FC2ブログ

レビ記27:28-34「管理者」

◇2019年10月31日(木)
●レビ記27:28-34「管理者」

27:34 以上は、主がシナイ山において、モーセを通してイスラエルの人々に示された戒めである。

●黙想
レビ記は、焼き尽くす献げ物の戒めで始まり、十分の一の献げ物の戒めで終わります。

すべては神様のものであり、所有権は神様にあります。

人は裸で生まれ、裸で去っていきます。

世にあるものはすべて、神様から預けられたものであり、

管理者である意識を持って生きることが大切です。

物やお金に支配されるのではなく、

物やお金を支配し、忠実な管理者として、

主に仕え、主のものは主にお返しする者でありますように。

御名によって祝福します。byバルナバNext:黙示録1:1-8
https://www.youtube.com/watch?v=j5Msfi6yCC4
スポンサーサイト



レビ記27:14-25「献げ物」

◇2019年10月30日(水)
●レビ記27:14-25「献げ物」

27:14 もし、自分の家屋を聖なるものとして主にささげる場合、祭司がその良し悪しを評価する。祭司がそれを評価することによって、その価は確定される。

●黙想
神殿や教会は、主に捧げられた人やもの(献身、献金、献品)の集大成です。

家や土地の一部が捧げられることもありますし、

みんなで捧げた献金で教会堂が建てられ、運営がなされています。

私たちの教会も同じです。

もっと詳しく知りたい方は、ぜひ、リビングライフをご視聴ください。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記27:28-34
https://www.youtube.com/watch?v=DfZXmX5aJbU

レビ記27:1-13「誓願」

◇2019年10月29日(火)
●レビ記27:1-13「誓願」

27:2 イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。もし、終身誓願に相当する代価を、満願の献げ物として主にささげる場合、
27:3 その相当額は二十歳から六十歳までの男子であれば、聖所のシェケルで銀五十シェケルである。

●黙想
誓願は、神様との自発的な約束です。

一つの事柄に専念することを決意し、誓願を立てます。

誓願しながら、約束を果たせない場合、年齢や性別によって相当額を代価として献げました。

これは誓願することの重みを知り、軽率な態度で誓願することを避けるためです。

何かのために、何かに向かって、真剣に祈るときがあります。

その時、代価を払う覚悟を持って、誓願し、祈る人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記27:14-25

レビ記26:40-46「契約」

◇2019年10月28日(月)
●レビ記26:40-46「契約」

26:44 それにもかかわらず、彼らが敵の国にいる間も、わたしは彼らを捨てず、退けず、彼らを滅ぼし尽くさず、彼らと結んだわたしの契約を破らない。わたしは彼らの神、主だからである。

●黙想
イスラエルの民は、主の戒めを破り、罪の罰を受けながらも反抗を続けます。

彼らは、主から七倍の罰、七倍の災いを加えられてもなお、反抗し、

ついに約束の地を追い出され、やせ衰えます。

それにもかかわらず、彼らが見捨てられなかったのは、主と結んだ契約の故です。

主は約束を守られる方です。

アブラハムと結んだ契約の確かさは、イスラエルの歴史が証明するように、

イエス・キリストと結んだ契約の確かさは、あなたの人生の中で証明されます。

主の約束に守られ、主の約束を守って生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記27:1-13

レビ記26:27-39「安息」

◇2019年10月27日(日)
●レビ記26:27-39「安息」

26:33 わたしはあなたたちを異国に追い散らし、抜き身の剣をもって後を追う。あなたたちの国は荒れ果て、町々は廃虚と化す。
26:34 国が打ち捨てられ、あなたたちが敵の国にいる間、土地は安息し、その安息を楽しむ。
26:35 土地は、打ち捨てられている間、あなたたちがかつて住んでいたころには得られなかった安息を得る。


