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列王記上12:21-33「罪」

◇2015年4月30日(木)
●列王記上12:21-33「罪」
●御言葉
彼はよく考えたうえで、金の子牛を二体造り、人々に言った。「あなたたちはもはやエルサレムに上る必要はない。見よ、イスラエルよ、これがあなたをエジプトから導き上ったあなたの神である。」彼は一体をベテルに、もう一体をダンに置いた。この事は罪の源となった。民はその一体の子牛を礼拝するためダンまで行った。(12:28-30)
●黙想
神を神とせず、神でないものを神とする。

ここに罪があります。

ヤロブアムは金の子牛を造り、

これを安置し、民に礼拝させました。

偶像は一度、造ると、取り除くことが困難になります。

この後、イスラエルはこれらの偶像に振り回されることになるのです。

祝福された人生の秘訣は、真の神を崇めることにあります。

造り主を崇め、救い主を受け入れ、助け主と共に生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
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列王記上12:12-20「御心」

◇2015年4月29日(水)
●列王記上12:12-20「御心」
●御言葉
王は民の願いを聞き入れなかった。こうなったのは主の計らいによる。主は、かつてシロのアヒヤを通してネバトの子ヤロブアムに告げられた御言葉をこうして実現された。(12:15)
●黙想
御言葉(御心)のままに歴史は進みます。

レハブアム王は、

イスラエルの民の願いを退けた結果、

預言者アヒヤがヤロブアムに語ったように、

王国は切り裂かれていきます。

神様は世界を造り、歴史を導かれるお方です。

あなたの命も、主の計らいによって造られ、導かれています。

主の約束は必ず成就します。

御言葉を聞き、御心に適う人生を歩む者は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

列王記上12:1-11「助言」

◇2015年4月28日(火)
●列王記上12:1-11「助言」
●御言葉
しかし、彼はこの長老たちの勧めを捨て、自分と共に育ち、自分に仕えている若者たちに相談した。(12:8)
●黙想
知恵ある言葉に、耳を傾けていますか。

ソロモンに代わり王となったレハブアムのところに、

ヤロブアムとイスラエルの民が来て、労働の軽減を申し出ます。

王は、知恵ある長老たちの勧めを捨て、

若者に相談し、さらに過酷な労働を課します。

これにより、民の不満は頂点に達し、王国は分裂へと至っていくのです。

主は良き相談相手です。

御言葉を黙想し、御心に従って、行動する者は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

列王記上11:26-43「苦難」

◇2015年4月27日(月)
●列王記上11:26-43「苦難」
●御言葉
こうしてわたしはダビデの子孫を苦しめる。しかし、いつまでもというわけではない。』」(11:39)
●黙想
今、苦しいことがありますか。

苦しみには終わりがあります。

ソロモンの心は、主から離れ、

他の神々を慕い求めるようになり、

その姿勢は、子孫にも影響を及ぼし、

国は混乱し、分裂し、崩壊し、苦難の歴史が始まります。

苦難には終わりがあります。

やがてダビデの子孫からメシア(救い主)が生まれます。

主はあなたを苦しみから救う方です。

救い主を待ち望んで生きる。こ

れがクリスチャンの信仰です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

列王記上11:14-25「鞭」

◇2015年4月26日(日)
●列王記上11:14-25「鞭」
●御言葉
こうして主は、ソロモンに敵対する者としてエドム人ハダドを起こされた。彼はエドムの王家の血筋を引く者であった。(11:14)
●黙想
神様は愛する者を鞭打たれるお方です。

ソロモンが霊的に堕落すると、

敵対する者(ヘブライ語:サタン)が現れます。

なぜ、主は敵対する者を起こされたのか。

著者は、その理由を知っていました。

ソロモンを立ち帰らせるためです。

物事がうまく進まないときには、主を尋ね求めてください。

理由が分かれば、すべてが益に変わります。

今日は日曜日です。

主を慕い求め、礼拝を捧げましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

列王記上11:1-13「分かれ道」

◇2015年4月25日(土)
●列王記上11:1-13「分かれ道」
●御言葉
ソロモンが老境に入ったとき、彼女たちは王の心を迷わせ、他の神々に向かわせた。こうして彼の心は、父ダビデの心とは異なり、自分の神、主と一つではなかった。(11:4)
●黙想
どう生きてきたか(過去)よりも、どう生きていくか(未来)が重要です。

