マタイ21:33-46「気づき」

◇2016年2月29日(月)
●マタイ21:33-46「気づき」
●御言葉
祭司長たちやファリサイ派の人々はこのたとえを聞いて、イエスが自分たちのことを言っておられると気づき、イエスを捕らえようとしたが、群衆を恐れた。群衆はイエスを預言者だと思っていたからである。(21:45-46)
●黙想
気づいた後が大切です。

祭司長たちは、たとえ話を聞き、

自分たちのことだと気づき、腹を立て、

イエス様を捕らえようとしました。

その結果、たとえ話が本当であることを証明することになるのです。

神の国は、気づいても悔い改めないものから取り上げられ、

気づいて、悔い改める者に与えられます。

御言葉に気づいた後が人生の分岐点です。

気づいた後、行動を改める人は、神の国を味わう人です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
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マタイ21:23-32「従順」

◇2016年2月28日(日)
●マタイ21:23-32「従順」
●御言葉
兄は『いやです』と答えたが、後で考え直して出かけた。(21:29)
●黙想
考え直す人、思い直す人になってください。

「はい」と言って従う人と、

「いや」と答えながらも、考え直して従う人。

どちらが御心に適う人でしょうか。

言葉の従順よりも、行動の従順が大切です。

毎朝、御言葉を聞き、考え直して出かける人になりますように。

今日は日曜日です。

主を礼拝する日です。

御言葉を聞くだけではなく、後で考え直し、行う人になりますように。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ21:12-22「祈り」

◇2016年2月27日(土)
●マタイ21:12-22「祈り」
●御言葉
信じて祈るならば、求めるものは何でも得られる。(21:22)
●黙想
信仰は自分を信じることではありません。

奇跡を信じることでもありません。

神を信じ、神が遣われたメシア(救い主)を信じることです。

信じて祈る人は、不思議な神の御業を見ます。

教会は祈りの家です。

この本質を失うと、神の御業を見ても悟れず、喜べず、

不平不満を口にする場所になります。

明日は日曜日です。

主の御前に集まり、祈りと讃美と礼拝を捧げる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

「ほんとうに信じて祈り求めるなら、何でも与えられるのです。」(リビングバイブル訳)

マタイ21:1-11「主の手」

◇2016年2月26日(金)
●マタイ21:1-11「主の手」
●御言葉
もし、だれかが何か言ったら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。すぐ渡してくれる。(21:2)
●黙想
神様に用いられていますか。

用いていただいていますか。

ロバの子の所有者は、

自分のロバがイエス様をお乗せし、

預言の成就に用いられ、

聖書に記されるとは、想像もしなかったでしょう。

主はあなたを必要としています。

すぐに主の手に渡してください。

そうすれば、ロバの子のように、

主に用いられ、神の栄光を現す人になるでしょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

「もしだれかに、何をしているのかと聞かれたら、『主がお入用なのです』とだけ答えなさい。 そうすれば、何もめんどうは起こらないはずです。」(リビングバイブル訳)

マタイ20:17-34「祈り」

◇2016年2月25日(木)
●マタイ20:17-34「祈り」
●御言葉
イエスは立ち止まり、二人を呼んで、「何をしてほしいのか」と言われた。二人は、「主よ、目を開けていただきたいのです」と言った。(20:32-33)
●黙想
2つの願い出て来ます。

ゼベダイの息子たちの母親が求めたものは退けられ、

盲人が求めたものは聞き届けられました。

母親の願いは、他の弟子が聞くと腹が立つ願いであり、

盲人の願いは、一緒に願うことができる願いでした。

あなたの願いはどうですか。

自分が高められることではなく、

御名が崇められることを願う人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

「ところが、イエスは二人の前でぴたりと足を止め、「どうしてほしいのですか」とお尋ねになりました。 「先生。 見えるようになりたいんです。」彼らは答えました。」(リビングバイブル訳)

マタイ20:1-16「恵み」

◇2016年2月24日(水)
●マタイ20:1-16「恵み」
●御言葉
それで、受け取ると、主人に不平を言った。『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。』(20:11-12)
●黙想
神様の恵み深さに集中してください。

労働者は雇われただけでも感謝でした。

朝から働いた人は、わずか一時間しか働かない者が同じ賃金を手にしたことに文句を言いました。

あなたはどちらの人ですか。

自分をどの位置に置くかで、不平と感謝に分かれます。

あなたは一時間しか働いてないのに、一日分の賃金を得た人です。

この視点に立つ人は、神の国を先に味わうことができます。

気前のよい神様に感謝して生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

「当てがはずれた者たちはみな、農園主に文句を言いました。 『あいつらは、たった一時間働いただけなんですぜ。 なのに、この炎天下、一日中働いたおれたちと同じに払ってやるんですかい。』」(リビングバイブル訳)

