一コリント12:21-31「必要」

◇2018年1月31日(水)
●一コリント12:21-31「必要」

12:21 目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。
12:22 それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。


●黙想
弱さを知らなければ、神の力の必要が分かりません。

パウロは生きる望みを失った時、主だけを頼りとし、救い出されました。

さらに、病で苦しむ時にも、主に三度祈りました。

すると主は言われたのです。

「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」(二コリ12:9)と。

パウロは弱さの中で、神の力を体験しました。

人の力も同じです。

弱さの中で発揮されるのです。

あなたの力を必要としている人がいます。

互いの力で補い合って生きる。

これがキリストの体です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
Next:一コリント13:1-7
スポンサーサイト

一コリント12:12-20「体」

◇2018年1月30日(火)
●一コリント12:12-20「体」

12:12 体は一つでも、多くの部分から成り、体のすべての部分の数は多くても、体は一つであるように、キリストの場合も同様である。


●黙想
教会はキリストの体です。

わたしたちは肢体の一部です。

足と手、耳と目では、働きが異なります。

足は足、手は手、耳は耳、目は目としての働きがあります。

違う部位になろうとしていませんか。

大切なことは、自分らしく生きることです。

置かれた場所で、自分らしい花を咲かせてください。

御言葉は、自分らしさを磨くための研磨剤です。

日々、御言葉によって磨かれ、

互いに愛し合い、助け合い、補い合って生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
Next:一コリント12:21-31

一コリント12:1-12「賜物」

◇2018年1月29日(月)
●一コリント12:1-12「賜物」

12:6 働きにはいろいろありますが、すべての場合にすべてのことをなさるのは同じ神です。
12:7 一人一人に“霊”の働きが現れるのは、全体の益となるためです。


●黙想
パウロは、一人一人に与えられる霊的賜物について語ります。

神様は一人一人に異なる賜物を与え、

キリストの体である教会を組み立てていかれます。

大切なことは、賜物(タラント)に目を向け、比較し合わないことです。

人を見て、比較すると妬みやそねみが生じ、全体の益にはならないのです。

人や人の賜物を見て、比較し、競い合うのではなく、

主だけをみて、互いの賜物で補い合う。

ここに神の国(教会)があります。

与えられた賜物が教会や家族社会の益となるために用いられていきますように。

御名によって祝福します。byバルナバ
Next:一コリント

一コリント11:27-34「交わり」

◇2018年1月28日(日)
●一コリント11:27-34「交わり」

11:27 従って、ふさわしくないままで主のパンを食べたり、その杯を飲んだりする者は、主の体と血に対して罪を犯すことになります。11:28 だれでも、自分をよく確かめたうえで、そのパンを食べ、その杯から飲むべきです。

●黙想
聖餐の本質は「主にある交わり」です。

コリント教会には、この交わりが失われていたのです。

パウロは、聖餐に与る前、神様との関係、人との関係、自分との関係が、

ふさわしい状態にあるかを確かめるように、命じたのです。

罪の本質は交わりの喪失です。

罪とは神と人と自分自身との関係を断絶させます。

キリストの十字架は、罪によって断絶した関係を回復させ、

二つのものを一つにし、主にある交わり(一致と平和)をもたらすのです。

今日は日曜日です。

共に十字架を見上げ、自分をよく確かめ、主にある交わりを大切にしましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
Next:一コリント12:1-12

一コリント11:17-26「聖餐」

◇2018年1月27日(土)
●一コリント11:17-26「聖餐」

11:26 だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです。

●黙想
聖餐式は十字架と復活を記念し、三つの信仰が表明されます。

第一は、十字架信仰です。

主は贖い主であり、わたしたちの罪を贖うために血を流されたのです。

十字架の血潮により、わたしたちの罪は贖われ、救われたのです。

第二は、復活信仰です。

主は復活であり、命(命のパン)です。

主は死と悪魔に勝利し、わたしたちは永遠の命が与えられ、

復活の希望が与えられました。

第三は、再臨信仰です。

主は再び来られ、御国を完成されます。

主の晩餐は御国の晩餐のひな型です。

主が来られる日まで、教会は聖餐を守り、主の死(十字架)を告げ知らせるのです。

この知らせを聞いて、主を信じ、主の晩餐に与る人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
Next:一コリント11:27-34

