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エゼキエル28:1-26「神の心」

◇2016年3月31日(木)
●エゼキエル28:1-26「神の心」
●御言葉
「人の子よ、ティルスの君主に向かって言いなさい。主なる神はこう言われる。お前の心は高慢になり、そして言った。『わたしは神だ。わたしは海の真ん中にある神々の住みかに住まう』と。しかし、お前は人であって神ではない。ただ、自分の心が神の心のようだ、と思い込んでいるだけだ。(28:2)
●黙想
人間は神ではありません。

ティルスの君主は、富や美しさを誇り、高慢になりまりた。

その結果、神の裁きを受け、ティルスの町は滅ぼされてしまうのです。

人は高慢になると、舞い上がり、神の座に着き、人を見下し、裁くようになります。

人間が持つべき心は、イエス・キリストの心です。

へりくだって、神と人とに仕える心。

これが人間のあるべき心なのです。

成功してもおごらず、謙遜に生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
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エゼキエル27:1-36「主の手」

◇2016年3月30日(水)
●エゼキエル27:1-36「主の手」
●御言葉
今、お前は海で難破し、水中深く沈んだ。お前の積み荷とすべての乗組員は沈んだ。(26:34)
●黙想
ティルスの町が滅びゆく様子が哀歌として歌われます。

人生には、突然の嵐に遭遇し、すべてを失うことがあります。

そんな時、明暗を分けるのは、主がどこにいるかです。

ここがティルスとイスラエルの違いです。

イスラエルも、主を見失い、何度も海で難破し、

水中に深く沈むような体験をしました。

しかし、主は彼らと共にいて、彼らを憐れみ、

彼らが主に叫ぶと、主は水の中から彼らを引き上げられたのです。

主はあなたと共におられます。

主の手に助けられる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル26:1-21「本質」

◇2016年3月29日(火)
●エゼキエル26:1-21「本質」
●御言葉
わたしはお前を恐怖に落とす。それゆえ、お前は無に帰する。人が探し求めても、お前は永久に見いだされることはない」と主なる神は言われる。(26:21)
●黙想
本質(命)を失うと、どんなに繁栄(成功)しても、やがて滅びます。

海上貿易で豊かになり、栄華を極めたティルスが、

神の裁きを受け、海の中に沈み、滅んでいく様子が描かれています。

ティルスの町は、神から離れ、本質を失った人間の姿を表しています。

イエス・キリストは人間の本質(命)を回復するために来られた救い主(キリスト)です。

この方を信じ、本質を回復した人は、裁かれることはありません。

キリストに見出された人は、無に帰することはないのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル25:1-17「主を知る」

◇2016年3月28日(月)
●エゼキエル25:1-17「主を知る」
●御言葉
わたしは、彼らを憤りをもって懲らしめ、大いに復讐する。わたしが彼らに仇を報いるとき、彼らはわたしが主であることを知るようになる。」(25:17)
●黙想
今日からエゼキエル書の後半に入ります。

神はユダの周りの国々に対する裁きを宣言されます。

ペリシテ人は、主を恐れず、ユダの民を憎み、嘲り、滅ぼそうとしました。

神様がユダに対し、ペリシテの攻撃を許されていたのは、

ユダの民が主こそ神であることを知るためです。

また、ペリシテに復讐し、裁きを下されるのも、

彼らが主こそ神であることを知るためなのです。

大切なことは、主こそ神であることを知ることです。

神を知らなければ、人は変わりません。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ28:1-20「復活」

◇2016年3月27日(日)
●マタイ28:1-20「復活」
●御言葉
そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。(28:17)
●黙想
ハッピーイースター。

今日はキリストの復活を記念する復活祭です。

弟子たちは復活の主に会い、ひれ伏しました。

この日を記念し、教会は日曜日に礼拝を捧げるようになりました。

弟子たちの中には、復活の主を見ながらも疑う者がいたのです。

それほど信じがたい出来事だったのです。

主を信じながらも、主の言葉(約束)を疑うことがあります。

大切なことは、主を信じ、一緒に集まり、礼拝を捧げることです。

そうすれば、主の言葉が真実であることが、分かるようになります。

復活の主は、教会で待っておられます。

弟子たちがガリラヤでイエスに会い、礼拝を捧げたように、

教会に行き、一緒に礼拝を捧げましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ27:57-66「朝は来る」

◇2016年3月26日(土)
●マタイ27:57-66「朝は来る」
●御言葉
マグダラのマリアともう一人のマリアとはそこに残り、墓の方を向いて座っていた。(27:61)
●黙想
墓に残り、墓の方を向いて座る二人の女性。

