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ルカ20:41-47「メシア」

◇2017年3月31日(金)
●ルカ20:41-47「メシア」
20:44 このようにダビデがメシアを主と呼んでいるのに、どうしてメシアがダビデの子なのか。」
●黙想
イエスはキリスト(メシア)、神の子です。

ユダヤ人は、メシアはダビデの子(子孫)から生まれると信じていました。

彼らはダビデのような人物が現れ、国が建て直されるのを待ち望んでいたのです。

ダビデは来たるべきメシアを「主」と呼んでいました。

「主」とは、神のことです。

つまり、来るべきメシアは、

ダビデの子(人間)であると同時に、神の子(神)でもあったのです。

律法学者たちのメシア像は間違っていました。

その結果、イエスを「冒涜罪」で訴え、十字架に付けてしまうのです。

イエスは人として来られた神なのです。

「あなたはメシア、生きる神の子です」(マタイ16:16)、

「本当に、この人は神の子だった」(マタイ27:54)という告白が、

あなたの告白でありますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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ルカ20:27-40「復活」

◇2017年3月30日(木)
●ルカ20:27-40「復活」
20:37 死者が復活することは、モーセも『柴』の個所で、主をアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神と呼んで、示している。
20:38 神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。すべての人は、神によって生きているからである。」

●黙想
死者の復活を信じますか。

復活を否定するサドカイ派の人々に対し、

イエス様は復活があることを明言します。

復活信仰は、キリスト教の本質です。

パウロは語ります。

「死者の復活がなければ、キリストも復活しなかったはずです。そして、キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教も無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です。・・・しかし、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。」(一コリ15章)

「イエスが死んで復活されたと、わたしたちは信じています。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます。」(一テサ4:14)。

復活を信じ、永遠に神と共に生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ルカ20:19-26「批判」

◇2017年3月29日(水)
●ルカ20:19-26「批判」
20:20 そこで、機会をねらっていた彼らは、正しい人を装う回し者を遣わし、イエスの言葉じりをとらえ、総督の支配と権力にイエスを渡そうとした。

●黙想
批判には、良い批判と悪い批判があります。

イエスは律法学者たちを批判し、たとえ話を用いて彼らを諭します。

御言葉は良い批判であり、私たちを正しい道へと導きます。

彼らはイエスの言葉を聞いても、聞く耳をもたず、

律法を用いて、イエスの言葉じりをとらえ、

悪い批判(非難)を始めようとするのです。

イエスは彼らのたくらみを見抜き、

知恵ある言葉を用いて、彼らを黙らせます。

良い批判の背後には神がいます。

悪い批判の背後にはサタンがいます。

良い批判に耳を傾け、

悪い批判には同調しない人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ルカ20:9-18「忖度」

◇2017年3月28日(火)
●ルカ20:9-18「忖度」
20:13 そこで、ぶどう園の主人は言った。『どうしようか。わたしの愛する息子を送ってみよう。この子ならたぶん敬ってくれるだろう。』

●黙想
QTとは、御心を忖度(そんたく)することです。

忖度とは、他人の心、本心、真意をおしはかることです。

農夫たちは、ぶどう園の主人の心を忖度することなく、愛する息子を殺します。

人々は神の御心を推し量ることをせず、

イエスを敬うどころか、非情にも十字架に付けて殺してしまうのです。

キリストを敬うことは、御心に適うことです。

主人が帰ってきて、裁かれたように、

やがて主は来られます。

その日が訪れる前に、

御心を忖度し、

御心に従い、

キリストを敬って生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ルカ20:1-8「権威」

◇2017年3月27日(月)
●ルカ20:1-8「権威」
20:7 そこで彼らは、「どこからか、分からない」と答えた。
20:8 すると、イエスは言われた。「それなら、何の権威でこのようなことをするのか、わたしも言うまい。」


●黙想
聖書に問うことは大切です。

聖書には人生のあらゆる問題に対する答えがあるからです。

イエス様は多くの質問に答えられましたが、

祭司長たちの質問には答えませんでした。

なぜでしょうか。

神の権威を軽んじたからです。

ヨハネが天からのものだと知りながらも、

自分たち権威を守るために、知らないふりをしたのです。

上から目線で聖書を読んでも、真理は隠されたままです。

下から目線で聖書を読んでください。

そうすれば、真理(イエス・キリスト)が分かり、

真理はあなたを自由にするでしょう。

神の権威を重んじる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ルカ19:41-48「パッション」

◇2017年3月26日(日)
●ルカ19:41-48「パッション」
19:46 彼らに言われた。「こう書いてある。『わたしの家は、祈りの家でなければならない。』/ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にした。」

