ローマ9:14-24「憐れみ」

◇2016年9月27日(火)
●ローマ9:14-24「憐れみ」
●御言葉
9:15 神はモーセに、/「わたしは自分が憐れもうと思う者を憐れみ、/慈しもうと思う者を慈しむ」と言っておられます。
●黙想
なぜ、神様はアブラハムを選び、イスラエル(ユダヤ人)に憐れみと慈しみを注がれたのでしょうか。

なぜ、神様は、その憐れみと慈しみとを、異邦人に向けられ、私たちの上にも憐れみと慈しみとが注がれるようになったのでしょうか。

それは、人間の側の意志や努力によるものではなく、神の意志(御心)です。

大切なことは、神の恵みが届けられた時、素直に受け取ることです。

憐れみの器として、神に選ばれ、神の栄光を現す者となりますように。

御名によって祝福します。

明日から三日間。御言葉メールはお休みします。byバルナバ

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ローマ9:1-13「愛」

◇2016年9月26日(月)
●ローマ9:1-13「愛」
●御言葉
9:2 わたしには深い悲しみがあり、わたしの心には絶え間ない痛みがあります。
9:3 わたし自身、兄弟たち、つまり肉による同胞のためならば、キリストから離され、神から見捨てられた者となってもよいとさえ思っています。

●黙想
あなたのためなら神から見捨てられた者となってもよい。

これが十字架で死なれたキリストの愛です。

パウロはこの愛を受け、この愛に生きる者となりました。

パウロの悲しみと痛みは、キリストの悲しみであり、痛みです。

十字架を見つめてください。

そこには神の悲しみと痛みがあります。

「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」(ヨハネ15:13)。

キリストの愛があなたにも豊かに注がれますように。御名によって祝福します。byバルナバ

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ローマ8:31-39「愛」

◇2016年9月25日(日)
●ローマ8:31-39「愛」
●御言葉
8:31b もし神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できますか。
8:32 わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか。

●黙想
あなたのためなら死んでも構わない。

これが神の愛であり、この愛はキリスト・イエスによって示されました。

パウロは、だれも、どんなものも、キリストの愛からわたしたちを引き離すことはできない、と語りました。

神が味方である。

こんなに心強い人生はありません。

今日は日曜日です。

復活し、神の右に座り、わたしたちのために執り成してくださるお方に礼拝を捧げる日です。

神の恵みと祝福とが豊かに注がれますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

Nextローマ9:1-13

ローマ8:26-30「万事が益となる」

◇2016年9月24日(土)
●ローマ8:26-30「万事が益となる」
●御言葉
8:28 神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。
●黙想
万事が益となる。

これは神を愛する者、神に召された者たちが体験する世界です。

なぜ、万事が益となるのでしょうか。

神が共に働いてくださるからです。

神を愛し、神に召され、神と共に働く人は、

神が共に働き、万事が益となり、最後は必ずハッピーエンドに終わります。

これは神の約束であり、事実です。

パウロたちは、この事実を数多く体験していたので、「知っている」と語ったのです。

神様の招きに応え、神を愛し、今日も神と共に働く人でありますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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ローマ8:18-25「栄光」

◇2016年9月23日(金)
●ローマ8:18-25「栄光」
●御言葉
8:18 現在の苦しみは、将来わたしたちに現されるはずの栄光に比べると、取るに足りないとわたしは思います。
●黙想
苦しみは苦しみで終わらず。ここにクリスチャンの希望があります。

イエス様は弟子たちに言いました。

「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」(ヨハネ16:33)と。

ヤコブは言いました。

「あなたがたの中で苦しんでいる人は、祈りなさい。」(ヤコブ5:13)と。

主は祈る人のうめきと叫びに耳を傾け、栄光を現してくださる。

これがイスラエルの歴史であり、クリスチャンの歴史です。

あなたの将来にも主の栄光が現されますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

Nextローマ8:26-30

ローマ8:9-17「神の子」

◇2016年9月22日(木)
●ローマ8:9-17「神の子」
●御言葉
8:14 神の霊によって導かれる者は皆、神の子なのです。
8:15 あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。

