かれて生きる人は幸いです。
今日も祝福がありますように。byバルナバNextヨハネ8:48-59

ヨハネ10:11-21「良い羊飼い」

◇2020年2月9日(日)

●ヨハネ10:11-21「良い羊飼い」

10:11 わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。

●黙想
イエス様は良い羊飼いです。
良い羊飼いは、羊のことを心にかけ、
羊が狼に襲われる時、雇い人のように逃げたりせず、命がけで羊を守ります。

「心にかけるとは、共にいること、共に泣くこと、共に苦しむこと、
共に感じることであり、痛みを共にすることです。」(ヘンリーナウェン著「今日のパン、明日の糧」より)。

イエス様は、あなたのことを良く知り、心にかけておられます。
あなたと共にいて、共に泣き、共に苦しみ、共に感じ、
あなたの痛みを自分の痛みとし、あなたの罪を引き受け、命を捨ててくださったお方です。

今日は日曜日です。
良い羊飼いに導かれ、神の家で主を崇め、讃美する人は幸いです。
今日も祝福がありますように。byバルナバNextヨハネ10:22-30

ヨハネ10:1-10「羊の門」

◇2020年2月8日(土)

●ヨハネ10:1-10「羊の門」

10:9 わたしは門である。わたしを通って入る者は救われる。その人は、門を出入りして牧草を見つける。

●黙想
イエス様は羊の門であり、良い羊飼いです。
羊は羊飼いに導かれ、門を出入りし、牧草を見つけます。

私たちは羊です。
大切なことは、羊飼いの声を聞き分けることです。
主の声に聞き従う人は、イエス様を通って父の家(神の国)に入り、救われます。

ダビデは羊飼いでした。
羊の世話をしながら神を思い歌います。
「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。主はわたしを青草の原に休ませ、憩いの水のほとりに伴い、魂を生き返らせてくださる。(詩編23:1-3)。

主の声に聞き従い、主に導かれて生きる人は幸いです。
今日も祝福がありますように。byバルナバNextヨハネ10:11-21

ヨハネ9:35-40「信じます」

◇2020年2月7日(金)

●ヨハネ9:35-40「信じます」

9:38 彼が、「主よ、信じます」と言って、ひざまずくと、
9:39 イエスは言われた。「わたしがこの世に来たのは、裁くためである。こうして、見えない者は見えるようになり、見える者は見えないようになる。」


●黙想
彼(見えない者)は、再びイエス様と出会います。
最初の御業は「癒し」であり、二度目の御業は「救い」です。

彼は、しるしと不思議な御業によって、イエス様と出会い、目が開かれました。
大切なことは二度目の出会いです。
彼は、霊の目も開かれ、イエス様が人の子(救い主)であることを知り、
「主よ、信じます」とひざまずきました。

一方、ファリサイ派の人々(見える者)は、しるしと不思議な御業を見聞きし、
イエス様と出会いながらも、信じなかったのです。

「主よ、信じます」と告白し、礼拝を捧げる人は、裁かれることはありません。
霊の目が開かれ、主の前にひざまずく人は幸いです。
今日も祝福がありますように。byバルナバNextヨハネ10:1-10

ヨハネ9:13-34「目を開く」

◇2020年2月6日(木)

●ヨハネ9:13-34「目を開く」

9:30 彼は答えて言った。「あの方がどこから来られたか、あなたがたがご存じないとは、実に不思議です。あの方は、わたしの目を開けてくださったのに。

●黙想
イエス様は安息日に盲人の目を開き、癒されました。
彼は自分の身に起こった事実を語り、この後、イエス様を信じ、救いに至ります。

一方、律法学者やファリサイ派の人々は、彼の話に聞く耳をもたず、
彼を罵倒し、追い出すのです。

彼らの目は盲目でした。
ルール(安息日の規定)に目を奪われ、
見えるようになって喜んでいる彼の姿は眼中になかったのです。

愛はルール(律法)にまさります。
ルールより大切なのは愛です。
神の愛はルールに打ち勝ちました。
それがキリストの十字架による罪の赦しであり、
復活による永遠の命なのです。

イエス様を信じ、霊の目が開かれ、この事実を発見し、罪を赦され、神の愛に生きる人。
それがクリスチャンなのです。
今日も祝福がありますように。byバルナバNextヨハネ9:35-40