●黙想
主は、イスラエルの民に約束の地に入ったら、その土地にも安息を与えよ、と命じました。

しかし、彼らは、主の戒めを破り、安息を失い、土地にも安息を与えませんでした。

主は安息を与えるために、彼らを追い散らし、再び土地も彼らも安息を得るように導かれたのです。

今日は日曜日です。

安息を得る日です。

主の家に帰り、安息を得て、安息を楽しみ、周りに安息を与える者となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバNext:レビ記26:40-46

レビ記26:14-26「不従順」

◇2019年10月26日(土)
●レビ記26:14-26「不従順」

26:21 それでも、まだわたしに反抗し、わたしの言葉を聞こうとしないならば、あなたたちの罪に七倍の災いを加える。

●黙想
26章は、従順と不従順の結果が明確に語られます。

主の言葉に従順する者には、祝福と幸いが加えられ、

不従順な者には、呪いと災いが加えられます。

呪いと災いは、神の懲らしめ(罰)です。

イスラエルは不従順な態度を改めず、反抗を続け、七倍の災いを身に受けます。

主が彼らを懲らしめられるのは、

彼らが罪を認め、悔い改め、主に立ち帰り、祝福と幸いが加えられる人生を回復するためです。

日々、主の言葉を聞き、祝福と幸いが加えられる人生を歩む人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記26:27-39

レビ記26:1-13「原点」

◇2019年10月25日(金)
●レビ記26:1-13「原点」

26:1 あなたたちは偶像を造ってはならない。彫像、石柱、あるいは石像を国内に建てて、それを拝んではならない。わたしはあなたたちの神、主だからである。
26:2 あなたたちはわたしの安息の日を守り、わたしの聖所を敬いなさい。わたしは主である。

●黙想
イスラエル人は、エジプトから救い出され、神に従い、祝福の道を歩んでいました。

しかし、彼らはカナンの地で、偶像を造り、拝み、聖所を汚し、呪いの道に足を踏み入れます。

人生の道を間違ったならば、原点に帰ることが大切です。

過去に戻って、やり直すことはできませんが、

原点に戻って、やり直すことはできるのです。

神様は常に祝福と呪い。

二つの道を目の前に置いておられます。

偶像を造らず、拝まず、安息日を守り、聖所を敬う人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記26:14-26

レビ記25:39-55「ヨベルの年」 

◇2019年10月24日(木)
●レビ記25:39-55「ヨベルの年」 

25:41 その時が来れば、その人もその子供も、あなたのもとを離れて、家族のもとに帰り、先祖伝来の所有地の返却を受けることができる。

●黙想
「その時」とは、ヨベルの年です。

ヨベルの年は解放と安息の年です。

その時が来れば、奴隷は解放され、負債あるものは免除され、自分の所有地に帰ることが出来ます。

福音はヨベルの年です。

イエス・キリストは、私たちに解放(自由)と安息(平安・平和)を与えるために来られたのです。

キリストは罪と死と呪いから、あなたを解放し、

罪の負債を免除し、天の故郷(神の国)に帰る道を用意してくださいました。

ヨベルの年は、恩赦の年です。

福音を信じ、キリストによる神の恩赦を受けた人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記26:1-13

レビ記25:23-38「共助、共生」

◇2019年10月23日(水)
●レビ記25:23-38「共助、共生」

25:35 もし同胞が貧しく、自分で生計を立てることができないときは、寄留者ないし滞在者を助けるようにその人を助け、共に生活できるようにしなさい。
25:36 あなたはその人から利子も利息も取ってはならない。あなたの神を畏れ、同胞があなたと共に生きられるようにしなさい。

●黙想
人は、自分で生計を立て、自立していきます。

しかし、さまざまな理由で、貧しくなり、互助が必要となることもあります。

共助、共生は、聖書の教えであり、神様の御心です。

日本人の心には、互助の精神があり、困った時にはお互い様と言って、助け合う光景があります。

共に助け合い、共に生きる社会には温もりがあります。

一方、共助、共生の心が失われると、家庭も、共同体も、社会も冷えていきます。

パウロの言葉を黙想します。

「あなたがたの現在のゆとりが彼らの欠乏を補えば、いつか彼らのゆとりもあなたがたの欠乏を補うことになり、こうして釣り合いが取れるのです。」(二コリ8:14)。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記25:39-55

