イザヤ10:20-34「残りの者」

◇2017年8月31日(木)
●イザヤ10:20-34「残りの者」

10:21 残りの者が帰って来る。ヤコブの残りの者が、力ある神に。
10:22 あなたの民イスラエルが海の砂のようであっても、そのうちの残りの者だけが帰って来る。滅びは定められ、正義がみなぎる。

●黙想
残りの者には希望があり、回復があり、救いがあります。

残りの者(レムナント)とは、主の御名を信じ、主に望みを置き、最後まで耐え忍ぶ者です。

イエス様は言いました。

「そのとき、多くの人がつまずき、互いに裏切り、憎み合うようになる。偽預言者も大勢現れ、多くの人を惑わす。不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。そして、御国のこの福音はあらゆる民への証しとして、全世界に宣べ伝えられる。それから、終わりが来る。」(マタイ24:10-14)。

世界情勢、現代社会を見渡すと、

イザヤの時代にも、福音書が書かれた時代にも似ています。

どの時代においても大切なことは、残りの者となることです。

主を固く信頼し、主を待ち望む人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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イザヤ10:1-11「悪」

◇2017年8月29日(火)
●イザヤ10:1-11「悪」

10:5 災いだ、わたしの怒りの鞭となるアッシリアは。彼はわたしの手にある憤りの杖だ。

●黙想
神様は人の悪さえも用いて、御業をなさることがあります。

アッシリアはイスラエルに悪を行います。

主が悪を行わせたのではありません。

彼らの悪を逆用し、イスラエルを打たれたのです。

悪を行ったアッシリアに対しては「災いだ」と言われます。

イスカリオテのユダも同じです。

主は彼の悪(裏切り)を逆用し、救いの御業を成し遂げます。

アッシリアもユダも、「災いだ」と言われ、滅んでしまうのです。

一方、悪を行ったのに「幸い」に変えられた人々がいます。

ヤコブの息子たちです。

彼らはヨセフに悪を行い、エジプトに売り渡します。

彼らは、悪を行いましたが、後に悔い改め、赦しを体験するのです。

「あなたがたはわたしに悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え、多くの民の命を救うために、今日のようにしてくださったのです。」(創50:20)。

今、大切なのは、悪を行った過去ではなく、

今のあなたの主に対する態度です。

主の赦しを受け、悪が善に変えられ、

多くの人を救うために用いられる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。

明日は御言葉メールはお休みします。byバルナバ

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イザヤ9:7-20「悔い改め」

◇2017年8月28日(月)
●イザヤ9:7-20「悔い改め」

9:12 民は自分たちを打った方に立ち帰らず/万軍の主を求めようとしなかった。

●黙想
悔い改めを先延ばしすれば事態は悪化します。

イスラエルは道を誤ります。

主は預言者を遣わし、

主に立ち帰り、正しい道に戻ることを願いました。

しかし、彼らは聞く耳を持たず、

滅びに向かってカウントダウンが始まるのです。

人生も同じです。

立ち帰ることを遅らせて、益になることは何一つありません。

道を誤ったならば、速やかに主を求め、御心に従ってください。

主に立ち帰るのに、早すぎることはありません。

朝ごとに、主を求め、主に立ち帰る人でありますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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イザヤ8:23-9:6「世の光」

◇2017年8月27日(日)
●イザヤ8:23-9:6「世の光」

9:1 闇の中を歩む民は、大いなる光を見/死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。

●黙想
この預言はメシア(救い主)の到来により実現します。

マタイもイエス・キリストが現れた時、イザヤの預言が成就したと述べています(マタイ4章)。

イエス・キリストは世の光です。

光は闇の中に輝いています。

太陽が昇ると、夜が明け、暗闇は消えます。

同じように、義の太陽であるメシア(キリスト)が来られると、

夜が明け、暗闇は消え去ります。

イエス様を信じ、従う者は光を持ち、光の中を歩むようになります。

「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」(ヨハネ8:12)

