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ヨハネ19:31-42「埋葬」

◇2018年3月31日(土)
●ヨハネ19:31-42「埋葬」

19:40 彼らはイエスの遺体を受け取り、ユダヤ人の埋葬の習慣に従い、香料を添えて亜麻布で包んだ。

●黙想
埋葬の習慣は、国によって異なります。

信仰によって葬儀の習慣も異なります。

イエス様はユダヤ人であり、ユダヤ人の習慣に従って埋葬されました。

死んだ後、どこに埋葬されるか、どのように葬られるかが重要ではありません。

死ぬ前に何を信じ、どこに行くのかが重要です。

イエス様は三日目に墓の中から甦り、天に昇っていきました。

クリスチャンは主に倣う者です。

私たちも主と同じように復活し、天に召され、神の御許に行く。

これが復活信仰です。

明日は復活祭です。

人生のゴールは埋葬ではなく、復活による天国です。

主の復活を信じ、死者の復活を信じ、天国が備えられている人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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マルコ15:25-39「神の子」

◇2018年3月30日(金)
●マルコ15:25-39「神の子」

15:39 百人隊長がイエスの方を向いて、そばに立っていた。そして、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「本当に、この人は神の子だった」と言った。

●黙想
「本当に、この人は神の子だった」。

百人隊長の告白は、聖書に記録され、今も世界中に証しされ、語り継がれています。

信仰とは、イエスは神の子、救い主だと信じ、告白して生きることです。

この告白があれば、何があっても打ち勝つことができます。

「誰が世に勝つか。イエスが神の子であると信じる者ではありませんか。」(一ヨハネ5:5)。

今日は受難日です。

十字架上のキリストを黙想し、

「あなたこそ、メシア、神の子です」と告白する人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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マタイ26:36-46「祈り」

◇2018年3月29日(木)
●マタイ26:36-46「祈り」

26:39 少し進んで行って、うつ伏せになり、祈って言われた。「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」

●黙想
ゲッセマネの祈りです。

この杯とは、十字架の苦難です。

避けられるものなら避けたい。

しかし、杯を飲む(十字架にかかる)以外に、

人間を罪から救う方法がないのであれば、

御心のままに行ってください、と祈られたのです。

ここに祈りの本質があります。

祈りは自分を変えます。

御心に従う者に変えられるのです。

御心は我が心にまさります。

御心が行われるところに神の御業が起こり、栄光が現れます。

あなたの上に御心が行われ、御名が崇められ、御国が来ますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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ヨハネ13:3-15「後で分かる」

◇2018年3月28日(水)
●ヨハネ13:3-15「後で分かる」

13:7 イエスは答えて、「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」と言われた。
13:8 ペトロが、「わたしの足など、決して洗わないでください」と言うと、イエスは、「もしわたしがあなたを洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもないことになる」と答えられた。

●黙想
「後で、分かるようになる」。

私が座右の銘にしている御言葉の一つです。

ペトロは、なぜイエス様が自分たちの足を洗われるのか分かりませんでした。

イエス様がなされたことも、イエス様が言われたことも、

すべて後で分かるようになります。

弟子たちは、キリストの十字架と復活を体験し、

一つ一つの意味を理解していくのです。

神様のなさること、言われたことは、後で分かるようになります。

大切なことは、主に足(罪)を洗っていただき、神と関係を持つことです。

これが洗礼の意義です。

信仰生活は、後で分かることの連続です。

恵みは後になればなるほど大きくなります。

イエス様と関わって歩む人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ヨハネ12:24-33「一粒の麦」

◇2018年3月27日(火)
●ヨハネ12:24-33「一粒の麦」

12:24 はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。

●黙想
一粒の麦は地に落ち、死を持って無数の実を結びます。

実を結ぶためには、麦の死(犠牲)が不可欠です。

もし、キリストが十字架の上で死ななければ、私たちの救いは成就しません。

イエス様は、死ぬことが、彼らの益になることを知り、十字架の道を辿られたのです。

私たちも一粒の麦の精神が必要です。

自分の益ではなく、全体の益を考えて生きることが必要です。

自分の事だけを考え、自己中心に生きることは、一粒のままで終わります。

御心を知り、有益な人生を歩むためには、自分を捨てる覚悟も必要なのです。

愛とは自分を捨てることです。

自我を捨て、豊かな実を結んで生きる。

これがクリスチャンライフです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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マルコ14:1-9「証し」

◇2018年3月26日(月)
●マルコ14:1-9「証し」

14:9 はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」

●黙想
今日から受難週の黙想です。

ナルドの香油の物語です。

彼女は香油の壺を割り、高価な油を主の頭に注ぎます。

イエス様は無駄遣いだと批判する人をたしなめます。

これは主の愛と恵みを受けた者が、主のために献身(献金)する姿です。

彼女のしたことは、今も福音と共に語り伝えらています。

主の愛と恵みを体験すると人生に証しが生まれます。

あなたの人生にも証しがあります。

証しと共に、福音が語り伝えられますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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二コリント13:1-13「祝福」

◇2018年3月25日(日)
●二コリント13:1-13「祝福」

13:11 終わりに、兄弟たち、喜びなさい。完全な者になりなさい。励まし合いなさい。思いを一つにしなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神があなたがたと共にいてくださいます。

●黙想
パウロは、最後に五つのことを命じて筆を置きます。

「そうすれば」と、御言葉に従う者に与えられる祝福を教えています。

コリントの教会は、祝福を失っていました。

神が共にいるのに、愛と平和を喪失していたのです。

神の言葉(命令)に従わなければ、祝福は呪いに変わる。

これはイスラエルの歴史が証明しています。

祝福を失っても神は共にいる。

これが神の恵みであり、これまたイスラエルの歴史が証明しています。

大切なことは、主に立ち帰り、主の言葉に従うことなのです。

これが祝福された人生の秘訣です。

今日は日曜日です。

礼拝を捧げることも、「そうすれば」の祝福の一つです。

今週も御言葉に従い、祝福に満ちた一週間となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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二コリント12:11-21「証し」

◇2018年3月24日(土)
●二コリント12:11-21「証し」

12:12 わたしは使徒であることを、しるしや、不思議な業や、奇跡によって、忍耐強くあなたがたの間で実証しています。

●黙想
クリスチャンであることは、どのように実証されますか。

パウロは、今も生きて働く神(復活の主)を信じ、御言葉に従って行動します。

すると、しるしや、不思議な業や、奇跡、つまり神の御業が起こり、

これらの証しと共に、忍耐強く福音を伝え、

多くの人々が主を崇め、信じ、各地に教会が誕生したのです。

今も、同じことは起こります。

使徒の働きは継続しています。

あなたの上にも、神の御業が起こされ、

証しと共に、福音を伝える者となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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二コリント12:1-10「恵み」

◇2018年3月23日(金)
●二コリント12:1-10「恵み」

12:9 すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。

●黙想
キリストの力は弱さの中で発揮されます。

パウロは、身にとげが刺さるような病気を患い、必死で主に祈り、主の声を聞きます。

主の言葉は、普遍です。

今も弱さを覚え、助けが必要なすべての人に向かって語られています。

すでに神の恵みは用意されました。

イエス・キリストは神の恵みであり、キリストの力は聖霊です。

パウロはこの恵みを受け取り、恵みの力によって強くされました。

あなたの弱さを通し、神の力が解き放たれ、御名が崇められますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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二コリント11:16-33「苦難」 

◇2018年3月22日(木)
●二コリント12:1-10「苦難」 

11:23 キリストに仕える者なのか。気が変になったように言いますが、わたしは彼ら以上にそうなのです。苦労したことはずっと多く、投獄されたこともずっと多く、鞭打たれたことは比較できないほど多く、死ぬような目に遭ったことも度々でした。

●黙想
偽教師たちは、自らを誇り、聖徒を惑わします。

自分の強さを誇ることは愚かなことです。

かつてパウロもそうでした。

愚かさで誇ろうと思えば、彼ら以上に誇れるものを持っています。

パウロはキリストと出会って、それらの誇りは塵芥に過ぎず、

自分の弱さを知ることで、主の強さを誇る者に変えられたのです。

パウロほど苦難を体験した人はいません。

神の力は弱さの中で力を発揮します。

苦難の数だけ強くなれる。

これがクリスチャンの誇り(喜び)です。

神の恵みによって、強くされる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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二コリント11:1-15「清さ」

◇2018年3月21日(水)
●二コリント11:1-15「清さ」
11:3 ただ、エバが蛇の悪だくみで欺かれたように、あなたがたの思いが汚されて、キリストに対する真心と純潔とからそれてしまうのではないかと心配しています。

●黙想
パウロはコリント教会を混乱させた偽教師の正体を暴露します。

彼らはサタンに仕え、キリストの使徒を装って、異なる福音を伝えました。

サタンは、人の思いを汚し、キリスト(神)との親しい関係、聖徒の交わりを破壊します。

サタンの悪巧みに欺かれないためには、主の言葉(聖書)が不可欠です。

銀行員が偽札を見分けられるのは、いつも真札に触れているからです。

毎日、聖書を読み、主と主の言葉に触れる。

これが清さと交わりを保つ秘訣です。

御言葉には魂を救い、心を浄化させ、赦しと和解へ導く力があるからです。

パウロのように、キリストに仕える人でありますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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二コリント10:12-18「誇り」

◇2018年3月20日(火)
●二コリント10:12-18「誇り」

10:17 「誇る者は主を誇れ。」

●黙想
人は功績を誇ります。

パウロほどキリスト教界に功績を残した人はいません。

多くの教会を生みだし、多くの手紙を書き残しました。

彼は、すべてのことは、自分の功績ではなく、

主の功績であることを自覚し、主を誇ったのです。

主を誇るとは、主を喜ぶことです。

功績を残すことは良いことです。

大切なことは、功績を残す知恵と力と賜物を与えてくれた主に感謝し、

主と共に喜び、主に栄光を帰すことです。

だからクリスチャンのスポーツ選手は、

ゴールを決め、本塁打を打ち、メダルを取ると、

まず主を見上げ、主に感謝し、主に栄光を捧げるのです。

どんな小さなことでも、主に感謝し、主と共に喜び、

主に栄光を帰す者となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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二コリント10:1-11「戦い」

◇2018年3月19日(月)
●二コリント10:1-11「戦い」

10:3 わたしたちは肉において歩んでいますが、肉に従って戦うのではありません。
●黙想
人生は戦いの連続です。

信仰生活にも霊的な戦いがあり、どう戦うかが重要です。

今日の御言葉はリビングバイブルでは次のように訳されます。

「私がごくあたりまえの弱い人間であることは事実です。 しかし私は、戦いに勝つために、人間的な計画や方策を用いません。」。

パウロは、弱さの中に働く神の力を知り、戦いの武器を得ました。

肉(自分の力)には限界があります。

しかし、霊(神の力)には限界がありません。

神の力は、弱さの中で発揮されます。

大切なことは、自分の弱さを認め、

神の恵み(キリスト)によって、強くなることです。

神の知恵(御言葉)によって戦う。

これがクリスチャンライフです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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二コリント9:15-15「献金」

◇2018年3月18日(日)
●二コリント9:15-15「献金」

9:10 種を蒔く人に種を与え、パンを糧としてお与えになる方は、あなたがたに種を与えて、それを増やし、あなたがたの慈しみが結ぶ実を成長させてくださいます。

●黙想
パウロは献金を種蒔きに例えます。

種は持っているだけでは実を結びません。

神の恵みが祝福となる原理も同じです。

恵みの上に恵みが増し加えられるためには、

恵みを与える人になる必要があるのです。

神の恵みには、二つあります。

一つは、受ける恵みです。

種は神から人類に与えられたものです。

種を蒔けば、豊かな収穫を得ます。

命も時間も種のように、神から与えられた恵みです。

命と時間を用いて、富を稼ぎ、社会に還元していく。

これが与える恵みです。

恵みを受け、恵みを流し出す人は、幸せの景気が良くなるのです。

今日は日曜日です。

神の恵みに感謝を捧げ、与えられた恵みを周りに還元していく人になりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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二コリント9:1-9「献金」

◇2018年3月17日(土)
●二コリント9:1-9「献金」

9:6 つまり、こういうことです。惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。
9:7 各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです。


●黙想
パウロによる献金の勧めです。

献金は信仰と希望と愛のバロメータです。

信仰と希望と愛がなければ、惜しまずに捧げ、喜んで与えることはできません。

信仰と希望も愛は、永遠に残る神様から与えられた救いの恵みであり、

捧げることもまた、神の恵みであり、この恵みには、祝福が伴います。

神の恵みによって、豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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二コリント8:16-24「証し」

◇2018年3月16日(金)
●二コリント8:16-24「証し」

8:18 わたしたちは一人の兄弟を同伴させます。福音のことで至るところの教会で評判の高い人です。

●黙想
パウロはコリント教会で集めた献金を、エルサレム教会に届けます。

この奉仕のため、テトスの同伴者として、評判の高い人を選びます。

彼なら安心して任せられると考えたからです。

パウロは、「主の前だけではなく、人の前でも公明正大にふるまうように心がけています」(21節)と告白しました。

クリスチャンは福音の証し人であり、奉仕者です。

初代教会のクリスチャンは、民衆全体から好意を寄せられ、

彼らの生き方が証しとなって「主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされた」(使徒2:47)のです。

御心に従い、評判の高い人となり、福音のために用いられますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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二コリント8:1-15「慈善」

◇2018年3月15日(木)
●二コリント8:1-15「慈善」

8:1 兄弟たち、マケドニア州の諸教会に与えられた神の恵みについて知らせましょう。
8:2 彼らは苦しみによる激しい試練を受けていたのに、その満ち満ちた喜びと極度の貧しさがあふれ出て、人に惜しまず施す豊かさとなったということです。

●黙想
神の恵みには、受ける恵みと与える恵みがあります。

マケドニア教会に与えられた神の恵みは、与える(捧げる)恵みです。

パウロは経済的に困窮するエルサレム教会を支援しようと献金を呼びかけました。

この慈善の業は、コリント教会から始まり、マケドニアの諸教会に広がっていったのです。

互助の精神は、神の御心です。

献金は、天に宝を積む恵みの行為であり、

受け取る側にも、与える側にも神の祝福が注がれます。

教会内で捧げる献金に加え、他教会への献金、

ユニセフ、チャイルドスポンサー等、

慈善の奉仕に加わることも、神の恵みであり、祝福なのです。

恵みの上に恵みが増し加えられ、さらに与えられ、豊かにされる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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二コリント7:8-16「悲しみ」

◇2018年3月14日(水)
●二コリント7:8-16「悲しみ」

7:10 神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします。

●黙想
パウロは、悲しみには二種類あると言います。

御心に適う悲しみと世の悲しみです。

前者は救い(命)に通じ、後者は滅び(死)に至ります。

パウロの手紙を読み、コリントの人々は悲しみ、悔い改めに導かれたのです。

イエス様を悲しませたペトロの姿を思います。

彼は、主のまなざしを見て、号泣し、悔い改めに導かれます。

また、ペトロの説教を聞き、胸を打ち、悔い改めた三千人のユダヤ人の姿を思います。

これが御心に適った悲しみです。

御言葉を黙想し、この悲しみを経験した人は、

慰めと回復が与えられ、救いに至るのです。

失敗し、挫折し、悲しみにくれることがあっても、

悔い改めて、主に立ち帰るならば、

その悲しみは、御心に適った悲しみになります。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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二コリント7:2-7「慰め」

◇2018年3月13日(火)
●二コリント7:2-7「慰め」

7:6 しかし、気落ちした者を力づけてくださる神は、テトスの到着によってわたしたちを慰めてくださいました。

●黙想
神様は慰め主です。

気落ちした者を力づけてくださいます。

パウロは、マケドニアに到着した時、心身共に疲れ切っていました。

そこでテトスと合流します。

彼は、コリントの人たちから慰めを受け、

その慰めをもって、パウロを慰めたのです。

主から慰めを受けると、主の慰めをもって、誰かを慰める人になります。

「神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、わたしたちも神からいただくこの慰めによって、あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。」(一コリ1:4)。

主があなたを慰め、慰めを与える人にしてくださるように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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二コリント6:14-7:1「約束」

◇2018年3月12日(月)
●二コリント6:14-7:1「約束」

7:1 愛する人たち、わたしたちは、このような約束を受けているのですから、肉と霊のあらゆる汚れから自分を清め、神を畏れ、完全に聖なる者となりましょう。

●黙想
約束とは、6章16節~18節に引用された旧約の約束です。

神様は、悪を避け、汚れたものに触れることをやめれば、

「わたしはあなたがたを受け入れ、父となり、あなたがたはわたしの息子、娘となる」と約束しました。

旧約(律法)の時代は、神に受け入れられ、神の子となるためには、

自分を清め、神を畏れ、聖なる者になる必要があったのです。

しかし、今は恵みの時、救いの日です。

神様は救い主を遣わし、先に私たちを受け入れ、神の子として下さいました。

これが新約(福音)の時代です。

先に身分を変え、栄光から栄光へと神の子としての身分にふさわしい者へと変えられていくのです。

だからこそ、私たちは悪を避け、汚れから身を清め、聖なる者にふさわしく生きる必要があるのです。

神の恵みを無駄にせず、

悪を避け、自らを清め、神を畏れて(崇めて)、歩んでいきましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Next:二コリント7:2-7

二コリント6:1-13「恵み」

◇2018年3月11日(日)
●二コリント6:1-13「恵み」

6:1 わたしたちはまた、神の協力者としてあなたがたに勧めます。神からいただいた恵みを無駄にしてはいけません。

●黙想
救いは神からいただく恵みです。

パウロは、神の恵みを受け取り、さらに多くの人々に届ける人でした。

救いの恵みは、豊かな実を結ぶ種です。

まず、神との和解(平和・交わり)という実を結び、

さらに、隣人との和解(平和・交わり)という実を結びます。

種は持っているだけでは無駄になります。

蒔かなければ実を結びません。

クリスチャンは神の協力者です。

神からいただいた恵みの種を蒔いて、平和の実を結ぶ人となりますように。byバルナバ

Next:二コリント6:14-7:1

二コリント15:11-21「新生」

◇2018年3月10日(土)
●二コリント15:11-21「新生」

5:17 だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。

●黙想
この御言葉は真実です。

人は誰でも生まれ変わることができます。

人生をやり直せるのです。

誰でも例外なく生まれ変わることができるのです。

その方法は、イエスを救い主と信じ、告白し、洗礼を受けることによってです。

洗礼記念日は第二の誕生日となります。

「わたしたちは神に造られたものであり、しかも、神が前もって準備してくださった善い業のために、キリスト・イエスにおいて造られたからです。わたしたちは、その善い業を行って歩むのです。」(エフェソ20:10)。

キリストと結ばれ、御言葉を黙想し、善い業(御心に適うこと)を行って歩む者は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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二コリント5:1-10「天国」

◇2018年3月9日(金)
●二コリント5:1-10「天国」

5:1 わたしたちの地上の住みかである幕屋が滅びても、神によって建物が備えられていることを、わたしたちは知っています。人の手で造られたものではない天にある永遠の住みかです。

●黙想
この幕屋とは、私たちの肉体であり、この世の命です。

肉は衰え、朽ち、やがて脱ぎ捨てるときが訪れます。

それが死です。

しかし、パウロは、天には神が備えられた建物、永遠の住かがあると語るのです。

これが朽ちない体、霊の体、天国です。

復活があり、死の向こう側に場所が用意されている。

これがクリスチャンの希望です。

「死者の復活もこれと同じです。蒔かれるときは朽ちるものでも、朽ちないものに復活し、蒔かれるときは卑しいものでも、輝かしいものに復活し、蒔かれるときには弱いものでも、力強いものに復活するのです。(一コリ15:42-43)

「わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。」(ヨハネ14:2-3)。


復活と天に場所が備えられている人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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二コリント4:13-18「信仰」

◇2018年3月8日(木)
●二コリント4:13-18「信仰」

4:18 わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。

●黙想
パウロは、見えないものに目を注ぎました。

目に見えず、永遠に存続するものとは何でしょうか。

それは神であり、神から与えられる「信仰」と「希望」と「愛」です。

パウロは、永遠に生きておられる神を信じ、

信仰の観点、希望の観点、愛の観点から現実を見つめました。

だから落胆することなく、肉体は弱っても、

内なる人は、日々、新たにされたのです。

今日も主を見上げ、主と主の言葉に目を注ぎ、

神の観点で考え、行動し、歩んでいきましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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二コリント4:1-12「土の器」

◇2018年3月7日(水)
●二コリント4:1-12「土の器」

4:8 わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、
4:9 虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない。


●黙想
人生はボクシングのようです。

世の嵐をパンチのように浴びることがあります。

パウロは強烈なパンチを浴び、幾度もダウンをしましたが、ノックアウトしませんでした。

主が彼と共におられたからです。

私たちは土の器です。

パウロは、器の中に宝(イエス・キリスト)が納められており、これが力の源でした。

だから、苦しめられても逃れの道があり、

途方に暮れても希望があり、虐げられても、癒しと回復があり、

打ち倒されても、立ち上がることができたのです。

今日も主の力に支えられ、良い一日となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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二コリント3:12-18「礼拝」

◇2018年3月6日(火)
●二コリント3:12-18「礼拝」

3:18 わたしたちは皆、顔の覆いを除かれて、鏡のように主の栄光を映し出しながら、栄光から栄光へと、主と同じ姿に造りかえられていきます。これは主の霊の働きによることです。

●黙想
人は仰ぎ見る対象に似ていきます。

主を見上げ、礼拝する者は、主と似た者へと変えられていきます。

「偶像を造り、それに依り頼む者は皆、偶像と同じようになる」(詩編115:8)と警告されています。

パウロは「主の方に向き直れば、覆いが取り除かれる」と言いました。

主を崇める者には、主の御霊が働き、主の栄光が現れます。

主に依り頼む者は、栄光から栄光へと、主と同じ姿に造り変えられていきます。

世の光として、主の栄光を映し出し、主の栄光を現す者となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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二コリント3:1-11「手紙」

◇2018年3月5日(月)
●二コリント3:1-11「手紙」

あなたがたは、キリストがわたしたちを用いてお書きになった手紙として公にされています。墨ではなく生ける神の霊によって、石の板ではなく人の心の板に、書きつけられた手紙です。

●黙想
聖書は神の手紙です。

聖書を黙想すれば、神様の心が分かるようになります。

クリスチャンはキリストの手紙です。

パウロは、コリントの信徒たちのことを「手紙」に例えています。

心の板に御言葉を書き記されるためには、QTが不可欠です。

「わが子よ、わたしの教えを忘れるな。わたしの戒めを心に納めよ。そうすれば、命の年月、生涯の日々は増し、平和が与えられるであろう。慈しみとまことをあなたを離れないようにせよ。それらを首に結び、心の中の板に書き記すがよい。そうすれば、神と人の目に好意を得、成功するであろう」(箴言1-4)。

御言葉を黙想し、キリストの手紙となり、

あなたを通し、神様の心が伝えられますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

Next:二コリント3:12-18

二コリント2:12-17「勝利」

◇2018年3月4日(日)
●二コリント2:12-17「勝利」

2:14 神に感謝します。神は、わたしたちをいつもキリストの勝利の行進に連ならせ、わたしたちを通じて至るところに、キリストを知るという知識の香りを漂わせてくださいます。

●黙想
パウロは、トロアスでテトスと会えず、

不安を抱いたまま、マケドニアに向かいます。

パウロの人生、何もかも思いどおりになったのではありません。

むしろ、思いどおりにならないことが多々ありました。

パウロは、すぐに気持ちを切り替え、主に感謝しました。

主は万事を益に変えてくださることを知っていたからです。

益とは、御心がなされることです。

御心にまさる益(祝福)はありません。

人生の勝利者とは、自分の思いどおりに生きる人ではなく、

主の御心のままに生きる人です。

今日は日曜日です。

万事を益に変えてくださる主を崇め、

キリストの香りを放つ人となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

Next:二コリント3:1-11

二コリント1:23-2:11「赦し」

◇2018年3月3日(土)
●二コリント1:23-2:11「赦し」

あなたがたが何かのことで赦す相手は、わたしも赦します。わたしが何かのことで人を赦したとすれば、それは、キリストの前であなたがたのために赦したのです。

●黙想
愛は赦すことです。

コリント教会には愛と赦しが必要でした。

赦すことができれば人生は好転し、家庭も教会も祝福されます。

どれだけ多くの人々が赦すことができずに苦しんでいることでしょうか。

互いに愛し合うこと、赦し合うためには、

まず、神に赦され、自分自身を赦すことが先決です。

自分を赦さなければ、人を赦すことができないからです。

受難節です。

十字架を仰ぎ、主の愛と赦しを黙想し、

自分を赦し(愛し)、人を赦し(愛し)、

互いに赦し合う(愛し合う)者となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

Next:二コリント2:12-17

二コリント1:12-22「証印」

◇2018年3月2日(金)
●二コリント1:12-22「証印」

1:22 神はまた、わたしたちに証印を押して、保証としてわたしたちの心に“霊”を与えてくださいました。

●黙想
人は誰でもイエス・キリストを信じ、洗礼を受けるならば、

神の子とされ、証印が押されます。

証印は、所有者の証です。

クリスチャンは神のものです。

クリスチャンとは、キリストのものという意味です。

所有者は所有するものの全責任を負います。

イエス様はあなたの保証人であり、弁護人、身元引受人です。

死に至るまで、死の向こうまで、主が全責任を負って、

あなたを守り、御国まで導いてくださるのです。

今日も主に委ね、主に従って歩みましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Next:二コリント1:23-2:11
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