彼女たちは愛する人を失い、呆然と座り込んでいました。

私たちは、三日目の朝、彼女たちが復活の主に会うことを知っています。

しかし、彼女たちは知るよしもなく、悲しみに暮れていたのです。

人生には悲しみ沈む時があります。

しかし、必ず夜は明け、朝は来ます。

悲しみから立ち上がり、喜び躍るときが来ます。

彼女たちも間もなくその世界を体験することになるのです。

明日はイースター(復活祭)です。

共に集まり、主の復活を喜び祝いましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ27:45-56「十字架」

◇2016年3月25日(金)
●マタイ27:45-56「十字架」
●御言葉
しかし、イエスは再び大声で叫び、息を引き取られた。(27:50)
●黙想
今日は受難日です。

キリストが十字架の上で息を引き取られた時、

神殿の垂れ幕が裂け、

地震が起こり、岩が裂け、

聖徒たちが生き返るなど、

しるしと不思議が起こりました。

百人隊長は非常に恐れ「本当にこの人は神の子だった」と告白します。

十字架を見上げ、

あなたの身代わりに叫び、

息を引き取られたイエス様の姿を黙想してください。

あなたの人生にもしるしと不思議が起こり、

神を恐れ、百人隊長の告白があなたの告白となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

マタイ27:27-44「十字架」

◇2016年3月24日(木)
●マタイ27:27-44「十字架」
●御言葉
兵士たちは出て行くと、シモンという名前のキレネ人に出会ったので、イエスの十字架を無理に担がせた。(27:32)
●黙想
シモンは、兵士たちにイエスの十字架を無理やり担がされました。

後に、彼は復活の主を信じ、クリスチャンになります。

シモンにとって、死刑囚の十字架を担がされた辛く、暗い過去が、

イエスと共に歩んだ、幸いな、恵みの過去に変わりました。

イエスに出会うと、価値観が変わります。

無理矢理に背負わされた十字架すらも、恵みであることに気づくようになるのです。

イエスが一緒に歩まれると、すべてが恵みに変わります。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ27:11-26「判断」

◇2016年3月23日(水)
●マタイ27:11-26「判断」
●御言葉
ピラトは、「いったいどんな悪事を働いたというのか」と言ったが、群衆はますます激しく、「十字架につけろ」と叫び続けた。(27:23)
●黙想
判断を間違えると、取り返しのつかないことになります。

群衆はイエスに対して「ホザナ」と叫んでいましたが、

祭司長や長老達に説得され、「十字架に付けろ」と叫ぶように変わりました。

ピラトも、イエスを釈放しようとしましたが、

群衆の叫びに屈し、十字架に付ける判断を下してしまうのです。

What Would Jesus Do?

イエス様ならどうされるか。

この言葉をいつも忘れず、

主の御心にかなう選択をするものでありますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

マタイ27:1-10「赦し」

◇2016年3月22日(火)
●マタイ27:1-10「赦し」
●御言葉
「わたしは罪のない人の血を売り渡し、罪を犯しました」と言った。しかし彼らは、「我々の知ったことではない。お前の問題だ」と言った。(27:4)
●黙想
罪の告白は、神にすべきです。

人には罪の問題を解決し、赦しを与える力がないからです。

ユダはイエスの処刑が決まったことを知り、

罪責感に苛まれ、祭司長たちに罪を告白します。

しかし、彼らから突き放され、自ら命を絶ってしまいます。

どこに帰るか。

ここにユダとペトロの明暗があります。

神のところには、どんな罪の問題でも解決し、赦しを与える力があります。

神に立ち帰る。

ここに救いがあり、回復があり、癒しがあるのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ26:69-75「回復」

◇2016年3月21日(月)
●マタイ26:69-75「回復」
●御言葉
ペトロは、「鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われたイエスの言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた。(26:75)
●黙想
人生、やり直しは可能です。

回復とは、イエスの言葉を思い出すところから始まります。

挫折や失敗から回復するためには、

あらかじめイエスの言葉を聞いておくことが大切です。

ペトロは、鶏の鳴き声を聞いた瞬間、

すぐにイエスの言葉を思い出し、激しく泣きました。

ここからペトロの回復が起こり、やり直しの人生がスタートしていくのです。

キリストによって復活(やり直し)の人生を生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ26:57-68「メシア」