今日は日曜日です。

主の御前で喜び祝う日です。

深い喜びと大いなる楽しみが与えられ、

世の光となって、輝いて生きる人となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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イザヤ8:9-22「信仰」

◇2017年8月26日(土)
●イザヤ8:9-22「信仰」

8:17 わたしは主を待ち望む。主は御顔をヤコブの家に隠しておられるが/なおわたしは、彼に望みをかける。

●黙想
ヤコブの家は、主が御顔を隠し、

恵みは取り去られ、祝福は注がれず、荒れ果てていきました。

イスラエルの民は主から離れ、

他国の力や、偶像の神々に依り頼みます。

しかし、イザヤは違いました。

主が御顔を隠されてもなお、主を待ち望み、主に望みをかけたのです。

これが真の信仰です。

信仰とは、主を待ち望み、主に希望を置いて生きることです。

「主に望みを置く人は新たな力を得/鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない」(イザヤ40:31)。

主に望みをかける人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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イザヤ8:1-8「御言葉」

◇2017年8月25日(金)
●イザヤ8:1-8「御言葉」

8:5 主は重ねてわたしに語られた。

●黙想
主の言葉が重ねて語られた経験がありますか。

南ユダのアハズ王は恐れていました。

北イスラエルとアラムが組み、エルサレム侵攻を企てていたからです。

主はイザヤを通じ「恐れるな」と語ります。

さらにこの両国がアッシリアに滅ぼされることを、イザヤにしるしを示して語られたのです。

主が重ねて語りかけてくることがあります。

同じ御言葉を立て続けに聞くことがあります。

自分で聖書を読み、黙想した内容と、

説教や証しで聞く内容が同じ場合などです。

同じ言葉が繰り返される時、自分へのメッセージとして受け止め、応答する必要があります。

聖書には「恐れるな」と365回も語られています。

「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」(マルコ6:50)。

主は毎日、あなたに「恐れるな」と語り続けています。

今日も主に委ね、安心して過ごせますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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イザヤ7:10-25「インマヌエル預言」

◇2017年8月24日(木)
●イザヤ7:10-25「インマヌエル預言」

7:14 それゆえ、わたしの主が御自ら/あなたたちにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み/その名をインマヌエルと呼ぶ。

●黙想
これはインマヌエル預言です。

キリストは、神様が人類に与えた「救いのしるし」です。

マタイはイエスの誕生をこの預言の成就であると語ります。

「マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(マタイ1:22-23)。

インマヌエルとは、「神はわたしたちと共におられる」という意味です。

インマヌエル預言はあなたの人生を変えます。

自分が求めるしるしではなく、神が与えたしるしを信じ、

罪を赦され、神と共に生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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イザヤ7:1-9「危機」

◇2017年8月23日(水)
●イザヤ7:1-9「危機」

7:2 しかし、アラムがエフライムと同盟したという知らせは、ダビデの家に伝えられ、王の心も民の心も、森の木々が風に揺れ動くように動揺した。

●黙想
危機が迫って動揺しない人はいません。

南ユダの王アハズは、

北イスラエルの王とアラムの王とが同盟を結び、

エルサレムに侵攻しようとしていることを知り、動揺します。

その時、主はイザヤを通し、

「落ち着いて、静かにしていなさい。恐れることはない」と語ります。

今、世界は危機の時代にあります。

今こそ、アハズが主の言葉を聞いたように、

御言葉に耳を傾ける必要があります。

状況を黙想するのではなく、御言葉を黙想し、静まって祈る。

これがクリスチャンの危機管理です。

主と主の言葉を信頼する人は、

危機が好機(チャンス)に変えられ、万事が益になります。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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イザヤ6:1-13「献身」

◇2017年8月22日(火)
●イザヤ6:1-13「献身」

6:7 彼はわたしの口に火を触れさせて言った。「見よ、これがあなたの唇に触れたので/あなたの咎は取り去られ、罪は赦された。」 6:8 そのとき、わたしは主の御声を聞いた。「誰を遣わすべきか。誰が我々に代わって行くだろうか。」わたしは言った。「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください。」