ソロモンは、父ダビデの教えに従い、主の道を歩み、神の祝福を受けます。

その後、彼は多くの女性を愛し、

異国の女性たちが持ち込んだ偶像の神々に心を寄せるようになり、

主の道を踏み外し、祝福を失っていきます。

今日、歩む道が、未来の祝福となります。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

列王記上10:14-29「知恵」

◇2015年4月24日(金)
●列王記上10:14-29「知恵」
●御言葉
ソロモン王は世界中の王の中で最も大いなる富と知恵を有し、全世界の人々が、神がソロモンの心にお授けになった知恵を聞くために、彼に拝謁を求めた。(10:23-24)
●黙想
知恵(御言葉)は富にまさります。

ソロモンは神様に知恵を求めました。

すると知恵と共に、彼が求めなかった富と栄光も添えて与えられました(列王記上3:13)。

知恵は富を得るための手段ではありません。

富を求める心は偶像礼拝の温床となります。

まず神様を慕い求め、知恵(御心)を求めてください。

そうすれば、すべてのものは、添えて与えられるのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

列王記上10:1-13「神の国」

◇2015年4月23日(木)
●列王記上10:1-13「神の国」
●御言葉
わたしは、ここに来て、自分の目で見るまでは、そのことを信じてはいませんでした。しかし、わたしに知らされていたことはその半分にも及ばず、お知恵と富はうわさに聞いていたことをはるかに超えています。(10:7)
●黙想
神の国は、噂以上の国です。

百聞は一見にしかず。

シェバの女王は、

ソロモンの知恵、

宮殿、家臣や給仕たちの姿、

礼拝の献げ物を見て、

驚き、主の御名を崇めました。

あなた(教会)の存在が噂以上の存在となるほど、

神の祝福が注がれますように。

人々があなたを見て、「なんと幸せなことか」と言って、

主の御名を崇めるようになりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

列王記上9:10-28「蟻の一穴」

◇2015年4月22日(水)
●列王記上9:10-28「蟻の一穴」
●御言葉
ソロモンは、二十年を費やして二つの建物、主の神殿と王の宮殿を建て終わったとき、 ティルスの王ヒラムがソロモンの望みどおりにレバノン杉と糸杉の材木や金を提供してくれたので、ソロモンはヒラムにガリラヤ地方の二十の町を贈った。(9:10-11)
●黙想
富と欲は、蟻の一穴(いっけつ)になります。

ソロモンはティルスの王と同盟を結び、国際貿易によって繁栄を築きます。

しかし、これが「蟻の一穴」(どんなに堅固な堤防でも、蟻が掘って空けた小さな穴が原因となって決壊することがあるという意味)となり、

ソロモンの死後に南北が分裂する原因となります。

さらに、外国の妻を多く迎え、異教の神々が持ち込まれ、

偶像礼拝が横行し、霊的堕落の原因となるのです。

朝ごとに、御言葉と祈りをもって、心を守る人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

列王記上9:1-9「祝福」

◇2015年4月21日(火)
●列王記上9:1-9「祝福」
●御言葉
ソロモンが主の神殿と王宮の建築を終え、造ろうと望んでいたものすべてについての念願を果たしたとき、主はかつてギブオンで現れたように、再びソロモンに現れ、こう仰せになった。(9:1-3a)
●黙想
主の声(御言葉)を聞くことは恵みです。

かつてソロモンは、恵みによって、主に出会います。

彼は主の言葉に従い、神殿と王宮を完成させました。

主の声に従うことは祝福です。

主は再び、ソロモンに出会い、ダビデの道を歩むように命じます。

恵みを受けた後、祝福された後、どう生きるかが重要です。

ソロモンは、主の声を聞きながらも、従わず、祝福を失っていくことになるのです。

主の声に従い続ける人は、必ず祝福されます。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

列王記上8:54-66「祝福」

◇2015年4月20日(月)
●列王記上8:54-66「祝福」
●御言葉
八日目に王は民を去らせた。民は王に祝福の言葉を述べ、主がその僕ダビデとその民イスラエルになさったすべての恵みの御業を喜び祝い、心晴れやかに自分の天幕へと帰って行った。(8:66)
●黙想
祝福のあるところに喜びと平安があります。