一コリント11:2-16「本質」

◇2018年1月26日(金)
●一コリント11:2-16「本質」

11:13 自分で判断しなさい。女が頭に何もかぶらないで神に祈るのが、ふさわしいかどうか

●黙想
コリント教会の中で、女性が祈りと礼拝を捧げる時、

かぶり物を付けるべきかの是非を巡って論争がありました。

パウロは自分の考えを述べ、自分で判断するように命じます。

文化や状況は変化しても、福音は不変です。

福音の本質以外は寛容な心が必要です。

かぶり物の問題は、福音の本質ではありません。

本質は十字架による愛と赦しです。

自由なふるまいが、福音の妨げとなる(証しにならない・教会の徳を高めない)であれば、

自制することも必要です。

何事においても本質を大切にし、

何が御心に適うかを正しく判断できますように。

御名によって祝福します。byバルナバ
Next:一コリント11:17-26

一コリント10:23-11:1「益」

◇2018年1月25日(木)
●一コリント10:23-11:1「益」

10:33 わたしも、人々を救うために、自分の益ではなく多くの人の益を求めて、すべての点ですべての人を喜ばそうとしているのですから。

●黙想
人は、自分の益や目先の利益を求めます。

聖書は、自分よりも、周りの利益を求める方が、

自分に益する生き方だと教えます。

「受けるよりは与える方が幸い」なのです。

キリストは十字架にかかり、

わたしたちに大きな益(救い)をもたらし、栄光の座に着かれました。

パウロはキリストに倣う人でした。

自分の益を求めず、他人に益(救い)を与えることを喜びとし、福音を伝えたのです。

与える人には、さらに多く与えられ、

受ける人にも与える人にも喜びをもたらします。

今日も与える人でありますように。

御名によって祝福します。byバルナバ
Next:一コリント11:2-16

一コリント10:14-22「礼拝」

◇2018年1月24日(水)
●一コリント10:14-22「礼拝」

10:14 わたしの愛する人たち、こういうわけですから、偶像礼拝を避けなさい。

●黙想
神以外を神とせず。

これが偶像礼拝を避けるための心構えです。

コリントの町は偶像礼拝の町でした。

パウロは偶像の神はなく、偶像に働く悪霊の存在を語ります(20節)。

イスラエルの民が神の祝福を失い、滅びたのは、

偶像礼拝により、悪をむさぼるようになったからです(5~7節)。

偶像は神ではありません(8章4節)。

神の本質は愛であり、偶像は対極にあります。

偶像には愛がないからです。

ヨハネが最後に命じた言葉もパウロと同じです。

「子たちよ、偶像を避けなさい」(一ヨハネ5:21)。

人は礼拝を捧げる対象に似ていきます。

偶像を避け、神だけを礼拝する人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Next:一コリント10:23-11:1