●黙想
赦されることは神の恵みです。

大切なのは赦された後です。

主はイザヤの咎と罪の赦しを宣言されます。

その時、イザヤは主の御声を聞いて、「わたしを遣わしてください」と献身を表明したのです。

キリストの十字架は神の恵みです。

だれでもイエスをキリスト(救い主)と信じるならば罪の赦しを受けます。

大切なのは赦された後です。

主は働き人を求めています。

イザヤのように「わたしはここにおります。わたしを遣わしてください」と告白し、

遣わされた場所で、キリストを証し、福音を宣べ伝える人でありますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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イザヤ5:20-30「基準」

◇2017年8月21日(月)
●イザヤ5:20-30「基準」

5:20 災いだ、悪を善と言い、善を悪と言う者は。彼らは闇を光とし、光を闇とし/苦いものを甘いとし、甘いものを苦いとする。

●黙想
何を基準に生きていますか。

基準が狂うと、人生は不安定になります。

イスラエルの基準は、主と主の言葉(神の思い)にありました。

しかし、彼らは主の教えを拒み、主の言葉を侮ります。

彼らは、自分の思いを基準とし、

悪を善と言い、善を悪と言うなど、自分で善悪を判断し、争いが絶えなくなります。

人の判断は狂いやすく、常に正しい基準に合わせ、リセットし直す必要があります。

日々、御言葉に基準を合わせて、リセットして生きる人。

それがクリスチャンです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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イザヤ5:8-19「低く」

◇2017年8月20日(日)
●イザヤ5:8-19「低く」

5:15 人間が卑しめられ、人はだれも低くされる。高ぶる者の目は低くされる。
5:16 万軍の主は正義のゆえに高くされ/聖なる神は恵みの御業のゆえにあがめられる。


●黙想
低くされることは良いことです。

主は高ぶる者を低くし、恵みに気づかせてくださるお方です。

イスラエルの民は、主に背いて高ぶり、貪欲と道楽を楽しみます。

酒に溺れ、主の働きも、主の御業にも無関心になります。

彼らは預言者の警告にも耳を傾けず、

やがて家を失い、神殿を失い、国を失い、自由をも失うことになります。

主が彼らを低くされたのです。

彼らは恵みの御業(キリストの贖い)のゆえに、再び神を崇める日が訪れるのです。

今日は日曜日です。

低くされた人々が主を崇め、礼拝を捧げる日です。

聖なる神を崇める人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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イザヤイザヤ5:1-7「ぶどう畑」

◇2017年8月19日(土)
●イザヤイザヤ5:1-7「ぶどう畑」

5:1 わたしは歌おう、わたしの愛する者のために/そのぶどう畑の愛の歌を。わたしの愛する者は、肥沃な丘に/ぶどう畑を持っていた。

●黙想
収穫を願わない農夫はいません。

神様は農夫、イスラエルはぶどう畑に例えられます。

農夫は地を耕し、石を除き、良いぶどうを植え、収穫を待ちます。

しかし、実ったのは酸っぱいぶどうばかりでした。

イスラエルの民は、主が植えられたカナンの地で、主に従わず、主の目に悪を行いました。

その結果、民の心も、大地も、荒廃し、変わり果ててしまったのです。

「わたしはこれを見捨てる」(6節)と言われ、見捨てられたような現実が訪れます。

しかし、主は見捨てておらず、ぶどう畑を回復するために、救い主を遣わされるのです。

「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。」(ヨハネ15:5)。

キリストにつながり、良い実を結んで生きる。

これが回復されたぶどう畑(神の国)に招かれたクリスチャンの使命です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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イザヤ4:2-6「希望」