●黙想
何に情熱を傾け、夢中になっていますか。

イエス様は都を見て、涙を流されます。

祈りの家であるべき神殿が荒れ果てていたからです。

彼らの熱心さは、神に向けられず、商売(富)に向けられていました。

情熱とは、英語で「パッション」であり、「キリストの受難」をも意味します。

サタンは情熱を狂わせます。

情熱は、ねたみを引き起こし、イエスを殺そうと謀るのです。

神の情熱、キリストの苦難を黙想してください。

イエスは彼らを救うために、十字架の受難を引き受け、救いの道を用意されたのです。

これが平和の道です。

これが神の訪れです。

今日は日曜日です。祈りの家に向かう日です。

あなたの情熱が主に用いられますように。

祈ることに熱心になりますように。

御言葉に夢中になる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ルカ19:28-40「必要」

◇2017年3月25日(土)
●ルカ19:28-40「必要」
19:34 二人は、「主がお入り用なのです」と言った。
19:35 そして、子ろばをイエスのところに引いて来て、その上に自分の服をかけ、イエスをお乗せした。


●黙想
神様はあなたを必要とされます。

イエス様はロバの子を必要とされました。

旧約の預言(ゼカリヤ9:9)が成就するためです。

神様の御業が起こる時、主に用いられた人がいます。

「主がお入り用なのです」と言われ、

ロバの子の所有者は、ロバを手放しました。

ロバの子は、イエス様を乗せ、エルサレムに向かいました。

主はあなたを必要としています。

主に用いられる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ルカ19:11-27「忠実な僕」

◇2017年3月24日(金)
●ルカ19:11-27「忠実な僕」
19:26 主人は言った。『言っておくが、だれでも持っている人は、更に与えられるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられる。
●黙想
神様から委ねられているものがあります。

一ムナ(百日分の日当)を用いた人と、用いなかった人が対比されています。

一ムナを用いた人には、さらに与えられ、

布に隠し、しまったままの人には、持っていたものまでも取りあげられます。

主人(神様)に対する態度が、生き方にも反映されます。

神様から委ねられた命や賜物を用いていますか。

しまったままにして、宝の持ち腐れ二なっていませんか。

預けられ、持っているものを、神様のために用いていく。

ここに祝福された人生があります。

主は再び来られます。

その時、「良い僕だ。よくやった。お前は小さな事に忠実だった」と、

生きてきた人生が報いられる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ルカ19:1-10「恵み」

◇2017年3月23日(木)

●御言葉
19:6 ザアカイは急いで降りて来て、喜んでイエスを迎えた。
19:7 これを見た人たちは皆つぶやいた。「あの人は罪深い男のところに行って宿をとった。」

●黙想
イエス様がおられるところに恵みがあります。

恵みがあるところには「喜び」と「つぶやき」があります。

教会も同じです。

イエス様がいなければ、主を喜ぶことも、主につぶやくこともないからです。

大切なことは、一緒に神の恵み味わうことです。

一緒に神を喜び、御名を崇めることです。

ここに神の国があります。

恵みは見るよりも、味わうことが大切です。

恵みを味わうと、生き方が変わるからです。

ザアカイの生き方が、あなたの生き方となりますように。

ザアカイの家に訪れた救いが、あなたの家にも訪れますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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ルカ18:31-43「祈り」

◇2017年3月22日(水)
●ルカ18:31-43「祈り」
●御言葉
18:41 「何をしてほしいのか。」盲人は、「主よ、目が見えるようになりたいのです」と言った。
●黙想
祈るとき、大切なことは、誰に向かって祈るのかです。

盲人は「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」と主を求めました。

二番目に大切なことは、何を祈るかです。

「何をしてほしいのか」と尋ねられ、「見えるようになりたい」と答えました。

すると、主は「見えるようになれ、あなたの信仰があなたを救った」と語り、

彼の目はたちまち見えるようになったのです。

三番目に大切なことは、祈りが聞かれた後です。

盲人は、神をほめたたえながら、イエスに従ったのです。

これを見た人々も、こぞって神を讃美しました。

祈りのゴールは、神を崇めることです。

盲人の信仰があなたの信仰となり、

盲人の姿があなたの姿となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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ルカ18:18-30「神の国」