●黙想
救いとは、神の子となり、神の家族に加えられることです。

神の子には、父なる神に従って生きる義務(義とされた者が果たすべき努め)があります。

礼拝を捧げ、聖書を読み、祈り、献金し、伝道することです。

救いは、神の恵みであり、これらの義務を果たすことは、神の祝福です。

この地上で神の子とされ、神の恵みと神の祝福に与り、天の故郷に凱旋する人。

それが神の霊によって導かれる人です。

霊に対する義務を果たす人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Nextローマ8:18-25

ローマ:1-8「霊の法則」

◇2016年9月21日(水)
●ローマ:1-8「霊の法則」
●御言葉
8:1 従って、今や、キリスト・イエスに結ばれている者は、罪に定められることはありません。
8:2 キリスト・イエスによって命をもたらす霊の法則が、罪と死との法則からあなたを解放したからです。

●黙想
救いとは、キリスト・イエスに結ばれることです。

キリストに結ばれ、霊の思い(御心)に従って歩む人は、良い実を結びます。

これが霊の法則です。

イエス様は言いました。

「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。

わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。

わたしにつながっていない人がいれば、枝のように外に投げ捨てられて枯れる。そして、集められ、火に投げ入れられて焼かれてしまう。

あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる。」(ヨハネ15:4-7)。


霊の支配下にある者は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバNextローマ8:9-17

ローマ7:14-25「救い」

◇2016年9月20日(火)
●ローマ7:14-25「救い」
●御言葉
7:24 わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか。
●黙想
霊の法則は、罪の法則に勝ります。

罪は引力のように、肉に働き、悪の方向へ引っ張ります。

パウロはこれを「罪と死の法則」と呼びました。

パウロの叫びは、この法則に翻弄され、罪を繰り返す人間の叫びです。

この叫びに答え、死に定められた体から救い出してくださるのが、イエス・キリストなのです。

「従って、今や、キリスト・イエスに結ばれている者は、罪に定められることはありません。キリスト・イエスによって命をもたらす霊の法則が、罪と死との法則からあなたを解放したからです。」(8:1-2)。

今日もキリストに結ばれ、善い方向に導かれますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

Nextローマ8:1-8

ローマ7:7-13「律法」

◇2016年9月19日(月)
●ローマ7:7-13「律法」
●御言葉
7:7 では、どういうことになるのか。律法は罪であろうか。決してそうではない。しかし、律法によらなければ、わたしは罪を知らなかったでしょう。たとえば、律法が「むさぼるな」と言わなかったら、わたしはむさぼりを知らなかったでしょう。
●黙想
新しい法律や条令が制定されると、違反者は罪に定められます。

律法は神様が人間に与えた神のルールです。

パウロは、律法によらなければ、何が違反(罪)なのかを知らなかった、というのです。

律法の本質は、神と人と隣人を愛することです。

この本質が分かれば、罪が分かり、救いも分かるようになります。

神を愛し、互いに愛し合うために、

キリストは、私たちの罪を赦し、救ってくださったのです。

律法によって罪に定められない人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Nextローマ7:14-25-6

ローマ7:1-6「律法」

◇2016年9月18日(日)
●ローマ7:1-6「律法」
●御言葉
7:6 しかし今は、わたしたちは、自分を縛っていた律法に対して死んだ者となり、律法から解放されています。その結果、文字に従う古い生き方ではなく、“霊”に従う新しい生き方で仕えるようになっているのです。
●黙想
イエス・キリストを信じ、救われた人は、罪の支配から解放され、律法に対して死んだ者となり、古い律法から解放されました。

ここにユダヤ教からの脱却がありました。

神の恵みによって、キリストと結ばれた人は、

文字に従う古い生き方ではなく、内在する聖霊に従う新しい生き方で、主に仕えます。

今日は日曜日です。

私たちの救い主であるイエス・キリストに礼拝を捧げる日です。

聖霊に導かれ、新しい生き方で主に仕える人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバNextローマ7:7-13

ローマ6:12-23「永遠の命」

◇2016年9月17日(土)
●ローマ6:12-23「永遠の命」
●御言葉
6:22 あなたがたは、今は罪から解放されて神の奴隷となり、聖なる生活の実を結んでいます。行き着くところは、永遠の命です。
6:23 罪が支払う報酬は死です。しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです。