◇2017年8月18日(金)
●イザヤ4:2-6「希望」

4:2 その日には、イスラエルの生き残った者にとって主の若枝は麗しさとなり、栄光となる。この地の結んだ実は誇りとなり、輝きとなる。
4:3 そしてシオンの残りの者、エルサレムの残された者は、聖なる者と呼ばれる。彼らはすべて、エルサレムで命を得る者として書き記されている。


●黙想
終末は希望の訪れです。

その日(終わりの日)は、イスラエルの残りの者(レムナント)には、希望の日となります。

主の若枝(キリスト)が現れ、彼らは聖なる者(聖徒)と呼ばれ、永遠の命を得るからです。

イエス・キリストはわたしたちの希望です。

クリスチャンにとって、終末(死と裁き)は希望の日です。

キリストが来られ、御国へ招かれ、神の栄光を仰ぐことができるからです。

キリストを信じる者は聖なる者です。

永遠の命を得て、天に名が記され、その日を待ち望んで生きる人。

それがクリスチャンなのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Next:イザヤ5:1-7

イザヤ3:13-4:1「忍耐」

◇2017年8月17日(木)
●イザヤ3:13-4:1「忍耐」

3:13 主は争うために構え/民を裁くために立たれる。

●黙想
神様は忍耐強く、憐れみ深いお方です。

もし、神様が忍耐してくださらなければ、

この世界はとっくの昔に滅んでいてもおかしくありません。

しかし、忍耐にも終わりがあることを、イスラエルの民は知りました。

彼らは神様の愛と忍耐を軽んじ、悔い改めず、ついに主の裁きの時を迎えるのです。

パウロは言いました。

「神の憐れみがあなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな慈愛と寛容と忍耐とを軽んじるのか」(ローマ2:4)と。

その日(終わりの日)は必ず訪れます。

主が再び来られる前に、主の愛を知り、悔い改めへと導かれた人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Next:イザヤ4:2-6

イザヤ3:1-12「幸い」

◇2017年8月16日(水)
●イザヤ3:1-12「幸い」

3:10 しかし言え、主に従う人は幸い、と。彼らは自分の行いの実を食べることができる。
3:11 主に逆らう悪人は災いだ。彼らはその手の業に応じて報いを受ける。


●黙想
人生は複雑に見えて、実は単純です。

御心に従うか、逆らうか、二つに一つです。

主に従う人は幸いです。

その人は、良い地に良い種を蒔く人、岩の上に家を建てる人であり、

30倍、60倍、100倍の実を結び、

何があっても揺り動かされることはありません。

主に逆らう人は災いです。

その人は、道端に種を蒔く人、砂の上に家を建てる人です。

御言葉は人生に良い実を結ぶ種です。

御言葉に従う人は、岩の上に家を建てた賢い人です。

御心を知り、御心に従って生きる。

ここに幸いな人生があります。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Next:イザヤ3:13-4:1

イザヤ2:12-22「平和」

◇2017年8月15日(火)
●イザヤ2:12-22「平和」

2:17 その日には、誇る者は卑しめられ/傲慢な者は低くされ/主はただひとり、高く上げられる。

●黙想
今日は終戦記念日です。

日本は敗戦により、低くされ、平和な時代が訪れました。

イスラエルは、低くされ、主の目に良いことを行うと、町は平穏になりましたが、

高ぶり、主の目に悪を行うと、平和は失われていくのです。

へりくだること、低くされることは平和には欠かせません。

パウロは「何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考え」(フィリピ2:3)、

「できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい」(ローマ12:18)と命じています。

キリストは「平和を実現する人は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる」(マタイ5:9)と語ります。

己を誇らず、主を誇り、ピースメーカーとなりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

Next:イザヤ3:1-12

イザヤ2:1-11「希望」

◇2017年8月14日(月)
●イザヤ2:1-11「希望」

2:2 終わりの日に/主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ち/どの峰よりも高くそびえる。国々はこぞって大河のようにそこに向かい
2:3 多くの民が来て言う。「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう」と。主の教えはシオンから/御言葉はエルサレムから出る。