◇2017年3月21日(火)
●ルカ18:18-30「神の国」
●御言葉
18:29 イエスは言われた。「はっきり言っておく。神の国のために、家、妻、兄弟、両親、子供を捨てた者はだれでも、
18:30 この世ではその何倍もの報いを受け、後の世では永遠の命を受ける。」


●黙想
捨てると与えられる。

これが神の国です。

大切なものを捨てて従うことは容易ではありません。

議員は悲しみました。

大金持ちだったからです。

イエス様は言います。

「財産のある者が神の国に入るのは、何と難しいことか。金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」(24,25節)と。

捨てるとは、委ねることです。

神に委ね、神に握りしめてもらうことです。

神に委ねて従う。

これが神の国のために生きることです。

握っているものを手放し、主を信じ、主に委ねて、従ってください。

そうすれば、あなたもあなたの家族も救われ、この世でも後の世でも、神の報いと祝福に与ります。

「人間にはできないことも、神にはできる」(27節)。

何もかも主にお任せし、従う者は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ルカ18:9-17「比較三原則」

◇2017年3月20日(月)
●ルカ18:9-17「比較三原則」
●御言葉
18:9 自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下している人々に対しても、イエスは次のたとえを話された。
●黙想
この世は比較社会です。

比較する心が優越感や劣等感をもたらします。

ファリサイ派の人の祈りにも、その心が反映しています。

彼は、正しさにうぬぼれ、他人を見下し、高ぶっていたのです。

一方、徴税人は、罪を悔い改め、憐れみを求め、へりくだって祈りました。

「義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」(14節)。

神の国は非比較社会です。

うぬぼれない。

見下さない。

高ぶらない。

非比較三原則を覚え、

徴税人のように、乳飲み子のように、

イエス様のところに来る人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ルカ18:1-8「祈り」

◇2017年3月19日(日)
●ルカ18:1-8「祈り」
●御言葉
18:1 イエスは、気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために、弟子たちにたとえを話された。
●黙想
求めても与えられない時、

探しても見つからない時、

門を叩いても開かれない時、

気落ちし、失望感に苛まれます。

そんな時、主が語られた言葉に耳を傾けてください。

主の思いに心を寄せてください。

主の言葉は希望の光です。

主に望みを置いて祈り続けてください。

そうすれば、求める者には与えられ、

探す者には見つかり、

門を叩く者には見つかることでしょう。

主が来られるその日まで、祈り続ける人は幸いです。

今日は日曜日です。

主を崇め、主を求め、祈りつつ礼拝を捧げましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ルカ17:22-37「終末」

◇2017年3月18日(土)
●ルカ17:22-37「終末」
●御言葉
17:26 ノアの時代にあったようなことが、人の子が現れるときにも起こるだろう。【新共同訳】
ルカ
17:27 ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていたが、洪水が襲って来て、一人残らず滅ぼしてしまった。

●黙想
イエス・キリストは救いの箱舟です。

終末には、再び人の子(キリスト)が現れ、

ノアの時代、ロトの時代にあったようなことが起こります。

ノアは主の言葉に従って箱舟を作り、

家族と一緒に入り、洪水による裁きを免れました。

ロトはアブラハムの祈りによって滅びから救われたのです。

終末(死)は突然、訪れます。

その時が来る前に、箱舟に入り、

アブラハムのように執り成し祈る人。

それがクリスチャンなのです。

主に会う備えができている人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ルカ17:11-27「信仰」

◇2017年3月17日(金)
●ルカ17:1-10「信仰」
●御言葉
17:19 それから、イエスはその人に言われた。「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」
●黙想
信仰とは、主の憐れみを求めることです。

信仰とは、主の言葉に従うことです。

重い皮膚病を患っていた人たちは、

主に憐れみを求め、主の言葉に従って、祭司たちのところに向かいます。

その途中で、癒しを体験したのです。

信仰とは、癒されて終わるものではありません。

癒された後、どこに向かうかが重要です。

10人の内、一人のサマリア人だけがイエス様の元に戻ってきました。

神に賛美し、イエスの前にひれ伏し、感謝を捧げたのです。

ここに神の国があります。

ここに救いがあります。

この信仰があなたの信仰となり、

あなたの周りにいる人たちの信仰となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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ルカ17:1-10「赦し」