ソロモン王は、祈りを終え、全会衆を祝福しました。

礼拝を捧げた民は、ソロモン王を祝福し、家路に向かいます。

彼らの心には喜びがあり、平安に満たされていました。

喜びと平安は、神の祝福です。

互いに祝福し合う。

それが教会であり、神の国です。

今日も、一人一人の上に神様の豊かな祝福が注がれますように。

御名によって祈ります。アーメン。byバルナバ

列王記上8:31-40「御名を慕う」

◇2015年4月19日(日)
●列王記上8:31-40「御名を慕う」
●御言葉
更に、あなたの民イスラエルに属さない異国人が、御名を慕い、遠い国から来て、 ――それは彼らが大いなる御名と力強い御手と伸ばされた御腕のことを耳にするからです――この神殿に来て祈るなら、あなたはお住まいである天にいましてそれに耳を傾け、その異国人があなたに叫び求めることをすべてかなえてください。こうして、地上のすべての民は御名を知り、あなたの民イスラエルと同様にあなたを畏れ敬い、わたしの建てたこの神殿が御名をもって呼ばれていることを知るでしょう。(8:41-43)
●黙想
祈りは、対象と方向が重要です。

ソロモンは、たとえ異国人であっても、

主を慕い、神殿に向かって祈るならば、願いを聞いてください、と祈りました。

今日は日曜日です。

主を慕い求め、

主の宮に集まり、礼拝を捧げる日です。

あなたを通し、

家族や隣人が主の御名を知り、

御名を崇め、畏れ敬う(礼拝を捧げる)者となりますように。

御名によって祈ります。アーメン。byバルナバ

列王記上8:31-40「慕い求める心」

◇2015年4月18日(土)
●列王記上8:31-40「慕い求める心」
●御言葉
あなたはお住まいである天にいまして耳を傾け、罪を赦し、こたえてください。あなたは人の心をご存じですから、どの人にもその人の歩んできたすべての道に従って報いてください。まことにあなただけがすべての人の心をご存じです。(8:39)
●黙想
主はあなたの心をご存じです。

神殿に向かって祈るのは、行為よりも、心の姿勢が重要です。

礼拝も同じです。

神様が求めておられるのは、悔いた心であり、神を慕い求める心です。

「わたしが喜ぶのは愛であっていけにえではなく、神を知ることであって、焼き尽くす献げ物ではない」(ホセア6:6)。

主を慕い求めて祈り、礼拝を捧げる者は、主の報い(祝福)を受けます。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

列王記上8:22-30「約束」

◇2015年4月17日(金)
●列王記上8:22-30「約束」
●御言葉
イスラエルの神、主よ、今後もあなたの僕ダビデに約束なさったことを守り続けてください。あなたはこう仰せになりました。『あなたがわたしの前を歩んだように、あなたの子孫もその道を守り、わたしの前を歩むなら、わたしはイスラエルの王座につく者を断たず、わたしの前から消し去ることはない』と。(8:25)
●黙想
主との約束を守っていますか。

神殿の完成は、主がダビデに約束したことの成就でした。

ソロモンは、ダビデとの約束が子孫にも及び、実現していくようにと祈りました。

主の約束が実現するためには、主の道を守り、主の前を歩み続ける必要があります。

ソロモンは、主に祈りながらも、約束を破ってしまうのです。

主の約束は変わらず、失われることはありません。

主の約束を受け継ぎ、主の道を歩み続ける人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

列王記上8:12-21「約束」

◇2015年4月16日(木)
●列王記上8:12-21「約束」
●御言葉
主は約束なさったことを実現された。主が約束なさったとおり、わたしは父ダビデに代わって立ち、イスラエルの王座につき、イスラエルの神、主の御名のためにこの神殿を建てた。(8:20)
●黙想
主の約束は世代を超えます。

神殿はダビデに与えられたビジョンであり、完成させたのはソロモンでした。

約束の地に入ることは、モーセに与えられたビジョンであり、

ヨシュアによって成し遂げられます。

救いは、イエス様のビジョンです。

このビジョンは、弟子たちのビジョンとなり、

教会のビジョンとなり、

宣教師たちのビジョンとなり、

世代を超え、民族を超え、伝えられ、あなたにも届いたのです。

主の約束(ビジョン)を、次世代にも届けていく人となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

列王記上5:1-11「神殿」

◇2015年4月15日(水)
●列王記上5:1-11「神殿」
●御言葉
祭司たちが聖所から出ると、雲が主の神殿に満ちた。その雲のために祭司たちは奉仕を続けることができなかった。主の栄光が主の神殿に満ちたからである。(8:10-11)
●黙想
器よりも中身が重要です。