●黙想
主の言葉に希望あり。

イスラエルは希望がなく、絶望的な状態にありました。

神殿は汚され、信仰は廃れ、

政治は腐敗し、平和は失われていたのです。

その時、イザヤはイスラエルの未来を預言します。

終わりの日が来れば、イスラエルは回復というのです。

「さあ、みんなで主の山に登ろう」と讃美する民が世界中から主の家に集められる、と。

今、希望が見えなくても、

絶望的であろうとも、主の言葉には希望があります。

主の家には未来があります。

救い主は到来しました。

主の家に行き、主の教えを聞き、主が示された道を歩む。

これがクリスチャンライフです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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イザヤ1:21-31「贖い」

◇2017年8月13日(日)
●イザヤ1:21-31「贖い」

1:27 シオンは裁きをとおして贖われ/悔い改める者は恵みの御業によって贖われる。

●黙想
贖いは、恵みの御業です。

贖いとは、代価を払って買い取ることを意味し、

イスラエルの回復(救い)には、犠牲が伴うことが暗示されています。

イザヤの預言は、救い主の到来によって成就するのです。

罪の支払う報酬は死です。

キリストは、あなたの罪の代価を支払うために十字架で死なれました。

これが神の恵みの御業です。

誰でも悔い改め、神に立ち帰るならば、

恵みの御業によって贖われ、罪が赦されるのです。

パウロは語ります。

「わたしたちはこの御子において、その血によって贖われ、罪を赦されました。これは、神の豊かな恵みによるものです。」(エフェソ1:7)と。

今日は日曜日です。

主に贖われた者が礼拝を捧げる日です。

♪歌わん/歌わん/われ贖われたり/ハレルヤ/

声の限り/歌い叫ばん/

われ贖われたり♪(聖歌454)と讃美する人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Next:イザヤ2:1-11

イザヤ1:10-20「赦し」

◇2017年8月12日(土)
●イザヤ1:10-20「赦し」

1:18 論じ合おうではないか、と主は言われる。たとえ、お前たちの罪が緋のようでも/雪のように白くなることができる。たとえ、紅のようであっても/羊の毛のようになることができる。

●黙想
赦しを得るためには、罪を清める必要があります。

もはやイスラエルの罪は非常に重く、

ソドムとゴモラ(創18章)と同じ滅びに至る道を歩んでいました。

すでに北イスラエルは滅び、南ユダも滅びかかっていました。

その時、主はイザヤを通し、

罪を清め、悪を取り除き、主に従い、善を行うように命じられたのです。

イエス・キリストは、滅びの道から救うために来た救い主です。

十字架の血潮で、あなたの罪を洗い清めてくださったのです。

救い主を信じ、従い、

御言葉によって、善(御心)を行うことを学び、実践する人。

それがクリスチャンです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Next:イザヤ1:21-31

イザヤ1:1-9「主を知る」

◇2017年8月11日(金)
●イザヤ1:1-9「主を知る」

1:2 天よ聞け、地よ耳を傾けよ、主が語られる。わたしは子らを育てて大きくした。しかし、彼らはわたしに背いた。
1:3 牛は飼い主を知り/ろばは主人の飼い葉桶を知っている。しかし、イスラエルは知らず/わたしの民は見分けない。


●黙想
今日からイザヤ書です。

主を知ることは幸いな人生の秘訣です。

「知る」とは、知的に認識するだけでなく、体験的に認識することを意味します。

主は羊飼いです。

イスラエルの民は、主を知り、主に導かれ、数々の恵みと祝福を体験してきました。

しかし、今では、主に背き、主から離れ、飼い主のいない羊のように彷徨っていたのです。

良い羊飼いは羊を忘れません。

良い羊飼いは羊のために命を捨てます。

主は預言者イザヤを遣わし、救い主の到来を告げさせるのです。

イエス・キリストは飼い葉桶に備えられた神の恵み(ルカ2:7)です。

「わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている。」(ヨハネ10:14)。

救い主を知り、主に導かれ、恵みと祝福に与って生きる。

これがクリスチャンライフです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Next:イザヤ1:10-20

