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テトス3:1-15「キリストの恵み」

◇2019年2月28日(木)
●テトス3:1-15「キリストの恵み」

●御言葉

3:7 こうしてわたしたちは、キリストの恵みによって義とされ、希望どおり永遠の命を受け継ぐ者とされたのです。
3:8 この言葉は真実です。あなたがこれらのことを力強く主張するように、わたしは望みます。そうすれば、神を信じるようになった人々が、良い行いに励もうと心がけるようになります。これらは良いことであり、人々に有益です。

●黙想
救いは神(キリスト)の恵みです。

良い行いの結果ではありません。

クリスチャンが良い行いに励むのは、救われるためではなく、救われたからです。

神を信じるようになった人々(クリスチャン)は、

第一に、礼拝を人生の中心とし、神を崇めて生きる者となります。

第二に、恵みを存在の基盤とし、キリストに支えられて生きる者となります。

第三に、QTを生活の基本とし、聖霊に導かれて生きる者となります。

キリストの恵みによって義とされ、永遠の命を受け継ぎ、

良い行いに励み、有益な人生を歩む者となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバNext:ヘブライ1:1-4
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テトス2:9-15「恵みを存在の基盤に」

◇2019年2月27日(水)
●テトス2:9-15「恵みを存在の基盤に」

●御言葉

2:11 実に、すべての人々に救いをもたらす神の恵みが現れました。

●黙想
イエス・キリストは神の恵みです。

誰でもイエスをキリスト(救い主)と信じるならば救いの恵みに与ります。

過去・現在・未来、全ての罪が赦されます。

神の子としての身分が与えられ、永遠の命が与えられます。

神と和解し、神と自分、他者との間に平和が生まれます。

約束の聖霊が与えられ、御言葉と聖霊によって人生が守り、導かれ、天国が保証されます。

イエス・キリストは、救いをもたらす神の恵みです。

この恵みを存在の基盤にして生きる人。

それがクリスチャンです。

今日も祝福がありますように。 byバルナバ

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テトス2:1-8「率先垂範」

◇2019年2月26日(火)
●テトス2:1-8「率先垂範」

●御言葉

2:6 -7同じように、万事につけ若い男には、思慮深くふるまうように勧めなさい。あなた自身、良い行いの模範となりなさい。教えるときには、清廉で品位を保ち、

2:8 非難の余地のない健全な言葉を語りなさい。そうすれば、敵対者は、わたしたちについて何の悪口も言うことができず、恥じ入るでしょう。


●黙想
パウロはテトスに、自らが良い行いの模範となり、若者を指導するように命じます。

子供は親の言うことよりも、することを真似します。

人はあなたの言うことよりも、することを見て、影響されます。

先頭に立って、物事を行い、模範を示すことを「率先垂範(そっせんすいはん)」と言います。

これは聖書的な教えであり、日本人の美徳であり、健全な人生には欠かせない資質です。

自らが身を切り、人々に仕え、模範を示されたイエス様に倣う者となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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テトス1:10-16「キリストは真理」

◇2019年2月25日(月)
●テトス1:10-16「キリストは真理」

●御言葉

1:14 ユダヤ人の作り話や、真理に背を向けている者の掟に心を奪われないようにさせなさい。

●黙想
心は命の源です。

何を守るよりも心を守らなければなりません。

心を奪われると、真理に背を向け、不自由になります。

イエス様は言いました。

「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」(ヨハネ8:31-32)と。

さらにイエス様は言いました。

「わたしは道であり、真理であり、命である」(ヨハネ14:6)と。

キリストは真理であり、キリストの言葉は心を自由にし、命に至らせるのです。

御言葉は心の砦です。

御言葉にとどまり、御言葉に生きる人は、身も心も魂も健やかになります。

「わが子よ、わたしの言葉に耳を傾けよ。わたしの言うことに耳を傾けよ。見失うことなく、心に納めて守れ。それに到達する者にとって、それは命となり、全身を健康にする。何を守るよりも、自分の心を守れ。そこに命の源がある」(箴言4:20-23)。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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テトス1:1-9「使命を自覚し、使命を果たす」