一コリント10:1-13「逃れの道」

◇2018年1月23日(火)
●一コリント10:1-13「逃れの道」

10:13 あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。

●黙想
今朝は、一泊二日で研修に出かけていて、配信できませんでした。

今日の個所には、多くのクリスチャンたちが暗誦し、口ずさんでいる御言葉がありますので、お届けしました。

逃れの道を備えたもう主を信じて歩む人は幸いです。今日も祝福がありますように。byバルナバ
Next:一コリント10:23-11:1

一コリント10:1-13「逃れの道」

◇2018年1月23日(火)
●一コリント10:1-13「逃れの道」

10:13 あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。

●黙想
今朝は、一泊二日で研修に出かけていて、配信できませんでした。

今日の個所には、多くのクリスチャンたちが暗誦し、口ずさんでいる御言葉がありますので、お届けしました。

逃れの道を備えたもう主を信じて歩む人は幸いです。今日も祝福がありますように。byバルナバ
Next:一コリント10:23-11:1

一コリント9:19-27「福音」

◇2018年1月22日(月)
●一コリント9:19-27「福音」

9:23 福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです。

●黙想
福音(良い知らせ)を聞き、キリストを信じた人は、

恵みによって救われ、神の祝福にあずかる者となります。

パウロは、ギリシャ人にはギリシャ人のように、福音を伝えたのです。

福音を伝えた人は、福音に共にあずかる者となります。

共にあずかる喜びは言葉には表せない喜びであり、

霊的な喜び、天国の喜びです。

あなたはこの喜びを味わったことがありますか。

誰かに福音を伝えてください。

そうすればこの喜びを体験し、パウロの言葉がより理解できるようになります。

福音を共にあずかる者は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Next:一コリント10:1-13

一コリント9:13-18「福音」

◇2018年1月21日(日)
●一コリント9:13-18「福音」

9:16 もっとも、わたしが福音を告げ知らせても、それはわたしの誇りにはなりません。そうせずにはいられないことだからです。福音を告げ知らせないなら、わたしは不幸なのです。

●黙想
良い知らせ(福音)を聞いたならば、人に伝えたくなるものです。

パウロは、この知らせを伝えないことは、自分には不幸(災い)だ、と言います。

パウロをこれほど駆り立てさせるほど、福音はビックニュースなのです。

私たちは福音の奥座敷を味わう必要があります。

神の恵みの深さを味わえば、パウロの心と行動が理解できるようになります。

今日は日曜日です。

主の恵みと安息に浸る日です。

たっぷりと恵みを受け、その恵みと祝福を周りに流し出して生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Next:一コリント9:19-27

一コリント9:1-12「愛」

◇2018年1月20日(土)
●一コリント9:1-12「愛」

9:12 他の人たちが、あなたがたに対するこの権利を持っているとすれば、わたしたちはなおさらそうではありませんか。しかし、わたしたちはこの権利を用いませんでした。かえってキリストの福音を少しでも妨げてはならないと、すべてを耐え忍んでいます。

●黙想
ここでの権利とは、福音のために働く人が生活の資を受ける権利です。

これは律法で規定され、イエス様も教えた権利です。

パウロは、この権利を用いず、働きながら伝道したのです。

なぜでしょうか。

ギリシャ人を救うためです。

彼らは律法も、主の教えも知りません。

福音が妨げられないよう、ギリシャ人にはギリシャ人のように、

働きながら福音を伝えたのです。

宣教師や開拓伝道者や信徒伝道者も同じです。

救いのためなら、権利も自由も身分さえも放棄する。

これがキリストの愛であり、パウロはこの愛に倣う人でした。

この愛により救われ、この愛に生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
Next:一コリント9:13-18

一コリント8:1-13「唯一の神」

◇2018年1月19日(金)
●一コリント8:1-13「唯一の神」

8:5 現に多くの神々、多くの主がいると思われているように、たとえ天や地に神々と呼ばれるものがいても、
8:6 わたしたちにとっては、唯一の神、父である神がおられ、万物はこの神から出、わたしたちはこの神へ帰って行くのです。また、唯一の主、イエス・キリストがおられ、万物はこの主によって存在し、わたしたちもこの主によって存在しているのです。