◇2017年3月16日(木)
●ルカ17:1-10「赦し」
●御言葉
17:3 あなたがたも気をつけなさい。もし兄弟が罪を犯したら、戒めなさい。そして、悔い改めれば、赦してやりなさい。
17:4 一日に七回あなたに対して罪を犯しても、七回、『悔い改めます』と言ってあなたのところに来るなら、赦してやりなさい。」

●黙想
赦しはキリスト教の本質です。

イエス様は別の場面では「七回どころか七の七十倍までも赦しなさい」(マタイ18:22)とも言いました。

赦すことは、御心に適うことです。

赦しのあるところに神の国が訪れ、御名が崇められます。

多く赦された人ほど、多く赦せるものです。

「赦してやりなさい」と言ってもらい、

何度も悔い改め、赦され続ける人は、

実は、あなたのことです。

「我らに罪を犯す者を我らが赦すごとく我らの罪をも赦したまえ」。

「主の祈り」があなたの祈りとなりますように。御名によって祝福します。byバルナバ

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ルカ16:14-31「天国」

◇2017年3月15日(水)
●ルカ16:14-31「天国」
●御言葉
金持ちは言った。『父よ、ではお願いです。わたしの父親の家にラザロを遣わしてください。
●黙想
金持ちの叫びは、地獄の苦しみを味わった者の叫びです。

彼は、自分の家族が苦しむことのないように、

天国の慰めを味わっていたラザロを遣わして欲しいと叫びました。

アブラハムやモーセ(旧約・律法)にはできなかったことを、

イエス・キリスト(新約・福音)はなさいました。

十字架にかけられ、死んで葬られ、

三日目に死人の中から生き返り、

神の国の福音を伝えられたのです。

天国(神の国)とは、神が共におられる世界です。

誰でもイエスをメシアと信じるならば、

この世で天国、死んでも天国です。

あなたとあなたの家にも御国(天国)が来ますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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ルカ16:1-13「管理人」

◇2017年3月14日(火)
●ルカ16:1-13「管理人」
●御言葉
16:10 ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である。ごく小さな事に不忠実な者は、大きな事にも不忠実である。
●黙想
あなたは誰に仕えていますか。

どんな召使いも二人の主人に仕えることはできません。

神に仕えるか。富に仕えるか。

どちらかです。

あなたは管理人です。

神様があなたに命(時間)と賜物を与えてくれました。

主人の財産を無駄にせず、忠実に用いてください。

その賜物を生かし、主に仕え、互いに仕え合う仲間を作る人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

「あなたがたはそれぞれ、神のさまざまな恵みの善い管理者として、その賜物を生かして互いに仕えなさい。」(一ペトロ4:10)。

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ルカ15:11-32「愛」

◇2017年3月13(月)
●ルカ15:11-32「愛」
●御言葉
15:20 そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。
●黙想
愛は赦すことです。

イエス様は「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」と祈りました。

これがキリストの愛です。

赦して待つ。

これが神の愛です。

父親は、息子の帰りを待ち侘びていました。

その姿を見つけるやいなや、

憐れみをもって走り寄り、抱き締めました。

これが神の愛です。

あなたは先に赦されています。

だから、あなたも先に赦してください。

そうすれば神の愛があなたの人生に実を結びます。

赦して待つ人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ルカ15:1-10「不平」

◇2017年3月12日(日)
●ルカ15:1-10「不平」
●御言葉
15:2 すると、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、「この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている」と不平を言いだした。
●黙想
不平を言いたくなるほど、神の恵みを見ましたか。

イエス様のおられるところには恵みがあり、不平が生じました。

恵みとは、赦されない者が赦され、後から来た者が先になるような世界です。

徴税人や罪人たちは、イエス様に迎えられ、恵みを味わいました。

盛大な宴会のたとえ(14:15以下)を身をもって体験したのです。

その様子を見ていた人々は、不平を言い出します。

恵みを見たならば、恵みを味わう必要があります。

御心を知れば、恵みを理解し、味わうことができます。

御心を知れば、不平は感謝に変わります。

「聞く耳のある者は聞きなさい」(14:35)。

イエス様は不平を言う人々に、三つの譬えを通し、神様の気持ちを伝えたのです。

今日は日曜日です。

主に近づき、主の言葉に耳を傾ける日です。

御心を知り、恵みを味わう人になりますように。

神の国で食事をする人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ルカ14:25-35「十字架」

◇2017年3月11日(土)
●ルカ14:25-35「十字架」
●御言葉
14:27 自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない。
●黙想
愛には代価(犠牲)が伴います。