詩編49:14-21「死」

◇2017年8月10日(木)
●詩編49:14-21「死」

49:16 しかし、神はわたしの魂を贖い/陰府の手から取り上げてくださる。
49:17 人に富が増し、その家に名誉が加わるときも/あなたは恐れることはない。
49:18 死ぬときは、何ひとつ携えて行くことができず/名誉が彼の後を追って墓に下るわけでもない。


●黙想
人は、神を知り、神を意識すると、生き方が変わります。

陰府とは、死と暗闇、絶望の世界です。

詩人は、この世界から救い出してくださる神を知り、神に望みを置いていました。

人は、死を知り、死を意識すると、生き方が変わります。

物質的な豊かさを追い求めることへの虚しさに気づます。

大切なことは、神を知り、キリストを知り、

滅びることのない命(永遠の命)を得て、永遠に神と共に生きることです。

恵みと慈しみがあなたの後を追って、主の家に帰る人(詩編23:6)は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Next:イザヤ1:1-9

詩編49:1-13「価値」

◇2017年8月9日(水)
●詩編49:1-13「価値」

49:9 魂を贖う値は高く/とこしえに、払い終えることはない。

●黙想
自分の値打ちを知っていますか。

値打ちが分かれば態度が変わります。

一枚300円の宝くじが、三億円の当たりくじであることが分かると、交換するまで、大切に保管するでしょう。

あなたの魂はキリストが身代わりに死なれるほどに値打ちのあるものなのです。

自分の値打ちが分かると、生き方が変えられます。

「いつも愛している」という讃美があります。

イザヤ書43章4節の御言葉から作られた歌です。

♪わたしの目には/あなたは高価で尊い/世界のはじめから/わたしのもの/大切な人よ/美しい人よ/かけがえのないあなたを/いつも/いつも/愛している♪

あなたには計り知れない価値、比較できない価値があります。

人から見た値打ち(人間の評価)ではなく、

神の目から見た値打ち(神の評価)によって生きる。

これが神に贖われたクリスチャンの生き方です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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詩編48:1-15「讃美」

◇2017年8月8日(火)
●詩編48:1-15「讃美」

48:2a 大いなる主、限りなく賛美される主。

●黙想
どんなときに主を讃美していますか。

神の御業を体験し、

喜びと感謝に満ち溢れた時には、

「ハレルヤ」と主の御名を崇め、讃美することができます。

問題は喜び得ない時です。

感謝できない状況にある時です。

パウロとシラスは、フィリピの町で捕らえられ、鞭打たれました。

牢に入れられ、足枷をはめられ、命の危機を迎えていました。

彼らは真夜中にもかかわらず、主を讃美しました。

すると、その直後、不思議な出来事に遭遇し、神の御業を見たのです。(使徒16:16~)

ダビデも告白します。

「どのようなときも、わたしは主をたたえ、わたしの口は絶えることなく讃美を歌う」(詩編34:2)と。

いつでもどこでも、どんな時でも、主を讃美してください。

讃美には驚くべき力があります。

讃美の中に主はおられるからです。

限りなく主を讃美し続ける人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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詩編47:1-10「ハレルヤ」

◇2017年8月7日(月)
●詩編47:1-10「ハレルヤ」

47:2 すべての民よ、手を打ち鳴らせ。神に向かって喜び歌い、叫びをあげよ。
47:3 主はいと高き神、畏るべき方/全地に君臨される偉大な王。


●黙想
日常生活の中に「ハレルヤ」がありますか。

ハレルヤとは、「主をほめたたえよ」という意味で、神様を讃美する言葉です。

ハレルヤは、神様への感謝や素晴らしさを感じた時などに使う感嘆詞です。

詩人は、手を打ち鳴らし、叫び声を上げ、ハレルヤを態度で示すように命じます。

クリスチャンの人生は「歌いつつ歩まん」です。

あなたの人生に「ハレルヤ」が満ち溢れ、主の御名が崇められますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