●黙想
コリントの町は、多くの神々が祀られ、供え物を捧げる習慣がありました。

日本とよく似ています。

神は唯一の神です。

パウロは、多神教を信じる人々に福音を伝え、

神は唯一であり、イエスは神が遣わした救い主であることを教えました。

キリスト教は、唯一信仰であり、拝一信仰です。

日本には八百万の神々が祀られていますが、偶像の神はありません。

神は唯一だからです。

偶像に惑わされることなく、万物の造り主、

救い主である神に礼拝を捧げ、神の栄光を現して生きる。

これが人間の本分です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
Next:一コリント9:1-12

一コリント7:25-40「決断」

◇2018年1月18日(木)
●一コリント7:25-40「決断」

7:35 このようにわたしが言うのは、あなたがたのためを思ってのことで、決してあなたがたを束縛するためではなく、品位のある生活をさせて、ひたすら主に仕えさせるためなのです。

●黙想
パウロは、教会に迫害が起こり、終末(死)を強く意識する中で、結婚についての私見を述べます。

結婚するも良し、独身でいるも良し。

決めるのは本人の自由です。

私たちは御心が分からず、決断できず、思い悩むことがあります。

どちらを選ぶにせよ、品位ある生活と、

ひたすら主に仕えることを、心がけていれば、神の祝福が伴います。

大切なことは、主に祈り、決断した後のことは、主に委ねて生きることです。

主に仕えて生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
Next:一コリント8:1-13

一コリント7:17-24「身分」

◇2018年1月17日(水)
●一コリント7:17-24「身分」

7:24 兄弟たち、おのおの召されたときの身分のまま、神の前にとどまっていなさい。

●黙想
神の子としての自由な身分(神の国の身分)があれば、

召されたときの身分(この世の身分)は、問題になりません。

パウロは、召された身分にとどまり、

今、奴隷であるならば、主に仕えるように主人に仕えることを教えました。(エフェソ6:5)。

大切なことは、神の掟を守ることです。

神を愛し、自分を愛し、隣人を愛し、互いに愛し合うこと。

ここに神の国があり、まことの自由があります。

この世の身分に囚われず、むしろ、とどまり、

神の子としての身分にふさわしく生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
Next:一コリント7:25-40

一コリント7:1-16「家庭」

◇2018年1月16日(火)
●一コリント7:1-16「家庭」

7:13 また、ある女に信者でない夫がいて、その夫が一緒に生活を続けたいと思っている場合、彼を離縁してはいけない。
7:14 なぜなら、信者でない夫は、信者である妻のゆえに聖なる者とされ、信者でない妻は、信者である夫のゆえに聖なる者とされているからです。そうでなければ、あなたがたの子供たちは汚れていることになりますが、実際には聖なる者です。

●黙想
神の国の本質は「愛」です。

家庭に聖なる者(神の国を生きる者)がいることは、家族と子孫の祝福となります。

信者には祈りがあり、信者でなくても、いつも祈られ、神の国を体験するからです。

「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます」(使徒16:31)。

この御言葉は真実です。

主イエスを信じれば、神の国が生まれるからです。

大切なことは、神の国の本質を大切にし続けることです。

愛と赦しを持って祈り続けるならば、家族の中にも神の国が広がります。

あなたとあなたの家族、さらに子孫に至るまで、

主を崇め、感謝し、神の国を生きる者となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ
Next:一コリント7:17-24

一コリント6:12-20「価値」

◇2018年1月15日(月)
●一コリント6:12-20「価値」

6:20 あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。だから、自分の体で神の栄光を現しなさい。

●黙想
価値を知ると扱いが変わります。

同じ300円で買った宝くじでも、はずれ券と5億円の当選券では、その後の扱い方が変わります。

価値が分かると生き方が変わります。

パウロは、「あなたがたは神が代価(キリストの命)を払って買い取ってくださった器だ」というのです。

金銀では買うことのできない大切な器(命)を、汚し、台無しにしている、と怒ったのです。

買い取られた人(贖われた人)は、神のものです。

「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:4)。

自らの価値を知り、価値ある生き方をして、神の栄光を現して生きる。

これがクリスチャンライフです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
Next:一コリント7:1-16