◇2019年2月24日(日)
●テトス1:1-9「使命を自覚し、使命を果たす」
●御言葉

1:1 神の僕、イエス・キリストの使徒パウロから――わたしが使徒とされたのは、神に選ばれた人々の信仰を助け、彼らを信心に一致する真理の認識に導くためです。

●黙想
自分の使命を自覚していますか。

今日からテトスの手紙です。この手紙は牧会書簡です。

パウロは、自らを神の僕、キリストの使徒と呼びました。

パウロはキリストと出会い、自分が何者であり、何をすべきかを知りました。

彼の使命は、福音を伝えることです。

彼は、その使命を果たし、各地に教会が生まれます。

さらに、パウロは、テトスを派遣し、長老や監督を立て、

教会を牧会させ、御言葉を教え、真理に導き、信徒を養いました。

これが牧会です。

クリスチャンは神の僕です。

主に仕える者であり、託された使命があります。

今日は日曜日です。

御言葉によって養われ、御言葉を携えて、福音を証しする者となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバNext:テトス1:10-16

マルコ16:9-20「主は共に働かれる」

◇2019年2月23日(土)
●マルコ16:9-20「主は共に働かれる」

●御言葉

16:19 主イエスは、弟子たちに話した後、天に上げられ、神の右の座に着かれた。
16:20 一方、弟子たちは出かけて行って、至るところで宣教した。主は彼らと共に働き、彼らの語る言葉が真実であることを、それに伴うしるしによってはっきりとお示しになった。

●黙想
主はいつも共におられます。

主は今も生きておられます。

主は信じる者と共に働かれます。

「信じる者には次のようなしるしが伴う。彼らはわたしの名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る」(17,18)。

主の言葉(約束)は真実で、必ず成就します。

主があなたと共におられ、あなたと共に働き、

主の言葉が真実であることが証しされますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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マルコ16:1-8「驚くことはない」

◇2019年2月22日(金)
●マルコ16:1-8「驚くことはない」

●御言葉

16:6 若者は言った。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。

●黙想
信仰生活に驚きがありますか。

聖書の世界は驚きの連続です。

安息日が終わり、朝早く、婦人たちがイエスの墓に向かいました。

すると墓をふさいでいた大きな石が転がっており、墓の中に白い衣を着た若者を見て驚きます。

さらに若者(天使)から、主の復活の知らせを聞いたのです。

彼女たちは、震え、正気を失いほど驚き、恐れたのです。

主を慕い求めて生きる人は、聖書の世界を旅するようになります。

「恐れるな」「驚くな」と言われるほどに、主を恐れ、主の御業に驚き、

御名を崇め、礼拝する者となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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マルコ15:33-47「イエスの叫び」

◇2019年2月21日(木)
●マルコ15:33-47「イエスの叫び」

●御言葉

15:34 三時にイエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。

●黙想
イエス様のこの叫びは、詩編22編の祈りであり、告白です。

詩人は叫び、祈り、告白します。

「助けを求めてあなたに叫び、救い出され、あなたに依り頼んで、裏切られたことはない」(22:6)

「主は貧しい人の苦しみを決して侮らず、さげすまれません。助けを求める叫びを聞いてくださいます」(22:25)。

死に至る苦しみが人生を襲うとき、神様に見捨てられたように感じるかも知れません。

しかし、主は決して、あなたを見捨てることはありません。

主は良いお方です。

主は良い羊飼いです。

詩編22編の後に23編が続きます。

「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。」(23:1)。

「死の陰の谷を行くときも、わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる」(23:4)。

どんな時にも、主に祈りと讃美を捧げ、すべてを主に委ねて生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:マルコ16:1-8