Next:詩編48:1-15

詩編46:1-12「避け所」

◇2017年8月6日(日)
●詩編46:1-12「避け所」

神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。

●黙想
人生には避け所が必要です。

詩人は、平和や安全が脅かされる現実の中で、

「神はわたしたちの避け所である」と告白します。

御翼の陰には、主の守りと助けがあります。

♪Still(静まって知れ)という讃美があります。

1.御翼の陰に隠し/力ある御腕の中に/逆巻く大海を越え/主と共に羽ばたく/我が父よ/王なる神/静まりあなたを知る/
2.キリストの中に憩い/信頼と主の力知る/いかづち鳴り渡る中/主とともに羽ばたく/我が父よ王なる神/静まりあなたを知る

今日は日曜日です。

主の家(教会)で身も心も魂も安らぎ、主と共に羽ばたく人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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詩編45:1-17「キリスト」

◇2017年8月5日(土)
●詩編45:1-17「キリスト」

45:8 神に従うことを愛し、逆らうことを憎むあなたに/神、あなたの神は油を注がれた/喜びの油を、あなたに結ばれた人々の前で。

●黙想
45編は、王と王妃の結婚を祝うメシア詩編の一つです。

油注がれた王は、花婿なるキリストであり、

結ばれた人々は花嫁なる教会(クリスチャン)の予表です。

わたしたちは、主と出会い、主に愛され、主を愛し、主と結ばれます。

この世は婚約期間に似ています。

やがて、花婿なるキリストが迎えに来られるのです。

これが終末におけるキリストの再臨です。

その時、主に招かれた人々は、晴れ着を身にまとい、

喜び躍りながら、王の宮殿(天国)に迎えられるのです。

「書き記せ。小羊の婚宴に招かれている者たちは幸いだ」(黙19:9)。

主と出会い、主と結ばれ、永遠に主の家に住む人々は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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詩編44:10-27「御顔」

◇2017年8月4日(金)
●詩編44:10-27「御顔」

44:25 なぜ、御顔を隠しておられるのですか。我らが貧しく、虐げられていることを/忘れてしまわれたのですか。

●黙想
神様が分からなくなる時があります。

詩人は、神に見捨てられ、荒れ果ててしまったイスラエルの姿を嘆きます。

しかし、彼は主を忘れず、主の約束を信じ、祈り続けました。

信仰とは、主の約束を信じて待つことです。

最後まであきらめずに祈り続けることです。

インドネシアで作られた「あなたを信じます」という讃美があります。

♪あなたが見えないとき/あなたがわからないとき/
約束/強く握り/ただ一つ/望みを待つ/
主を信じます/主を信じます/主を信じます/あなたを信じます♪

主を信じて待つ。

そうすれば、見えない神様が見えるようになり、

分からないことが分かるようになります。

主を信じ、祈り続ける人は幸いです。

今日も祝福がありますように。
byバルナバ

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詩編44:1-9「勝利」

◇2017年8月3日(木)
●詩編44:1-9「勝利」

44:7 わたしが依り頼むのは自分の弓ではありません。自分の剣によって勝利を得ようともしていません。

●黙想
神の御名にまさる武器はありません。

かつてイスラエルの民は、強力な軍事力を誇るカナン人に勝利し、約束の地を得ました。

その勝因は、彼らの弓や剣にはなく、主の御名にありました。

やがてイスラエルの民は、アッシリアやバビロンに敗北し、約束の地を失います。

その敗因は、主に依り頼まず、偶像の神々や他国の軍事力に依り頼んだからです。

主と主の言葉に依り頼んで生きる。

これが神の民の勝利の秘訣です。

詩人のように、主の御業を忘れず、

絶えることなく神を讃美し、とこしえに御名に感謝を捧げる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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