レビ記25:13-22「平穏」

◇2019年10月22日(火)
●レビ記25:13-22「平穏」

25:18 あなたたちはわたしの掟を行い、わたしの法を忠実に守りなさい。そうすれば、この国で平穏に暮らすことができる。
25:19 土地は実りを生じ、あなたたちは十分に食べ、平穏に暮らすことができる

●黙想
平穏に暮らすためには、ルール(法)が必要です。

ルールのない世界、国には平穏な暮らしはありません。

平穏に暮らすためには、ルール(法)を守ることが大切です。

ルールがあっても、ルールが守られない世界、国には平穏な暮らしはありません。

神のルール(掟、法)の本質は、愛です。

神を愛し、自分を愛し、隣人を愛し、互いに愛し合う。

ここに平穏な暮らし、満ち足りた暮らしがあります。

神のルール(御言葉)を守る人は、安息と満足を得ます。

神を愛する人は安息を得て、隣人を愛する人は満足を得るからです。

神のルール(御言葉)を守り、平穏に暮らし、満ち足りて生涯を終える人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記25:23-38

レビ記25:1-12「ヨベルの年」

◇2019年10月21日(月)
●レビ記25:1-12「ヨベルの年」

25:10 この五十年目の年を聖別し、全住民に解放の宣言をする。それが、ヨベルの年である。あなたたちはおのおのその先祖伝来の所有地に帰り、家族のもとに帰る。

●黙想
ヨベルの年は、恩赦の年であり、主の恵みの年です。

全ての民に安息と解放が宣言されます。

所有地を失った人は、所有地を取り戻し、奴隷は、解放され、自由になり、故郷に帰ることができるのです。

キリストの福音は、ヨベルの年、大恩赦であり、

信じずる者すべてに安息と解放(救い)が約束されます。

主の恵みをキャッチし、約束の地、父の家に帰り、主が用意した安息に与る人。

それがクリスチャンです。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記25:13-22

レビ記24:10-23「目には目を」

◇2019年10月20日(日)
●レビ記24:10-23「目には目を」

24:19 人に傷害を加えた者は、それと同一の傷害を受けねばならない。
24:20 骨折には骨折を、目には目を、歯には歯をもって人に与えたと同じ傷害を受けねばならない。

●黙想
これは同害報復法です。

人が誰かを傷つけた場合、その罰は同程度のものでなければならない、

もしくは相当の代価を受け取ることでこれに代えることもできる、という教えです。

人は、目をやられたら、目のみならず、歯も要求する心理が働き、

復讐合戦が始まり、戦争にまで至ります。

イエス様は教えます。

「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。」と。

愛と赦しのあるところに、平和と和解が生まれるのです。

今日は日曜日です。

愛と赦しを与えて下さる主を崇め、礼拝を捧げましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記25:1-12

レビ記24:1-9「ともし火」

◇2019年10月19日(土)
●レビ記24:1-9「ともし火」

24:2 イスラエルの人々に命じて、オリーブを砕いて取った純粋の油をともし火に用いるために持って来させ、常夜灯にともさせ、
24:3 臨在の幕屋にある掟の箱を隔てる垂れ幕の手前に備え付けさせなさい。アロンは主の御前に、夕暮れから朝まで絶やすことなく火をともしておく。これは代々にわたってあなたたちの守るべき不変の定めである。


●黙想
ともし火は主の栄光、いのちの光、主の臨在の象徴です。

主は荒れ野を旅する民を、昼は雲の柱、夜は火の柱によって、守り、導かれました。

祭司は、主の御前に、絶やすことなくともし火をともし、主が共におられることを民に示しました。

祈りと御言葉は、ともし火を灯す行為です。

主はあなたと共にいます。祈りと御言葉に守り導かれて生きる人。

それがクリスチャンなのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバbyバルナバNext:レビ記24:10-23

