◇2011年8月28日(日)
●マタイ22:1-14「義の衣」
●御言葉
招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない。(22:14)

●黙想
イエス様は婚礼のたとえを用いて、どのような人が神の国にとどまれるのかを語ります。

ユダヤ人たちは、神に選ばれながらも、神が遣わしたメシアを拒絶し、神の国を失いました。

今はすべての人が神の国に招かれています。

礼服とは、キリストを信じる者に与えられる神の義です。

神の義を着せられた人。

それがクリスチャンです。

今日は日曜日です。共に主に礼拝を捧げましょう。

明日から三日間。御言葉メールはお休みします。

祝福を祈ります。byバルナバ
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マタイ21:33-46「チェンジ」

◇2011年8月27日(土)
●マタイ21:33-46「チェンジ」
●御言葉
だから、言っておくが、神の国はあなたたちから取り上げられ、それにふさわしい実を結ぶ民族に与えられる。。(21:43)

●黙想
イエス様はぶどう園と農夫のたとえを用いて、イエス様を受け入れなかったユダヤ人たちに下る神の裁きを語ります。

彼らはイエス様が自分たちのことを言っていることに気づきましたが、

態度を変えることはありませんでした。

御言葉によって気づきが起こり、生き方を変える人は、ふさわしい実を結ぶ人です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ21:23-32「信仰」

◇2011年8月26日(金)
●マタイ21:23-32「信仰」
●御言葉
兄は『いやです』と答えが、後で考え直して出かけた。(21:29)

●黙想
どんなに良いことを言っても、行動が伴わなければ意味がありません。

信仰も行動が伴わなければ、絵に描いた餅に過ぎません。

「わたしの兄弟たち、自分は信仰を持っていると言う者がいても、行いが伴わなければ、何の役に立つでしょうか。そのような信仰が、彼を救うことができるでしょうか。・・・行いが伴わないなら、信仰もそれだけでは死んだものです。」(ヤコブ2:14以下)。

御言葉を黙想し、考え直して行動する人は幸いです。

今日も祝福を祈ります。byバルナバ

◇2011年8月25日(木)
●マタイ21:12-22「祈りの家」
●御言葉
わたしの家は、祈りの家と呼ばれるべきである。(21:13)

●黙想
神殿が祈りの家としての働きを失っていました。

その姿は葉だけが生い茂り、実を結ばないいちじくの木のようなもので、やがて神殿は崩壊します。

主を信じる人は、聖霊が宿る神殿です。

イエス様は境内で病人を癒し、不思議な業を行い、子どもたちは讃美しました。

あなたの宮が清められ、疑わず祈り、必要なものがすべて満たされますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

◇2011年8月24日(水)
●マタイ21:1-11「従順」
●御言葉
ろばと子ろばを引いて来て、その上に服をかけると、イエスはそれにお乗りになった。(21:7)

●黙想
イエス様はロバの子に乗ってエルサレムに入城されました。

ロバの子は、従順に仕える人のモデルとなりました。

今朝は、もう一匹のロバに注目します。

このロバは、イエス様を乗せることも、他の福音書に自分の存在が記されることもありませんでした。

しかし、このロバも、イエス様に見いだされ、一緒に歩み続けたのです。

主に見いだされ、主に引かれ、主と共に歩み続ける人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ20:29-34「憐れみ」

◇2011年8月23日(火)
●マタイ20:29-34「憐れみ」
●御言葉
イエスは立ち止まり、二人を呼んで、「何をしてほしいのか」と言われた。(20:32)

●黙想
あなたは今、何を求め、何を願っていますか。

何よりもまず憐れみ深い主を求めてください。

そこから主の御業が始まります。

二人の盲人は、「主よ、ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください」と、叫び続けました。

彼らの叫びを聞いて、主は立ち止まり、彼らを憐れみ、彼らの願いをかなえ、彼らは目が見えるようになりました。

主を求め、主の憐れみを受け、主に従って歩む人。

それがクリスチャンです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ20:17-28「仕える」

◇2011年8月22日(月)
●マタイ20:17-28「仕える」
●御言葉
人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように。(20:28)

●黙想
あなたは今、何を祈り、何を願っていますか。

イエス様は自らの死について予告しました。

重大な告白を聞きながらも、弟子たちは自分たちのことばかり考えていました。

キリストは仕えるために来て、今も、天であなたのために執り成し祈っておられます。

仕える人とは、人のために執り成し祈る人です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ20:1-16「恵み」

◇2011年8月21日(日)
●マタイ20:1-16「恵み」
●御言葉
わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。(20:14)

●黙想
ぶどう園の主人の言葉の中に神様のハートが示されています。

それは「憐れみと恵み」です。

神の国は憐れみによって始まり、恵みによって終わります。

恵みを感じた人は、先になり、

恵みを恵みと思わなくなった人は後になります。

自分が最後の労働者の一人であることを忘れない人は幸いです。

今日は日曜日です。

主の恵みに応答し、主を礼拝しましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

◇2011年8月20日(土)
●マタイ19:23-30「天国」
●御言葉
イエスは彼らを見つめて、「それは人間にできることではないが、神は何でもできる」と言われた。(17:26)

●黙想
天国(神の国)への道は山登りではなく、月に向かうようなものです。

山は、自力で登ることが可能です。

しかし、月は自力では不可能です。

神様は天国に向かうロケット(イエス・キリスト)を準備されました。

誰でもこのロケットに乗り込む人(信じる人)は天国に行けるのです。

これが福音です。

天国にある宝は、この世の富とは比較になりません。

主に従い、天に宝を積んで生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

◇2011年8月19日(金)
●マタイ19:13-22「永遠の命」
●御言葉
先生、永遠の命を得るには、どんな善いことをすればよいのでしょうか。(17:16)

●黙想
人がどんなに善いことをしても、永遠の命は得られません。

人の働きは不完全だからです。

永遠の命は、完全である神様がなされた善いこと(十字架による贖い)を

幼子のように受け入れる人に与えられるものです。

「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。(ローマ3:23-24)。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ19:1-12「赦し」

◇2011年8月18日(木)
●マタイ19:1-12「赦し」
●御言葉
神が結び合わせてくださったものを。人は離してはならない。(17:6)

●黙想
夫婦の絆(関係)を切り離そうとする力があります。

絆を保つために必要なのは神の愛です。

神の愛の本質は「赦し」です。

赦しには切れそうな絆を修復していく力があります。

赦しの絆が失われると、

夫婦関係のみならず、

親子関係や人間関係、

究極的には神様との関係も喪失していくのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ17:1-13「変化」

◇2011年8月14日(日)
●マタイ17:1-13「変化」
●御言葉
イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。(17:2)

●黙想
ペトロたちは、イエスは神の子メシアであると告白した後、

その告白を裏付ける決定的なシーン(山上の変貌)を目撃しました。

十字架上のイエスを見た百人隊長が「本当に、この人は神の子だった」と告白した後、

その告白を裏付ける決定的なシーン(復活)を弟子たちは目撃しました。

あなたがイエスを神の子メシアと告白するならば、

その告白を裏付ける出来事に遭遇することでしょう。

主を信じる人生には必ず変化があり、そこに信仰者の証があるからです。

今日は日曜日です。

共に主を礼拝しましょう。

今日も祝福がありますように。


※明日から三日間。御言葉メールはお休みします。byバルナバ

マタイ16:21-28「従う」

◇2011年8月13日(土)
●マタイ16:21-28「従う」
●御言葉
わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。(16:24)

●黙想
主の弟子になるためには二つの覚悟が必要です。

自分を捨てるとは、自分の思いどおりに生きるのではなく、主の御心に従って生きることです。

自分の十字架を背負うとは、御心に従う時に経験する苦難を、

キリストの苦しみに与るものとして受け入れ、背負うことです。

主に従う人の受ける報いは大きく、全世界を手に入れるよりも価値あるものなのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ16:13-20「信仰」

◇2011年8月12日(金)
●マタイ16:13-20「信仰」
●御言葉
すると、イエスはお答えになった。シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。(16:17)

●黙想
イエスは誰なのか。

人々はこの問いに対し、いろんな答えを出しました。

ペトロは「あなたはメシア、生ける神の子です」と答え、

この告白のもとに教会が建てられました。

イエスが誰なのか。

この問いに対し、あなたはどのように答えていますか。

この答えは神様が現してくださいます。

ペトロはイエス様に従い続ける中で、

イエス様が誰であるかを悟ったのです。

聞いて、信じる信仰から、

従って、体で信じる信仰に至りますように。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

◇2011年8月11日(木)
●マタイ16:1-12「教え」
●御言葉
そのときようやく、弟子たちは、イエスが注意を促されたのは、パン種のことではなく、ファリサイ派とサドカイ派の人々の教えのことだと悟った。(16:12)

●黙想
弟子たちは主が語られた言葉を勘違いし、論じ合っていました。

主は彼らを諭し、正しい理解に導かれました。

ファリサイ派とサドカイ派の人々のパン種とは、思い違いから生まれた数々の教えのことです。

彼らの教えが律法主義に向かわせたのです。

主の教えを正しく理解する秘訣は、

恵みの上に立って、主の言葉を聞き続けることです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ15:29-39「御座」

◇2011年8月10日(水)
●マタイ15:29-39「御座」
●御言葉
大勢の群衆が、足の不自由な人、目の見えない人、体の不自由な人、口の利けない人、その他多くの病人を連れて来て、イエスの足元に横たえたので、イエスはこれらの人々をいやされた。(15:30)

●黙想
群衆はイエス様が座っておられるところに病人を運んで来ました。

教会はキリストの体であり、主が座しておられるところです。

主の名によって集まっているところに、主は座しておられるからです。

病人たちが癒された時、そこに讃美が満ちあふれました。

主の名によって集まるところに主の御業と讃美があります。

主の座に近づく人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ15:21-28「信仰」

◇2011年8月9日(火)
●マタイ15:21-28「信仰」
●御言葉
しかし、女は来て、イエスの前にひれ伏し、「主よ、どうかお助けください」と言った。(15:25)

●黙想
カナンの女は娘を助けたい一心でイエス様のところに来ました。

沈黙されても、拒絶されても、なおひれ伏し、主を求め続けました。

祈りが聞かれない時もあります。

求めても得られない時があります。

それでも信じ、従い、礼拝を続ける。

それがクリスチャンです。

主は彼女の信仰をほめ、ついに彼女の願いは叶い、娘は助かったのです。

あきらめずに主を求め続ける人は幸いです。今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ15:1-20「言葉」

◇2011年8月8日(月)
●マタイ15:1-20「言葉」
●御言葉
口から入るものは人を汚さず、口から出てくる者が人を汚すのである。(15:11)

●黙想
食べ物よりも重要なのは言葉です。

どんなにおいしい料理を準備しても、その食卓で否定的な会話がなされるならば、心は満たされません。

言葉はパンより重要です。

人は神の口から出る一つ一つの言葉で生きるように設計されているからです。

「乾いたパンの一片しかなくとも平安があれば、いけにえの肉で家を満たして争うよりよい」(箴言17:1)。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ14:22-36「平安」

◇2011年8月7日(日)
●マタイ14:22-36「平安」
●御言葉
イエスはすぐ彼らに話しかけられた。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」(14:27)

●黙想
主が近くに来られても、主の言葉を聞かなければ平安はありません。

主が共におられても、主から目を離せば平安はありません。

平安な人生の秘訣は、問題に目を奪われ、問題を黙想するのではなく、

問題の中で主を求め、主の言葉を黙想することです。

今日は日曜日です。

共に主を礼拝していきましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ14:13-21「憐れみ」

◇2011年8月6日(土)
●マタイ14:13-21「憐れみ」
●御言葉
イエスは舟から上がり、大勢の群衆を見て深く憐れみ、その中の病人をいやされた。(14:14)

●黙想
憐れみのあるところに人は集まりです。

憐れみのあるところに癒しと奇跡が起こります。

憐れみのあるところに神がおられるからです。

憐れみに飢えている人がいます。

主はあなたの中にある憐れみの心を祝福し、愛に飢え渇いた人々を満たされます。

パンの奇跡は今も起こります。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ14:1-12「胸の痛み」

◇2011年8月5日(金)
●マタイ14:1-12「胸の痛み」
●御言葉
王は心を痛めたが・・・(14:9)

●黙想
領主ヘロデはヨハネを殺意を抱くほど憎んでいました。

彼は娘との約束に託け、ヨハネの首をはねましたが、

心を痛め、罪責感という重荷を背負うことになりました。

胸の痛みは、人間の心に装備された警報機です。

ヘロデは心を痛めながらも、プライドを守るために、警報を無視し、

取り返しのつかない命令をくだしてしまったのです。

心が痛むときは、主を意識する時です。

主を求める時です。

主に立ち帰り、主の御心に従う時、心は癒され、人生は祝福されます。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ13:44-58「奇跡」

◇2011年8月4日(木)
●マタイ13:44-58「奇跡」
●御言葉
人々が不信仰だったので、そこではあまり奇跡をなさらなかった。(13:58)
●黙想
なぜ、イエス様は故郷ではあまり奇跡をなさらなかったのでしょうか。

その理由は「不信仰」です。

彼らを不信仰にした理由は、人として来られたイエス様を見過ぎたためです。

イエス様は人の子として来られた神の子です。

神様の力を自分たちのレベルに落とすこと。

これが不信仰です。

「神にはできないことはない」。

そう信じる世界に奇跡は起こります。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ13:31-43「天の国」

◇2011年8月3日(水)
●マタイ13:31-43「天の国」
●御言葉
イエスは、別のたとえを持ち出して、彼らに言われた。「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」(13:31-32)

●黙想
小さなからし種の中には大きな可能性が秘められています。

種は蒔かなければ、芽を出すことも、成長することも、実を結ぶこともありません。

御言葉の種も同じです。

御言葉に従うことは種蒔きに似ています。

やがて御言葉があなたの畑(心)で成長し、天の国(神の支配)があなたの上に実現するでしょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ13:18-30「良い地」

◇2011年8月2日(火)
●マタイ13:18-30「良い地」
●御言葉
良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶのである。(13:23)

●黙想
心は畑の土に例えられます。

良い地に種を蒔くと豊かな実を結びます。

同じように、あなたの心が良い地になれば、御言葉の種は、あなたの人生に豊かな実を結びます。

たとえ良い地であっても、種を蒔かなければ実を結ぶことはありません。

御言葉を聞くことなしには、実を結ぶことはありません。

サタンは毒麦を蒔き、心を腐らせています。

自分の畑のみならず、家族や友の畑にも良い種(御言葉)を蒔き続け、刈り入れの日を待ち望みましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ13:1-17「持っている人」

◇2011年8月1日(月)
●マタイ13:1-17「持っている人」
●御言葉
持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまで取り上げられる。(13:12)

●黙想
持っている人とは、イエス様の御業を見て信じ、御言葉を聞いて従う人のことです。

持っていない人とは、イエス様の御業を見ても、聞いても信じない人のことです。

持っている人は恵みの上に更に恵みが増し加わります。

持っていない人は、与えられている神の恵みまで失ってしまいます。

持っている人は良い地に蒔かれた種のように、豊かに実を結びます。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
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