イエス様はあなたを愛し、十字架を背負い、死んでくださいました。

ここに愛があります。

キリストの弟子とは、この愛に生きる人です。

神を愛し、自分を愛し、隣人を愛し、互いに愛し合う。

これが弟子としての道です。

「神は、独り子を世にお遣わしになりました。

その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。

ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。

わたしたちが神を愛したのではなく、

神がわたしたちを愛して、

わたしたちの罪を償ういけにえとして、

御子をお遣わしになりました。

ここに愛があります。

愛する者たち、神がこのようにわたしたちを愛されたのですから、

わたしたちも互いに愛し合うべきです。

いまだかつて神を見た者はいません。

わたしたちが互いに愛し合うならば、

神はわたしたちの内にとどまってくださり、

神の愛がわたしたちの内で全うされているのです。」(一ヨハネ4:9-12)。


神の愛があなたの人生で全うされますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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ルカ14:15-24「招き」

◇2017年3月10日(金)
●ルカ14:15-24「招き」
●御言葉
14:24 言っておくが、あの招かれた人たちの中で、わたしの食事を味わう者は一人もいない。
●黙想
イエス様と一緒に食事をする。

これが神の国の食卓です。

「あの招かれた人たち」とは、宴会で上席に座ることを好み、高ぶる人たちです。(14:7)

彼らはイエス様が徴税人や罪人たちと食卓を共にするのを見て、不平を言います(15:2)。

イエス様の招きに応答する人は神の国の食卓(聖餐)に与ります。

今は恵みの時、救いの時です。

イエス様はすべての人を招かれています。

「見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう」(黙示録3:20)。

主の招きに応答し、主の食卓を味わう人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ルカ14:1-14「謙遜」

◇2017年3月9日(木)
●ルカ14:1-14「謙遜」
●御言葉
14:11 だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。
●黙想
クリスチャンにとって大切な徳目は何ですか。

この問いに、聖アウグスチヌスは答えました。

「一にも、二にも、三にも謙遜だ」と。

たとえ人生で大きなしくじり(罪)を犯したとしても、

悔い改め、謙遜さ身に着けることができたならば、その人は幸いです。

人類の罪は、神のようになろうとしたアダムの高慢から始まりました。

人類の救い、人となられたキリストの謙遜から始まりました。

キリストの如くに、謙遜に仕えて生きる人。

それがクリスチャンです。

今日も謙遜な心を持って、一日をスタートしましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ルカ13:22-35「救い」

◇2017年3月8日(水)
●ルカ13:22-35「救い」
●御言葉
13:23 すると、「主よ、救われる者は少ないのでしょうか」と言う人がいた。イエスは一同に言われた。
13:24 「狭い戸口から入るように努めなさい。言っておくが、入ろうとしても入れない人が多いのだ。

●黙想
イエス様は救い(神の国)の門です。

だれでもイエスをキリスト(救い主)と信じるだけで救われ、

神の国に入ることができます。

これが福音です。

しかし、人々は、イエスの教え(福音)を聞きながらも、

この門を通ろうとはしません。

なぜでしょうか?。

頭を下げ、悔い改めることができなかったからです。

救いの門が閉ざされる時が来ます。

タイムリミットがあるのです。

その前に、この門を見出し、頭を下げ、神の国に入ろうとする人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ルカ13:10-21「神の国」

◇2017年3月7日(火)
●ルカ13:10-21「神の国」
●御言葉
13:18 そこで、イエスは言われた。「神の国は何に似ているか。何にたとえようか。
13:19 それは、からし種に似ている。人がこれを取って庭に蒔くと、成長して木になり、その枝には空の鳥が巣を作る。」

●黙想
神の国はスモールスタートです。

神の国とは、神様が支配される国です。

イエス様と出会い、御言葉を聞くと、神の国の種が心に蒔かれます。

小さなからし種がやがて大きな木に成長するように、

わずかなパン種が全体を膨らませるように、

神の国の始まりは小さくても、やがて大きく広がっていきます。

成長の秘訣は従順です。

小さな従順でも、やがて大きな実を結びます。

小さなことからコツコツと始めていく人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ルカ13:1-9「祈りと愛」

◇2017年3月6日(月)
●ルカ13:1-9「祈りと愛」
●御言葉
13:8 園丁は答えた。『御主人様、今年もこのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥やしをやってみます。
●黙想
神様が求めているのは悔い改めること(神に立ち帰る)ことです。

園丁の願いは、キリストの願いであり、

園丁の行為はキリストの行為です。

キリストは「父よ、彼らをお赦しください」と祈り、十字架にかかられたのです。

十字架の祈りと愛が悔い改めへと導きます。

園丁は、祈って待つだけの人ではありません。

実を結ぶための努力(愛)を惜しまなかったのです。

キリストの福音は、多くの園丁(クリスチャン)の祈りと犠牲によって、

世界中に伝えられ、多くの実を結んで来ました。

あなたもあなたの家族も友人も、キリストの祈りと行為の対象です。

あきらめずに祈りましょう。

あきらめずに愛しましょう。

悔い改めの実が豊かに実りますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

Next:ルカ13:10-21

ルカ12:35-48「平和」

◇2017年3月5日(日)
●ルカ12:35-48「平和」
●御言葉
12:51 あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ。
●黙想
あなたの心は平和ですか。

心に平安がありますか。

うわべだけの平和、表面的な平和は、神の国の平和ではありません。

神の国の平和とは、

神との平和であり、

自分との平和であり、

他者との平和です。

平和への抵抗勢力は自らの内側にある罪です。

偽善者は罪を隠し、表面を繕い、平和のように見せかけます。

罪が処理されない限り、真の平和は訪れません。

イエス様は内在する罪を露わにし、

火によって清め、真の平和をもたらすために来られたのです。

今日は日曜日です。

礼拝を捧げることは、真の平和への道です。

あなたの心に神の国の平和が訪れますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

Next:ルカ13:1-9

ルカ12:35-48「準備」

◇2017年3月4日(土)
●ルカ12:35-48「準備」
●御言葉
12:43 主人が帰って来たとき、言われたとおりにしているのを見られる僕は幸いである。
●黙想
主に会う備えはできていますか。

主は再び来られます。

その日、その時は誰も知りません。

大切なことは、いつ終わりが来ても良いように、備えて待つことです。

かつて(過去)ではなく、

いつか(未来)でもなく、

いま(現在)が大切です。

明日、信じよう、明日から始めよう、と先延ばしすると、

明日では遅い日が来ます。

今、主を信じ、

今、主が言われたとおりにしてください。

目を覚まして主人を待っていた僕の姿があなたの姿となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

Next:ルカ12:49-59

ルカ12:22-34「神の国」

◇2017年3月3日(金)
●ルカ12:22-34「神の国」
●御言葉
12:31 ただ、神の国を求めなさい。そうすれば、これらのものは加えて与えられる。
●黙想
主の祈りは、神の国を求める祈りです。本気で求めて祈って下さい。そうすれば、御名を崇め、御国(神の国)を体験し、御心が行われ、すべての必要が満たされます。
さあ、共に祈りましょう。

天にまします我らの父よ
願わくば御名をあがめさせたまえ
御国を来たらせたまえ
御心の天になるごとく
地にもなさせたまえ
我らの日用の糧を
今日も与えたまえ
我らに罪を犯す者を
我らが赦すごとく
我らの罪をも赦したまえ
我らを試みに会わせず
悪より救いいだしたまえ
国と力と栄とは限りなく汝のものなればなり
アーメン。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ルカ12:13-21「貪欲」

◇2017年3月2日(木)
●ルカ12:13-21「貪欲」
●御言葉
12:15 そして、一同に言われた。「どんな貪欲にも注意を払い、用心しなさい。有り余るほど物を持っていても、人の命は財産によってどうすることもできないからである。」
●黙想
神の前に豊かになる人は幸せです。

愚かな金持ちは、貪欲に支配された人です。

彼は貪欲のために神様を利用します。

賢い金持ちは、神の前に豊かな人です。

彼は神に仕え、富を支配します。

神のために富を用い、天に宝を積みます。

どんな貪欲にも注意しましょう。

自分のために神を用いる人ではなく、

神のために自分を用いる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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