レビ記23:33-44「仮庵」

◇2019年10月18日(金)
●レビ記23:33-44「仮庵」

23:42 あなたたちは七日の間、仮庵に住まねばならない。イスラエルの土地に生まれた者はすべて仮庵に住まねばならない。
23:43 これは、わたしがイスラエルの人々をエジプトの国から導き出したとき、彼らを仮庵に住まわせたことを、あなたたちの代々の人々が知るためである。わたしはあなたたちの神、主である。

●黙想
仮庵とは、仮小屋です。

かつてイスラエルの民は荒れ野を彷徨い、仮庵で過ごしました。

40年間、主は彼らの命を守り、養い、訓練し、約束の地へと導きました。

仮庵の祭りは収穫祭です。

豊かな収穫を与えてくれた神様に最も多くの献げ物が捧げられ、喜びと感謝を表します。

仮庵を建てるのは、

貧しき時も、豊かな時も、いつも主が共におられ、

養い守ってくださっていることを忘れないためです。

主の恵みを忘れず、主に感謝を捧げて生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記24:1-9

レビ記23:23-32「贖罪日」

◇2019年10月17日(木)
●レビ記23:23-32「贖罪日」

23:27 第七の月の十日は贖罪日である。聖なる集会を開きなさい。あなたたちは苦行をし、燃やして主にささげる献げ物を携えなさい。

●黙想
贖罪日は、年に一度、大祭司が至聖所に入り、罪の贖いを行う日です。

民は、罪を悔い改め、断食、集まり、礼拝を捧げます。

キリストは、ただ一度、十字架の上で、罪を贖う儀式を行われました。

2000年前に実現した永遠の贖罪日が、あなたの人生に実現する日。

それがイエスを救い主と信じ、受け入れ、洗礼を受けた日なのです。

あなたの贖罪日はいつですか。

もう実現しましたか。

永遠の贖罪日(十字架)と共に、

自分の贖罪記念日(洗礼記念日)、主に罪を贖われた日を心に刻み、

感謝し続ける者でありますように。御名によって祝福します。byバルナバ

Next:レビ記23:33-44

レビ記23:9-22「初穂」

◇2019年10月16日(水)
●レビ記23:9-22「初穂」

23:9 主はモーセに仰せになった。
23:10 イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。わたしが与える土地に入って穀物を収穫したならば、あなたたちは初穂を祭司のもとに携えなさい。

●黙想
初穂の献げ物は、

すべての収穫物は主のものであり、収穫の初穂を聖別し、主に献げることによって、

今後も主がすべての必要を豊かに満たして下さるという信仰と感謝と献身を表す行為です。

十分の一の献げ物も同じです。

すべては主のものであり、収入の十分の一を聖別し、主に献げることを通し、

主が天の窓を開いて、溢れるばかりの恵みと祝福を注いで下さるという信仰と感謝と献身を表す行為です。

主のもの(初穂・十分の一)は主に返し、残りの物(十分の九)で生活する。

ここに祝福された人生の秘訣があります。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記23:23-32