●黙想
救いは、神の賜物であるイエスをキリスト(救い主)と信じ、永遠の命を得ることです。

罪の支配下にある人は、罪に仕える奴隷であり、罪の影響を受け、死に至ります。

信仰によって義とされた人は、義の支配下にある神の奴隷であり、神の教えに従い、永遠の命に至るのです。

生活の実を見れば、誰が主人であるかが分かります。

今日も神に従順に仕える僕となり、良い実を結ぶ一日となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

Nextローマ7:1-6

ローマ6:1-11「洗礼」

◇2016年9月16日(金)
●ローマ6:1-11「洗礼」
●御言葉
6:4 わたしたちは洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きるためなのです。
●黙想
洗礼は、キリストの十字架(死)と復活(命)にあずかる儀式です。

洗礼によって、罪に対して死んだ者となり、神に対して生きる者となるのです。

今朝も、パウロの告白を宣言し、一日をスタートしましょう。

「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。」(ガラテヤ2:20)。

「キリスト・イエスに結ばれて、神に対して生きているのだと考え」(11節)られる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバNextローマ6:12-23

ローマ5:12-21「救い」

◇2016年9月15日(木)
●ローマ5:12-21「救い」
●御言葉
5:21 こうして、罪が死によって支配していたように、恵みも義によって支配しつつ、わたしたちの主イエス・キリストを通して永遠の命に導くのです。
●黙想
救いとは、罪と死の支配下から、恵みと義の支配下へ移行することです。

すべての人は、アダムが罪を犯して以来、罪と死によって支配されていました。

キリストが罪を贖われて以来、恵みと義によって支配される世界(神の国)が用意された、とパウロは語ります。

罪と死と裁きから解放され、恵みと命と赦しの世界に生きる。

ここに救いの喜びがあります。

神の恵みを受け取り、救い主であるイエス・キリストを通し、永遠の命に導かれますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

Nextローマ6:1-11

ローマ5:1-11「平和」

◇2016年9月14日(水)
●ローマ5:1-11「平和」
●御言葉
5:1 このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており、
5:2 このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています。

●黙想
救いとは、神の怒り(裁き)を免れ、神との間に平和(平安)を得ることです。

パウロは、キリストのお陰で、この救いを、信仰によって無償で受け取ったのです。

「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。」(ローマ3:23-24)。

神の恵み(贖いの業:十字架)を無駄にしないで下さい。

神の愛が心に注がれ、聖霊に満たされ、信仰と希望を抱いて生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Nextローマ5:12-21

ローマ4:18-25「信仰」

◇2016年9月13日(火)
●ローマ4:18-25「信仰」
●御言葉
4:21 神は約束したことを実現させる力も、お持ちの方だと、確信していたのです。
4:22 だからまた、それが彼の義と認められたわけです。

●黙想
神の存在を信じるだけでは義と認められません。

悪魔や悪霊でさえ、神の存在は認めています。

アブラハムは、神が全能者であり、神の約束は必ず成就すると信じたのです。

だから、「希望するすべもなかったときに、なおも望みを抱いて、信じ」、従ったのです。

「信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神が存在しておられること、また、神は御自分を求める者たちに報いてくださる方であることを、信じていなければならないからです。」(ヘブライ11:6)。

主と主の言葉を信じ、主を慕い求め、報い(祝福)に与る人はアブラハムの子孫なのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Nextローマ5:1-11

ローマ4:9-17「洗礼」

◇2016年9月12日(月)
●ローマ4:9-17「洗礼」
●御言葉
4:11 アブラハムは、割礼を受ける前に信仰によって義とされた証しとして、割礼の印を受けたのです。こうして彼は、割礼のないままに信じるすべての人の父となり、彼らも義と認められました。
●黙想
はじめに信仰ありきです。

アブラハムは割礼を受ける前に義とされたというパウロの主張は、

「割礼なき者は、義と認められない」と主張するユダヤ人を論破します。

イエスを信じた人たちが受ける洗礼も同じです。

受洗の有無よりも、信仰の有無の方が重要です。

イエスを救い主と信じる者は、信仰によって義とされ、救いの印である洗礼を受けるのです。

「実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです。」(ローマ10:10)。

アブラハムは信仰の父であり、祝福の源です。

信仰と祝福があなたとあなたの子孫にも継承されますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

next:ローマ4:18-25

ローマ4:1-8「義認」

◇2016年9月11日(日)
●ローマ4:1-8「義認」
●御言葉
4:3 聖書には何と書いてありますか。「アブラハムは神を信じた。それが、彼の義と認められた」とあります。
●黙想
救いとは、神に義と認められることです。

