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サムエル記上25:23-35「悔い改め」

◇2014年3月31日(月)
●サムエル記上25:23-35「悔い改め」
●御言葉
翌朝、ナバルの酔いがさめると、彼の妻は成り行きを話して聞かせた。ナバルは意識を無くして石のようになった。(25:37)
●黙想
罪の支払う報酬は死です。

ナバルは善意に悪意の種を蒔き、

酒に酔って、自らを楽しませ、命を失います。

妻はダビデに謝罪し、一族の命を救いましたが、

彼の夫は悔い改めることなく、意識を失い、命を落とします。

悔い改めの可否が二人の明暗を分けます。

悔い改めて、主に立ち帰る人には、新しい人生が開かれます。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
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サムエル記上25:23-35「判断」

◇2014年3月30日(日)
●サムエル記上25:23-35「判断」
●御言葉
ダビデはアビガイルに答えた。「イスラエルの神、主はたたえられよ。主は、今日、あなたをわたしに遣わされた。あなたの判断はたたえられ、あなたもたたえられよ。わたしが流血の罪を犯し、自分の手で復讐することを止めてくれた。(25:32-33)
●黙想
自分の判断よりも、主の判断に従っていますか。

ダビデは自分の判断でナバルに復讐しようとしていましたが、

アビガイルの言葉を聞いて、彼女の判断こそ、

主の御心に適うことであることを認め、罪を回避しました。

御言葉は、主が遣わすアビガイルのような存在です。

御言葉を黙想し、主の御心に適う判断ができますように。

今日は日曜日です。

共に主の御名を崇めていきましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

サムエル記上25:14-22「御心」

◇2014年3月29日(土)
●サムエル記上25:14-22「御心」
●御言葉
ご主人にも、この家の者全体にも、災いがふりかかろうとしている今、あなたが何をなすべきか、しっかり考えてください。ご主人はならず者で、だれも彼に話しかけることはできません。」(25:17)
●黙想
知恵のある人は、考えて行動できる人です。

ナバルの妻アビガイルは、夫がダビデの善意に悪意で応じたことを聞かされました。

彼女は、今、自分が何をすべきかを瞬時に判断し、ダビデのところに謝罪に向かいます。

彼女の行動がナバルの家のみならず、ダビデをも守ることになるのです。

今日、なすべきことは何ですか。

主の御心に適う行動をする人は、自らにも周りの人々にも幸いをもたらします。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

サムエル記上25:1-13「シャローム」

◇2014年3月28日(金)
●サムエル記上25:1-13「シャローム」
●御言葉
次のように言うがよい。『あなたに平和、あなたの家に平和、あなたのものすべてに平和がありますように。(25:6)
●黙想
祝福を祈ることは、人のためならず。ダビデはナバルとナバルの家を祝福し、誠意を尽くしましたが、ナバルはダビデを侮辱し、悪で返しました。ダビデは剣を手にし、悪を行いそうになりますが、聡明なナバルの妻により、主の守りを体験します。「その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶しなさい。家の人々がそれを受けるにふさわしければ、あなたがたの願う平和は彼らに与えられる。もし、ふさわしくなければ、その平和はあなたがたに返ってくる」(マタイ10:12-13)。今日も、皆さんひとり一人に平和があり、神様の祝福がありますように。御名によって祈ります。byバルナバ

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サムエル記上24:17-23「悪を善で返す」

◇2014年3月27日(木)
●サムエル記上24:17-23「悪を善で返す」
●御言葉
自分の敵に出会い、その敵を無事に去らせる者があろうか。今日のお前のふるまいに対して、主がお前に恵みをもって報いてくださるだろう。(24:20)
●黙想
悪を善で返す者には、恵みの報いがあります。

サウルは自らの悪意ある行動に対し、

善意を尽くしたダビデの前に涙を流します。

この涙は、悪に対して善で報いたヨセフの前に流した兄弟たちの涙であり、

罪に対して、愛で報いたイエス様の前に流す私たちの涙と同じです。

ダビデのように、ヨセフのように、イエス様のように、

悪に対し、善で返す者になりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

サムエル記上24:2-16「御心」

◇2014年3月26日(水)
●サムエル記上24:2-26「御心」
●御言葉
兵に言った。「わたしの主君であり、主が油を注がれた方に、わたしが手をかけ、このようなことをするのを、主は決して許されない。彼は主が油を注がれた方なのだ。」(24:7)
●黙想
どんなに正しい行動、選択に思えても、

主の御心に適うことかを考える必要があります。

ダビデにとって、命を狙うサウルを仕留める最高のチャンスでした。

しかし、ダビデは、思いとどまり、罪を犯しませんでした。

主を信頼し、裁きは主に任せ、

悪に悪で報いず、善で打ち勝つ人になりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

サムエル記上23:15-24:1「そのとき」

◇2014年3月25日(火)
●サムエル記上23:15-24:1「そのとき」
●御言葉
そのとき、サウルの子ヨナタンがホレシャにいるダビデのもとに来て、神に頼るようにとダビデを励まして、(23:16)
●黙想
神に頼る人は「そのとき」を経験します。

神様は必要な時に、必要な人を遣わし、励まし、助けてくださいます。

ダビデは、サウルに命を狙われ、

恐れていた「そのとき」に、ヨナタンが来て、励まされした。

ダビデは、サウルに居場所が知られ、

ピンチに陥った「そのとき」に、ペリシテ人が攻めて来て、

慌ててサウルは引き返し、難を逃れたのです。

神を信頼して生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

サムエル記上23:1-14「御心」

◇2014年3月24日(月)
●サムエル記上23:1-14「御心」
●御言葉
ダビデは荒野のあちこちの要害にとどまり、またジフの荒れ野の山地に留まった。サウルは絶え間なくダビデをねらったが、神は彼をサウルの手に渡されなかった。(23:14)
●黙想
主の御心を尋ね求めて祈っていますか。

ダビデは戦う時にも、逃げるときにも、いつも主の御心を尋ねました。

一方、サウルは御心を尋ねることなく、

自分の思いが神の思いだと思い込み、御

心に逆らい続けるのです。

神様の御心を尋ね、

御心に従って行動する者を、

神様は守られます。

今日も主の御心に適う一日を歩めますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

『幸せな人生と不幸な人生』

『幸せな人生と不幸な人生』
(サムエル記上22:11-23)
(2014年3月23日 ベテル清水教会・受難節第三主日礼拝)

「本のひろば」というキリスト教書籍を紹介する冊子があります。
その最初のページに「出会い」というのがあって、著名な方々が、本との出会いを紹介するコーナーがあります。

みなさんは、どんな本との出会いが印象深く残っているでしょうか。
私は、10年以上前に、「神とゴッドはどう違うか」という本との出会いは、日本で伝道していく上で非常に示唆を受けました。

それは、わたしたち日本人が抱いている神様のイメージと、聖書が教える神様のイメージとは、違うということでした。

神とゴッドの違い。
聖書の神、ゴッドは、造り主なる神です。唯一なる神です。
一方、日本人の神は、八百万の神です。被造物をも神とするのです。
この違いが分からないと、聖書が分からない。福音が分からない。

ですから、日本人に福音を伝えるためには、まず、聖書の神、造り主なる神から教えなければならない、ということに気づかされました。

「初めに神は天と地を創造された」
これが聖書を理解し、福音を信じるための第一ボタンです。
「造り主なる神」が分かってこそ、「救い主なる神」が分かります。
「救い主なる神」が分かってこそ、「助け主なる神」が分かるのです。

そして、この本のコラムに「何故、日本人は水戸黄門が好きなのか」というのがありまして、これも印象深く残りました。

この書物の著者、鹿嶋春平太さんは、あのドラマは、水戸黄門がオールマイティな存在(全能者)となっているから、人々に安心感を与えているんだ、と言うわけです。

例え、どんなに悪人が栄えても、誰も見ていないところであくどいことをしていても、黄門さんはすべてお見通しで、必ず悪が裁かれる。

今までのさばっていた人たちが、「ははあと言って、頭を下げる」
これが見ている者の心をホッとさせる、溜飲を下げさせるというのです。
もし、「この印籠が目に入らぬか」と言った後、いきなり、「やかましい」と言って、格さん助さんが見ている前、黄門様がバサッって切られて、悪人が「あっはっは」と笑って、終わったら、どうでしょうか。
イライラして、もう二度と見たくないと思います。

鹿嶋さんは、「日本人にとって、この水戸黄門は憧れの存在だ」と言いうのです。
人は誰でもオールマイティの存在、全能者を求めています。
どんなに悪が栄えても、最後には悪を罰し、救ってくれる存在を求めているのです。

実は、聖書の神、造り主なる神は、オールマイティな存在です。
最後の審判というのは、まさに「この印籠が目に入らぬか」という世界であり、救い主が来られて、救ってくださる。
これが聖書のメッセージです。

私は韓国ドラマの中にも、同じものが流れていることに気づきました。
「オジャリョンが行く」というドラマを録画して見ているのですが、
このドラマには、こんなに悪い男、今まで見たことがない、というほど、あくどい男が登場します。
嘘と偽り、汚い手を使って、財閥の社長の座を手に入れます。
また、こんな母親見たことがない、というほど、酷い母親も登場します。

実は、このドラマにも水戸黄門のような人がいます。
もちろん、登場人物の中にはいませんが、見ている者には分かります。
水戸黄門は誰か。

それは、このドラマの作者であり、監督です。
このドラマには、作者がいて、監督がいる。
どんなに主人公が酷い目に遭って、不条理な目に遭っても、最後には、必ず悪が暴かれると分かっていますね。

韓国ドラマは、どのドラマもだいたい同じパターンです。
これはまさに、水戸黄門を見る人の心理と同じであり、ここにはまってしまうのだ、と思います。

また、韓国ドラマには、もう一つのメッセージがあります。
それは、「幸せとは何か」ということです。
人は、どのように生きれば幸せになれるのか。
どのドラマを見ても、幸せな人、幸せな家庭には、共通点があります。
そこには、聖書が教える生き方があります。
神様の御心に適うような生き方をしている人は、人に愛され、どんなに苦しい目に遭遇しても、うまく事が運び、ハッピーエンドを迎えるのです。

それに対して、御心に適わない生き方をする人は、自分の願いが達成しても、孤独であり、不安があり、恐れがあります。

今、サムエル記を学んでいますが、ダビデとサウル。
この二人の姿にも、同じメッセージがあります。
どう生きれば幸せであり、どう生きれば不幸か。
そのことを二人の姿から学ぶことができます。

サウルは、神様に選ばれながらも、高慢になり、神様から離れました。
その結果、悪霊に苛まれ、孤独なり、不安と恐れを持ちます。
見ていて、本当にサウルは不幸な人だと思うのです。

一方、ダビデは、神に選ばれながらも、謙遜に王に仕え、神と共に歩みます。
サウルに命を狙われ、気が狂ったようにふるまったり、洞窟に隠れたりしますが、詩編34編にあるように、ダビデは、その状況でも、主を慕い求め、主に讃美を捧げます。
すると、ダビデの周りには、四百人もの人々が集まり、共に、主を賛美し、主の御手に守られるのです。

韓国ドラマでは、どんなに悪人であっても、悪が暴かれ、転落します。そして、間違いに気づき、突然、態度が変わり、良い人になります。
髪型が変わったりして、いかにも、変化したことが分かるように演出されています。

あんな酷い奴を、どうして、赦すのか。
主人公は、まるで神様のような心を持っています。
罪を赦す心です。

私は、韓国ドラマを見る度に、この中に聖書が教える幸せな生き方が示されている、といつも思います。
自分の罪に気づいて、悔い改めたら幸せになれるのです。
しかし、それも簡単ではない。人は頑固で、罪を認めない。
ボロボロになるまで、頭を下げません。
サウルも、悔い改めたら幸せになれるのに、立ち帰らない。
立ち帰るどころか、自分の地位を脅かすダビデを殺そうと、ストーカーのように追いかけ続け、ついに神の祭司まで殺害してしまうのです。
それが今日の内容です。

22:11 サウルは人をやって、祭司であるアヒトブの子アヒメレクと、ノブで祭司職にある彼の父の家の者をすべて呼び出した。彼らは皆、王のもとに来た。
22:12 サウルは言った。「アヒトブの子よ、聞くがよい。」彼は「はい、御主人様」と答えた。
22:13 サウルは言った。「何故、お前はエッサイの子と組んでわたしに背き、彼にパンや剣を与え、神に託宣を求めてやり、今日のようにわたしに刃向かわせ、わたしをねらわせるようなことをしたのか。」

サウルが祭司アヒメレクを呼び出しました。

アヒメレクは、なぜ、サウルが怒っているのか分かりませんでした。
自分のところに来たサウルの部下であるダビデにパンを与え、剣を与えただけです。

サウルは、アヒメレクを疑っていたのです。
アヒメレクがダビデとつるんで、自分に背いている、と思ったのです。

サウルはダビデを恐れていました。
サウルの心にはいつも不安がありました。
それは、ダビデに自分の地位を奪われる、という不安です。

実は、私が見ているドラマでも、サウルのような社長がいるんですね。
彼にとって、義理の弟はダビデのような存在です。
ゴリアトをやっつけて、称賛されたダビデのように、
義理の弟は、つぶれそうな店を再建させたり、火事の現場で子供を助け出したりして、一躍、ヒーローになり、人々から称賛されるのです。

一方、社長は、サウルのように、自分の地位を守るために、必死で抵抗するのです。
ここまでするか、という酷いことを平気でしていくのです。
サウルと同じです。
サウルも、ここまでするかという酷いことを行います。
22:14 アヒメレクは王に答えた。「あなたの家臣の中に、ダビデほど忠実な者がいるでしょうか。ダビデは王様の婿、近衛の長、あなたの家で重んじられている者ではありませんか。
22:15 彼のため神に託宣を求めたのはあの折が初めてでしょうか。決してそうではありません。王様、僕と父の家の者に罪をきせないでください。僕は事の大小を問わず、何も知らなかったのです。」

アヒメレクは、本当に何も知らなかったのです。
彼は、空腹のダビデにパンを与え、丸腰のダビデに剣を与えました。
アヒメレクは、サウル王がダビデの命を狙っていることすらも知りませんでした。

しかし、サウルは聞く耳を持ちません。
最初に結論ありきです。
初めからサウルは、アヒメレク一族を滅ぼすために、呼びつけていたのです。

22:16 王は、「アヒメレクよ、お前も父の家の者も皆、死罪だ」と言い、
22:17 傍らに立っている近衛兵に命じた。「行って主の祭司たちを殺せ。彼らもダビデに味方し、彼が逃亡中なのを知りながら、わたしの耳に入れなかったのだ。」だが、王の家臣は、その手を下して主の祭司を討とうとはしなかった。

みなさん。アヒメレクは、主の祭司でした。
なんと、サウルは主の祭司たちへの殺害命令を下したのです。

かつて神様はイスラエルに王を立てることを良しとしませんでした。
それは、王が暴君となったときに、民が不幸になるからです。
サウルは祭司アヒメレクを「反逆罪」で粛清しようとしたのです。
独裁国家でもよく見られる光景ですね。
つい最近も、隣の国で粛清があり、世界を驚かせましたね。

この命令に対し、家臣たちは従いませんでした。
さすがに、彼らも、王の命令とは言え、祭司を殺すことには、抵抗を感じたのです。
22:18 王はドエグに、「お前が行って祭司らを討て」と命じたので、エドム人ドエグが行って祭司らを討った。こうして、サウルはその日、亜麻布のエフォドを身に着けた者八十五人を殺し、
22:19 また祭司の町ノブを剣で撃ち、男も女も、子供も乳飲み子も、牛もろばも羊も剣にかけた。
わたしはここから、改めて「心を守ることの大切さ」を思います。

何を守るよりも、自分の心を守れ。そこに命の源がある。(箴言4:23)
テレビやニュースで流れる事件を耳にする度に、この聖書の教え、神の教えが、どれほど大切な教えであり、この教えを教えることの大切さを痛感します。

パウロは言いました。エフェソ4章26節、27節。357頁
4:26 怒ることがあっても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで怒ったままでいてはいけません。
4:27 悪魔にすきを与えてはなりません。

わたしたちの中にもサウルと同じ心があります。
怒ることはあります。嫉妬することもあります。

犯罪を犯す人は、特別な人ではありません。
わたしたちと同じ心を持つ人間です。
しかし、怒りを放置すると、嫉妬を放置すると、悪魔が心を支配し、不幸に陥れようと働くのです。

ですから、日が暮れるまで怒ったままでいてはいけない、というのです。
まさに、サウルは怒りを放置し、怒りを炎上させ、罠に陥ったのです。

もう一度言います。
わたしたちの内側には、サウルと同じ心があります。
怒りと嫉妬によって、殺意にまで発展しかねない火種があります。
それを聖書は「罪」と呼ぶのです。

アヒメレクは、その罪の犠牲となって死にました。
アヒメレクは無実です。
罪のない者が、サウルの怒りのために命を落としたのです。

私は、この箇所を黙想しながら、アヒメレクの姿の中に、イエス様の姿を見ました。
イエス様は祭司であり、アヒメレクのような人です。
彼はダビデにパンを与え、剣を与え、ダビデの身代わりに死んだのです。
彼はダビデを滅ぼそうとする罪の力を、自分の身に受けたのです。

イエス様も同じです。
イエス様はわたしたちに命のパンを与え、御言葉の剣を与えました。
わたしたちを滅ぼす罪の力を、ご自分の身に受けられたのです。
アヒメレクがダビデの犠牲となったように、
イエス様は私たちの犠牲となられたのです。
ここに十字架の意味があります。

私たちは、イエスが死んだという知らせを、聖書を通して知りました。
ダビデは、アヒメレクが死んだという知らせを、その息子から聞きました。

22:20 アヒトブの子アヒメレクの息子が一人、難を免れた。アビアタルという名で、彼はダビデのもとに逃れた。
22:21 アビアタルは、サウルが主の祭司たちを殺した、とダビデに伝えた。
22:22 ダビデはアビアタルに言った。「あの日、わたしはあの場に居合わせたエドム人ドエグが必ずサウルに報告するだろう、と気づいていた。わたしがあなたの父上の家の者すべての命を奪わせてしまったのだ。

ダビデは自分のために犠牲となったアヒメレクのことを知りました。
ダビデは言いました。
「わたしがあなたの父上の家の者すべての命を奪わせてしまった」

みなさん。わたしたちも聖書を通して知るのです。
わたしの罪が神の独り子・イエス様を十字架に付けた、ということを。

イエス様はわたしたちのために死んで下さったのです。
わたしたちが生きるためです。
新しい生き方をするためです。

ダビデは、アヒメレクの子アビアタルに言います。
今日の御言葉です。
22:23 わたしのもとにとどまっていなさい。恐れることはない。わたしの命をねらう者はあなたの命をもねらう。わたしのもとにいれば、あなたは安全だ。」

サウルに命を狙われ、逃げ延びてきたアビアタルに対し、
ダビデは「わたしのもとにとどまっていなさい」と言いました。

昨日の聖書個所を見ると、四百人ほどの者が彼の周りに集まっていました。
ダビデのもとには、主への讃美がありました。
讃美のあるところに、苦しむ人々が大勢集まっていました。
そして、彼らと共に、ダビデは、そこで主を賛美していたのです。

これは、わたしたちの姿です。教会の姿です。教会の使命です。
わたしたちは、ダビデのように、大祭司であるキリストから命のパンと御言葉の剣を頂きました。

キリストの十字架によって、わたしたちのすべての罪が赦され、この場所で御名を崇めて、讃美しています。

ダビデは、どんなときにも主を賛美しました。
すると、人々はダビデの周りに集まり、一緒に讃美するようになったのです。
わたしは、この教会がダビデのように告白する教会となるように願います。
主の御名を崇め、讃美し、苦しむ者が集まって、共に讃美する教会となるように祈ります。

最後に、この出来事が起こった直後に作られたダビデの詩編を読んで終わります。
詩編34編。
この詩編の中に、聖書が教える幸いな人生の歩み方が記されています。

34:1 【ダビデの詩。ダビデがアビメレクの前で狂気の人を装い、追放されたときに。】
34:2 どのようなときも、わたしは主をたたえ/わたしの口は絶えることなく賛美を歌う。
34:3 わたしの魂は主を賛美する。貧しい人よ、それを聞いて喜び祝え。
34:4 わたしと共に主をたたえよ。ひとつになって御名をあがめよう。
34:5 わたしは主に求め/主は答えてくださった。脅かすものから常に救い出してくださった。
34:6 主を仰ぎ見る人は光と輝き/辱めに顔を伏せることはない。
34:7 この貧しい人が呼び求める声を主は聞き/苦難から常に救ってくださった。
34:8 主の使いはその周りに陣を敷き/主を畏れる人を守り助けてくださった。
34:9 味わい、見よ、主の恵み深さを。いかに幸いなことか、御もとに身を寄せる人は。

お祈りいたします。

サムエル記上22:11-23「安全地帯」

◇2014年3月23日(日)
●サムエル記上22:11-23「安全地帯」
●御言葉
「わたしのもとにとどまっていなさい。恐れることはない。わたしの命をねらう者はあなたの命をもねらう。わたしのもとにいれば、あなたは安全だ。」 (22:23)
●黙想
安全地帯を持っていますか。

ダビデは命の危機を迎えていたアビアタルに、

自分のもとに留まれば安全だと言いました。

ダビデにとって安全地帯は、主の側に憩うことです。

主は良い羊飼いです。

今日は日曜日です。

教会は神の家であり、安全地帯です。

主のもとに留まる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

サムエル記上22:1-10「賛美」

◇2014年3月22日(土)
●サムエル記上22:1-10「賛美」
●御言葉
ダビデはそこを出て、アドラムの洞窟に難を避けた。それを聞いた彼の兄弟や父の家のものは皆、彼のもとに下って来た。また、困窮している者、負債のある者、不満を持つ者も皆彼のもとに集まり、ダビデは彼らの頭領となった。四百人ほどの者が彼の周りにいた。(22:1-2)
●黙想
讃美のあるところに人は集まり、喜びがあり、救いがあります。

ダビデの周りに人は集まり、共に主を讃美しました。

「どのようなときにも、わたしは主をたたえ、わたしの口は絶えることなく讃美を歌う。わたしの魂は主を賛美する。貧しい人よ、それを聞いて喜び祝え。わたしと共に主をたたえよ。ひとつになって皆をあがめよう。わたしは主に求め、主は答えてくださった。脅かすものから常に救い出してくださった。主を仰ぎ見る人は光と輝き、辱めに顔を伏せることはない。この貧しい人が呼び求める声を主は聞き、苦難の中から救い出してくださった。主の使いはその周りに陣を敷き、主を畏れる人を守り助けてくださった」(詩編34:2-8)。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

サムエル記上21:11-16「弱い時」

◇2014年3月21日(金)
●サムエル記上21:11-16「弱い時」
●御言葉
ダビデはこの言葉が心にかかり、ガトの王アキシュを大変恐れた。(21:13)
●黙想
どのような時にも主を崇めてますか。

ペリシテの大将を恐れず、倒し、

人々から称賛されたダビデでしたが、

ガトの王を恐れ、気が狂ったような醜態をさらして、難を逃れます。

この直後、ダビデは主を賛美し、

400人の仲間が与えられ、共に主を賛美するのです。(詩編34編参照)。

「どのようなときにも、わたしは主をたたえ、わたしの口は絶えることなく讃美を歌う(詩編34編2節)。

強い時も、弱いときも、主の御名を崇める人には、いつも主の守りがあります。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

サムエル記上21:1-10「アドナイイルエ」

◇2014年3月20日(木)
●サムエル記上21:1-10「アドナイイルエ」
●御言葉
そこにはその日、サウルの家臣の一人が主の御前にとどめられていた。名をドエグというエドム人で、サウルに属する牧者のつわものであった。(21:8)
●黙想
主と共に歩む人生には、主の備えと守りがあります。

ダビデは、サウルに命を狙われ、逃亡生活が始まります。

ダビデは主と共に歩む人でした。

主は空腹を満たすパンと身を守る剣を備え、

サウルの家臣をとどめて、ダビデを守られました。

「アドナイイルエ」(主の山には備えあり)。

主を慕い求め、主の言葉に従う者には、

主の備えと、守りがあります。

主と共に歩む者は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

サムエル記上20:35-42「意味を知る」

◇2014年3月19日(水)
●サムエル記上20:35-42「意味を知る」
●御言葉
従者は何も知らなかったが、ダビデとヨナタンはその意味を知っていた。(20:39)
●黙想
十字架の福音は意味を知る人には救いをもたらす神の力です。

ヨナタンはダビデを救うために矢を放ち、メッセージを送りました。

この行為は、その意味を知っていたダビデには、救いの力となりました。

神さまはあなたを死と悪魔と裁きと滅びの世界から救い為に、

キリストを遣わし、メッセージを送りました。

この意味を知り、主に従う人。

それがクリスチャンです。

今日も主の守りと平安がありますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

サムエル記上20:24-34「怒り」

◇2014年3月18日(火)
●サムエル記上20:24-34「怒り」
●御言葉
ヨナタンは、父サウルに言い返した。「なぜ、彼は死なねばならないのですか。何をしたのですか。」(20:32)
●黙想
嫉妬は怒りを生みます。

ヨナタンは再び、父を諭します。

しかし、サウルは、ヨナタンの問いに答えず、槍を投げつけました。

もはやサウルの心は手がつけられない状態に陥ってしまったのです。

キリストを十字架に付けたユダヤ人の心も同じでした。

わたしたちの心にも同じ心があります。

キリストはこの心を引き受け、死なれたのです。

ここに十字架の意味があります。

十字架を見あげて生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

サムエル記上20:12-23「愛」

◇2014年3月17日(月)
●サムエル記上20:12-23「愛」
●御言葉
ヨナタンは、ダビデを自分自身のように愛していたので、・・・(20:17)
●黙想
自分を愛していますか。

ヨナタンは自分を愛するようにダビデを愛しました。

これは神さまの御心に適うことです。

神さまは愛です。

神さまはご自分を愛するように、あなたを愛しています。

神さまの愛で自分を愛するとき、

神さまの愛で人をも愛せるようになるのです。

まず、何よりも自分自身を愛してくださる神さまを慕い求めましょう。

あなたは愛されています。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

サムエル記上20:1-11「望み」

◇2014年3月16日(日)
●サムエル記上20:1-11「望み」
●御言葉
ヨナタンはダビデに言った。「あなたの望むことは何でもしよう。」(20:4)
●黙想
愛するとは、相手の願いに応えようとする態度です。

ヨナタンはダビデを愛し、

助けを求めるダビデのためなら、

何でもするという約束をしました。

神さまはあなたを愛し、

あなたの祈りを聞いてくださいます。

あなたは神さまを愛し、神さまの望みに応えていますか。

神さまの望みは、わたしたちが主を慕い求めることです。

今日は日曜日です。

共に主の御名を崇め、礼拝を捧げましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

サムエル記上19:8-24「守り」

◇2014年3月15日(土)
●サムエル記上19:8-24「守り」
●御言葉
ミカルはダビデを窓からつり降ろし、彼は逃げて難を免れた。(19:12)
●黙想
神と共に歩む人は、神の御手に守られます。

ダビデはサウルに命を狙われ、何度もピンチを迎えます。

その度に、奇跡的に難を免れました。

神と共に歩む人生には、主の守りと導きがあります。

主の声(御言葉:約束と命令)に聞き従う人は、

ピンチを迎えても、必ず逃れの道が備えられます。

神と共に生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

サムエル記上19:1-7「警告」

◇2014年3月14日(金)
●サムエル記上19:1-7「警告」
●御言葉
彼が自分の命をかけてあのペリシテ人を討ったから、主はイスラエルの全軍に大勝利をお与えになったのです。あなたはそれを見て、喜び言われたではありませんか。なぜ、罪なき者の血を流し、理由もなくダビデを殺して、罪を犯そうとなさるのですか。(19:5)
●黙想
過ちを諭してくれる人はいますか。ヨナタンは父サウルの過ちを諭し、サウルは思いとどまります。御言葉は心を諭し、正しい道へと導きます。今日も主の御心に適う一日となりますように。御名によって祝福します。byバルナバ

サムエル記上18:17-30「神と共に生きる」

◇2014年3月13日(木)
●サムエル記上18:17-30「神と共に生きる」
●御言葉
サウルは、主がダビデ共におられること、娘ミカルがダビデを愛していることを思い知らされて、ダビデをいっそう恐れ、生涯ダビデに対して敵意を抱いた。(18:28-29)
●黙想
人間にとって、一番大切なことは、神と共に生きることです。

ダビデとサウル。

二人とも神に選ばれ、王になりましたが、

二人の明暗はくっきりと分かれました。

神と共に生きていますか。

神と共に生きる人は、

礼拝が人生の中心になり、

恵みが存在の基盤になり、

QTが生活の基本となります。

神と共に生きる人は、

神にも人にも愛される人になります。今

日も祝福がありますように。byバルナバ

サムエル記上18:10-16「実」

◇2014年3月12日(水)
●サムエル記上18:10-16「実」
●御言葉
主は彼と共におられ、彼はどの戦いにおいても勝利を収めた。(18:14)
●黙想
主が共におられるかどうかは、実で分かります。

ダビデは、命を狙われながらも、

主に守られ、戦いに勝利し、人々から愛されました。

サウルは、主から離れ、

ダビデを妬み、悪霊にさいなまれ、人を恐れます。

主はぶどうの木です。主に結ばれて生きる人は、良い実を結びます。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

サムエル記上18:1-9「妬み」

◇2014年3月11日(火)
●サムエル記上18:1-9「妬み」
●御言葉
この日以来、サウルはダビデをねたみの目で見るようになった。(18:9)
●黙想
妬みは心を狂わせます。サウルはダビデがゴリアトを破り、勝利したことを喜びました。しかし、ダビデがもてはやされるのを見て、妬み、やがて殺意を抱くようになります。妬まない人はいません。大切なのは、妬み続けないことです。「怒ることがあっても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで怒ったままではいてはいけません。悪魔にすきを与えてはなりません。」(エフェソ4:26-27a)。今日も心が守られますように。御名によって祝福します。byバルナバ

サムエル記上17:50-58「御言葉」

◇2014年3月10日(月)
●サムエル記上17:50-58「御言葉」
●御言葉
ダビデは石投げ紐と石一つでこのペリシテ人に勝ち、彼を撃ち倒した。ダビデの手には剣もなかった。(17:50)
●黙想
あなたの前に立ちふさがる敵(問題)がありますか。

ダビデは石ころを拾って、袋に収めていました。

この石一つで敵を打ち破ったのです。

石ころは御言葉であり、袋は心です。

御言葉を心に蓄えている人は、

御言葉が剣となります。

御言葉を宣言し、御名によって祈る。

ここに勝利の秘訣があります。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

サムエル記上17:41-49「ダビデの武器」

◇2014年3月9日(日)
●サムエル記上17:41-49「ダビデの武器」
●御言葉
だが、ダビデもこのペリシテ人に言った。「お前は剣や槍や投げ槍でわたしに向かって来るが、わたしはお前が挑戦したイスラエルの戦列の神、万軍の主の名によってお前に立ち向かう。(17:45)
●黙想
人生には様々な戦いがあります。

あなたを守る武具、戦う武器は何ですか。

ダビデは、武具を身に着けず、

杖と投げ石を持って、立ち向かい、勝利を収めます。

ダビデには見えない武具、見えない武器がありました。

それは「主の名」です。

ダビデの武器は祈りであり、主への信頼でした。

今日は日曜日です。

主の御名を崇め、

主の御名によって、祈りつつ、

歩んで行きましょう。

主の御名によって祝福します。byバルナバ

サムエル記上17:28-40「信仰」

◇2014年3月8日(土)
●サムエル記上17:28-40「信仰」
●御言葉
ダビデは更に言った。「獅子の手、熊の手からわたしを守ってくださった主は、あのペリシテ人の手からも、わたしを守ってくださるにちがいありません。」サウルはダビデに言った。「行くがよい。主がお前と共におられるように。」(17:37)
●黙想
信仰とは信頼であり、

信頼は交わりによって育まれます。

ダビデは、羊飼いをしながら、

いつも主と交わり、主はいつもダビデと共にいました。

ダビデは日々の生活で主の守りを体験し、

信仰が育まれていたのです。

主は良い羊飼いであり、あなたを守られる方です。

主を信頼する人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

サムエル記上17:12-27「試練」

◇2014年3月7日(金)
●サムエル記上17:12-27「試練」
●御言葉
かのペリシテ人は、四十日の間、朝な夕なやって来て、同じ所に立った。(17:16)
●黙想
何を見て、何を聞くかで、心は変化します。

イスラエルの民は、

四十日間、朝に夕に、

ゴリアトの姿を見て、

言葉を聞き続け、甚だしく恐れました。

聖書で四十日とは、試練の時を意味します。

イエス様が荒野で四十日間過ごされたとき、

悪魔が誘惑してきましたが、

イエス様は御言葉によって、

悪魔の攻撃を退けたのです。

朝に夕に、主の前に座し、

主を見あげ、主の御声を聞き続ける人になりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

サムエル記上17:1-11「恐れ」

◇2014年3月6日(木)
●サムエル記上17:1-11「恐れ」
●御言葉
サウルとイスラエルの全軍は、このペリシテ人の言葉を聞いて恐れおののいた。(17:11)
●黙想
今、恐れていることがありますか。

イスラエルの民は、敵の言葉に恐れます。

恐れはサタンの武器であり、罠です。

聖書は繰り返し、繰り返し「恐れるな」と語りかけます。

「人は恐怖の罠にかかる。主を信頼する者は高い所に置かれる」(箴言29:5・新共同訳)

「人を恐れるとわなにかかる。 しかし主に信頼する者は守られる。」(新改訳)。

今日も主を信頼し歩みましょう。祝福がありますように。byバルナバ

サムエル記上16:14-23「平安」

◇2014年3月5日(水)
●サムエル記上16:14-23「平安」
●御言葉
神の霊がサウルを襲うたびに、ダビデが傍らで竪琴を奏でると、サウルは心が安まって気分が良くなり、悪霊は彼を離れた。(16:23)
●黙想
神の霊(聖霊)に満たされると平安があります。

サウルは、神から来る悪霊(わざわいの霊)に襲われ、

心がさいなまれ、苦しんだのです。

神と共に歩む世界に平安と祝福がありますが、

神に逆らい、神が遠ざかった罪の世界には、

不安と呪いがあるのです。

悪霊を退け、平安になる秘訣は、

神の霊に満たされることです。

主の御名を崇め、主を賛美する人には、平安と祝福が伴います。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

サムエル記上16:1-13「心」

◎2014年3月4日(火)
●サムエル記16:1-13「心」

●御言葉
しかし、主はサムエルに言われた。「容姿や背の高さに目を向けるな。わたしは彼を
退ける。人間が見るようには見ない。人は目に映るtところを見るが、主は心によっ
て見る。(16:7)

●黙想
人の美しさは心で決まります。どんなに綺麗に装っても、心が汚れていれば美しくあ
りません。神様はサウルに代わる王として、ダビデを選び、油を注ぎました。ダビデ
は主の御心に適う人であり、主を慕い求める心を持っていました。神様はこの心を
持っている人を喜ばれます。朝ごとに、主を慕い求めて祈る人は幸いです。今日も祝
福がありますように。byバルナバ

サムエル記上15:24-35「プライド」

◇2014年3月3日(月)
●サムエル記上15:24-35「プライド」
●御言葉
サウルは言った。「わたしは罪を犯しました。しかし、民の長老の手前、イスラエルの手前、どうかわたしを立てて、私と一緒に帰ってください。そうすれば、あなたの神、主を礼拝します。」(15:30)
●黙想
人の手前と神の手前。どちらを重んじていますか。

悔い改めとは、

プライドを捨てて、主に立ち帰り、主を礼拝することです。

サウルは人の手前を重んじ、

自らのプライドに固執し、主の御心に逆らったため、

神に退けられ、王座を失うことになったのです。

神の御前で悔い改め、

主の御心に従い、

謙遜に生きる人でありますように。

御名によって祝福します。byバルナバ
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