レビ記23:1-8「過越」

◇2019年10月15日(火)
●レビ記23:1-8「過越」

23:5 第一の月の十四日の夕暮れが主の過越である。

●黙想
主の過越とは、神の怒り(裁き)が過ぎ越され、救われたことを記念して行う祭りです。

エジプトの地に、主の怒りと裁きが下った時、

小羊の血を門口に塗ったイスラエルの家は、過ぎ越され、エジプトから救い出されました。

キリストは過越の小羊となり、十字架の上で血を流されました。

そのことを信じ、神の怒りと裁きが過ぎ越された人。

それがクリスチャンです。

罪と死から解放され、主の過越を祝う人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記23:9-22

レビ記22:17-33「献げ物」

◇2019年10月14日(月)
●レビ記22:17-33「献げ物」

22:33 わたしはあなたたちの神となるために、エジプトの国からあなたたちを導き出した者である。わたしは主である。

●黙想
神様はイスラエルの民をエジプトから導き出し、

彼らを聖別し、彼らの神となられました。

今日の本文は、献げ物(献金)をする時の教えです。

献げ物には、捧げる者の心が込められます。

傷のある献げ物は、神に受け入れられません。

その心には、神様への愛、感謝、従順がないからです。

神様は、あなたの神(父)となるために、

最も大切なもの(独り子なるキリスト)を捧げ、

あなたを神の子としてくださいました。

献金は、神様の愛への感謝と献身(従順)のしるしとして、

心を込め献げることが大切です。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記23:1-8

レビ記22:1-16「聖別」

◇2019年10月13日(日)
●レビ記22:1-16「聖別」

22:1 主はモーセに仰せになった。
22:2 アロンとその子らに告げなさい。聖なるわたしの名を汚さぬよう、イスラエルの人々がわたしに奉納する聖なる献げ物に細心の注意を払いなさい。わたしは主である。

●黙想
アロンとその子らとは、祭司の子孫です。

彼らは神と神の宮(神殿)に仕えるために聖別されました。

聖別とは、人や物を、一般的・世俗的な使用から引き離し、区別することです。

この区別を失い、神のものである自らを汚し、

聖なる献げ物(献金)を汚すことは、主の御名を汚す行為でした。

クリスチャンは、神のものであり、聖別された者です。

今日は日曜日です。

主の御名を汚すことなく、主の御名を崇め、讃美し、礼拝を捧げましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記22:17-33

レビ記21:10-24「区別」

◇2019年10月12日(土)
●レビ記21:10-24「区別」

21:17 アロンに告げなさい。あなたの子孫のうちで、障害のある者は、代々にわたって、神に食物をささげる務めをしてはならない。

●黙想
自由と放縦は異なります。

自由にはルールがありますが、放縦にはルールがありません。

区別と差別も同じです。

祭司は、区別(聖別)された存在であり、アロンの子孫が務めるように定められていたのです。

子孫であっても、祭司になれない規定もありました。

リビングライフでは、次のように解説されています。

「神は、肉体的に弱い奉仕者を愛によって配慮されます。本文は障がいのある祭司に関するおきてです。アロンの子孫のうち、からだに障がいのある者は神に近づくことができませんでした。これは差別ではなく、配慮です。いけにえをほふる祭儀には肉体的な力が必要だったので、からだに障がいがある場合、祭儀を執り行うことが難しかったからです。」。

キリストは、新たなルールを定め、誰でも神に近づく道を用意してくれました。

主に区別(聖別)された人。それがクリスチャンです。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記22:1-16

レビ記21:1-9「祭司」

◇2019年10月11日(金)
●レビ記21:1-9「祭司」

21:6 神に属する聖なる者であるように、神の名を汚さないようにしなければならない。祭司は、燃やして主にささげる神の食物を携えるのであるから、聖なる者でなければならない。

●黙想
企業の経営者や社員の不祥事がその企業の名を汚し、信頼を損なわせます。

アルバイトによるふざけたSNS投稿によって、

店の名が汚され、閉店に追い込まれたこともあります。

クリスチャンは神の国に属する祭司です。

御名を汚すことなく、御名を崇め、神の栄光を現す者でありますように。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記21:10-24

レビ記20:22-27「聖なる者」

◇2019年10月10日(木)
●レビ記20:22-27「聖なる者」

20:26 あなたたちはわたしのものとなり、聖なる者となりなさい。主なるわたしは聖なる者だからである。わたしはあなたたちをわたしのものとするため諸国の民から区別したのである。