ヨハネ9:1-12「神の業」

◇2020年2月5日(水)

●ヨハネ9:1-12「神の業」

9:2 弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」
9:3 イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。


●黙想
過去に縛れていませんか。
イエス様に出会うと、過去の束縛から解放され、未来に希望が生まれます。

弟子たちは、生まれつき目が見えない人を見て、その原因をイエス様に尋ねます。
しかし、イエス様は「神の業がこの人に現れるため」と言われました。

「なぜ」と後ろ向きに過去の出来事や問題だけに縛られていると、未来に希望が見えません。
イエス様と出会うと、神の業が始まり、
「何のため」と前向きに過去の出来事や問題を見つめられるようになり、未来に希望が見えてきます。

過去を変えることはできませんが、未来は変わります。
主と出会い、神の業(栄光)が現れ、
過去を受け入れ、すべてに感謝し、未来に希望を抱いて生きる。
これがクリスチャンライフです。
今日も祝福がありますように。byバルナバNextヨハネ9:13-34

ヨハネ8:48-59「永遠の命」

◇2020年2月4日(火)

●ヨハネ8:48-59「永遠の命」

8:51 はっきり言っておく。わたしの言葉を守るなら、その人は決して死ぬことがない。

●黙想
主を信じる人は、主の言葉を守ります。
主を信じる人は、永遠の命が与えられます。

「死ぬことがない」と言われた「死」とは、
肉体の死ではなく、第二の死(霊的な死)です。

イエス様は言いました。
「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。
生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」(ヨハネ11:25-26)。

主と主の言葉を信じ、その言葉を守る人は幸いです。
今日も祝福がありますように。byバルナバNextヨハネ9:1-12

ヨハネ8:31-47「真理」

◇2020年2月3日(月)

●ヨハネ8:31-47「真理」

8:31 イエスは、御自分を信じたユダヤ人たちに言われた。「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。

●黙想
イエス様は真理です。

イエス様を知り、イエス様の言葉にとどまる人は、
暗闇(放縦と自己中心)の道を歩まず、光(自由と神中心)の道を歩むようになります。

前者のゴールは死と裁きであり、
後者のゴールは命と赦しです。

イエス様は言いました。
「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」(ヨハネ14:6)。

真理を知り、真理の道を歩み、真理の国に至る人。
それがキリストの弟子です。

真理(キリスト)の言葉にとどまる人は幸いです。
今日も祝福がありますように。

明日の御言葉メールはお休みします。byバルナバNextヨハネ8:48-59

ヨハネ8:21-30「わたしはある」

◇2020年2月2日(日)

●ヨハネ8:21-30「わたしはある」

8:24 だから、あなたたちは自分の罪のうちに死ぬことになると、わたしは言ったのである。『わたしはある』ということを信じないならば、あなたたちは自分の罪のうちに死ぬことになる。」

●黙想
「わたしはある」。これは神の御名です。

かつてモーセは、神から遣わされた時、
「わたしはある」という神の御名を告げられ、
神の御名を「しるし」として、民をエジプトから救い出しました。

イエス様は「わたしはある」というお方です。
神(イエス)の御名を信じない者は、自分の罪のうちに死にます。

一方、神の御名を信じる者は、永遠の命が与えられ、
裁かれることなく、死(下のもの)から命(上のもの)へと移されるのです。

今日は日曜日です。
主の御名を信じ、上のものが集まる世界(神の国・教会)で、
御名を崇め、礼拝を捧げる人は幸いです。
今日も祝福がありますように。byバルナバNextヨハネ8:31-47

ヨハネ8:12-20「命の光」

◇2020年2月1日(土)

●ヨハネ8:12-20「命の光」

8:12 イエスは再び言われた。「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」

●黙想
仮庵の祭が行われる時、金の燭台に光が灯されます。
この光は、イスラエルの民が荒れ野を旅する時、
神様が昼は雲の柱、夜は火の柱によって、
40年の旅路を導かれたことを象徴するものでした。

イエス様は世の光です。
イエス様を信じる者は、命の光を持ちます。
命の光とは、主と主の言葉です。

人生の旅路を、主と主の言葉に導かれて歩む人は、
暗闇の中を歩むことはありません。
主が共におられるおからです。
今日も祝福がありますように。byバルナバnextヨハネ8:21-30
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