マタイ19:23-30「永遠の命」

◇2016年2月23日(火)
●マタイ19:23-30「永遠の命」
●御言葉
イエスは彼らを見つめて、「それは人間にできることではないが、神は何でもできる」と言われた。(19:26)
●黙想
天国の救い(永遠の命)は、報いとして与えられるものではありません。

罪ある人間が自分の力で永遠に生きることは不可能なのです。

しかし、神には可能です。

神を信じ、キリストを受け入れた人には、恵みとして救いが与えられます。

この救いを受け取り、さらに他の人に福音を伝える人は、天において百倍の報いを受けるのです。

永遠の命を受け継ぎ、神の報いに与れる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

「イエスは、弟子たちをじっと見つめて言われました。「人間にはできません。 だが、神には、何でもできます。」」(リビングバイブル訳)

マタイ19:13-22「永遠の命」

◇2016年2月22日(月)
●マタイ19:13-22「永遠の命」
●御言葉
青年はこの言葉を聞き、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである。(19:22)
●黙想
子供たちと富める青年。

どちらもイエス様に出会います。

子供たちは祝福され、青年は悲しみながら立ち去ります。

青年は完全な者になろうとしましたができないことに気づいたからです。

永遠の命(救い)は、不完全な者のために用意された、神の恵みです。

子供のように、この恵みに与り、祝福され、天に富を積みながら生きる人。

それがクリスチャンです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

「青年はこれを聞くと、悲しそうに帰って行きました。 たいへんな金持ちだったからです。」(リビングバイブル訳)

マタイ19:1-121「信仰」

◇2016年2月21日(日)
●マタイ19:1-121「信仰」
●御言葉
大勢の群衆が従った。イエスはそこで人々の病気をいやされた。(19:2)
●黙想
神を信じ、神に従う。これが信仰の本質です。

信じているけど従わない。

これは本質を失った信仰です。

信仰は、長さではありません。

どんなに信仰歴が長くても、

本質を失うと、信仰が形骸化し、

神の御業は起こらず、証しも生まれません。

たとえ、からし種一粒の小さな信仰であっても、

本質(命)があれば、証しが生まれるのです。

キリストに従って下さい。

今日は日曜日です。

主に従い、主を崇める日です。

今日も証しのある一日となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

「すると、大ぜいの人があとを追って来たので、病人を治されました。」(リビングバイブル訳)

マタイ18:21-35「憐れみ」

◇2016年2月20日(土)
●マタイ18:21-35「憐れみ」
●御言葉
わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。(18:33)
●黙想
天の国(御国)は憐れみ(愛と赦し)の世界です。

すでに御国は到来しています。

主があなたを憐れまれたように、

憐れみをもって生きるならば、

御国を味わうことができるのです。

今、赦せない人がいますか。

十字架の愛を黙想し、

主の祈り(我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ)を、実践して祈るならば、

御国(神の支配)があなたの心を支配するでしょう。

御国が来ますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

「自分があわれんでもらったように、ほかの人をあわれんであげるべきではなかったのかっ!」(リビングバイブル訳)

マタイ18:12-20「祈り」

◇2016年2月19日(金)
●マタイ18:12-20「祈り」
●御言葉
また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」(18:19-20)
●黙想
一人で祈るよりも、二人で祈って下さい。

二人で祈るよりも、三人で祈って下さい。

心一つに祈り合うところに、イエス様がおられ、父の御心が行われるからです。

一緒に祈り合うところに、積極的に参加して下さい。

そうすれば、祈りが聞かれ、一緒に喜び合うことができるからです。

祈り合う仲間、祈り合う場所を持つ人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

「このことも言っておきましょう。 もし、あなたがたのうち二人の者が、何であれ、この地上で心を一つにして願い求めるなら、天におられるわたしの父は、その願い事をかなえてくださいます。たとい二、三人でも、わたしを信じる者同士が集まるなら、わたしはその人たちの真ん中にいるからです。」」(リビングバイブル訳)

マタイ18:1-11「天の国」

◇2016年2月18日(木)
●マタイ18:1-11「天の国」
●御言葉
そこで、イエスは一人の子供を呼び寄せ、彼らの中に立たせて、言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。(18:2-3)
●黙想
イエス様に呼び寄せられた子供のように、

イエス様の招きに素直に応答する人が、

天の国を体験する人です。

神様に対する従順さと謙遜さを兼ね備えた人こそ、

神の国で最も偉い人なのです。

幼子のようになり、幼子のような人を受け入れる人になりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

「するとイエスは、近くにいた小さい子供を呼び寄せ、みんなの真ん中に立たせてから、話しだされました。「よく聞いておくのですよ。 悔い改めて神に立ち返り、この小さい子供たちのようにならなければ、決して天国には入れません。」(リビングバイブル訳)

マタイ17:14-27「信仰」

◇2016年2月17日(水)
●マタイ17:14-27「信仰」
●御言葉
イエスは言われた。「信仰が薄いからだ。はっきり言っておく。もし、からし種一粒ほどの信仰があれば、この山に向かって、『ここから、あそこに移れ』と命じても、そのとおりになる。あなたがたにできないことは何もない。」(17:20)
●黙想
信仰は長さでも、大きさでもなく、質が命です。

信仰の質がよければ、

あなたを通して、神の御心が行われ、良い実を結ぶようになります。

あなたの信じたとおりになりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

「イエスはお答えになりました。 「信仰が足りないからですよ。 もしあなたがたに、からしの種ほどの信仰があったら、この山に向かって『動け』と言えば、そのとおり山は動くのです。 何でもできないことはありません。」(リビングバイブル訳)

マタイ17:1-13「時」

◇2016年2月16日(火)
●マタイ17:1-13「時」
●御言葉
そのとき、弟子たちは、イエスが洗礼者ヨハネのことを言われたのだと悟った。(17:13)
●黙想
すべてのことには時があります。

話すのにも時があり、悟るのにも時があります。

イエス様は弟子たちに、復活の時まで、今見たことを誰にも話すなと言いました。

イエス様は弟子たちの質問に答えると、彼らはヨハネが来たるべきエリヤであることを悟りました。

神様との不思議な体験(証し)は、

時が来なければ、理解されず、悟ることもできません。

しかし、時は来ます。

証しする時を逃さず、

悟る時を逃さない人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

「その時、弟子たちは、イエスがバプテスマのヨハネのことを言っておられるのだと気づきました。」(リビングバイブル訳)

マタイ16:13-28「命」

◇2016年2月15日(月)
●マタイ16:13-28「命」
●御言葉
人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。(16:26)
●黙想
命が
いちばんだと思っていたころ
生きるのが苦しかった
いのちより
大切なものが
あると知った日
生きているのが
嬉しかった。(星野富弘)

星野さんは、命よりも大切なものを知り、命が輝き、全世界に希望を届ける人になりました。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

「たとい、全世界を自分のものにしても、永遠のいのちを失ってしまったら、何の得になるでしょう。 いったい、永遠のいのちほど価値のあるものが、ほかにあるでしょうか。」(リビングバイブル訳)

マタイ16:1-12「動機」

◇2016年2月14日(日)
●マタイ16:1-12「動機」
●御言葉
ファリサイ派とサドカイ派の人々が来て、イエスを試そうとして、天からのしるしを見せてほしいと願った。(16:1)
●黙想
態度(外側)よりも動機(内面)が重要です。

イエス様は彼らの動機をご存じでした。

悪い動機は、悪い行動を生み、悪い影響を与えます。

だからイエス様は彼らのパン種(教え)に注意するように言われたのです。

イエスの教えは、あなたの動機を変え、行動を変え、周りに良い影響を及ぼします。

今日は日曜日です。

イエス様のパン種をいただきましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

「ある日、パリサイ人やサドカイ人たちがイエスのところに来て、天からのすばらしい奇蹟を見せてくださいと頼みました。 メシヤ(救い主)だと自称するイエスの主張がほんとうかどうかを、試してやろうと思ったのです。」(リビングバイブル訳)

マタイ15:29-39「奇跡」

◇2016年2月13日(土)
●マタイ15:29-39「奇跡」
●御言葉
群衆は、口の利けない人が話すようになり、体の不自由な人が治り、足の不自由な人が歩き、目の見えない人が見えるようになったのを見て驚き、イスラエルの神を賛美した。(15:31)
●黙想
主がおられるところに奇跡(主の御業)があり、

奇跡のあるところに賛美があります。

何を期待するかよりも、誰に期待するかが重要です。

何を祈るかよりも、誰に祈るかが重要です。

奇跡を求めるよりも、主を求めて下さい。

主の臨在のあるところに主の御業が起こり、

御名を崇め、讃美するようになるからです。

主と共に歩む人生には讃美が絶えません。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

「なんという驚くべき光景でしょう。 口のきけなかった人が興奮して話しだし、歩けなかった人が歩きだし、目の見えなかった人が見えるようになったのです。 人々は驚き、心からイスラエルの神をほめたたえました。」(リビングバイブル訳)

マタイ14:22-36「弟子」

◇2016年2月10日(水)
●マタイ14:22-36「弟子」
●御言葉
それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸へ先に行かせ、その間に群衆を解散させられた。(14:22)
●黙想
弟子も群衆もパンの奇跡を体験し、御名を崇めました。

その直後、両者は分けられます。

弟子たちは舟に乗せられ、向こう岸に渡ります。

一方、群衆らは解散させられました。

舟は嵐を経験しますが、

主に出会い、主の言葉「安心しなさい。わたしだ。おそれるおとはない」を聞き、

主の御業を体験し、「本当に、あなたは神の子です」と告白し、イエスを礼拝しました。

群衆のように、受けて帰る人ではなく、

弟子のように、受けて従う人になりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

「このあとすぐ、イエスは弟子たちを舟に乗り込ませて、向こう岸に向かわせ、また、群衆にも解散するよう説得なさいました。」(リビングバイブル訳)

マタイ14:13-21「与える」

◇2016年2月9日(火)
●マタイ14:13-21「与える」
●御言葉
イエスは言われた。「行かせることはない。あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい。」(14:1-2)
●黙想
神の国は仕え、与える世界です。

仕事は全てサービス業です。

奉仕的な活動です。

仕える事。

これが仕事の本質です。

弟子と群衆の違いは、与える側にいるか、受ける側にいるかの違いです。

あなたはどちらのクリスチャンですか。

主に仕えるように、人に仕え、与え、奉仕し、

神の国の世界が拡がることに貢献する人。

それが弟子としてのクリスチャンです。

受けるよりは与える方が幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

「しかし、イエスはお答えになりました。 「それにはおよびません。 あなたがたが、みんなに食べる物をあげなさい。」」(リビングバイブル訳)

マタイ14:1-12「赦し」

◇2016年2月8日(月)
●マタイ14:1-12「赦し」
●御言葉
実はヘロデは、自分の兄弟フィリポの妻ヘロディアのことでヨハネを捕らえて縛り、牢に入れていた。(14:1-2)
●黙想
人を赦せず、恨み続けると、自分で自分の首を絞めることになります。

赦しは、心の牢を開放することです。

ヘロデはヨハネを憎み、恨み、捕らえ、最後は首をはねて殺害しました。

その結果、心は恐れと不安に苛まれていたのです。

心の牢を解放してください。

「我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ。」と主の祈りを唱え、

赦せない人に恩赦を与え、釈放して下さい。

そうすれば神の国(支配)が到来し、心が平安になります。今日も祝福がありますように。byバルナバ

「実はこのヘロデは以前、兄のピリポの妻であったヘロデヤにそそのかされてヨハネを捕らえ、牢獄につないだ張本人でした。」(リビングバイブル訳)

マタイ13:44-58「宝」

◇2016年2月7日(日)
●マタイ13:44-58「宝」
●御言葉
「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。(13:44)
●黙想
あなたの命は全財産にまさります。

富と引き替えに命を失ったら意味がありません。

全財産と引き替えに永遠の命を得られたら幸いです。

しかし、永遠の命は、たとえ全財産を売り払っても得ることはできません。

神は、キリストの命と引き替えに、あなたを買って、永遠の命をくださったのです。

これが「十字架の贖い」です。

あなたは畑の中に隠された宝です。

あなたを救うためにキリストは死なれたのです。

キリストを信じる者は永遠の命を得て、天の国に生きる者となります。

この真理が分かり、主の御心に従って、宝探しをする。

これがクリスチャンの働きです。

今日は日曜日です。

あなたを愛し、あなたを贖われた主に礼拝を捧げる日です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

「天国は、ある人が畑の中で見つけた宝のようなものです。 見つけた人は、もう大喜びで、だれにも知らせず、全財産をはたいてその畑を買い、宝を手に入れるに違いありません。」(リビングバイブル訳)

マタイ13:31-43「御言葉」

◇2016年2月6日(土)
●マタイ13:31-43「御言葉」
●御言葉
イエスは、別のたとえを持ち出して、彼らに言われた。「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」(13:31-32)
●黙想
御言葉はからし種に似ています。

からし種とは、最も小さな種です。

この種には、驚くべき生長力があります。

ユダヤの小さな町で語られた御言葉は、

世界中に拡がり、多くの人の魂を救い、人生を変えてきました。

御言葉の種を心に蒔き続けてください。

そうすれば、御言葉はあなたの心で生長し、

あなたを救い、守り、人生に変化をもたらします。

あなたが変われば、世界が変わります。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ13:18-30「御言葉」

◇2016年2月5日(金)
●マタイ13:18-30「御言葉」
●御言葉
良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶのである。(13:23)
●黙想
御言葉(聖書)を悟れば、価値観が変わり、豊かな実を結びます。

何を大切にするかによって、生き方は変わります。

この世で一番大切なものは愛です。

愛がなければすべてがむなしいのです。

御言葉の本質は愛です。

福音の本質も愛です。

神の本質も愛です。

愛はいつまでも絶えることがありません。

聖書は、神様がどれほどあなたを愛しているかを悟らせてくれる書物であり、

キリストは、神様がどれほどあなたを愛しているかを悟らせてくれたお方です。

御言葉を悟る人は幸いです。今日も祝福がありますように。byバルナバ

「最後に、良い地というのは、神のことばに耳を傾け、それを理解する人の心のことです。 このような人こそ、出かけて行って、三十倍、六十倍、いや百倍もの人を天国に連れて来ることができるのです。」(リビングバイブル訳)

マタイ13:1-17「心の土」

◇2016年2月4日(木)
●マタイ13:1-17「心の土」
●御言葉
ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。耳のある者は聞きなさい。(13:8-9)
●黙想
心は畑の土に似ています。

農家の人は土の大切さを知っています。

聞く耳のない人は、

土が硬く、雑草が生い茂り、良い実を結ぶことができません。

あなたの心の土とは、あなたの価値観です。

イエスを信じる人は、新しい価値観(神の国の価値観)が心の土となります。

QTは、土壌作りです。

毎朝、主に祈り、心の畑を耕してください。

そうすれば蒔かれた御言葉は自ずから生長し、

豊かな実を結ぶようになります。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

「しかし、中には、耕された良い地に落ちた種もありました。 そして、まいた種の三十倍、六十倍、いや百倍もの実を結びました。
聞く耳のある人はよく聞きなさい。」(リビングバイブル訳)

マタイ12:38-50「御心」

◇2016年2月3日(水)
●マタイ12:38-50「御心」
●御言葉
だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母である。(12:50)
●黙想
父の御心とは、互いに愛し合うことです。

神を愛し、自分を愛し、隣人を愛することです。

愛するとは大事(大切)にする心です。

御心が行われるところに神の家族が生まれます。

愛を育んでください。

互いに愛を育み会う場所。

それが教会であり、神の家族です。

愛されて安息を得て、愛して満足を得る。

ここに幸いな人生があります。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

「天におられるわたしの父に従う人はだれでも、わたしの母であり、兄弟であり、姉妹なのです」と言われました。」(リビングバイブル訳)

マタイ12:12-37「本質」

◇2016年2月2日(火)
●マタイ12:12-37「本質」
●御言葉
木が良ければその実も良いとし、木が悪ければその実も悪いとしなさい。木の良し悪しは、その結ぶ実で分かる。(12:33)
●黙想
キリスト教は本質(命)を変えます。

本質が変われば価値観が変わります。

イエス様は「わたしは道であり、真理であり、命である」と言われました。

キリストを信じる人は、

新しい(永遠)の命に生きる者となり、

死から命へと移され、良い実を結ぶのです。

本質は目に見えませんが、実(生き方)となって表れています。

主はぶどうの木です。

主に結びつく人は、豊かな実を結びます。

今日も良い実を結ぶ一日となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

「木の良し悪しは、実で見分けます。 良い品種は良い実をつけ、劣った品種は悪い実をつけるものです。」(リビングバイブル訳)

マタイ12:1-21「愛」

◇2016年2月1日(月)
●マタイ12:1-21「愛」
●御言葉
すると、片手の萎えた人がいた。人々はイエスを訴えようと思って、「安息日に病気を治すのは、律法で許されていますか」と尋ねた。(12:10)
●黙想
愛は律法(ルール)にまさります。

律法の本質は愛です。

本質を失った律法は、塩気を失った塩です。

ファリサイ派の人たちは、律法を大切にしていましたが、その本質を失っていたのです。

信仰も本質(愛)を失うと、形骸化します。

愛がなければ、すべてがむなしいのです。

神を愛し、自分を愛し、隣人を愛す。

これが律法の本質です。

大切なものを大切にして生きる。

それがクリスチャンです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

「ふとごらんになると、そこに、片手の不自由な男がいます。 これ幸いとばかり、パリサイ人たちは、「安息日に病気を治してやっても、おきてに違反しないでしょうか」と尋ねました。 それは、イエスがきっと「さしつかえない」と答えるだろうから、そうしたら逮捕しよう、という計略でした。」(リビングバイブル訳)
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