◇2016年3月20日(土)
●マタイ26:57-68「メシア」
●御言葉
イエスは黙り続けておられた。大祭司は言った。「生ける神に誓って我々に答えよ。お前は神の子、メシアなのか。」(26:63)
●黙想
大祭司はイエスがメシアと認める発言をしたことで、衣を裂き、死刑判決を下します。

彼らにとって、イエスはメシアでなかったからです。

彼らは、イエスがメシアであるかどうかよりも、

イエスがメシアと言うかどうかが問題だったのです。

イエスはメシアです。

大切なことは、あなたがイエスをメシアであると言うかどうかなのです。

ここが救いの分水嶺になります。

今日は日曜日です。

イエスをメシアと告白する者たちが礼拝を捧げる日です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ26:47-56「戦争と平和」

◇2016年3月19日(金)
●マタイ26:47-56「戦争と平和」
●御言葉
そこで、イエスは言われた。「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる。(26:52)
●黙想
戦争や争い、喧嘩やいざこざも、剣を納めない限り終息しません。

やられたらやり返すは、神の国の生き方に反します。

今、あなたはだれに対して、何に対して剣を握っていますか。

剣をさやに収めなければ、互いに傷つき、共倒れするのです。

剣は主の手に委ね、主のさやに納めましょう。

これが神の国の生き方です。

「愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。「『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」と書いてあります。」(ローマ12:19)。

剣を放棄し、平和をもたらす人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ26:31-46「御心のままに」

◇2016年3月18日(木)
●マタイ26:31-46「御心のままに」
●御言葉
少し進んで行って、うつ伏せになり、祈って言われた。「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。(26:39)
●黙想
ゲッセマネの祈りです。

杯とは、十字架の苦難です。

避けられるものなら避けたい。

しかし、杯を飲む(十字架にかかる)以外に、

人間を罪から救う方法がないのであれば、

御心のままに行ってください、と祈られたのです。

あなたの願いどおりになるよりも、

神様の願いどおりになる方が幸せです。

御心が行われるように祈って下さい。

御心は我が心にまさり、

御心が行われるところに神の御業があり、栄光があります。

自分の栄光のために生きるより、

神の栄光のために生きる方が幸いです。

あなたの杯(苦難)も、やがて神の栄光に変えられます。

あなたの上に御心が行われますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

マタイ26:17-30「主の手」

◇2016年3月17日(木)
●マタイ26:17-30「主の手」
●御言葉
一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。「皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。(26:26-28)
●黙想
受難節を過ごしています。この場面を記念する「主の手」という賛美を、ネットで検索して聞き、黙想してみてください。

主の手 われをきよめ
主の血 自由にする
主をあがめるこの時
わがすべてを捧げます
主の手 わがため裂かれ
主の足 わがため刺された
今は私が生きることなく
ただ主のため生きる
主の手にわが手を重ね
主の足にわが足重ね
主とともに死に
主とともに生きる
永遠に主のため生きる
ただ主のため

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ26:1-12「正論と御心」

◇2016年3月16日(水)
●マタイ26:1-12「正論と御心」
●御言葉
弟子たちはこれを見て、憤慨して言った。「なぜ、こんな無駄遣いをするのか。高く売って、貧しい人々に施すことができたのに。」(26:8-9)
●黙想
弟子たちは、イエスの頭に香油を注いだ女性を見て、憤慨しました。

正論がすべて正しいとは限りません。

彼女のしたことは、良いことであり、御心にかなうことだったのです。

正論や理想論を語るのは簡単ですが、

御心を行うことは、簡単ではありません。

正論や理想論では人は救われることも、変わることもありません。

イエス様は御心を行う(十字架)ことで、あなたを救い、あなたを変えられたのです。

御心を行う人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ25:31-46「御国を受け継ぐ」

◇2016年3月15日(火)
●マタイ25:31-46「御国を受け継ぐ」
●御言葉
羊を右に、山羊を左に置く。そこで、王は右側にいる人たちに言う。『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。(25:33-34)
●黙想
最後の審判のたとえです。

終わりの日には裁きがあります。

羊飼いが羊と山羊を分けるように、右と左に分けられ、明暗が分かれます。

父(神)に祝福され、

御国(天国)を受け継ぐ人は、

御国の価値観(キリストの教え)を身に着け、御心を行う人たちです。

何を大切にするかが、右と左の分岐点なのです。

何よりもまず御心(神)を大切にしてください。

そうすれば、御心があなたを大切にし、

主が用意された御国へと招き入れてくださるでしょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ25:14-30「使命」

◇2016年3月14日(月)
●マタイ25:14-30「使命」
●御言葉
だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。(25:29)
●黙想
あなたの命(時間)は、神様から預けられたものです。

持っている人とは、忠実な僕です。

彼は託された使命を果たし、

さらに永遠の命まで与えられ、豊かになる人です。

持っていない人とは、怠惰な僕です。

彼は託された使命を果たさず、持っていた命までも取りあげられてしまう人です。

あなたはどっちですか。

あなたの命と時間を無駄にしないで下さい。

あなたにも果たすべき使命が与えられているからです。

御心のために命と時間を使う人は、

やがて天において「忠実な良い僕だ。よくやった」と、

主のねぎらいを受け、豊かな報いを受けるのです。

今日も命を大切にし、祝福された一日となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

マタイ25:1-13「終わりの日」

◇2016年3月13日(日)
●マタイ25:1-13「終わりの日」
●御言葉
だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。(25:12)
●黙想
死に対する備えは出来ていますか。

その日、その時とは、主が再び来られる日であり、終末の時です。

その日、その時は、いつ来る変わりませんが、必ず来ます。

突然、来るというのです。

今日、訪れても大丈夫ですか。

明日では遅い日が来ます。

主を信じ、主を待ち望んで生きる人は、

花婿なるキリストに迎えられ、天の国の祝宴に入ります。

今日は日曜日です。

主を待ち望み、礼拝を捧げる日です。

目を覚まし、主の到来を待ち望む人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ24:29-35「忠実」

◇2016年3月12日(土)
●マタイ24:29-35「忠実」
●御言葉
主人が帰って来たとき、言われたとおりにしているのを見られる僕は幸いである。はっきり言っておくが、主人は彼に全財産を管理させるにちがいない。(24:46-47)
●黙想
信頼は祝福の扉を開く鍵です。

忠実さは信頼を生みます。

主の御心は仕えることです。

主に仕えるように、人に仕えてください。

そうすれば信頼が生まれ、人生が好転し、うまく事が運ぶようになります。

ヨセフの姿を思い起こしてください。

彼はエジプトで仕え、すべてを任されるほど信頼されたのです。

主が来られるその日まで、忠実に仕える人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ24:29-35「御言葉」

◇2016年3月11日(金)
●マタイ24:29-35「御言葉」
●御言葉
天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない(24:35)
●黙想
決して滅びないものが三つあります。

信仰と希望と愛です。

この中で最も大いなるものは愛です。

主の言葉には信仰があり、希望があり、愛があります。

たとえ世界が滅んでも、主の言葉は決して滅びず、神の愛から引き離されることはありません。

今日は東日本大震災から5年目です。

被災された方々の上に、主の言葉が届けられ、

信仰と希望と愛によって癒され、

回復し、建て直されますように。

御名によって祈ります。アーメン。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ24:15-28「御言葉」

◇2016年3月10日(木)
●マタイ24:15-28「御言葉」
●御言葉
あなたがたには前もって言っておく。(24:25)
●黙想
AD70年。

ローマ軍によって神殿が荒らされ、エルサレムは崩壊します。

その時、弟子たちは、主の言葉を思い出したことでしょう。

人生に嵐が吹き荒れるとき、

初めて主の言葉の有り難さと大切さに気づかされます。

苦難は避けられません。

しかし、主は私たちの避け所となり、

その期間を縮め、逃れの道を用意してくださいます。

前もって語られる主の言葉に耳を傾ける人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ24:1-14「終末」

◇2016年3月9日(水)
●マタイ24:1-14「終末」
●御言葉
イエスがオリーブ山で座っておられると、弟子たちがやって来て、ひそかに言った。「おっしゃってください。そのことはいつ起こるのですか。また、あなたが来られて世の終わるときには、どんな徴があるのですか。(24:3)
●黙想
人の歴史には終わりがあるように、世界の歴史にも終わりが訪れます。

終わりの日には、主が再び来られ、御国を完成されます。

終わりの日は確実に近づいています。

大切なことは「人に惑わされない」「慌てない」「最後まで耐え忍ぶ」ことです。

御国の福音を受け入れた人は、すでに永遠の世界に生きています。

主を信頼し、心騒がず、最後まで耐え忍ぶ人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ23:29-39「回復」

◇2016年3月8日(火)
●マタイ23:29-39「回復」
●御言葉
はっきり言っておく。これらのことの結果はすべて、今の時代の者たちにふりかかってくる。(23:36)
●黙想
御心にかなう生き方をしているかどうか。

その結果は、実となって現れてきます。

イスラエルは御心に逆らい、主が遣わした預言者たちを殺し、キリストを十字架に付けてしまいます。

その結果、イスラエルの家は見捨てられ、荒れ果てていくのです。

実(結果)が悪ければ、生き方を見直す必要があります。

悔い改めて、主に立ち帰る時、

見捨てられ、荒れ果てた地にも、回復の時が来ると、主は約束されているのです。

主の名によって来られる方に、祝福がありますように。byバルナバ

マタイ23:23-28「心」

◇2016年3月7日(月)
●マタイ23:23-28「心」
●御言葉
ものの見えないファリサイ派の人々、まず、杯の内側をきれいにせよ。そうすれば、外側もきれいになる。(23:26)
●黙想
人の目よりも、神の目が重要です。

人は外側を見ますが、主は内面を見られるからです。

御言葉は心のクリーナーです。

毎朝、心をクリーニングする人は、生き方が輝くようになります。

キリストの血潮(十字架)には、どんな頑固な汚れ(罪)も落とす力があります。

今日も御心に適う一日を過ごされますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

マタイ23:13-22「天の国」

◇2016年3月6日(日)
●マタイ23:13-22「天の国」
●御言葉
律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。人々の前で天の国を閉ざすからだ。自分が入らないばかりか、入ろうとする人をも入らせない。(23:13)
●黙想
イエス様の目から見て、今のあなたは幸せですか。それとも不幸ですか。

あなたが今、天の国(神の支配)の中にいるならば、

たとて火のような試練に遭遇しようとも、あなたは幸せです。

主が共にいるからです。

幸いな人とは、天の国に入り、神と共に生きる人であり、

天の国に入ろうとする人を、入らせる人です。

今日は日曜日です。

地上に建てられた天の国(教会)に入り、共に礼拝を捧げる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ23:1-12「謙遜」

◇2016年3月5日(土)
●マタイ23:1-12「謙遜」
●御言葉
あなたがたのうちでいちばん偉い人は、仕える者になりなさい。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。(23:11-12)
●黙想
神と人に仕え、謙遜に生きる人は、

神と人に愛され、祝福を受けます。

ファリサイ派の人々の教えは立派でしたが、行動が伴いませんでした。

彼らに欠けていたのは、仕える姿勢であり、へりくだる心でした。

心は行動に表れます。

謙遜な心を身に着け、

主に仕えるように、人に仕える人を、

神様は高めて、祝福して下さいます。

今日も謙遜なに生きる一日でありますように。byバルナバ

マタイ22:34-46「愛」

◇2016年3月4日(金)
●マタイ22:34-46「愛」
●御言葉
イエスは言われた。「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』
これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』(22:37-39)

●黙想
神を愛し、自分を愛し、隣人を愛する。

これが律法の本質であり、キリスト教の本質です。

神を愛するとは、

神を慕い求めることであり、

隣人を自分のように愛するとは、

神様があなたを大切に思うように、

あなたも自分のことも、人のことも大事にしないさいということです。

お互いを大切にし、一緒に神様を慕い求め、

神と人とが愛によって結ばれる場所。

それが神の国(教会)なのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ22:23-33「復活」

◇2016年3月3日(木)
●マタイ22:23-33「復活」
●御言葉
イエスはお答えになった。「あなたたちは聖書も神の力も知らないから、思い違いをしている。復活の時には、めとることも嫁ぐこともなく、天使のようになるのだ。(22:29-30)
●黙想
復活を信じてますか。

サドカイ派の人々は復活を信じていませんでした。

たましいは肉体と共に滅びると考えていたのです。

彼らは復活信仰を嘲っていたのです。

あなたはどうですか。

復活は聖書の約束であり、神の力によってなされる神の不思議な御業です。

私たちには想像すらもできない世界です。

「イエスが死んで復活されたと、わたしたちは信じています。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます。」(一テサロニケ4:14)。

今日も神の祝福が注がれますように。byバルナバ

マタイ22:15-22「納税と献金」

◇2016年3月2日(水)
●マタイ22:15-22「納税と献金」
●御言葉
イエスは言われた。「では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」(22:21b)
●黙想
義務と責任を果たしていますか。

当時、ユダヤはローマの支配下にあり、

ユダヤ人は重税に苦しめられていました。

納税すべきかとの質問は、

ユダヤ人とローマ人。

どちらかの反発を引き起こすための罠でした。

イエス様は納税と献金の本質を教え、

彼らの罠をすり抜けました。

日本に生きる私たちは、

この国の義務と責任を果たすべきであり、

神のものであることを知り、

神の国に生きる私たちは、

神の国の義務と責任をも果たすべきなのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
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