一コリント6:1-11「問題」

◇2018年1月14日(日)
●一コリント6:1-11「問題」

あなたがたの間で、一人が仲間の者と争いを起こしたとき、聖なる者たちに訴え出ないで、正しくない人々に訴え出るようなことを、なぜするのです。

●黙想
日常生活で悩みや問題が生じた時、誰に相談しますか。

信仰に関することは、信仰ある者に相談するべきです。

霊的な問題を、信仰のない者や、正しくない人々に訴えると、

問題は複雑化し、危機に陥ります。

かつてイスラエルの民は、国が分裂し、国内に問題が山積しました。

これは霊的な問題でした。

彼らは預言者の言葉に耳を傾け、主に立ち帰るべきでした。

しかし、彼らは偶像や、近隣諸国に助けを求め、

より事態は悪化し、神殿も家も国も失ってしまったのです。

問題(試練や誘惑)は、主に立ち帰る者には好機となり、

主から離れて行く者には危機となるのです。

今日は日曜日です。

主の家に帰る日です。

主と主の言葉にこそ問題解決の鍵があります。

危機をチャンスに変えられる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
Next:一コリント6:12-20

一コリント5:1-13「パン種」

◇2018年1月13日(土)
●一コリント5:1-13「パン種」

5:6 あなたがたが誇っているのは、よくない。わずかなパン種が練り粉全体を膨らませることを、知らないのですか。

●黙想
パン種(イースト菌)がパンを膨張させます。

イエス様はファリサイ派の人々のパン種に注意するように教えました。

パン種は、古い体質、考え、肉の心、自我、ヒューマニズム等です。

ここでのパン種は、彼らの誇り高ぶり(高慢)です。

高慢は癌細胞のようにキリストの体(教会)の細胞(わたしたち)を蝕んでいきます。

人間の体には免疫力があり、日々、細胞を守るための戦いが繰り広げられています。

QTは、クリスチャンの免疫力を高めます。

御言葉の中に神の力(聖霊)が働くからです。

日々、御言葉を黙想し、霊的免疫力を高める人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
Next:一コリント6:1-11

一コリント4:9-21「モデル」

◇2018年1月12日(金)
●一コリント4:9-21「モデル」

4:16 そこで、あなたがたに勧めます。わたしに倣う者になりなさい。

●黙想
コリントの教会は、「わたしはパウロにつく、わたしはアポロに」と、内輪もめがありました。

かつて弟子たちもそうでした。

誰が偉いのかを巡って、競い合っていました。

主は弟子たちに教えました。

「あなたがたの中で偉くなりたい者は、仕える者になり、いちばん上になりたい者は、皆の僕となりなさい」(マルコ20:26-27)と。

パウロは仕える人でした。

彼のモデルはキリストです。彼

はキリストの生き方に倣いました。

「侮辱されては祝福し、迫害されては耐え忍び、ののしられては優しい言葉を返し」たのです。

「わたしに倣う者」とは、キリストに倣う者です。

競い合うのではなく、互いに足を洗い合い、仕え合え、助け合う共同体。

それが教会です。

イエス様に倣ったパウロに倣う者となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ
Next:一コリント5:1-13

一コリント4:1-8「裁き」

◇2018年1月11日(木)
●一コリント4:1-8「裁き」

4:5 ですから、主が来られるまでは、先走って何も裁いてはいけません。主は闇の中に隠されている秘密を明るみに出し、人の心の企てをも明らかにされます。そのとき、おのおのは神からおほめにあずかります。

●黙想
かつてパウロは、先走って裁きをしていました。

自分は正しいと、裁きの座に座り、クリスチャンを捕らえ、牢獄に放り込んでいたのです。

パウロは、イエスはキリストと出会い、自分の間違いに気づきました。

キリストは救い主であり、終わりの日には、世を裁くために来られるお方であることを知ったのです。

主は教えています。

「人を裁くな。そうすれば、あなたがたも裁かれることがない。人を罪人だと決めるな。そうすれば、あなたがたも罪人だと決められることがない。赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦される。与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである」(ルカ6:37-38)。

先走って裁かず、裁きは主に委ね、

キリストやステファノの如く、先に赦す人、赦しを祈る人となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ
Next:一コリント4:9-21

一コリント3:16-23「神殿」

◇2018年1月10日(水)
●一コリント3:16-23「神殿」

3:16 あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。

●黙想
誰でもイエス・キリストを信じるならば、神の神殿となります。

神殿に求められるのは、清さです。

主は聖なる方です。

エルサレム神殿は聖別され、主の臨在が満ち溢れていました。

しかし、王と民は堕落し、偶像を持ち込み、神殿を汚し、主の臨在を失いました。

コリントの教会も、同じことが起こり始めていたのです。

身(神殿)を清める方法は、ただ一つです。

キリストの十字架を仰ぎ、御言葉を黙想し、主に立ち帰ることです。

日々、御言葉を黙想し、悔い改めにふさわしい実を結ぶ人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
Next:一コリント4:1-8

一コリント3:1-15「協力」

◇2018年1月9日(火)
●一コリント3:1-15「協力」

3:6 わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。
3:7 ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。

●黙想
神様は人を用いて、御業をなされます。

コリントの教会は、パウロが植え、アポロが水を注ぎ、花が咲き、実を結びました。

教会は競争社会ではなく、協力社会です。

競争原理が働くと、人との比較が生まれ、神を見失います。

主を見上げ、互いに助け合い、励まし合い、祈り合うところに、神の国が成長していきます。

協力という漢字は、十字架の元に力が結集されています。

キリストの元に力を合わせ、与えられた務めを全うしていきましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
Next:一コリント3:16-23

一コリント2:10-16「聖霊」

◇2018年1月8日(月)
●一コリント2:10-16「聖霊」

2:12 わたしたちは、世の霊ではなく、神からの霊を受けました。それでわたしたちは、神から恵みとして与えられたものを知るようになったのです。
2:13 そして、わたしたちがこれについて語るのも、人の知恵に教えられた言葉によるのではなく、“霊”に教えられた言葉によっています。つまり、霊的なものによって霊的なことを説明するのです。


●黙想
聖書の世界は霊的な世界です。

パウロは、神からの霊(聖霊)を受け、霊の目が開かれました。

誰でも聖霊によらなければ、イエスをメシアと告白することはできず、

聖霊によらなければ、神の恵みを知ることもできません。

神に近づき、神からの霊を求めて下さい。

神様は求める者に、最良の贈り物として聖霊を与えられます。

聖書の世界を、御言葉と聖霊にナビされながら旅する者となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ
Next:一コリント3:1-15

一コリント2:1-9「神の力」

◇2018年1月7日(日)
●一コリント2:1-9「神の力」

2:4 わたしの言葉もわたしの宣教も、知恵にあふれた言葉によらず、“霊”と力の証明によるものでした。
2:5 それは、あなたがたが人の知恵によってではなく、神の力によって信じるようになるためでした。

●黙想
福音(十字架の言葉)は、説明して分かるものでも、

説得して、納得されるものでもありません。

神の力(聖霊)の働きがなしに、福音は証明できません。

霊と力の証明とは、

今も生きて働く神の御業(癒しと救いと不思議な御業)です。

パウロの宣教活動には、神の御業が伴っており、各地に教会が誕生したのです。

教会の存在、クリスチャンの存在自体が、福音の確かさの証明です。

今日は日曜日です。

今も生きて働く神を崇め、共に礼拝を捧げましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
Next:一コリント2:10-16

一コリント1:26-31「誇り」

◇2018年1月6日(土)
●一コリント1:26-31「誇り」

1:30 神によってあなたがたはキリスト・イエスに結ばれ、このキリストは、わたしたちにとって神の知恵となり、義と聖と贖いとなられたのです。
1:31 「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。