マルコ15:24-32「愛と忍耐と赦し」

◇2019年2月20日(水)
●マルコ15:24-32「愛と忍耐と赦し」

●御言葉

15:32 メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう。」一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった。

●黙想
「それを見たら、信じてやろう」。

なんと上から目線で、傲慢な態度でしょうか。

これが人間の本質です。

神様の愛と忍耐、赦しがなければ、誰も救われることはできません。

後の日に、彼らはペトロの説教を聞き、

イエスがメシアであることを知り、悔い改めて救われました。(使徒2:36以下)。

十字架につけられた犯罪人の一人も、

罵られても、罵り返さず、「父よ、彼らをおゆるしくさださい」と祈られる姿を見て、

悔い改め、主にすがり、救いを得ています。(ルカ23:39以下)。

主の愛と忍耐、赦しを黙想し、主に立ち帰る人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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マルコ15:16-23「強いられた恵み」

◇2019年2月19日(火)
●マルコ15:16-23「強いられた恵み」

●御言葉

15:21 そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。

●黙想
シモンは、巡礼のためにエルサレムを訪れ、突然、無理矢理、十字架を担がされました。

よりによって、なんで自分なのかと思ったかも知れません。

死刑囚の十字架を担がされたのですから。

なぜ、十字架を担がされた人がシモンであり、

その子供の名前まで分かったのでしょうか。

それは、シモン自身が証ししたからです。

彼は、後の日に、主と出会い、彼も家族も救われ、

子どもたちは、初代教会で名の知れた人になったのです。

主と共に歩む人は、十字架を担ぐような体験すらも、恵みに変わります。

主を知り、主の恵みを発見し、証しできる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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マルコ15:1-15「妬みと十字架の力」

◇2019年2月18日(月)
●マルコ15:1-15「妬みと十字架の力」
●御言葉

15:10 祭司長たちがイエスを引き渡したのは、ねたみのためだと分かっていたからである。

●黙想
祭司長たちは、イエス様を妬みました。

妬みのエネルギーは恐ろしいものです。

彼らは、イエスを捕らえ、総督ピラトを動かし、群衆を扇動し、死刑判決を勝ち取ったのです。

ピラトはこの世の権力者です。

彼は、祭司長たちの申し出が妬みから出たものだと分かっていながらも、

その力を制することができなかったのです。

妬みが心で暴れるとき、十字架を見上げて下さい。

十字架の元に、救いと癒しと回復があるからです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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マルコ14:66-72「主の言葉を思い出す」

◇2019年2月17日(日)
●マルコ14:66-72「主の言葉を思い出す」

●御言葉

14:71 すると、ペトロは呪いの言葉さえ口にしながら、「あなたがたの言っているそんな人は知らない」と誓い始めた。
14:72 するとすぐ、鶏が再び鳴いた。ペトロは、「鶏が二度鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」とイエスが言われた言葉を思い出して、いきなり泣きだした。

●黙想
ペトロは「たとえ御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」と啖呵を切っていました。

にもかかわらず、保身に走り、三度、イエス様との関係を否定してしまったのです。

その直後、鶏が鳴きます。

ペトロは主の言葉を思い出し、思いっきり泣きました。

自分の弱さを思い知ったからです。

大切なことは、主の言葉を思い出すことです。

この後、ペトロは復活の主と出会い、主の愛と赦し、神の恵みを体験し、証し人になるのです。

今日は日曜日です。

主の家に帰り、主の言葉を聞き、主の愛と赦し、恵みを体験する人なりますように。

聖霊に満たされ、主の恵みを証する人となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバNext:マルコ15:1-15

マルコ14:53-65「イエスはメシア」

◇2019年2月16日(土)
●マルコ14:53-65「イエスはメシア」

●御言葉
14:61 しかし、イエスは黙り続け何もお答えにならなかった。そこで、重ねて大祭司は尋ね、「お前はほむべき方の子、メシアなのか」と言った。
14:62 イエスは言われた。「そうです。あなたたちは、人の子が全能の神の右に座り、/天の雲に囲まれて来るのを見る。」

●黙想
大祭司はイエス様に尋ねます。

「お前はほむべき方の子、メシアなのか」と。

これに対し、イエス様は「そうです」と答え、自らがメシアであると公言したのです。

ユダヤ人にとって、人がメシア、神だと言うことはあり得ないこと、赦されざることでした。

大祭司は、イエスの言葉を信じず、冒涜罪を適用し、死刑が妥当だと判断したのです。

イエスを神の子、メシアと信じるか否か。

これが救いの分岐点となります。

「言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。」(ヨハネ1:10-11)。

言(救い主)を受け入れ、「イエスはメシア(キリスト)」と告白する人は幸いです。

今日も祝福を祈ります。)byバルナバNext:マルコ14:66-72

マルコ14:43-52「主は見捨てない」

◇2019年2月15日(金)
●マルコ14:43-52「主は見捨てない」

●御言葉

14:50 弟子たちは皆、イエスを見捨てて逃げてしまった。

●黙想
愛する弟子は裏切り、他の弟子も見捨てて逃げていきました。

私たちならどんな気持ちになるでしょうか。

愛が憎しみに変わることもあります。

しかし、イエス様の愛は変わらず、

裏切られても、見捨てられても、弟子たちを愛し、彼らのために祈られたのです。

人は裏切ります。私たちも同じです。

しかし、神様は決して見捨てることはありません。

今日は私たちの教会の創立記念日です。

15周年を迎えました。

「見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。」(創世記28:15)。

ヤコブに語られたこの言葉は、主を信じるすべての人に語られます。

主の約束(御言葉)を握り締めて歩む人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Next:マルコ14:53-65

マルコ14:32-42「ゲッセマネの祈り」

◇2019年2月14日(木)
●マルコ14:32-42「ゲッセマネの祈り」

●御言葉

14:35 少し進んで行って地面にひれ伏し、できることなら、この苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと祈り、
14:36 こう言われた。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」


●黙想
この杯とは、これから味わう十字架の苦しみです。

苦難を喜ぶ人はいません。

できるならば避けたいものです。

イエス様も「この杯をわたしから取りのけてください」と祈られました。

しかし、杯を飲む(十字架にかかる)以外に、人間を救う方法がないのであれば、

御心に適うことが行われますように、と祈られたのです。

これがゲッセマネの祈りです。

祈りは自分を変えます。

御心に委ね、従う者に変えらます。

自分の思いどおりになるよりは、神様の思いどおりなる方が幸いなのです。

御心が天で行われるように、地でも行われますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

Next:マルコ14:43-52

マルコ14:22-31「聖餐の恵み」

◇2019年2月13日(水)
●マルコ14:22-31「聖餐の恵み」

●御言葉

14:22 一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取りなさい。これはわたしの体である。」
14:23 また、杯を取り、感謝の祈りを唱えて、彼らにお渡しになった。彼らは皆その杯から飲んだ。


●黙想
最後の晩餐の場面です。

イエス様は弟子たちにパンと杯を取り、弟子たちに分け与えました。

弟子たちは、十字架と復活の出来事が起こった後、この晩餐の意味を理解したことでしょう。

イエス様は十字架の上で血を流し、彼らの罪を贖い、

復活することによって、永遠の命を与えて下さったのです。

このことを記念として、今も聖餐式は行われています。

イエス様を信じ、洗礼を受け、主の食卓を囲み、

命のパンをいただき、救いの杯を飲むことのできる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Next:マルコ14:32-42

マルコ14:12-21「心、改める人、改めない人」

◇2019年2月12日(火)
●マルコ14:12-21「心、改める人、改めない人」

●御言葉

14:18 一同が席に着いて食事をしているとき、イエスは言われた。「はっきり言っておくが、あなたがたのうちの一人で、わたしと一緒に食事をしている者が、わたしを裏切ろうとしている。」
14:19 弟子たちは心を痛めて、「まさかわたしのことでは」と代わる代わる言い始めた。


●黙想
イエス様の言葉を聞いて、弟子たちは「まさかわたしのことでは」と心を痛めました。

弟子たちの中にも、裏切る要素はありました。

実際、イエス様が捕らえられた時、彼らはイエス様を見捨てて逃げ、

ペトロはイエスを三度も否認しました。

ユダと他の弟子たちとの決定的な違いは、

過ちを犯した後、心痛め、心改め、主に立ち帰るかどうかです。

ユダはすでに、祭司長たちと密約し、イエス様を引き渡す約束をしていたのです。

彼は、主の言葉を聞いても、心を改めず、サタンが心に入ります。

その結果、「生まれなかった方が、その者のためによかった」とまで言われる悲しい結末を迎えてしまうのです。

主の言葉を聞き、心を改め、主に立ち帰る人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバNext:マルコ14:22-31

マルコ14:1-11「主を愛し、主に感謝する」

◇2019年2月11日(月)
●マルコ14:1-11「主を愛し、主に感謝する」

●御言葉

14:6 すると、イエスは言われた。「そのままにしておきなさい。なぜこの人を困らせるのですか。わたしのために、りっぱなことをしてくれたのです。

●黙想
主を大切にする人は、主から大切にされます。

罪赦された女性がいました。

彼女は主を愛し、主に感謝し、高価な香油を主に注ぎます。

すると、それを見ていた人々は彼女を非難したのです。

主は何もかもご存じです。

彼らの心も彼女の心もお見通しです。

彼女は今、自分ができる最善を尽くしました。

主は彼女の心と行動を喜び、彼女を守り、彼女のしたことは記録と記憶に残るとまで言われたのです。

主を愛し、主に感謝して生きる人は、

たとえ人から理解されず、非難され、迫害されようとも、

主は味方となり、守り、助けてくださるのです。

主を愛し、主に感謝を捧げる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Next:マルコ14:12-21

マルコ13:28-37「主の言葉は滅びなさい」

◇2019年2月10日(日)
●マルコ13:28-37「主の言葉は滅びない」
●御言葉

13:31 天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。」

●黙想
天地は滅びます。

しかし、主の言葉は滅びない。

ここに私たちの希望があります。

主が共におられ、主の言葉がある限り、

どんな苦しみも、それは産みの苦しみであり、苦しみの向こうには命があります。

大切なことは、目を覚まし、主と主の言葉(約束)を信じ、御国(主の到来)を待ち望むことです。

今日は日曜日です。

教会は主が共におられ、やがて実現する御国のひな形です。

主の家に集まり、目を覚まして祈り、礼拝を捧げる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。 Next:マルコ14:1-11

マルコ13:14-27「主は来られる」

◇2019年2月9日(土)
●マルコ13:14-27「主は来られる」
●御言葉

13:24 「それらの日には、このような苦難の後、/太陽は暗くなり、/月は光を放たず、
13:25 星は空から落ち、/天体は揺り動かされる。
13:26 そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを、人々は見る。


●黙想
主は再び来られます。

世(人生)の終わりには、苦難があり、光が消え、道が見えなくなります。

その時、輝かしい光と共にキリストは再臨されます。

苦難は産みの苦しみです。

主を待ち望み、最後まで耐え忍ぶ人は救われます。

「苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと/主は彼らを苦しみから救ってくださった。」(詩編107:6)。

今は終末の時代です。

かつて経験したことのない苦難が起こり、全地が暗黒に包まれています。

闇の中に光は到来します。

これがクリスチャンの希望です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Next:マルコ13:28-37

マルコ13:1-13「産みの苦しみ」

◇2019年2月8日(金)
●マルコ13:1-13「産みの苦しみ」

●御言葉

13:7 戦争の騒ぎや戦争のうわさを聞いても、慌ててはいけない。そういうことは起こるに決まっているが、まだ世の終わりではない。13:8 民は民に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に地震があり、飢饉が起こる。これらは産みの苦しみの始まりである。

●黙想
13章は小黙示録とも呼ばれ、終末の情景が描かれています。

イエス様は世の終わりの前兆を語り、数々の苦難が襲うが、

最後まで耐え忍ぶ者は救われる、と言われたのです。

注目は「産みの苦しみの始まり」と言って、終末の苦難を出産に例えられていることです。

クリスチャンにとって、終末(死)の到来、苦難は産みの苦しみです。

出産は希望であるように、終末は希望です。

主が再臨されるからです。

キリストは救い主です。

何が起ころうとも、御名を信じ、最後まで耐え忍ぶ者は幸いです。

今日も祝福を祈ります。byバルナバ

Next:マルコ13:14-27

マルコ12:35-44「主に委ねる」

◇2019年2月7日(木)
●マルコ12:35-44「主に委ねる」

●御言葉

12:43 イエスは、弟子たちを呼び寄せて言われた。「はっきり言っておく。この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中で、だれよりもたくさん入れた。
12:44 皆は有り余る中から入れたが、この人は、乏しい中から自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れたからである。」

●黙想
信仰とは主に委ねることです。

貧しいやもめは、生活費を全部捧げました。

明日からどのように生活するのだろうか、と考えるのが普通です。

かつてアブラハムは主の命令に従って、イサクを主に捧げました。

この子を捧げたら、主の約束(子孫を増やす)はどうなるのか、と考えるのが普通です。

しかし、アブラハムは、主の命令に従って、主に委ね、捧げました。

すると、主は彼の信仰を見て、身代わりを用意し、主の約束は成就したのです。

彼女の信仰も「アドナイ・イルエ(主の山に備えあり」です。

主に委ね、主に従って生きる人には、主の備えがあります。

主を信頼し、主に委ねて生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Next:マルコ13:1-13

マルコ12:28-34「生きている者の神」

◇2019年2月6日(水)
●マルコ12:28-34「生きている者の神」

●御言葉

12:27 神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。あなたたちは大変な思い違いをしている。」

●黙想
神は生きている者の神です。

聖書は死後の世界、復活、天国の存在を教えます。

サドカイ派の人々は現世主義者です。

復活を信じておらず、信じないで質問をしているのです。

聖書の世界は信じない者には理解できません。

イエス様は「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない」(ヨハネ11:25-26)と言われました。

主と主の言葉を信じる者は、今も後も、永遠に神と共に生きることができます。

これが神の国(天国)です。

教会は神の国であり、私たちは神の家族、永遠に兄弟姉妹なのです。

生きている者の神を信じる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Next:マルコ12:35-44

マルコ12:13-27「神のものは神に返す」

◇2019年2月5日(火)
●マルコ12:13-27「神のものは神に返す」

●御言葉

12:17 イエスは言われた。「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」彼らは、イエスの答えに驚き入った。

●黙想
当時、ユダヤはローマの属国であり、税金が課せられていました。

祭司長らは、イエスが納税を認めるか否かで、ローマ側につくか、ユダヤ側につくかを試そうとしました。

イエス様は、神の側に立って答えられました。

クリスチャンは神の側に立ち、二つの国籍を持ちます。

この世のものはこの世に返し、神の国のものは神の国に返して生きる。

主に献げ物を携え、神に栄光をお返しし、

この国の義務と責任(納税)を果たして生きるのです。

天に国籍を持つ人は、天に宝を積む人です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Next:マルコ12:28-34

マルコ12:1-12「気付いた後が大切」

◇2019年2月4日(月)
●マルコ12:1-12「気付いた後が大切」

●御言葉

12:12 彼らは、イエスが自分たちに当てつけてこのたとえを話されたと気づいたので、イエスを捕らえようとしたが、群衆を恐れた。それで、イエスをその場に残して立ち去った。

●黙想
気づいたならば、改めることが必要です。

イエス様はぶどう園の農夫のたとえを語ります。

それを聞いた人々は、自分たちに語られていることに気付きましたが、

悔い改めず、立ち去っていきます。

御言葉を聞くと気付きが起こります。

御言葉が心に刺さるからです。

大切なことは、その後です。

主を畏れ、主に立ち帰るか。

それとも、神を畏れず、人を恐れ、立ち去るか。

これが生と死、祝福と呪いの分岐点です。

今日、主の言葉を聞いたならば、主を畏れ、主に従う。

これがクリスチャンの歩む道です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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マルコ11:20-33「神を信じなさい」

◇2019年2月3日(日)
●マルコ11:20-33「神を信じなさい」

●御言葉

11:22 そこで、イエスは言われた。「神を信じなさい。
11:23 はっきり言っておく。だれでもこの山に向かい、『立ち上がって、海に飛び込め』と言い、少しも疑わず、自分の言うとおりになると信じるならば、そのとおりになる。
11:24 だから、言っておく。祈り求めるものはすべて既に得られたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる。

●黙想
ペトロや弟子たちは神を信じていたでしょう。

イエス様は神を信じている者に「神を信じなさい」と言われたのです。

神を信じるには、四つのプロセス、段階があります。

第一は存在を信じる。

第二はいつも共におられる神を信じる。

第三は今も生きておられる神を信じる。

第四は、今も生きて働く神を信じる。

イエス様が「神を信じなさい」と言われたのは、第四の信仰です。

やがて、ペトロは、復活の主と出会い、聖霊降臨を経験し、

いつも共におられ、今も生きて、働いておられる神を信じる者になりました。

今日は日曜日です。

主の家に集まり、神を信じて生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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https://www.youtube.com/watch?v=xdItYIHq9uU


マルコ11:11-19「祈りの家」

◇2019年2月2日(土)
●マルコ11:11-19「祈りの家」

●御言葉

11:17 そして、人々に教えて言われた。「こう書いてあるではないか。『わたしの家は、すべての国の人の/祈りの家と呼ばれるべきである。』/ところが、あなたたちは/それを強盗の巣にしてしまった。」

●黙想
神殿は過越の祭りが行われ、大勢の人々が集まっていました。

イエス様は神殿内の様子を見て、怒りを発しました。

その有様は、葉ばかりで、時が来ても実を結ぶことのないいちじくの木と同じだったのです。

神殿、神の家、教会は祈りの家であり、礼拝を捧げる場所です。

彼らの祈りは形式化し、礼拝は形骸化していたのです。

何事も本質を失うと腐敗します。

礼拝の本質は、主を畏れることです。

主が怒られるとき、私たちは主が生きておられることを知ります。

明日は日曜日です。

今も生きて、働いておられる主に祈りと礼拝を捧げましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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マルコ11:1-10「主がお入り用なのです」

◇2019年2月1日(金)
●マルコ11:1-10「主がお入り用なのです」

●御言葉
11:2 言われた。「向こうの村へ行きなさい。村に入るとすぐ、まだだれも乗ったことのない子ろばのつないであるのが見つかる。それをほどいて、連れて来なさい。
11:3 もし、だれかが、『なぜ、そんなことをするのか』と言ったら、『主がお入り用なのです。すぐここにお返しになります』と言いなさい。」


●黙想
三つのことを黙想します。

一つ目は、弟子たちの姿です。

主の言われた通りに従うと、主が言われたとおりの世界を見ることになります。

二つ目はロバの所有者の姿です。

主が必要とされていると聞かされ、自分が所有するロバを提供しました。

三つ目は子ロバです。

主を背中に乗せ、主のお役にたちました。

主はあなたを必要とされています。

主の言われたとおりに行動する人は、主の御業を体験します。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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