●黙想
「聖なる者となりなさい」。

これは聖書全体を貫く神様の命令です。

イスラエルの民は、清いから神様に選ばれたのではありません。

聖なる者となるために、神様が選ばれたのです。

私たちも同じです。

神の子に相応しい清さを持っていたからではありません。

神のもの(神の子)とするために、私たちを選び、清めてくださるのです。

大切なことは、「神のもの」である自覚を持ち、自らを区別(聖別)し、

御言葉と御霊によって日々、清められ、聖化されていくことです。

今日も神の子に相応しい一日を歩めますように。

御名によって祝福します。byバルナバNext:レビ記21:1-9

レビ記20:9-21「呪いと祝福」

◇2019年10月9日(水)
●レビ記20:9-21「呪いと祝福」

20:9 自分の父母を呪う者は、必ず死刑に処せられる。父母を呪うことは死罪に当たる。

●黙想
今日の個所には、死罪に当たる忌まわしい罪の数々が列挙されています。

カナンの地は、乳と蜜の流れる麗しい地であり、祝福の地です。

カナン人は、この地を汚し、呪いの地とし、裁かれました。

神様はイスラエルの民をカナンの地に住まわせ、

カナンの風習、汚れた性文化に染まらないために、

死刑という最大罰を定め、共同体、各家庭を守られたのです。

神様の御心は、あなたとあなたの家族が祝福の地で幸せに暮らすことです。

父母を祝福し、子孫に祝福を継承していく者でありますように。

御名によって祝福します。byバルナバNext:レビ記20:22-27

レビ記20:1-8「聖なる者」

◇2019年10月8日(火)
●レビ記20:1-8「聖なる者」

20:6 口寄せや霊媒を訪れて、これを求めて淫行を行う者があれば、わたしはその者にわたしの顔を向け、彼を民の中から断つ。
20:7 自らを清く保ち、聖なる者となりなさい。わたしはあなたたちの神、主だからである。
20:8 わたしの掟を忠実に守りなさい。わたしは主であって、あなたたちを聖なる者とする。


●黙想
偶像礼拝や口寄せ、霊媒は、淫らな行いです。

カナンの地には、モレクの神にわが子を捧げたり、口寄せや霊媒師を訪れる人々がいました。

主は、彼らの風習に倣って、身を汚し、

民の中から断たれることがないように、自らを清く保ち、聖なる者となるように命じます。

大切なことは、主の掟を忠実に守り、

御言葉と御霊によって、聖なる者とされ、

主に依り頼んで生きることです。

世の風習に惑わされず、神の国の教えに従って生きる者は幸いです。byバルナバ

Next:レビ記20:9-21

レビ記19:19-37「掟と法」

◇2019年10月7日(月)
●レビ記19:19-37「掟と法」

19:35 あなたたちは、不正な物差し、秤、升を用いてはならない。
19:36 正しい天秤、正しい重り、正しい升、正しい容器を用いなさい。わたしは、あなたたちをエジプトの国から導き出したあなたたちの神、主である。
19:37 わたしのすべての掟、すべての法を守り、それを行いなさい。わたしは主である。


●黙想
主はイスラエルの民をエジプトから救い、荒れ野で掟と法を与え、カナンの地に植え、法治国家としました。

カナンの地は無法地帯でした。

18章、19章を読むと、カナンの風習、ルールなき社会がどれほど汚れていくかを知ることができます。

正しい物差しである御言葉を黙想し、

何が神に喜ばれ、神に忌み嫌われる行為なのかを知り、御言葉を守り、行う人でありますように。

御名によって祝福します。byバルナバNext:レビ記20:1-8

レビ記19:11-18「隣人」

◇2019年10月6日(日)
●レビ記19:11-18「隣人」

19:18 復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。わたしは主である。

●黙想
善いサマリア人の話(ルカ10章)やイエス様の言葉(マタイ22章)が頭に浮かびます。

「わたしは主である」と4度、繰り返され、

同胞の兄弟を虐げたり、差別したり、憎んだり、恨んだりせず、

自分自身を愛するように、愛しなさい、と命じられています。

大切なことは、主の目を意識し、見て見ぬ振りをせず、

主が見られ、主が愛されるように、隣人を見て、隣人を愛することです。

今日は日曜日です。

主を崇め、主の御前にひざまずき、礼拝を捧げましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記19:19-37

レビ記19:1-10「ルール」

◇2019年10月5日(土)
●レビ記19:1-10「ルール」

19:2 イスラエルの人々の共同体全体に告げてこう言いなさい。あなたたちは聖なる者となりなさい。あなたたちの神、主であるわたしは聖なる者である。
19:3 父と母とを敬いなさい。わたしの安息日を守りなさい。わたしはあなたたちの神、主である。
19:4 偶像を仰いではならない。神々の偶像を鋳造してはならない。わたしはあなたたちの神、主である。