●黙想
世の中は弱肉強食、勝ち組、富める者、知恵ある者が誇ります。

しかし、神の国(教会)では、だれ一人、自分を誇ることができません。

どんなに努力し、お金を積み、知恵を使っても、

自分の力では救い(義と聖と贖い)を得ることはできないからです。

わたしたちが救われたのは、神の恵みです。

神の力です。

人は誰でも、神によって、イエス・キリストと結ばれ、

義なる者、聖なる者、贖われた者とされるのです。

人を見て、人と比較して、自らを誇って生きるのではなく、

主を見て、主を誇る(喜ぶ)。

これが神の国に生きる人です。

神の国では、全員が勝ち組です。

キリストが勝利者だからです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
Next:一コリント2:1-9

一コリント1:18-25「知恵」

◇2018年1月5日(金)
●一コリント1:18-25「知恵」

1:18 十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。

●黙想
十字架の言葉は神の知恵であり、神の力です。

この力を信じないことこそ、実は愚かなことです。

なぜ、彼らは信じることができないのでしょうか。

それは自分の知恵を誇り、この世の知識に頼り、

御言葉に耳を傾けようとしないからです。

神の愚かさは、人間の賢さにまさります。

神様の知恵は、私たちの知恵とは次元が違います。

神様が最大限の知恵を駆使し、救いの計画を立てました。

それが十字架の出来事と言葉(福音)です。

大切なことは、神の知恵(御言葉)を素直に信じることなのです。

幼子のように信じる人には、神の力が働き、神の救いと助けを体験するのです。

神の力(聖霊)は、今も生きて働いています。

神の知恵である御言葉を素直に信じる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
Next:一コリント1:26-31

一コリント1:10-17「一致」

◇2018年1月4日(木)
●一コリント1:10-17「一致」

1:10 さて、兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストの名によってあなたがたに勧告します。皆、勝手なことを言わず、仲たがいせず、心を一つにし思いを一つにして、固く結び合いなさい。

●黙想
多様性の一致。

これがキリストの体である教会の本質です。

コリントの教会には、多種多様な人々が集まりました。

どんな集団も、人が多くなれば、派閥が生まれ、意見の相違が生じるものです。

教会とて同じです。

多種多様な人々が集まる教会が一致する方法は、ただ一つです。

人ではなく、主を見ることです。

主にあって一つになる。

これが教会の本質です。

この本質を大切にするところに、一致があります。

「イスラエルの人々は自分たちの町にいたが、民はエルサレムに集まって一人の人のようになった」(エズラ3:1)。

一人の人のようになって生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
Next:一コリント1:18-25

Ⅰコリント1:1-9「恵み」

◇2018年1月3日(水)
●Ⅰコリント1:1-9「恵み」

1:4 わたしは、あなたがたがキリスト・イエスによって神の恵みを受けたことについて、いつもわたしの神に感謝しています。

●黙想
今日からコリント信徒への手紙一です。

誰でもイエスは神の子、キリスト(救い主)であると信じるならば、神の恵みを受けます。

神の恵みは、クリスチャンの存在の基盤です。

最後まで、主がしっかりと支え、非の打ち所のない者にしてくださる(8節)からです。

神の恵みは、人生のセーフティネットです。

命綱です。

私たちは赦されてもなお、罪人です。

道を外れ、足を踏み外し、転落することもあります。

主の恵みは、あなたを離さず、必ず支え、引き上げ、助け出してくださいます。

どんな時にも主を信頼し、主の恵みに支えられ、感謝して生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
Next:一コリント1:10-17
プロフィール

バルナバ

Author:バルナバ
バルナバ牧師の部屋へようこそ!

カテゴリー

無料カウンター 現在の閲覧者数:
無料カウンター
最近の記事
リンク
月別アーカイブ
カレンダー
12 | 2018/01 | 02
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -