エゼキエル書13:17-23「占い」

◇2015年9月30日(水)
●エゼキエル書13:17-23「占い」
●御言葉
お前たちは、わたしが苦しめようとはしていないのに、神に従う者の心を偽りをもって苦しめ、神に逆らう者の手を強め、彼らが悪の道から立ち帰って、命を得ることができないようにしている。それゆえ、もはやお前たちがむなしい幻を見ることも占いをすることもなくなる。わたしは、お前たちの手からわが民を救い出す。そのときお前たちは、わたしが主であることを知るようになる。」
(13:22-23)

●黙想
占いは、することも、されることも避けてください。

偽預言者への裁きが語られます。

占いは、主が忌み嫌われる行為です。

「あなたの間に、自分の息子、娘に火の中を通らせる者、占い師、卜者、易者、呪術師、呪文を唱える者、口寄せ、霊媒、死者に伺いを立てる者などがいてはならない。これらのことを行う者をすべて、主はいとわれる。これらのいとうべき行いのゆえに、あなたの神、主は彼らをあなたの前から追い払われるであろう。あなたは、あなたの神、主と共にあって全き者でなければならない。あなたが追い払おうとしているこれらの国々の民は、卜者や占い師に尋ねるが、あなたの神、主はあなたがそうすることをお許しにならない。(申命記18:10-14)。

主に尋ねる人でありますように。

御名によって祝福します。byバルナバ
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エゼキエル書13:1-16「霊の赴くままに」

◇2015年9月29日(火)
●エゼキエル書13:1-16「霊の赴くままに」
●御言葉
主なる神はこう言われる。災いだ、何も示されることなく、自分の霊の赴くままに歩む愚かな預言者たちは。(13:3)
●黙想
自分の思いや願いを絶対化しないでください。

当時、イスラエルには多くの偽預言者が現れ、

彼らは自分の思いや願いを絶対化し、

主が語られていないことを、主の言葉の如くに語り、人々を惑わしました。

聖書は占いを禁じます。

占う人の言葉によって心が支配されるからです。

私たちを造り、救い、助けてくださる主の言葉に支配され、

主の霊の赴くままに歩む人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル書12:17-28「主の声」

◇2015年9月28日(月)
●エゼキエル書12:17-28「主の声」
●御言葉
主の言葉がわたしに臨んだ。「人の子よ、イスラエルの家は言っているではないか。『彼の見た幻ははるか先の時についてであり、その預言は遠い将来についてである』と。それゆえ、彼らに言いなさい。主なる神はこう言われる。わたしが告げるすべての言葉は、もはや引き延ばされず、実現される、と主なる神は言われる。」(12:15)
●黙想
主の言葉は必ず実現します。

人々は、主の裁きを聞いても、切迫感がなく、

遠い将来の話に思え、生き方を変えようとはしませんでした。

明日では遅い日が来ます。

今は恵みの日、救いの日です。

主の声を聞いたなら、

引き延ばさず、

すぐに主の声に従って行動する者でありますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

エゼキエル書12:1-16「主を知る」

◇2015年9月27日(日)
●エゼキエル書12:1-16「主を知る」
●御言葉
わたしが彼らを国々の中に散らし、諸国にまき散らすとき、彼らは、わたしが主なる神であることを知るようになる。(12:15)
●黙想
主こそ神です。

イスラエルの民は、造り主を離れ、

救いや助けを、人や偶像に求めました。

その結果、主の栄光が神殿を離れ、

国は滅ぼされ、彼らはバビロンの地に囚われます。

その時、彼らは、主に立ち帰り、

主こそ神であることを知るに至るのです。

今日は日曜日です。

あなたの造り主を覚え、

救い主を待ち望み、

助け主に満たされる日です。

主の家に帰る人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル書11:14-25「回復」

◇2015年9月26日(土)
●エゼキエル書11:14-25「回復」
●御言葉
彼らは帰って来て、あらゆる憎むべきものと、あらゆる忌まわしいものをその地から取り除く。わたしは彼らに一つの心を与え、彼らの中に新しい霊を授ける。わたしは彼らの肉から石の心を除き、肉の心を与える。彼らがわたしの掟に従って歩み、わたしの法を守り行うためである。こうして、彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。(11:18-20)
●黙想
あなたは主の民であり、主はあなたの神です。

主はエルサレムにいる民に向かって、

捕囚となった民が新しくされて帰ってきて、

エルサレムが回復すると約束しました。

誰でもキリストにあるならば、

新しく造られ、主の民となり、

主がわたしの神となります。

主の御言葉に従って歩む人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル書11:1-13「心」

◇2015年9月25日(金)
●エゼキエル書11:1-13「心」
●御言葉
わたしはお前たちが心に抱いていることを知っている。(11:5b)
●黙想
主はあなたの心を見られます。

人々は、主の言葉をスルーしました。

迫り来る主の裁きに対しても、無関心であり、

エルサレムが滅びることはなく、

すぐにでも帰還できると安穏と構えていたのです。

エゼキエルは、主の言葉をスルーせず、

主の裁きを語り、「ああ、主なる神よ」と嘆き叫びました。

主はあなたの心をご存じです。

御言葉を心に抱き、主に嘆き祈る人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル書10:1-22「栄光」

◇2015年9月24日(木)
●エゼキエル書10:1-22「栄光」
●御言葉
主の栄光は神殿の敷居の上から出て、ケルビムの上にとどまった。(10:18)
●黙想
主から離れるよりも、主が離れることのほうが問題です。

ケルビムは、主の乗物のような存在であり、

エデンの園(神の国)を守る天使です。

イスラエルの人々が主から離れても、

主の栄光は神殿にとどまっていました。

しかし、彼らは主に立ち帰らず、

ついに主は神殿を離れ、

エルサレムは滅びてしまうのです。

あなたは主の神殿であり、主の栄光を現す存在です。

主はあなたを守られるお方です。

主から離れず、

主と主の言葉に守られて生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル書9:1-11「悲しみ」

◇2015年9月23日(水)
●エゼキエル書9:1-11「悲しみ」
●御言葉
主は彼に言われた。「都の中、エルサレムの中を巡り、その中で行われているあらゆる忌まわしいことのゆえに、嘆き悲しんでいる者の額に印を付けよ。」(9:4)
●黙想
裁きの日には、印のあるなしが明暗を分けます。

エルサレムが滅ぼされる時、

主にあって嘆き悲しむ者の額に印が付けられ、

裁きを免れ、残されました。

出エジプトの時、

血の印が付けられた家は過ぎ越されました。

最後の審判の時も同じです。

キリストを信じ、印を付けられた人は、

裁きを免れ、新しいエルサレム(天国)に入るのです(黙示録)。

主にあって、嘆き悲しむ者には、

やがて涙をぬぐわれ、喜び躍る日が来ます。

「悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる」(マタイ5:4)。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル書8:1-18「御言葉」

◇2015年9月22日(火)
●エゼキエル書8:1-18「御言葉」
●御言葉
彼はわたしに言った。「人の子よ、イスラエルの家の長老たちが、闇の中でおのおの、自分の偶像の部屋で行っていることを見たか。彼らは、主は我々を御覧にならない。主はこの地を捨てられたと言っている。」彼はまた、わたしに言った。「あなたは、彼らが行っている更に甚だしく忌まわしいことを見る」と。(7:12-13)
●黙想
光が入ると、罪が露わになります。

エゼキエルは再び不思議な幻を見ます。

神の霊によって引き上げられ、神の栄光を見ました。

その後、バビロンに滅ぼされる前のエルサレムの姿を見せられました。

神殿は偶像によって汚され、

イスラエルの長老たちが隠れたところで、偶像を拝んでいる様子を見たのです。

御言葉はあなたの心を照らす光です。

御言葉には心を清め、魂を救い力があります。

日々、心を御言葉で満たし続ける人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル書7:14-27「金銀」

◇2015年9月21日(月)
●エゼキエル書7:14-27「金銀」
●御言葉
彼らは銀を外に投げ捨て/金は汚れたものとなる。主の怒りの日には、銀も金も/彼らを救うことができないからだ。銀も金も、彼らの飢えを鎮めることができず/腹を満たすこともできない。かえって、それは彼らをつまずかせ罪を犯させた。(7:19)
●黙想
金銀が役に立たなくなる時が来ます。

本当の幸せは、

金銀のあるなしによって決まるのではなく、

神との関係のあるなしによって決まります。

金銀には人の魂を救う力がありません。

神との関係があなたの魂を救い、

あなたの魂を生き返らせます。

富よりも、神を愛し、

神との関係を大切にする人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル書7:1-13「終わりの時」

◇2015年9月20日(日)
●エゼキエル書7:1-13「終わりの時」
●御言葉
終わりが来る。終わりが来る。終わりの時がお前のために熟す。今や見よ、その時が来る。(7:6)
●黙想
終わりの日に、すべての人は、主こそ神であることを知るようになります。

すべての人は、主の裁きを受けるからです。

終わりの日が来る前に、

イエスは神の子であり、救い主です。

イエスを信じ、受け入れた人は、

終わりの日には裁かれず、赦され、

永遠に生きる者となる。

これが福音です。

今、福音を通して、主こそ神であることを知り、

終わりの日を待ち望んで生きる人は幸いです。

今日は日曜日です。

救い主なる神に礼拝を捧げましょう。byバルナバ

エゼキエル書6:14-14「主」

◇2015年9月19日(土)
●エゼキエル書6:14-14「主」
●御言葉
わたしは彼らに向かって手を伸ばし、この地を荒廃させ、荒れ野からリブラに至るまで、彼らが住むすべての地を荒れ果てたところとする。そのとき、彼らは、わたしが主であることを知るようになる。」(6:14)
●黙想
人生で一番大切なことは、主を知ることです。

主を知るようになるとは、

主との深い交わりを味わうようになるということです。

イスラエルは、主との親しい関係を失いました。

放蕩の息子が、何もかも失った時、

父の家を思い起こしました。

彼は、父の元に帰り、

父は、彼を懐に抱き、

彼は、生き返りました。

イスラエルも同じです。

何もかも失った時、

主に立ち帰り、主こそ神であることを知るようになるのです。

主に立ち帰る人は、イエスは主であることを知るようになります。

主と親しく交わることができる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル書5:1-17「憐れみ」

◇2015年9月18日(金)
●エゼキエル書5:1-17「憐れみ」
●御言葉
それゆえ――わたしは生きている、と主なる神は言われる――お前はあらゆる憎むべきものと忌まわしいものをもってわたしの聖所を汚したので、わたしもまた必ずお前をそり落とす。わたしは憐れみの目をかけず、同情もしない。(5:11)
●黙想
主は生きておられます。

イスラエルは、

主が憎まれること、忌まわしいことを行い、

主に逆らい、主から離れました。

その結果、イスラエルは、主の憐れみを失います。

主は彼らを、そり落とすことを通し、

彼らが主こそ神であり、

主は生きておられることを知り、

悔い改めることを願われたのです。

主は今も生きておられます。

主に従い、主と共に生きる人は、

主こそ神であることを知り、

主の恵みを味わい知る人です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル書4:1-17「御心」

◇2015年9月17日(木)
●エゼキエル書4:1-17「御心」
●御言葉
人の子よ、れんがを一つ取って目の前に置き、その上に都であるエルサレムを刻みなさい。(4:1)
●黙想
御心を理解しなければ、人に伝えることはできません。

エゼキエルは、預言者として、

神の言葉を伝える前に、神の御心を知る体験をします。

エルサレムが滅ぼされ、

バビロンの地で罪と咎を負って生きる民の苦しみを、

象徴的な行動を通し、神の胸の痛みを知ったのです。

あなたの痛み、苦しみの背後には、神の痛み、苦しみがあります。

神の視点から現実を黙想すれば、神様の御心が見えてきます。

御心を悟り、御心を歩み、御心を人に伝える人になりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

エゼキエル書3:16-27「礼拝」

◇2015年9月16日(水)
●エゼキエル書3:16-27「礼拝」
●御言葉
主の御手が、そこで、わたしに臨んだ。主はわたしに言われた。「立って、平野に出て行きなさい。そこでわたしはあなたに語る。」わたしが立って平野に出て行くと、そこにケバル川の河畔で見た栄光と同じ主の栄光がとどまっているではないか。わたしはひれ伏した。(3:22-23)
●黙想
主の声を聞くためには、時間と場所が必要です。

七日の後、エゼキエルは平野に出て行き、主の栄光を見ました。

彼は主の前にひれ伏し、主の霊に満たされ、

立ち上がり、御言葉を携えて、平野を後にします。

教会は平野です。

教会はキリストの体であり、

主の栄光がとどまっています。

週の初めに、主の栄光がとどまる場所に行き、

礼拝を捧げることは、あなたの力の源になります。

主の声を聞いて立ち上がる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル書3:1-15「御言葉」

◇2015年9月15日(火)
●エゼキエル書3:1-15「御言葉」
●御言葉
わたしが口を開くと、主はこの巻物をわたしに食べさせて、言われた。「人の子よ、わたしが与えるこの巻物を胃袋に入れ、腹を満たせ。」わたしがそれを食べると、それは蜜のように口に甘かった。(3:2-3)
●黙想
御言葉を味わうことなしに、御言葉を伝えることはできません。

エゼキエルが食べた巻物は、御言葉です。

蜜が体に栄養を与えるように、

御言葉は魂を生き返らせ、心に活力を与えます。

心が回復すれば、再び立ち上がる力が生じます。

朝ごとに、口(心)を開いて、御言葉を食する人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル書2:1-10「御言葉」

◇2015年9月14日(月)
●エゼキエル書2:1-10「御言葉」
●御言葉
たとえ彼らが聞き入れようと拒もうと、あなたはわたしの言葉を語らなければならない。彼らは反逆の家なのだ。人の子よ、わたしがあなたに語ることを聞きなさい。あなたは反逆の家のように背いてはならない。口を開いて、わたしが与えるものを食べなさい。」(2:7,8)
●黙想
御言葉は命のパンです。

神の言葉は、聞き入れる人にも、拒む人にも、届けられます。

エゼキエルは反逆の家(イスラエル)に、

神の言葉を届ける預言者としての召されました。

朝ごとに、口を開き、神の口から出る一つ一つの言葉を味わってください。

そうすれば、心も体も魂も健やかになります。

「心に植え付けられた御言葉を受け入れなさい。この御言葉は、あなたがたの魂を救うことができます。」(ヤコブ1:21b)。

命のパンを食べる人、

命のパンを届ける人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル書1:15-28「礼拝」

◇2015年9月13日(日)
●エゼキエル書1:15-28「礼拝」
●御言葉
周囲に光を放つ様は、雨の日の雲に現れる虹のように見えた。これが主の栄光の姿の有様であった。わたしはこれを見てひれ伏した。そのとき、語りかける者があって、わたしはその声を聞いた。(1:28)
●黙想
礼拝とは、

主の臨在に触れ、

主の前にひれ伏し、

主の言葉を聞くことです。

エゼキエルは天が開かれ、天におられる主の姿を見ました。

ヨハネも同じように、天に上げられた主の姿を見ました。

このお方が、人となり、栄光を現されました。

それがイエス・キリストです。

今日は日曜日です。

主の臨在に触れ、

主を崇め、

主の声に聞き従って歩みましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル書1:1-14「天が開かれ」

◇2015年9月12日(土)
●エゼキエル書1:1-14「天が開かれ」
●御言葉
第三十年の四月五日のことである。わたしはケバル川の河畔に住んでいた捕囚の人々の間にいたが、そのとき天が開かれ、わたしは神の顕現に接した。(1:1)
●黙想
今日からエゼキエル書に入ります。

エゼキエルは祖国を失い、捕囚の民となり、失意落胆していました。

望みが失われた、その時、

天が開かれ、神と出会ったのです。

天が開かれ、神の言葉と神の御手が臨む時、

絶望の中に希望の光が射し込んできます。

神の恵みは、暗黒の中に射し込む光です。

エゼキエルの体験があなたの体験となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

フィリピ4:14-23「天の宝」

◇2015年9月11日(金)
●フィリピ4:14-23「天の宝」
●御言葉
わたしの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます。
(4:19)

●黙想
天の宝は朽ちることなく、無尽蔵です。

パウロは天に宝を積む人であり、

天の宝を受ける人でした。

天に宝を積む人は、

世のため、人のため、神のために捧げる人であり、

天の宝を受ける人は、

神様から全ての必要を満たされる人です。

自分のために宝を積む人は、心が貧しくなり、

天に宝を積む人は、心が豊かになり、

満ち足りた人生を歩むことができます。

受けるよりは与えるほうが幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

フィリピ4:8-13「満足」

◇2015年9月10日(木)
●フィリピ4:8-13「満足」
●御言葉
物欲しさにこう言っているのではありません。わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです。貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています。わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。(4:11-13)
●黙想
置かれた場所に満足し、

置かれた場所に花を咲かせていますか。

パウロは牢獄の中にあっても、喜びました。

主が共におられ、力づけられたからです。

パウロは状況に支配されるのではなく、

状況を支配して生きる人でした。

富に支配されず、主に支配される人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

フィリピ4:1-7「思い煩い」

◇2015年9月9日(水)
●フィリピ4:1-7「思い煩い」
●御言葉
どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。
そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。(4:6-7)

●黙想
心は命の源です。

思い煩いは心と考えを蝕みます。

明日のことを思い煩うと、今日を生きることができません。

すべての悩みを神に打ち明け、祈ってください。

そうすれば、心と考えが守られ、

明日のことは、主に委ね、

主を喜び、今を感謝して生きるようになります。

どんな時にも、主にあって喜んで生きる人になりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

フィリピ3:12-21「天国」

◇2015年9月8日(火)
●フィリピ3:12-21「天国」
●御言葉
しかし、わたしたちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは待っています。(3:20)
●黙想
人はどこから来て、どこへ行くのでしょうか。

キリスト(救い主)は、天から来られ、天に帰られました。

天国がイエス様の本国だからです。

救い主を信じた人は、天国が本国となり、

終わりの日にキリストが迎えに来られ、

天に帰ることができるのです。

人生のゴールを死(墓)と考える人と、

命(天)と考える人では、

生き方も死に方も違います。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

フィリピ3:1-11「喜び」

◇2015年9月7日(月)
●フィリピ3:1-11「喜び」
●御言葉
では、わたしの兄弟たち、主において喜びなさい。(3:1a)
●黙想
心に喜びがありますか。

喜びには、「doingの喜び」(する喜び)と「beingの喜び」(ある喜び)があります。

主において喜ぶとは、主にある喜び(beingの喜び)です。

パウロは捕らえられ、何もできない状態にありましたが、

彼の心には喜びが満ち溢れていました。

主が共におられたからです。

何かをして得られる喜びは一時的であり、すぐに消えます。

主にある喜びは永遠であり、天国まで続きます。

主はあなたを愛し、あなたと共におられます。

主を喜ぶことは、あなたの力の源です。

この喜びがあなたの心と人生を守るのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

フィリピ2:19-30「励まし」

◇2015年9月6日(日)
●フィリピ2:19-30「励まし」
●御言葉
テモテのようにわたしと同じ思いを抱いて、親身になってあなたがたのことを心にかけている者はほかにいないのです。他の人は皆、イエス・キリストのことではなく、自分のことを追い求めています。(2:20-21)
●黙想
クリスチャンには葛藤が生じます。

御心に従おうとする「霊の私」と、

思いのままに生きようとする「肉の私」との戦いがあります。

「霊の私」に生きるためには、信仰の励ましが必要です。

パウロにも励ましが必要であり、

教会にも励ましが必要であり、テモテを遣わすのです。

今日は日曜日です。

信仰が励まされる日です。

キリストを追い求め、

礼拝を捧げ、共に交わり、共に分かち合い、

互いの信仰を励まし合いましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

フィリピ2:12-18「御心」

◇2015年9月5日(土)
●フィリピ2:12-18「御心」
●御言葉
だから、わたしの愛する人たち、いつも従順であったように、わたしが共にいるときだけでなく、いない今はなおさら従順でいて、恐れおののきつつ自分の救いを達成するように努めなさい。あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神であるからです。(2:12-13)
●黙想
御心のままに生きることが幸せです。

神様はあなたの中に思いと願い(ビジョン)を与え、

その願いを実現する力をも与えてくださいます。

御心が行われるために必要なのは「従順」です。

主に従順する人は、目標に向かって進みます。

たとえ自分の思い描いたとおりにならなくても、

主を信頼し、従い続けます。

主への従順が御国を来たらせます。

御心があなたの上に行われますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

フィリピ2:1-11「愛」

◇2015年9月4日(金)
●フィリピ2:1-11「愛」
●御言葉
キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。(2:6-8)
●黙想
神は愛であり、キリストは愛のモデルです。

愛は身分や立場に固執しません。

愛は自分を無にします。

愛は僕のように仕えます。

愛は相手と同じ立場に立ちます。

愛は謙遜です。

愛は死に至るまで従順です。

神の愛を受け入れ、

キリストの愛に倣う者となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

フィリピ1:22-30「恵み」

◇2015年9月3日(木)
●フィリピ1:22-30「恵み」
●御言葉
つまり、あなたがたには、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことも、恵みとして与えられているのです。(1:29)
●黙想
恵みは受けるより、与えるほうが幸いです。

パウロはイエスをメシア(キリスト)と信じ、救われました。

これは神の恵みです。

パウロは、この恵みを伝えるために、

至るところで福音を宣べ伝えました。

その結果、迫害され、苦しみを味わい、投獄されました。

しかし、パウロにとって、この苦しみもまた、神の恵みでした。

人に福音を伝えることは、犠牲が伴います。

ここに愛があります。

これがキリストが歩まれた十字架の道です。

自分が救われるだけではなく、

人が救われるために福音を伝え、

救われた人々と、神の恵みを喜び合う人となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

フィリピ1:12-21「キリスト」

◇2015年9月2日(水)
●フィリピ1:12-21「キリスト」
●御言葉
そして、どんなことにも恥をかかず、これまでのように今も、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています。わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。(1:20-21)
●黙想
キリストはどこにいますか。

パウロは、かつて神を崇めながらも、クリスチャンを迫害する者でした。

ある日、キリストと出会い、

イエスこそキリストであることを知り、キリストを崇める者となりました。

彼は迫害を受け、辱められ、福音のために牢獄に入れられましたが、

彼の内側には喜びが満ち溢れていました。

キリスト(神の恵み)が彼と共にあったからです。

あなたの中にキリストがおられるならば、すべては益に変えられます。

あなたの身によって、御名が崇められ、神の栄光が現されますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

フィリピ1:1-11「知恵と愛」

◇2015年9月1日(火)
●フィリピ1:1-11「知恵と愛」
●御言葉
わたしは、こう祈ります。知る力と見抜く力とを身に着けて、あなたがたの愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられるように。そして、キリストの日に備えて、清い者、とがめられるところのない者となり、イエス・キリストによって与えられる義の実をあふれるほどに受けて、神の栄光と誉れとをたたえることができるように。(1:9-11)
●黙想
今日からフィリピの手紙です。

パウロの祈りは、神の願いでもあります。

大切なものを見極める知恵と、

大切なものを愛する心が豊かになりますように。

神様に喜ばれる人は、人からも喜ばれる人になります。

神と人に愛される人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
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