アブラハムもダビデも、行いによって、義と認められたのではありません。

彼らが義と認められたのは、神を信じたからです。

不信心で、罪深い者が義とされるのは、神の恵みです。

義とされた者が、神に従うときに与えられるものが、神の祝福です。

恵みは無償であり、祝福は報償です。

今日は日曜日です。

神を信じ、神に従い、神の恵みと神の祝福に与りましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Nextローマ4:9-17

ローマ3:21-31「義認」

◇2016年9月10日(土)
●ローマ3:21-31「義認」
●御言葉
3:23 人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、
3:24 ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。

●黙想
神に義と認められた人は、神の栄光(神からの栄誉)を受けます。

これが救いです。

パウロは、神に義と認められ、神の栄光を受ける方法は、ただ一つしかないと語ります。

キリスト・イエスの贖いの業(十字架)を信じ、神の恵みによって、無償で義とされる。

これが福音です。

この福音はユダヤ人をはじめギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力なのです。

イエスを信じ、神の恵みによって義と認められ、神の栄光を受ける人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Nextローマ4:1-8

ローマ3:9-20「信仰義認」

◇2016年9月9日(金)
●ローマ3:9-20「信仰義認」
●御言葉
3:20 なぜなら、律法を実行することによっては、だれ一人神の前で義とされないからです。律法によっては、罪の自覚しか生じないのです。
●黙想
救いの確信がありますか。

救いとは、神の前で義とされることです。

ユダヤ人は、律法を実行すれば義とされると信じながらも、

律法を守り切れず、救いの確信を得ることはできませんでした。

パウロは「正しい者はいない。一人もいない」という預言者の言葉を引用し、

神の前で義とされるのは、神の恵み(イエス・キリスト)を受け入れる他に道はない、と語るのです。

これを信仰義認といいます。

信仰によって、神の前で義と認められた人。

それがクリスチャンなのです。

神の前で義と認められ、救いの確信を持って生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Nextローマ3:21-31

ローマ3-1-8「神の言葉」

◇2016年9月8日(木)
●ローマ3-1-8「神の言葉」
●御言葉
3:1 では、ユダヤ人の優れた点は何か。割礼の利益は何か。
3:2 それはあらゆる面からいろいろ指摘できます。まず、彼らは神の言葉をゆだねられたのです。

●黙想
パウロは、ユダヤ人を叱責しつつも、彼らに委ねられている神の言葉について語ります。

御言葉が委ねられていることは、彼らの特権です。

神様は、誠実な人を選んで、神の言葉を委ねたのではありません。

不誠実であるにもかかわらず、恵みによって選び、委ねられたのです。

私たちも同じように、神の言葉が委ねられているのです。

神の言葉は、人間の不誠実のせいで無にはなりません。

委ねられた御言葉を守る人は、神の誠実さによって変化していきます。

御言葉によって、日々、新たにされていく。

これがクリスチャンライフです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

Nextローマ3:9-20

ローマ2:17-29「洗礼」

◇2016年9月7日(水)
●ローマ2:17-29「洗礼」
●御言葉
2:25 あなたが受けた割礼も、律法を守ればこそ意味があり、律法を破れば、それは割礼を受けていないのと同じです。
●黙想
御言葉は守ってこそ意味があります。

割礼と律法はユダヤ人の誇りでした。

彼らは割礼を受けず、律法を知らない異邦人を見下していました。

パウロは、たとえ割礼を受けていても、律法を破れば、異邦人と同じだと言うのです。

ここに割礼と律法(旧約)の限界があります。

パウロはキリストに出会い、割礼と律法を越える世界を知りました。

それが洗礼と福音(新約)です。

福音はユダヤ人をはじめ、ギリシャ人(異邦人)にも救いをもたらす神の力なのです。

福音を受け入れ、洗礼を受け、霊によって心に割礼を施された人。

それがクリスチャンです。

あなたが受けた心の割礼が意味あるものとなりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

Nextローマ3:1-8

PS.ベテルブログ更新されました。

ローマ2:9-16「愛」

◇2016年9月6日(火)
●ローマ2:9-16「愛」
●御言葉
2:11 神は人を分け隔てなさいません。
●黙想
神様の愛は100%です。

神様は、この愛を均等ではなく、完全に分け与えられます。

五つのパンと二匹の魚の奇跡を思い出して下さい。

均等であれば、すべての人が満腹することはなかったでしょう。

ぶどう園の労働者のたとえも同じです。

わずか一時間しか働かない者も、朝から働いた人と同じ賃金を受け取りました。

これは人の目から見ればえこひいきに見えるほどの行為です。

あなたに対する神の愛は完全です。

あなた一人を救うために、キリストは命を捨てられた、と考えてもいいぐらいの愛を受けているのです。

神の愛に気づき、善を行って生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ローマ2:1-8「裁きと赦し」

◇2016年9月5日(月)
●ローマ2:1-8「裁きと赦し」
●御言葉
2:1 だから、すべて人を裁く者よ、弁解の余地はない。あなたは、他人を裁きながら、実は自分自身を罪に定めている。あなたも人を裁いて、同じことをしているからです。
●黙想
人を裁くと、自分も裁かれ、人を赦すと、自分も赦されます。

これは神が定めた霊的法則です。

イエス様は弟子にこう教えました。

「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。」(マタイ7:1-2)。

「もし人の過ちを赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたの過ちをお赦しになる。」(マタイ6:14)。

裁きは心を砂漠化し、赦しは心を楽園化します。

主に赦され、互いに赦し合う人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ローマ1:26-32「罪」

◇2016年9月4日(日)
●ローマ1:26-32「罪」
●御言葉
1:28 彼らは神を認めようとしなかったので、神は彼らを無価値な思いに渡され、そのため、彼らはしてはならないことをするようになりました。
●黙想
罪の呵責を感じなくなることは、滅びの兆候です。

パウロは神を認めず、欲望のままに生きる人間が犯す罪のリストを示し、その行き着く先は死であると語ります。

この滅びゆく人間を救うためにキリストが来られた。

これが福音です。

「罪が支払う報酬は死です。しかし、神の賜物は、わたしたちの主イエス・キリストによる永遠の命なのです」(ローマ6:23)。

キリストにあって、価値ある思いに渡され、御心を行う人は幸いです。

今日は日曜日です。

神を認め、礼拝を捧げる日です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

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ローマ1:18-25「神」

◇2016年9月3日(土)
●ローマ1:18-25「神」
●御言葉
1:20a 世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます。
●黙想
神を知る方法は二つあります。

一つは神が造られた被造物を通し、神を知る方法です。

作品を見て、作者を知る。

これを自然啓示といいます。

ギリシャ人をはじめユダヤ人までもが、作者である神を崇め、感謝するのではなく、

作品である被造物(人や偶像)を崇め、神の怒りを招きました。

彼らに、神を知るもう一つの方法が示されました。

人となられた神であるキリスト(救い主)を通し、神を知る方法です。

作者を見て、作者を知る。

これを特別啓示といいます。

造り主と救い主を永遠にほめたたえて生きる者でありますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

Nextローマ1:26-32

ローマ1:8-17「福音」

◇2016年9月2日(金)
●ローマ1:8-17「福音」
●御言葉
1:16 わたしは福音を恥としない。福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。
●黙想
福音を伝えていますか。

十字架の上で死なれたイエスをメシアと信じる者は救われる、というキリストの福音(十字架の言葉)は、

ユダヤ人には信じがたい教えであり、ギリシャ人からすれば愚かな教えでした。

しかし、パウロは世論を気にしませんでした。

福音の中に秘められている神の力を信じ、福音を恥じることなく、誇り(喜び)とし、至るところで福音を伝え、

多くの人々が救われ、各地に教会が誕生していったのです。

福音は種蒔きと同じです。

蒔かない限り、種の中に秘められている力は発揮されません。

福音の中に秘められている神の力があなたを通して解き放たれますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

Nextローマ1:18-25

ローマ1:1-7「福音」

◇2016年9月1日(木)
●ローマ1:1-7「福音」
●御言葉
1:7 神に愛され、召されて聖なる者となったローマの人たち一同へ。わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。
●黙想
今日からローマ人への手紙に入ります。

神に愛されるとは、寵愛であり、恩寵です。

愛される価値なき者(罪人)を召し選び、

神の子としての身分が授けられ、恵み(救い)と、平和(赦し)を与えて下さる。

これがイエス・キリストの福音(ゴスペル・良い知らせ)です。

この福音があなたにも届けられました。

この手紙は、福音を受け入れ、キリストを信じたすべての人々に宛てられています。

あなたの上に、神とキリストからの恵みと平和がありますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

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