●黙想
19章の教えは、モーセの律法、十戒が基盤となっています。

ルールを守る人は、ルールに守られます。

ルールなき社会、共同体には自由も平和もありません。

主の教え(御言葉)を守る人は、主と主の言葉に守られ、祝福に与ります。

パウロは教えます。

『「父と母を敬いなさい。」これは約束を伴う最初の掟です。「そうすれば、あなたは幸福になり、地上で長く生きることができる」という約束です。』(エフェソ6:2-3)。と。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記19:11-18

レビ記18:19-30「清め」

◇2019年10月4日(金)
●レビ記18:19-30「清め」

18:27 あなたたちがこれから向かう土地の住民はこれらすべてのいとうべきことをしたため、その土地は汚れている。
18:28 あなたたちもその土地を汚すならば、先住民を吐き出したと同じように、土地があなたたちを吐き出すであろう。

●黙想
カナンの地は、性の乱れ、不品行、人身御供など、

神様が忌み嫌われる風習によって、人も土地も汚れ果てていました。

この地を清めるために、神様はイスラエルの民を新しくこの地に植えられたのです。

にもかかわらず、彼らがこの地の風習に倣い、身と土地を汚し、先住民と同じ運命を辿ることになります。

レビ記は、再びイスラエルに植えられた民に対しても、

キリストによって、新しく植えられた民に対しても、

清さを大切にするようにと教えているのです。

キリストの血潮によって、身を清め、聖なる者にふさわしく歩んでいきましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記19:1-10

レビ記18:1-18「ルール」

◇2019年10月3日(木)

●レビ記18:1-18「ルール」

18:3 あなたたちがかつて住んでいたエジプトの国の風習や、わたしがこれからあなたたちを連れて行くカナンの風習に従ってはならない。その掟に従って歩んではならない。
18:4 わたしの法を行い、わたしの掟を守り、それに従って歩みなさい。わたしはあなたたちの神、主である。


●黙想
国には国のルール、風習、文化があります。

かつてイスラエルはエジプトのルール、風習に従っていましたが、

エジプトから救い出され、神の民となりました。

荒れ野で神の法と掟(律法)が与えられ、カナン(約束)の地に入ります。

しかし、彼らはカナンの地の風習に従い、偶像や不品行を行い、

主の裁きを受け、国を失い、再び奴隷(バビロン捕囚)に戻ってしまったのです。

クリスチャンは神の国に生きる者です。

御言葉を行い、守り、それに従って歩み、神の国の風習、文化に従って生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記18:19-30

レビ記17:10-16「贖い」

◇2019年10月2日(水)

●レビ記17:10-16「贖い」

17:11 生き物の命は血の中にあるからである。わたしが血をあなたたちに与えたのは、祭壇の上であなたたちの命の贖いの儀式をするためである。血はその中の命によって贖いをするのである。

●黙想
血は命です。

血の中に命があり、血が流れると、命を失い、流された血によって、命が救われる。

これが命の贖いの儀式であり、これを完全に成し遂げて下さったのがキリストです。

「キリストは、既に実現している恵みの大祭司としておいでになったのですから、人間の手で造られたのではない、すなわち、この世のものではない、更に大きく、更に完全な幕屋を通り、雄山羊と若い雄牛の血によらないで、御自身の血によって、ただ一度聖所に入って永遠の贖いを成し遂げられたのです。」(ヘブライ9:11-12)。

キリストはあなたの命を贖うために、十字架の上で血を流してくださったのです。

聖餐式のぶどう酒は、そのことを記念しています。

主に命を贖われた人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:レビ記18:1-18
プロフィール

バルナバ

Author:バルナバ
バルナバ牧師の部屋へようこそ!

カテゴリー

無料カウンター 現在の閲覧者数:
無料カウンター
最近の記事
リンク
月別アーカイブ
カレンダー
09 | 2019/10 | 11
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -