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エゼキエル48:23-35「アドナイ・シャマ」

◇2016年4月30日(土)
●エゼキエル48:23-35「アドナイ・シャマ」
●御言葉
都の周囲は一万八千アンマである。この都の名は、その日から、「主がそこにおられる」と呼ばれる。(48:35)
●黙想
主はどこにおられますか。

エゼキエル書の最後の言葉です。

都が回復し、「アドナイ・シャマ」(主がそこにおられる)と呼ばれます。

「神がもう立ち去らず、永遠にそこにおられる」という約束です。

この預言は、イエス・キリストが来られた時から始まり、終わりの日に成就します。

「見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも苦労もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」(黙示録21:3-4)。

主があなたの中に住み、永遠に主と共に生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
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エゼキエル48:1-22「祭司」

◇2016年4月29日(金)
●エゼキエル48:1-22「祭司」
●御言葉
この聖別された土地は祭司たち、つまりツァドクの子孫である祭司のものである。彼らはイスラエルの子らが迷ったとき、レビ人たちが迷ったように迷うことなく、わたしの務めを守った。(48:11)
●黙想
何が起ころうとも、主から目を離さないでください。

イスラエルの子らが迷い出たとき、

彼らを正しい道へと導くべき存在であるレビ人たちも一緒に迷いました。

しかし、ツァドクの子孫である祭司たちは、主の務めを守り抜いたのです。

あなたにも祭司の務めが委ねられています。

「主人が帰ってきたとき、言われたとおりにしているのを見られる僕は幸いである。はっきり言っておくが、主人は彼に全財産を管理させるに違いない」(マタイ24:46-47)

主が来られる日まで、忠実に務めを果たす人が受ける人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル47:13-23「境界線」

◇2016年4月28日(木)
●エゼキエル47:13-23「境界線」
●御言葉
主なる神はこう言われる。「あなたたちが、イスラエルの十二部族に土地を嗣業として割り当てるときの境界線は、次のとおりである。ヨセフの割り当て地は二倍である。(47:13)
●黙想
境界線を守ることは、平和の維持には不可欠です。

すべてのものが回復し、12部族に土地が再分配され、イスラエルに平和が訪れます。

境界線を破らない。

これは国同士、人間同士、さらに神とも、平和に過ごす秘訣です。

罪とは境界線を踏み越え、関係を失った状態を意味します。

人間が境界線を破り、他者の領域を侵すと、他者との関係を失います。

人間が神の領域を侵し、神を神とせず、己を神として生きる時、神との関係を失います。

神の国に生きる人は、境界線を守る人です。

「平和を実現する人々は幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」(マタイ5:9)。

すべての人と平和に暮らす人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル47:1-12「命の水」

◇2016年4月27日(水)
●エゼキエル47:1-12「命の水」
●御言葉
川が流れて行く所ではどこでも、群がるすべての生き物は生き返り、魚も非常に多くなる。この水が流れる所では、水がきれいになるからである。この川が流れる所では、すべてのものが生き返る。(47:9)
●黙想
人は水なしには生きられません。

身体が水を必要とするように、心や霊は神を必要とします。

人は神なしには生きられないからです。

エゼキエルは神殿から泉のように水が湧き上がり、その水によって、すべてのものが清められ、生き返る幻を見ました。

この幻の如くに生き返る人。

それがクリスチャンです。

イエス様は言いました。

「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」(ヨハネ7:37-38)。

あなたが生きれば、あなたの家族も生き返ります。

あなたの内側から命の水が流れ溢れますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

エゼキエル46:1-24「QT」

◇2016年4月26日(火)
●エゼキエル46:1-24「QT」
●御言葉
あなたは、朝ごとに無傷の一歳の小羊一匹を、日ごとの焼き尽くす献げ物として、主にささげねばならない。朝ごとに、それをささげねばならない。(46:13)
●黙想
朝、最初に耳にするこ言葉は何ですか。

テレビや新聞の情報よりも、

頭から抜けない問題や悩みよりも、

まず、主の言葉に耳を傾け、御言葉を黙想してください。

週毎に礼拝を捧げることが、神の祝福に与る秘訣であるように、

朝ごとにQTをすることは、神の祝福を流し出す秘訣です。

朝の15分があなたの運命を変えます。

朝ごとに15分を捧げ、QTして下さい。

そうすれば、47章に記されているように、

神殿から命の水が流れ出て、

あなたもあなたの周りにいる人も祝福されるでしょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル45:1-25「罪の赦し」

◇2016年4月25日(月)
●エゼキエル45:1-25「罪の赦し」
●御言葉
一月十四日に、あなたたちは、過越祭を七日の間祝い、酵母を入れないパンを食べねばならない。君主はこの日、自分自身のため、また、国のすべての民のために、贖罪の献げ物の雄牛をささげねばならない。(45:21-22)
●黙想
あなたの罪過ちは始末されていますか。

イエス・キリストは過越祭の時、十字架の上で、贖罪の献げ物となられました。

キリストが流された血潮によって、あなたの罪は贖われ、清められる。

これが十字架の福音です。

十字架の贖いを信じ、すべての罪と咎と過ちが神の前で赦され、清められた人。

それがクリスチャンなのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル44:15-31「財産」

◇2016年4月24日(日)
●エゼキエル44:15-31「財産」
●御言葉
彼らは嗣業を持たない。わたしが彼らの嗣業である。あなたたちはイスラエルにおいて彼らに財産を与えてはならない。わたしが彼らの財産である。(44:44)
●黙想
神様にまさる財産はありません。

神に仕える祭司たちには嗣業の地(財産)は与えられませんでした。

神が彼らの財産であり、神に仕え、すべての必要は満たされていました。

神の財産は信仰によって相続されます。

神の遺産を相続した人。

それがクリスチャンです。

「わたしの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たして下さいます。」(フィリピ4:19)。

このパウロの告白があなたの告白となり、

あなたの子孫の告白となりますように。

今日は日曜日です。

すべての必要を満たして下さる神様に、感謝の礼拝を捧げましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル44:1-14「礼拝」

◇2016年4月23日(土)
●エゼキエル44:1-14「礼拝」
●御言葉
それから、彼はわたしを北の門を通って神殿の前に連れて行った。わたしが見ると、主の栄光が主の神殿を満たしていた。わたしはひれ伏した。(44:44)
●黙想
ひれ伏すことが礼拝です。

ひれ伏す行為よりも、ひれ伏す対象が重要です。

イスラエルの民が滅びた理由は、

ひれ伏すべき対象を、偶像にまで広げ、

神殿を汚し、主の栄光が去ったことにあります。

ひれ伏す対象を間違えないでください。

エゼキエルは新しく建てなおされる神殿に導かれ、主にひれ伏し、礼拝を捧げました。

この神殿こそ、

キリストが三日で建て直すと約束された神殿(キリストの体である教会)の姿です。

教会には、主の栄光が満ちています。

造り主であり、救い主であり、助け主であるお方こそ、ひれ伏し、礼拝を捧げるべきお方です。

明日は日曜日です。

主の家(神殿)に集まり、礼拝を捧げましょう。

神殿の前に導かれ、主に礼拝を捧げる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル43:13-27「福音」

◇2016年4月22日(金)
●エゼキエル43:13-27「福音」
●御言葉
これらの日が終わると、八日目以後、祭司たちはあなたたちの焼き尽くす献げ物と和解の献げ物を祭壇にささげる。そして、わたしはあなたたちを受け入れる」と主なる神は言われる。(43:27)
●黙想
神に会うためには準備が必要です。

神殿と祭壇が必要であり、

祭司と犠牲が必要であり、

清めの期間が必要です。

キリストは神に会うための準備をするために来られた救い主です。

キリストは神殿と祭壇である教会を建て、

大祭司として、神と人との間に立ち、

自らを焼き尽くす献げ物と和解の献げ物として捧げ、

私たちの全ての罪を清めてくださったのです。

私たちがするべきことは、救い主を信じ、受け入れるだけです。

イエスを受け入れた人を、神は受け入れ、救ってくださる。

これが福音です。

福音によって、神に受け入れられ、永遠に神と共に生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル43:1-12「栄光」

◇2016年4月21日(木)
●エゼキエル43:1-12「栄光」
●御言葉
見よ、イスラエルの神の栄光が、東の方から到来しつつあった。その音は大水のとどろきのようであり、大地はその栄光で輝いた。(43:2)
●黙想
主の栄光を仰ぎ見る人は、その栄光によって輝きます。

エゼキエルは主の栄光が神殿に到来し、大地が主の栄光で輝くのを見ました。

どんなに立派な神殿でも、主の栄光がなければ、やがて滅びていきます。

大切なのは主の栄光です。

クリスチャンは主の栄光であるキリストが到来して建てられた神殿です。

主の臨在があなたを覆い、世の光として輝くのです。

主の栄光があなたの人生を照らし、

神の栄光を表す人になりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

エゼキエル42:1-20「聖別」

◇2016年4月20日(水)
●エゼキエル42:1-20「聖別」
●御言葉
彼はわたしに言った。「神域に面した北側の部屋と南側の部屋は、いずれも神聖な部屋である。(42:13a)
●黙想
聖別することは大切なことです。

かつて、イスラエルの民は神聖な場所を汚し、

主の霊が離れ、神殿は荒廃し、国を失いました。

イスラエルの回復と祝福は、聖別から始まります。

エゼキエルが見た建て直される神殿には、

聖別された神聖な部屋があり、

祭司たちは、神聖なものを食べ、神聖な服を着るように命じられます。

日曜日を聖別し、神聖な部屋(教会)に集まり、

礼拝を捧げることは、とても大切なことです。

聖別して生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル41-1-26「信仰」

◇2016年4月19日(火)
●エゼキエル41-1-26「信仰」
●御言葉
彼はわたしを拝殿に連れて行った。(41:1a)
●黙想
信仰とは、自分の願いを信じることではなく、神の約束を信じることです。

エゼキエルは、再建されるエルサレム神殿を見ました。

この神殿は、彼らが願っている神殿の姿ではなく、

神が計画し、約束された神殿の姿です。

イスラエルの民は、荒れ果てた神殿が再建されるのを待ち望むようになります。

主がエゼキエルに見せ、約束された神殿を待ち望んだのです。

信仰とは、あなたが願うことが起こることを待つことではなく、

神の約束が成就することを待つことです。

御言葉を信じ、主の御業を待ち望む人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル40:1-49「幻」

◇2016年4月18日(月)
●エゼキエル40:1-49「幻」
●御言葉
神の幻によって、わたしはイスラエルの地に伴われ、非常に高い山の上に下ろされた。その南側に都のように建設された物があった。(40:2)
●黙想
神様はエゼキエルに、幻によって、エルサレムに再建される神殿の姿を示しました。

神様は人を通して働き、人を通して御心を示されます。

エゼキエルが見た幻は、捕囚の民に希望と信仰を芽生えさせたのです。

主はあなたをも用いられます。

希望と信仰を失った人々に、あなたを通して、神の幻(御心)を伝える使命を託されているのです。

大切なのは、まず、あなたが神の幻を見て、希望と信仰に生きることです。

そうすれば、主はあなたを用いて、御業を行われます。

神の幻を見る人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル39:21-29「主の霊」

◇2016年4月17日(日)
●エゼキエル39:21-29「主の霊」
●御言葉
わたしは二度とわが顔を彼らに隠すことなく、わが霊をイスラエルの家に注ぐ」と主なる神は言われる。(39:29)
●黙想
イスラエルが回復する預言が続きます。

イスラエルが滅びた理由は、

彼らが主の目に悪を行い、主の神殿に偶像の神々を持ち込み、汚したからです。

主の霊がエルサレムを離れ、主は御顔を隠されたのです。

主の裁きには終わりがあります。

彼らが主に立ち帰り、主の御顔を求めた時、

主は彼らに御顔を向け、主の霊を注ぎ、イスラエルは回復していくのです。

主の霊が注がれるところに、神の栄光が現れます。

今日は日曜日です。

共に主を崇め、礼拝を捧げましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル39:1-20「終末」

◇2016年4月16日(土)
●エゼキエル39:1-20「終末」
●御言葉
人の子よ、あなたはゴグに向かい預言して言いなさい。主なる神はこう言われる。メシェクとトバルの総首長ゴグよ。わたしはお前に立ち向かう。(39:1)
●黙想
イスラエルをゴグを総首長とする連合軍が攻撃します。

しかし、主はイスラエルを守るために、彼らに立ち向かうという預言です。

主はあなたに立ち向かい、裁かれる方ですか。

それともあなたのために立ち向かって、救ってくださる方ですか。

ここに終末の明暗があります。

主はあなたを救い、守り、助けるために来られた救い主です。

主は到来し、主の約束は実現しました。

明日、何が起こり、何が襲うか分からないのが人生です。

主はあなたを助け、守り、救われるお方です。

主に信頼する人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル38:1-23「終末」

◇2016年4月15日(金)
●エゼキエル38:1-23「終末」
●御言葉
ゴグがイスラエルの地を襲う日、まさにその日に、と主なる神は言われる。わたしの憤りは激しく燃え上がる。(38:18)
●黙想
エゼキエル書38章、39章の預言は、終わりの日(終末)の預言であるとも言われます。

ゴグと呼ばれる北にある連合国家がイスラエルを襲い、戦争が起こります。

地震や天変地異も起こり、

その様子は、イエス様が語られた終末時の光景に似ています。

その日(終末)は必ず来ます。

大切なのは、その日、その時に備えて生きることです。

主はあなたを救う方です。

イエスを救い主と信じ、終わりの日に備えて生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル37:15-28「神の民」

◇2016年4月14日(木)
●エゼキエル37:15-28「神の民」
●御言葉
わたしはわたしの地、イスラエルの山々で彼らを一つの国とする。一人の王が彼らすべての王となる。彼らは二度と二つの国となることなく、二度と二つの王国に分かれることはない。彼らは二度と彼らの偶像や憎むべきもの、もろもろの背きによって汚されることはない。わたしは、彼らが過ちを犯したすべての背信から彼らを救い清める。そして、彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。(37:22-23)
●黙想
イスラエルが回復する預言です。

イスラエルは、偶像礼拝によって、聖所が汚され、

国は分裂し、滅びていきました。

主はイスラエルを憐れみ、国を再建されます。

一人の王とは、ダビデの子孫から誕生するメシア(キリスト)のことです。

キリストはすべての罪を赦し、洗い清めてくださるお方です。

あなたが主の民となり、主があなたの神となること。

これが神様の御心です。

大切なことは、神以外のものを神としないことです。

主だけを神とする人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル37:1-14「生き返る」

◇2016年4月13日(水)
●エゼキエル37:1-14「生き返る」
●御言葉
これらの骨に向かって、主なる神はこう言われる。見よ、わたしはお前たちの中に霊を吹き込む。すると、お前たちは生き返る。(37:5)
●黙想
枯れた骨が復活する幻です。

骨とは、

『我々の骨は枯れた。我々の望みはうせ、我々は滅びる』と、

神の裁きを受け、祖国を失い、生ける屍の如くに希望を失ったイスラエルの民です。

主は、彼らを再び組み立て、

神の霊を注ぎ、国を再建されるのです。

主の言葉には希望があり、

主の霊には驚くべき力があります。

神に立ち帰り、

御言葉と聖霊によって生き返る人。

それが神の民であり、クリスチャンなのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル36:16-38「清い水」

◇2016年4月12日(火)
●エゼキエル36:16-38「清い水」
●御言葉
わたしが清い水をお前たちの上に振りかけるとき、お前たちは清められる。わたしはお前たちを、すべての汚れとすべての偶像から清める。(36:25)
●黙想
イスラエルの回復預言が続きます。

清い水とは、祭司による罪の清めの行為です。

イエス・キリストは大祭司です。

キリストは、御自分の血によって、

あなたのすべての罪を洗い清めてくださるのです。

ここに回復(救い)があります。

「私たちには神の家を支配する偉大な祭司がおられるのですから、心は清い水で洗われています。信頼しきって、真心から神に近づこうではありませんか。」(ヘブライ10章21節~22節)。

十字架によって、罪が清められ、

神に赦され、神を信頼し、

神に近づいて生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル36:1-15「兆し」

◇2016年4月11日(月)
●エゼキエル36:1-15「兆し」
●御言葉
しかし、お前たちイスラエルの山々よ、お前たちは枝を出し、わが民イスラエルのために実を結ぶ。彼らが戻って来るのは間近である。わたしはお前たちのために、お前たちのもとへと向かう。お前たちは耕され、種を蒔かれる。(36:8-9)
●黙想
イスラエルが回復する預言です。

回復への兆しは、若枝であり、種蒔きです。

若枝の中に実を見ることが信仰です。

種の中に収穫を見るのが信仰です。

生まれたばかりのキリストに出会って、

羊飼いや博士は喜び、

シメオンは「救いを見た」と告白しました。

これが信仰です。

主は再び来られます。

すでに兆しは現れています。

主を待ち望んで生きる。

これがクリスチャンの信仰です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル35:1-15「敵意を捨てよ」

◇2016年4月10日(日)
●エゼキエル35:1-15「敵意を捨てよ」
●御言葉
わたしはお前の町々を荒れ地とする。お前が廃虚になったとき/お前はわたしが主であることを知るようになる。お前は果てしない敵意を抱き、イスラエルの子らが災いに遭い、最後の刑罰を受けたとき、彼らを剣に渡したからである。(35:4-5)
●黙想
果てしない敵意や復讐心を子孫に残さないでください。

エドム人は、エサウの子孫です。

彼らはヤコブの子孫に果てしない敵意を抱き、

同じアブラハムの子孫であるにもかかわらず、

イスラエルの子らに復讐を果たします。

その結果、主はエドムに復讐し、廃墟となってしまうのです。

兄弟を憎み、復讐することは、御心に反する生き方です。

敵意を捨て、敵を愛し、迫害する者のために祈り、復讐は主に委ねる。

これが御心に適う生き方です。

今日は日曜日です。

主との関係を大切にし、礼拝を捧げましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル34:17-31「祝福」

◇2016年4月9日(土)
●エゼキエル34:17-31「祝福」
●御言葉
わたしは、彼らとわたしの丘の周囲に祝福を与え、季節に従って雨を降らせる。それは祝福の雨となる。(34:26)
●黙想
イスラエルの回復の預言が続きます。

神様へ恵みを与え、祝福の雨を注がれるお方です。

恵みは条件なく与えられますが、祝福には条件があります。

季節に従って雨が降るように、信仰に従って祝福の雨は降るからです。

二つのことが大切です。

一つは、神に立ち帰り、恵みを受け取ることです。

二つは、主の約束を信じ、御心を行うことです。

荒れ地に種を蒔かなければ、季節に従って雨が降っても、実を結びません。

御心を行う人には、祝福の雨が降り、

すること、なすことが祝福され、万事が益に変わります。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル34:1-16「羊」

◇2016年4月8日(金)
●エゼキエル34:1-16「羊」
●御言葉
まことに、主なる神はこう言われる。見よ、わたしは自ら自分の群れを探し出し、彼らの世話をする。牧者が、自分の羊がちりぢりになっているときに、その群れを探すように、わたしは自分の羊を探す。わたしは雲と密雲の日に散らされた群れを、すべての場所から救い出す。(34:11-12)
●黙想
36章からイスラエルの回復の預言が始まります。

イスラエルの民は、主なる神を見捨て、裁かれ、飼い主のない羊のようになりました。

神は、彼らを見捨てず、探し出し、世話をし、養うという約束です。

あなたは羊であり、羊飼いが必要です。

主はあなたを捜し、世話をし、養われるお方です。

良い羊飼いは羊のために命を捨てるのです。

キリストに世話され、養われて生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル33:21-33「信仰」

◇2016年4月7日(木)
●エゼキエル33:21-33「信仰」
●御言葉
人の子よ、あなたの同胞は城壁の傍らや家の戸口に立ってあなたのことを語り、互いに語り合っている。『さあ、行って、どんな言葉が主から出るのか、聞こうではないか』と。そして、彼らはあなたのもとに来る。民は来て、あなたの前に座り、あなたの言葉を聞きはするが、それを行いはしない。彼らは口では好意を示すが、心は利益に向かっている。(33:30-31)
●黙想
信仰の本質は、主の言葉を聞いて行うことです。

イスラエルの民は、自らの罪のために国が滅ぼされた時、

主の言葉を求めてエゼキエルのところに来ましたが、

聞くだけで行おうとしませんでした。

心が利益(欲)に支配されていたからです。

信仰は聞くことからはじまり、従うことで完成します。

行動の伴わない信仰は、本質(命)を失った信仰です。

主の言葉に聞き従う人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル33:1-20「御心」

◇2016年4月6日(水)
●エゼキエル33:1-20「御心」
●御言葉
彼らに言いなさい。わたしは生きている、と主なる神は言われる。わたしは悪人が死ぬのを喜ばない。むしろ、悪人がその道から立ち帰って生きることを喜ぶ。立ち帰れ、立ち帰れ、お前たちの悪しき道から。イスラエルの家よ、どうしてお前たちは死んでよいだろうか。(32:11)
●黙想
主の御心を知ることは、生きることです。

主なる神は罪を犯し、死に向かっている人々に、「立ち帰って、生きよ」と語ります。

主の御心は、悪人がその道から立ち帰って生きることです。

主の御心を行うことは、人を生かし、自分をも生かすことです。

クリスチャンには、主の御心を告げ知らせる責任があります。

あなたが告げ知らせなければ、御心を知らずに、死んでしまう人がいるからです。

御心を知り、御心を行う人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

広がる夢

はじめに 井上孝子

私は今年、83歳(現在90歳)を元気に迎えることができました。
神様に感謝の気持ちを足跡として残したいと思い立ち、今まで時々書きとめためていたものの中から、少しまとめて見ることにしました。
これから、何年生き続けることができるか分かりませんが、私の子孫が何時の日にか、この足跡について触れることを祈りつつ冊子のように記録をまとめることにしました。
私は養女として育てられ、ちやほや甘やかされながら、17歳まで何不自由なく大きくなりました。
たった一通の古びた封書を見つけたことから私の人生も両親の人生も、とんでもない方向に歩み出してしまいました。
私の誕生がこんなに両親を苦しめる結果になるとは、神のみが知るドラマが始まりました。
木の葉のように吹かれながら神様に守られて83年間元気に神様と共に生きて来れたことは唯々感謝です。
御言葉と共に生きた日々を、どうしても子孫に伝える責任を感じ、出来るだけ短く書き残したいと思い立ち、とうとう、ここまでまとめて見ました。
孫の手によって冊子にしてもらっています。たくさんの中からやっとこれだけを選び出しました。
私は毎日毎日、夢に向かって生きています。
神様は毎日新しい紙を下さいます。
子供にも大人にも元気な人にも病気の人でも、お金持ちの人にも新しい紙を下さっています。自由に書いてもいいよと。
次の日もまた次の日も、朝になると神様は持って来てくれます。
-昨日のことを思い出して写して書くと悲しくなるけれど、新しい紙にその日の新しいことを書く-
神様への手紙です。
私には五人の子供がいました。そのうち一人は生まれた次の日に天国へ帰って行ってしまいました。でも元気な子供と同じように思い出してあげています。
四人の子供はすっかり大人になり、結婚して皆、神様と一緒に暮らしています。そして、9人の孫もできました。
私と一緒にいる孫が二人結婚して、六人目のひ孫までいます。神様からお預かりした子どもたちはみんなで育っています。子供の頃から家で家庭礼拝をしてしっかり責任を持って育てようと力を合わせています。 
水のほとりに植えられた木は、根を張って良い実を結ぶことを教会の若い人たちのお手本となるように、毎週、教会学校に通わせています。
私の孫も子供の頃から教会で育ちました。皆それぞれ病気から守られ、健康に教会生活もしています。
子供と一緒に、またひ孫と一緒に、白髪のおばあちゃんは夢を広げて生きています。
全ての事は感謝です。
万事を益として。

続きの文章は下記のブログで↓

広がる夢

エゼキエル32:17-32「記録」

◇2016年4月5日(火)
●エゼキエル32:17-32「記録」
●御言葉
第十二年のその月の十五日に、主の言葉がわたしに臨んだ。(32:17)
●黙想
あなたに語られた主の言葉を大切にしてください。

エゼキエルのエジプトと周辺諸国への裁きの預言が続きます。

エゼキエルは、主の言葉が臨んだ日付を克明にしるしました。

あなたは主の言葉を書き残す習慣ががありますか。

日記と共に、御言葉やメッセージを書き残すことは、とても有益です。

どんな時に主の言葉が臨んだかが分かるからです。

主の言葉を記録する人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル32:1-16「裁き」

◇2016年4月4日(月)
●エゼキエル32:1-16「裁き」
●御言葉
空に輝くすべての光を/わたしはお前の上で暗くする。また、お前の地を闇で覆うと/主なる神は言われる。(32:8)
●黙想
エジプトへの裁きの預言が続きます。

神が裁きを行われた時、

全地は闇に包まれ、主こそ神であるという告白が生まれました。

キリストが十字架の上で神の裁きを受けられた時にも、同じ光景が起こりました。

罪あるものは神の裁きを免れません。

人類の罪を背負い、身代わりに神の裁きを引き受けてくれた救い主が来られたからこそ、

あなたにも救いのチャンスが与えられたのです。

あなたの運命はエジプトですか。

それともキリストの十字架を見上げた人々ですか。

救い主を信じ、裁かれることなく、死から命へと移された人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル31:1-18「謙遜」

◇2016年4月3日(日)
●エゼキエル31:1-18「謙遜」
●御言葉
それゆえ、主なる神はこう言われる。彼の丈は高くされ、その梢を雲の間に伸ばしたので、心は驕り高ぶった。(31:10)
●黙想
主はあなたに恵みを与え、祝福し、高く引き上げて下さるお方です。

大切なことは、主の恵みを忘れず、謙遜に生きることです。

アッシリアに例えられるレバノンの杉は、主の恵みと祝福によって、他の木がうらやむほど大きな木になりました。

そして、踏み込んではならない雲の間(神の聖域)に手を出し、心が驕り高ぶってしまったのです。

その結果、その木は切り倒され、エジプトも同じ運命になると言われたのです。

キリスト教は下に登る道です。

主に高められ、謙遜に生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル30:1-26「主を知る」

◇2016年4月2日(土)
●エゼキエル30:1-26「主を知る」
●御言葉
わたしがエジプトに裁きを行うとき、彼らはわたしが主であることを知るようになる。(30:19)
●黙想
「わたしが主であることを知るようになる」。

この言葉は、聖書の中に何度も繰り返し出てくる大切な言葉です。

これは知識として知るのではなく、体験として知ることを意味します。

信仰は理解するものではなく、体験するものです。

主を信じ、主に従って踏み出すとき、主こそ神であることを知るようになります。

今、あなたを悩ませている問題がありますか。

主を信じ、主に祈り求めてください。

そうすれば、主の御業が起こり、

主こそ神であることを知り、御名を崇めるようになります。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
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