神殿に契約の箱が運び込まれ、民は一つとなって礼拝を捧げます。

すると、そこに雲(主の臨在と栄光の象徴)が満ちました。

あなたの内側の神殿は完成していますか。

誰でもイエスを救い主と信じるならば、神殿が建てられます。

神殿よりも礼拝が重要です。

あなたの神殿に、雲(聖霊)が満ち溢れ、

主の栄光を現す者となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

列王記上7:23-51「仕事」

◇2015年4月14日(火)
●列王記上7:23-51「仕事」
●御言葉
ヒラムは洗盤、十能、鉢を作って、ソロモン王のために主の神殿でしようとしたすべての仕事を終えた。(7:40)
●黙想
仕事は、仕える事と書くように、仕える心が必要です。

ヒラムは、王に仕え、神殿の祭具をすべて作り終えました。

パウロは言いました。

「奴隷たち、キリストに従うように、恐れおののき、真心を込めて、肉による主人に従いなさい。人にへつらおうとして、うわべだけで仕えるのではなく、キリストの奴隷として、心から神の御心を行い、人にではなく主に仕えるように、喜んで仕えなさい。」(エフェソ6:5-6)。と。

仕える心は、キリストの心です。

主に仕えるように仕える。

この心があなたを変え、相手を変え、社会を変えるのです。

仕え合って生きる。

ここに神の国があります。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

列王記上7:1-22「忠実」

◇2015年4月13日(月)
●列王記上5:16:14-38「忠実」
●御言葉
ソロモンは、人を遣わしてティルスからヒラムを連れて来させた。その母はナフタリ族出身でやもめであった。父はティルス人で青銅工芸の職人であった。ヒラムは知恵と洞察力と知識に満ち、青銅にかけてはどんな仕事にも通じていた。彼はソロモン王のもとに来て、ゆだねられたあらゆる仕事をした。(7:13-14)
●黙想
忠実さは、実を結びます。

ヒラムは、貧しい職人でしたが、ソロモンに抜擢され、

その賜物を生かし、青銅で神殿の用具を作りました。

「忠実を尽くす人を主は喜び迎えられる。」(箴言12:22b)。

イエス様は「ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である」(ルカ16:10)と言われました。

あなたに委ねられた命、時間、仕事、学びがあります。

小さな事でも忠実に生きる人を、主は喜び、祝福してくださいます。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

列王記上6:14-38「神の計画」

◇2015年4月12日(日)
●列王記上5:16:14-38「神の計画」
●御言葉
主の神殿の基礎が据えられたのが、ソロモンの治世第四年のジウの月、同第十一年のブルの月、すなわち第八の月に神殿はその細部に至るまで計画どおりに完成した。その建築には七年を要した。(6:37-38)
●黙想
神様の計画は必ず実現します。

ソロモンは、神様の計画に従い、神殿を完成させ、神の栄光を現しました。

イエス様も、神様の計画に従い、私たちの内側に新しい神殿を完成させ、神の栄光を現されたのです。

「あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。」(一コリント3:16)。

神様の計画は、

あなたの中に神殿を造り、

そこに住み、あなたを通して、栄光を現すことです。

今日は日曜日です。

共に御名を崇め、礼拝を捧げましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

列王記上6:1-13「約束」

◇2015年4月11日(土)
●列王記上5:16:1-13「約束」
●御言葉
「あなたが建てている神殿について、もしあなたがわたしの掟に従って歩み、わたしの法を実行し、わたしのどの戒めにも従って歩むなら、わたしは父ダビデに告げた約束をあなたに対して果たそう。わたしはイスラエルの人々の中に住み、わが民イスラエルを見捨てることはない。」(6:12)
●黙想
神の恵みは無条件ですが、神の祝福には条件があります。

ソロモンは、恵みによって知恵が与えられ、

主に従って大いに祝福されます。

主は神殿を見て、ソロモンに約束します。

この約束には、条件が伴いました。

救いは恵みです。

イエスをメシアと信じる人は、

恵みによって救われます。

心に神殿が建てられ、祝福を伴う約束がたくさん与えられます。

主の約束を守る人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

列王記上5:15-32「約束」

◇2015年4月10日(金)
●列王記上5:15-32「約束」
●御言葉
主はその約束のとおり、ソロモンに知恵を授けられた。ヒラムとソロモンの間には平和が保たれ、二人は条約を結んだ。(5:26)
●黙想
主の約束は真実です。

主はダビデに息子ソロモンに神殿を建てさせることを約束しました。

また、主はソロモンに知恵を授けると約束しました。

さらに、父ダビデの歩んだように、主の道を歩むならば、

ソロモンが求めなかったものまでも与える、と約束しました。

主の約束は現実となります。

ソロモンは知恵を用いて、ヒラムと条約を結び、

神殿建築に必要な木材を確保し、

求めなかった富や栄光、平和までも与えられます。

主の約束を信じ、主と共に歩む人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

列王記上4:20-5:14「祝福」

◇2015年4月9日(木)
●列王記上4:20-5:14「祝福」
●御言葉
神はソロモンに非常に豊かな知恵と洞察力と海辺の砂浜のような広い心をお授けになった。(5:9)
●黙想
祝福された人生の秘訣は、御言葉と御霊(聖霊)です。

ソロモンの時代、

国は平和であり、心は平安でした。

ソロモンが祝福されたのは、

神様から知恵と洞察力と広い心(寛容)を与えられたからです。

御言葉の実は知恵と洞察力です。

御言葉には神の知恵があり、

御言葉を黙想(QT)すれば、洞察力が与えられます。

御霊の実は愛であり、愛は寛容を伴います。

御言葉を読み、聖霊を求めてください。

そうすれば、平和と平安が訪れます。

今日も御言葉と御霊によって歩みましょう。

御名によって祝福します。byバルナバ

列王記上4:1-19「知恵」

◇2015年4月8日(水)
●列王記上4:1-19「知恵」
●御言葉
ソロモンはイスラエル全国に十二人の知事を置いた。彼らは、王と王室の食糧を調達した。すなわち、知事は各自毎年一か月分の食糧を調達することになっていた。(4:7)
●黙想
知恵を用いていますか。

ソロモンはイスラエルの王となり、

神から与えられた知恵を用いて、高官や知事を任命しました。

イスラエルは組織的な統治が行われることによって、

政治は安定していきました。

人生は一つの王国です。

神を王として、崇め、従い、

知恵を用いて、与えられた務めを果たしていきましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

列王記上3:16-28「知恵」

◇2015年4月7日(火)
●列王記上3:16-28「知恵」
●御言葉
王の下した裁きを聞いて、イスラエルの人々は皆、王を畏れ敬うようになった。神の知恵が王のうちにあって、正しい裁きを行うのを見たからである。(3:29)
●黙想
判断に悩んでいることはないですか。

ソロモンは、神の知恵によって、

どちらが母親が嘘をついているかを見極め、

本当の母親に子供を返しました。

人生には判断力、分別力が必要です。

正しい判断や見極めをするためには、

主の御心を知る必要があります。

イエス様ならどうされるか。

御言葉を黙想し、御心を求めて祈りましょう。

そうすれば、神の知恵があなたのうちにあって、

正しい判断をすることができるようになります。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

列王記上3:1-15「知恵」

◇2015年4月6日(月)
●列王記上3:1-15「知恵」
●御言葉
その夜、主はギブオンでソロモンの夢枕に立ち、「何事でも願うがよい。あなたに与えよう」と言われた。(3:5)
●黙想
生きていく上で、一番必要であり、大切なものは何ですか。

ソロモンは、主に「聞き分ける心」を求め、知恵に満ちた賢明な心が与えられました。

何が大切であり、何を優先順位にしなければならないかを見極めることのできる知恵は、主から来ます。

神の国と神の義を求める人には、すべての必要が備えられるのです。

朝ごとに、主と主の言葉を求め、聖霊によって分別力が与えられますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

礼拝説教 『なぜ、墓に向かうのか』

『なぜ、墓に向かうのか』
(マタイによる福音書28章1節~10節)
(2015年4月6日 ベテル清水教会 イースター讃美礼拝)

4月になりました。
4月には新しいスタートがあります。
キッズやユースの中にも、中学、高校、大学、あるいは社会人として、新しいスタートが始まっています。

4月は教会にとっても新しい年度の始まりです。
今年のスタートはイースターと重なりました。
良いスタートになります。

スタートにはゴールがあります。
私たちの人生は、どこに向かって走るのでしょうか。
私たちのゴールはどこにあるのでしょうか。

今朝は、「なぜ、墓に向かうのか」というテーマで、今日の聖書の日課の御言葉を分かちあいたいと思います。
もう一度、聖書をご覧下さい。
マタイ28章1節です。

28:1 さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った。

週の初めの日の明け方というのは、日曜日の早朝のことです。
一週間は月曜から始まるのではなく、日曜から始まります。
日曜から始まるカレンダーは、聖書的です。

みなさん。一日はいつ始まり、いつ終わるのでしょうか。

時間的には、午前0時になると、新しい一日が始まります。
午前0時を過ぎて、テレビのニュースを見ると、「昨日」とか「昨晩」という風に、日が変わって語られています。

時間的には、一日は真夜中から始まります。
夜から始まり、夜に終わるのです。
創世記1章には、「夕があり、朝があった」と、何度も出て来ます。
「朝があり、夕があった」ではなく、「夕」が先です。

ユダヤ社会の一日は、日没から始まるのです。
一日が終わってから休むのではなく、
一日が始まってから、先に休むのです。

初めに休みがあるのです。
夕があり、朝があるのです。

これは朝、QTできない人には朗報だと思いませんか。
案外、夜、QTをする方が、聖書的なのかもしれません。

寝る前に、聖書を読み、黙想し、一日を感謝して眠りにつく。
そして、朝、もう一度、聖書を読み、祈りつつ生活する。
これが理想的な信仰スタイルです。

さて、日曜の朝、夜が明けると、すぐにマグダラのマリアともう一人のマリアが墓に向かいました。

彼女たちは、何しに墓に向かったのでしょうか。
何を求めて墓に行ったのでしょうか。
「なぜ、墓に向かうのか」
今日のテーマです。

生前、イエス様は、弟子たちに自らの死を予告していました。
一度だけではなく、三度も十字架の死について語っていたのです。

そして、イエス様が言われていた言葉は、現実となりました。
弟子たちは、十字架を見上げながら、主の語られた言葉は、本当だったということを確認したのです。

主の言われた言葉は、必ず実現します。

みなさん。イエス様が予告されたのは、十字架だけではありません。
イエス様は、復活をも予告していたのです。
三度も、「三日目に甦る」と語っていたのです。

主の言葉は真実です。
主の約束は事実となります。現実となります。
たとえ、まだ事実を見ていなくても、実現に至っていなくても、
やがて必ず実現し、事実を確認する時が来ます。

主イエスを信じなさい。そうすればあなたも家族も救われます。

私の母は、この言葉を信じ、88歳まで生きてきました。
子供の頃から、ずっとこの言葉は聞かされてきました。
そして、私自身も、この約束が事実となる世界を見てきました。

これからもこの約束が現実になるのを確認していきます。

主の言葉は必ずなる。
これが信仰です。
事実となってから信じるのではなく、事実となる前に信じる。
これが信仰です。
ヘブライ人への手紙11章1節には、信仰の定義と呼ばれる御言葉があります。

11:1 信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。

みなさん。信仰とは、主の約束を確信することです。
そして、見えない事実を確認することです。

たとえ、まだ実現していなくても、現実になっていなくても、
主の約束は必ず成就すると信じましょう。
そして、主の約束が事実であることを確認していきましょう。

さて、彼女たちも、主の言葉を聞いていました。
三日目に復活するという言葉は、聞いていたのです。
しかし、信じられませんでした。

みなさん。主の約束は、信じるか信じないか。信じる側が鍵を握っているのではありません。
主の約束は、たとえその約束を信じられなかったとしても、主を信じるならば、、現実になります。

みなさん。大切なのは、主を信じることです。主を信頼することです。
主を慕い求め、主から離れないことです。
主が共にいるならば、主の約束は現実となるのです。

彼女たちは、なぜ、墓に向かったのか。
それは、彼女たちが主の約束を信じていたからではありません。
復活を信じて、墓に行ったのではないのです。

では、彼女たちは、なぜ、墓に向かったのでしょうか。

イエス様が十字架につけられたのは金曜日の朝です。
そして、3時頃に息を引き取りました。
日が沈むと安息日が始まります。
その前に、慌ただしく墓に葬られたのです。

日本でも亡くなった人は、体を洗い、化粧をしたりしますね。
ユダヤでも香料や香油を塗ったりする習慣がありました。

ルカを見ると、彼女たちが前もって香料と香油を準備し、墓に向かったと記されています。

彼女たちは、安息日が明けたら、イエス様の体に香料を塗って、最後のお別れをしよう、と話し合って、墓に向かったのです。

彼女たちは、私たちが親しい人を失った時と同じ悲しみを抱いていたのです。
忘れられずに、墓に向かったのです。
悲しみを癒すために、墓に向かったのです。

しかし、この後、驚くべきことが起こります。

28:2 すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのである。
28:3 その姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように白かった。
28:4 番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。

先週もお話しましたが、主の御業が起こる時、しるしと不思議が伴います。

十字架の御業が起こった時、太陽は光を失い、神殿の幕は裂け、地震は起こり、死人が墓から出てくるという驚くべき出来事が起こりました。
これを見た人々は、御名を崇め、畏れ、ひれ伏しました。

復活の御業が起こったときにも、同様に、不思議な出来事があったのです。
この時も、地震が起こり、天使が現れたのです。
番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになったというのです。
恐ろしさのあまりに、気絶してしまったのです。
さらに、もっと驚くことが起こります。

天使は彼女たちに言いました。
28:5 天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、
28:6 あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。

「あの方は、ここにはおられない」

彼女たちは、墓の中にイエス様を捜したのです。
しかし、天使は「ここにはおられない」と行ったのです。

では、どこにおられるのでしょうか。
どこに行かれたのでしょうか。

みなさん。人生には、大切な三つの問いがあります。
この問いは、意識する、しない、考える、考えないにかかわらず、誰しもが持っている問いです。

第一の問いは、人生の本質に関する問いです。
「人は、どこから来たのか」という問いです。
なぜ、わたしは今、ここに存在しているのか、という存在への問いです。

私の存在は、「偶然」なのか。「必然」なのか。
私の存在は「進化のたまもの」なのか、「創造のたまもの」なのか。

とても大切な問いです。

聖書は教えます。
あなたは必然の存在であり、神の創造のたまものだ、と。

二つ目の問いは、人生の意味と目的に関する問いです。
人は、何のために生きるのか。
存在の意味と目的への問いです。

私は何のために生まれ、何のために生きるのか。
生きる意味と目的への問いです。

聖書は教えます。
あなたを造られた神のために生きる。
あなたを救われたイエスのために生きて、神の栄光を現せ、と。

そして、最後、三つ目の問いは、人生の終わりに関する問いです。
人は、死んだらどうなるのか。死んだらどこに行くのか。
死後の世界に関する問いです。

死んで、無になるのか。
死んで、もう一度この世に生まれ変わるのか。
死んで、復活し、天国に行くのか。

聖書は教えます。死は終わりではない。
復活があり、裁きがある、と。

墓は人生の終着地ではなく、復活と天国こそ、人生のゴールです。

みなさん。人は死ぬと、墓に葬られます。
アブラハムをはじめ、聖書に出てくる人々も、墓に葬られました。
イエス様も同じです。
イエス様も墓に葬られたのです。

なぜ、婦人たちは、墓に向かったのか。
それは、イエス様を愛していたからです。

なぜ、人は墓参りするのでしょうか。
なぜ、人は墓を建てるのでしょうか。
それは、そこに愛する人が眠っているからです。
そこに、大切な人の骨が納められているからです。

今、わたしたちの教会では、納骨堂を建てようとしています。
ほとんどの人が、この納骨堂に入りたいという希望を持っています。

聖書的な視点から言えば、私たちは納骨堂の中に眠るのではありません。
骨はそこに納めますが、霊は天にあります。

ですから、墓参りをしないからと言って、霊が寂しがることはありません。
墓参りをしないから先祖のたたりがある、というのは聖書的ではありません。

墓参りをするのは、世に残された人のためです。
墓は、悲しむ人たちのためにあるのです。
私たちが納骨堂を建てるのは、わたしたちのためではありません。
私たちは死んだら天国に行くのです。
イエス様のところに行くのです。そこは悲しみの世界ではありません。

しかし、世に残された人たちには、悲しみがあります。
悲しみを癒し、慰めるために、墓が必要なのです。納骨堂が必要なのです。

昨年、私の姉が天に召されました。
姉は、天国への確信を持っていて、讃美歌に包まれ、静かに旅立っていきました。
私は姉が天にいて、やがて姉とも会えるという希望があります。
姉は、天に召され、父に再会し、イエス様のそばで慰められていると思います。
しかし、この世に残っている私たち兄弟には悲しみがあります。

昨年の夏、高知に帰ったときに、父の墓に、姉の名前が刻まれているのを見て、切なく、寂しい気持ちになりました。
姉を愛しているからです。

姉は60歳になったら、母の世話をするのを楽しみにしていました。
わたしは姉ができなかったことを、していこうという思いになりました。

父の墓は、姉の家のすぐ家の裏にあります。
今までも兄が掃除し、管理してくれていたのですが、姉の遺骨も納められたことで、今まで以上に、墓に行って、掃除し、花を飾っています。
姉に対する愛を感じます。

なぜ、墓に向かうのか。
愛していたからです。
愛する気持ちが、墓に向かわせるのです。
婦人たちもそうです。
イエス様を愛する気持ちが、墓に向かわせたのです。
そして、墓の中で、天使の声を聞きました。

28:6 あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。

墓の前で、主の言葉を思い出す。
これがキリスト教的墓参りです。

納骨堂は、愛する人を失った人に、主の言葉を告げ知らせる場所です。
そこで主の約束を思い起こすのです。
そこで信仰が回復するのです。

納骨堂は、信仰の記念碑です。
復活のメッセージを聞く場所です。

婦人たちは、墓の中で、天使に出会い、主の言葉を思い出すのです。
「そうだ。主は復活すると言われていた」
彼女たちは、大いに喜んで、墓を出て行くのです。

28:8 婦人たちは、恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。
28:9 すると、イエスが行く手に立っていて、「おはよう」と言われたので、婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏した。

主の言葉は現実になったのです。
婦人たちは、復活の主に出会ったのです。
そして、イエス様は言います。

28:10 イエスは言われた。「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる。」

やがて弟子たちも、復活の主に出会うのです。

彼らは、主を失い、悲しみの中にいました。
しかし、彼は、墓から帰ってきた婦人たちの言葉を聞いて、ガリラヤに向かい、イエス様に出会うのです。

みなさん。主の言葉は必ず実現します。
わたしたちはたとえ死んでも生きるのです。
墓の中には眠り続けることはないのです。
墓の前で、泣き続けることはないのです。

喜びながら、墓を飛び出していくことができるのです。
それがイースターの知らせです。

今日はイースターです。
主は復活し、今、ここにおられます。
今も生きて働いておられる主を信じ、主を愛し、主と共に歩んでいきましょう。
お祈りいたします。

マタイ28:1-10「ハッピーイースター」

◇2015年4月5日(日)
●マタイ28:1-10「ハッピーイースター」
●御言葉
あの方は、ここにはおられない。かねて言われたとおり、復活なさったのだ。(マタイ28:9)
。(4:8)
●黙想
墓には希望がありません。

人生の終着駅はどこですか。

婦人たちは、墓の中にイエス様を捜しました。

しかし、そこには姿はありませんでした。

イエス様は死の駅(墓)を延伸し、

復活、さらに命の駅(天国)を準備してくださいました。

「行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻ってきて、あなたがたをわたしのもとに迎える」(ヨハネ14:3a)。

主の言葉には希望があります。

主の約束を信じ、命の駅に到着する人は幸いです。

今日はイースターです。

主の復活を喜び祝いましょう。

今日も祝福がありますように。「byバルナバ

一ペトロ4:1-8「愛」

◇2015年4月4日(土)
●一ペトロ4:1-8「愛」
●御言葉
何よりもまず、心を込めて愛し合いなさい。愛は多くの罪を覆うからです。(4:8)
●黙想
愛は人を変えます。

「心を込めて」とは、原語では「力の限り努力して」という意味です。イ

エス様は敵を愛せ、と言いました。こ

の愛とは、本能的な愛ではありません。

強い意志と努力によって成し遂げられる愛であり、十字架の愛です。

この愛があなたの罪を覆うのです。

心を込めて愛し合いましょう。

そうすれば奇蹟(変化)が起こります。

明日はイースターです。

主の復活を喜び、礼拝を捧げましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ23:33-46「御国」

◇2015年4月3日(金)
●ルカ23:33-46「御国」
●御言葉
そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。(23:42-43)
●黙想
御国(天国)への確信はありますか。

イエス様と一緒に十字架に付けられ、

息絶えかけていた一人の強盗は、

命が尽きる寸前に、イエス様に救いを求めます。

するとイエス様ははっきりと宣言されました。

この宣言は真実であり、

この宣言は、イエスをメシアと告白するすべての人に語られます。

主はあなたを忘れず、いつまでもあなたと共にいる。

これが御国です。

生きて天国、死んでも天国を味わえる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ26:36-46「御心のままに」

◇2015年4月2日(木)
●マタイ26:36-46「御心のままに」
●御言葉
少し進んで行って、うつ伏せになり、祈って言われた。「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」(26:39)
●黙想
今、逃げ出したい場所や避けたい問題はありませんか。

杯を飲む(十字架を背負う)ことは、

苦痛であり、できるならば避けたいものです。

イエス様は正直に祈り、

我が願いよりも、御心にままになるようにと委ねられたのです。

その結果、私たちに罪の赦しと救いの道が開かれ、

イエス様は栄光を受けられたのです。

自分の思いを正直に祈ってください。

そして、最後は「御心のままに」とゆだねてください。

そうすれば最善の結果が得られます。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
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