マルコ9:38-50「一杯の水」  

◎2009年1月31日(土)
●マルコ9:38-50「一杯の水」  
●御言葉
はっきり言っておく。キリストの弟子だという理由で、あなたがたに一杯の水を飲ませてくれる者は、必ずその報いを受ける。(9:41)

●一節黙想 (リビングライフより)
働きそのものは小さくても、その動機と精神によっては、大きなことにもなり得ます。神を愛する気持ちで水一杯を差し出すなら、神のための大きなものになるのです。水一杯は小さくても、それはのどが渇いた人を生かします。小さな一言が命を生かします。10万円、100万円をささげることはできなくても、米一升を誰かに与えることはでき、大きな伝道はできなくても、友人に福音を伝えることはできます。これが大きなことなのです。(ハン・ギョンジク/韓国の牧師)。※明日から二日間。御言葉メールはお休みします。
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マルコ9:30-37「愛に生きる」  

◎2009年1月30日(金)
●マルコ9:30-37「愛に生きる」  
●御言葉
わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくて、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。」(9:37)

●黙想
マザー・テレサは言いました。「わたしたちは仕事を通して、すべての人のうちにイエスをみるよう、求められています。イエスはわたしたちにおっしゃっています。飢えているのはご自分である、と。裸であるのは、ご自分である、と。渇いている人、家のない人、苦しんでいる人はご自分である、と。このことは、わたしたちにとって宝物です。この人たちはイエスなのです。一人ひとりは、苦しみの姿をとられたイエスなのです。」愛に生きる。これが神を受け入れることなのです。今日もキリストを発見できますように。御名によって祝福します。byバルナバ

マルコ9:14-29「Yes jesus can」  

◎2009年1月29日(木)
●マルコ9:14-29「Yes jesus can」  
●御言葉
イエスは言われた。「『できれば』と言うのか。信じる者には何でもできる。」(9:23)

●黙想
オバマ大統領は「Yes we can」と語りました。「できる」と信じる心は大切です。しかし、ここでイエス様が父親に語っている「信じる者」とは、奇蹟を信じる者ではなく、キリストを信じる者のことです。「人にはできないが神にはできる。神にはできないことはない」。そう信じ、イエス様に求めることが大切なのです。父親は「信じます。信仰のないわたしをお助けください」と、イエス様を求めたとき、息子は救われました。今日も、主を求めて祈りましょう。祝福がありますように。byバルナバ

マルコ9:1-13「御言葉生活」

◎2009年1月28日(水)
●マルコ9:1-13「御言葉生活」  
●御言葉
これはわたしの愛する子、これに聞け。(9:7)
●黙想
三人の弟子は、イエス様が神の子キリストであることをリアルに体験します。このとき、彼らは天の父なる神の声を聞きました。この声は、あなたにも語られている声です。「これに聞け」とは、キリストに聞けということです。今日、イエス・キリストがあなたに何を語っておられますか。日々、主の声を聞いて生きるためには、聖書が必要です。聖書は神の言葉だからです。御言葉に生きる、御言葉に生かされる生活。これが祝福された人生であり、クリスチャンライフです。主の御名によって祝福します。

マルコ8:27-38「わたしに従いなさい」  

◎2009年1月27日(火)
●マルコ8:27-38「わたしに従いなさい」  
●御言葉
わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。(8:34)

●黙想
キリストに従うとは、神様に従うことです。人は神様に従って生きる時、本当の幸せを得ます。なぜなら、人は神様と共に生きる存在として造られているからです。あなたは毎日を神様と共に生きていますか。神様と共に生きるとは、神の御心が示されている聖書の言葉(御言葉)に従って生きることです。人の思いよりも、神様の思い(御言葉)に従って生きる人は幸いです。今日も祝福を祈ります。

マルコ8:11-26「心配するな」

◎2009年1月26日(月)
●マルコ8:11-26「心配するな」  
●御言葉
弟子たちは、これは自分たちがパンを持っていないからなのだ、と論じ合っていた。(8:16)

●一節黙想 (リビングライフより)
五つのパンと二匹の魚と、七つのパンと二匹の魚という奇蹟の現場にいた弟子たちが、またパンのために心配する姿を見ることになります。弟子たちだけでしょうか?私たちが5年、10年前に直面し、神に叫んだとき、神は私たちの祈りに答えてくださり、苦しみの中から私たちを助け出してくださいました。しかしきょうの逆境、今、直面している状況の中で、私たちは再び心配しています。弟子たちの姿の中に、私たちの姿を見ることができます。(イ・ドンウォン/韓国の牧師)

マルコ7:31-8:10「癒し主を求める」

◎2009年1月25日(日)
●マルコ7:31-8:10「癒し主を求める」  
●御言葉
イエスは人々に、だれにもこのことを話してはいけない、と口止めされた。しかし、イエスが口止めをされればされるほど、人々はかえってますます言い広めた。(7:36)

●黙想
イエス様は癒された人と、それを見ていた人たちに口止めされました。それは、奇跡的な出来事だけが一人歩きすると、癒し主を求める信仰ではなく、癒しを求める御利益信仰に陥る危険性をご存じであったからです。あなたはどちらを求めていますか。今日は日曜日です。主を求めて近づきましょう。主はすべての必要を満たしてくださるお方です。今日も祝福を祈ります。

マルコ7:24-30「痛みの意味」  

◎2009年1月24日(土)
●マルコ7:24-30「痛みの意味」  
●御言葉
女はギリシア人でシリア・フェニキアの生まれであったが、娘から悪霊を追い出してくださいと頼んだ。(7:26)

●一節黙想 (リビングライフより)
「痛みがなければできない祈りがある。痛みがなければ信じることのできない奇蹟がある。痛みがなければ近寄ることのできない聖域がある。痛みがなければ私は人間ではあり得ない。」小説家三浦綾子の言葉です。神は時に否定的な状況を、私たちのための訓練の道具として用いられます。それは過酷ですが痛みなのです。墓場さえも恵みの場に変えることのできる神様に頼ってください。(ホン・ジョングン/イエス様にピタッとくっついて生きよう」の著者)

マルコ7:1-13「内面のきよめ」  

◎2009年1月23日(金)
●マルコ7:1-13「内面のきよめ」  
●御言葉
外から人の体に入るもので人を汚すことができるものは何もなく、人の中から出てくるものが、人を汚すのである。(7:15)

●一節黙想 (リビングライフより)
悪い考えを悪い行動よりも軽く見なす姿勢は非常に危険です。人は行動よりも考えによってさらに不道徳になるものだからです。人が悪い考えをそのまま放置しておけば、その悪い考えによって、自分が犠牲になってしまいます。悪い考えの犠牲にならないためには、自分の心と考えを守らなければなりません。私たちの内なる人がきよめられるように。神に祈らなければなりません。(チャールズ・スポルジョン・19世紀の清教徒説教家)

マルコ7:1-13「品性に関心を」  

◎2009年1月22日(木)
●マルコ7:1-13「品性に関心を」  
●御言葉
この民は、口先ではわたしを敬うが、その心は、わたしから遠く離れている。人間の戒めを教えとしておしえ、むなしくわたしをあがめている。(7:6b-7)

●一節黙想 (リビングライフより)
イエスは誤った動機で神を礼拝するパリサイ人たちに対して、うわべだけを飾る人々だと言われました。彼らは神を愛する心ではなく、自分たちを偉大に見せて、自分たちの地位を高めようとする心で神を礼拝しました。私たちも品性よりも容貌や評判に関心を持つとき、心は神と遠く離れていながらも、宗教儀式だけに心を注ぐとき、自分の徳と他の人の罪を指摘するとき、うわべだけの人になってしまうのです。(グラント・オズボーン・聖書注釈家)

マルコ6:45-56「足を止めて」

◎2009年1月21日(水)
●マルコ6:45-56「足を止めて」
●御言葉
群衆と別れてから、祈るために山へ行かれた。(6:46)

●一節黙想 (リビングライフより)
弟子たちは歩みを止めて祈られたイエスの姿をよく見ていましたが、その方の手本に従うことはできませんでした。神は私たちが立ち止まって祈れば、状況に合う知恵を与えてくださいます。ただし、それは神に心と人生を捧げた人々にだけ与えられるのです。・・・(チャールズ・スタンリー・アメリカの牧師)

マルコ6:30-44「溢れる恵み」  

◎2009年1月20日(火)
●マルコ6:30-44「溢れる恵み」  
●御言葉
そして、パンの屑と魚の残りを集めると、十二の籠にいっぱいになった。(6:43)

●一節黙想 (リビングライフより)
今の信仰生活に安住するならば、神を体験する人生は極度に制限されます。いくら満たされた信仰生活であっても、神に関してもっと知り、経験することには終わりがありません。神とどれぐらい幸せな時間を送っていても、聞かなければならない御言葉は依然としてあふれています。去年と変わらない信仰生活を望むのではなく、神の御言葉を毎日深く悟り、より成長することを望んでください。(リチャード・ブラッカビー・「制限を受けられない神」の著者)

マルコ5:21-34「主に委ねる」

◎2009年1月17日(土)
●マルコ5:21-34「主に委ねる」  
●御言葉
イエスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心していきなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい」(5:34)

●一節黙想 (リビングライフより)
長血をわずらっていた女性は、卑しい罪人としてイエス・キリストの御前に出て、イエスの憐れみに自分を委ねました。すると、真実な信仰をもってただ一度触れただけで、それまでの数え切れない苦しみが消え去る奇蹟が起こりました。信仰によってたった一度イエスに委ねたことが、悲しみに覆われた数多くの歳月よりも効果があったのです。イエス・キリストに直接求めることは、神の平安を得る真の秘訣です。(ジョン・ライル・ピューリタン説教者) ※明日、明後日、御言葉メールはお休みします。

マルコ5:1-20「証」

◎2009年1月16日(金)
●マルコ5:1-20「証」  
●御言葉
イエスはそれを許さないで、こう言われた。「自分の家に帰りなさい。そして身内の人に、主があなたを憐れみ、あなたにしてくださったことをことごとく知らせなさい。」(5:19)

●一節黙想 (リビングライフより)
神が私たちを用いられる時、私たちは長い間の準備と経験を持った人が必要であると思いますが、実際はそうではありません。私たちは神を証しする人は良い評判を持つ人だろうと思いますが、実際はそうではありません。必要なのはただ一つです。イエスに出会った経験と、その経験を話そうとする意志さえあれば良いのです。主がどんなに偉大なことをしてくださったかを大胆かつ真剣に話せばよいのです。(クリス・ティグリーン・キリスト教著述家)

マルコ4:26-41「恐れの克服」

◎2009年1月15日(木)
●マルコ4:26-41「恐れの克服」  
●御言葉
弟子たちは非常に恐れて、「いったい、」この方はどなたなのだろう。風や湖さえも従うではないか」と互いに言った。(4:41)

●一節黙想 (リビングライフより)
イエスの権威に接した所には、新たな恐れが起こります。弟子たちを極度に恐れさせた風と波さえも、その方の前では静まりました。弟子たちは、嵐よりもさらに上におられる方がいるということを知ります。それならば、その方と一緒にいることはどれほど安全なことでしょうか。私たちが本当に恐れなければならない方の前に立つとき、かつて私たちを恐れさせたものは、もはや恐怖ではなくなるのです。(チェ・スンラク・韓国の新約学教授)

マルコ4:13-25「聞く準備」

◎2009年1月14日(水)
●マルコ4:13-25「聞く準備」  
●御言葉
良い地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて受け入れる人たちであり、ある者は三十倍、ある者は六十倍、ある者は百倍の実を結ぶのである。(4:20)

●一節黙想 (リビングライフより)
良い地は、御言葉を聞いて実を結ぶ上で大変重要です。神の御言葉を聞く前に、心の準備をしてください。祈りによって心を清めてください。神の御言葉を聞くために、私たちの心を真剣に準備する習慣を身につけるならば、神はその方の栄光と私たちの喜びのために、より驚くべき力をもって語られることでしょう。静かな時間に祈りながら、神の御言葉が私たちの畑により一層深く植え付けられるよう求めてください。(ジョン・パイパー・アメリカの牧師)

マルコ3:20-35「御心を行う」  

◎2009年1月13日(火)
●マルコ3:20-35「御心を行う」  
●御言葉
そして、聞く耳のある者は聞きなさい」と言われた。(4:9)

●一節黙想 (リビングライフより)
毎朝黙想する御言葉を、人間的な考えではなく、私に与えられた神の御言葉として受け取ってください。その御言葉の中には、今日のわたしのための、神の御心が込められています。また、その御言葉は、私をきよめ、私を変え、私を整え、私を養い、私を「世の中に送る神の手紙」としてくれるのです。毎朝、信仰を持って御言葉を受け取ってください。(オ・デウォン:YWAM設立者)

マルコ3:7-19「そばに置くため」

◎2009年1月11日(日)
●マルコ3:7-19「そばに置くため」  
●要約 (リビングライフより)
イエスに関する噂を聞き、各地から人々が集まってきます。イエスは山に登られ、人々を呼ばれます。そして、12人を別に選び、伝道に遣わし、悪霊を追い出す権威を与えられます。
●御言葉
そこで、十二人を任命し、使徒と名付けられた。彼らを自分のそばに置くため、また、派遣して宣教させ、悪霊を追い出す権能を持たせるためであった。(3:14-15)

イエス様は12人の弟子たちを選びました。

その目的は自分のそばに置いて、力を授け、宣教のために派遣するためでした。

もし、あなたがイエス様の招きに答え、イエス様に従っているならば、イエス様はいつもあなたの側にいて、必要な力を授けてくださいます。

神の国には派遣切りはありません。

終身保証です。

主は最後まで見捨てません。

主と共に歩む人は幸いです。

今日は日曜日。共に主を礼拝しましょう。byバルナバ

マルコ2:23-3:6「安息日の主」

◎2009年1月10日(土)
●マルコ2:23-3:6「安息日の主」  
●要約 (リビングライフより)
安息日に弟子たちが麦の穂を取って食べていると、パリサイ人たちが非難します。イエスは安息日の意味に対して語り、会堂に入り、片手のなえた人を癒されます。これを見たパリサイ人たちは、イエスを殺そうと相談し始めます。

●御言葉
だから、人の子は安息日の主である。(2:28)

ファリサイ派の人々は安息日の律法を守るために多くの規則を作り、守らない人を裁きました。

彼らは律法を神(絶対化)とし、イエス様をも裁いたのです。

絶対者はただ一人です。

もし安息日(律法)が主(絶対者)であるならば、イエス様は絶対者でく、彼らの行為は間違っていません。

しかし、イエス様は絶対者であり、安息日の主なのです。

神は愛です。

愛は律法にまさります。

律法は主(愛)に仕えるために与えられたものです。

律法を主として生きるのではなく、イエス(愛)を主として生きる人となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

マルコ2:13-22「罪人を招くため」  

◎2009年1月9日(金)
●マルコ2:13-22「罪人を招くため」  
●要約 (リビングライフより)
イエスはレビを弟子として呼ばれます。そして、レビの家で取税人や罪人たちと食事をされます。これを見て、非難する律法学者たちに、イエスは「わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来た」のだと語られます。

●御言葉
医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。(2:17)

物理学者であり、宗教哲学者でもあるパスカルは言いました。

「自分の悲惨を知らずに神を知ることは、傲慢をうむ。神を知らずして自己の悲惨を知ることは、絶望をうむ」と

幸いな人とは、自分の罪深さを知り、そんな自分をも招き、救ってくださる神を知る人です。

キリストは絶望の中にある人に希望の光を与えるために来られました。

レビのように、主の招きに応答し、立ち上がって、従う人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マルコ2:1-12「信仰の友」

◎2009年1月8日(木)
●マルコ2:1-12「信仰の友」  
●要約 (リビングライフより)
中風患者が四人の人に担がれて、イエスの元に連れて来られます。イエスはその人に罪の赦しを宣言し、ご自分に罪を赦す権威があることを示されます。その人が起きあがり、床を取り上げて出て行くと、人々は神に栄光を返します。

●御言葉
イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、「子よ、あなたの罪は赦される」と言われた。(1:5)

中風の人は寝たきりで、自力でイエス様の元に行くことはできませんでした。

彼を救ったのは信仰の友です。

彼らは群衆に阻まれましたが、あきらめず、屋根に穴を開けて、イエス様の所に連れて行きました。

彼らの信仰が彼を救ったのです。

あなたは信仰の友がいますか。

助けてくれる友は探さなくても必ず与えられます。

大切なのは助けなければならない友を探すことです。

御名によって祝福します。byバルナバ

マルコ1:35-45「朝の祈り」  

◎2009年1月7日(水)
●マルコ1:35-45「朝の祈り」  
●要約 (リビングライフより)
イエスは朝早く、寂しい所で祈られました。イエスは福音を知らせるためにこの地に来たと言い、会堂で教え、悪霊を追い出されました。また、ツァラアトに犯された人をいやされ、そのうわさを聞いた人々は、イエスのもとに集います。

●御言葉
朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて人里離れた所へ出て行き、そこで祈ったおられた。(1:35)

イエス様の一日は祈りから始まりました。

祈りは人間の本質であり、人間は祈る存在として造られています。

朝、15分の祈りがあなたの人生(運命)を変えます。

祈りは自分を変えます。

自分が変われば生き方が変わり、人生が変わるのです。

朝になると祈る習慣が身に付きますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

マルコ1:16-34「網を捨てて」

◎2009年1月6日(火)
●マルコ1:16-34「網を捨てて」  
●要約 (リビングライフより)
シモンとアンデレ、ヤコブとヨハネは、ガリラヤ湖でイエスの召しを受けます。彼らは網を捨て、すぐにイエスに従いました。イエスはカペナウムの会堂でみことばを教え、町々を回り、病気の人々を癒し、悪霊を追い出されました。

●御言葉
二人はすぐに網を捨てて従った。(1:18)

弟子たちは「わたしについてきなさい」とイエス様に招かれたとき、

網を手放してイエス様に従いました。

イエス様に従うとは、イエス様の手を握ることです。

弟子たちはイエス様の手を握るために網を手放しました。

「イエス様」と「網」。

どちらが大切か。

答えは明白です。

網は魚はすくえても、魂は救えません。

イエス様の手を握り、天国まで一緒に旅ができる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マルコ1:1-15「天使のように」  

◎2009年1月5日(月)
●マルコ1:1-15「天使のように」  
●要約 (リビングライフより)
バプテスマのヨハネは、主の道を備え、悔い改めの洗礼を告げます。イエスはヨハネから洗礼を受け、聖霊に導かれ、40日間荒れ野で試みを受けられます。そして、すべてに勝利された後、ガリラヤに行き、神の国の福音を伝えられます。

●御言葉
それから霊はイエスを荒れ野に送り出した。イエスは四十日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた。その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた。(1:12-13)

今日からマルコ福音書に入ります。

荒れ野は静かで寂しく危険な場所です。

そこにはサタンの誘惑や野獣の脅威もありました。

しかし、イエスの周りには天使が仕えていました。

この世は荒れ野です。

誘惑する者、攻撃する者もいますが、仕えて生きる人もいます。

悪魔のようにではなく、天使のように、人に仕えて生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

出エジプト20:1-17「愛の遺産」  

◎2009年1月4日(日)
●出エジプト20:1-17「愛の遺産」  
●要約 (リビングライフより)
神はイスラエルの民をエジプトでの奴隷生活から導き出された主です。モーセは神から受けた十戒をイスラエルの民に宣告します。神を愛し、神のおきてを守る人々には、千代にまでその恵みが臨みます。

●御言葉
わたしを愛し、わたしの戒めを守る者には、幾千代にも及ぶ慈しみを与える。(20:6)

神を愛し、御言葉を守る者は、子孫に最高の遺産を残すことになります。

この世の財産は朽ち、争いの元になりますが、愛の遺産は、朽ちることなく、平和の元になります。

今日は日曜日です。

共に主を礼拝しましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

イザヤ49:1-7「愛の力」  

◎2009年1月3日(土)
●イザヤ49:1-7「愛の力」  
●要約 (リビングライフより)
主のしもべは母の胎内にいる時から召された者です。神が彼を鋭いやとされ、彼は神の栄光を現します。彼はイスラエルの中にとどめられている者たちを立ち返らせ、異邦の怒りとし、神の救いを地の果てまで伝えます。

●御言葉
主の御目にわたしは重んじられている。わたしの神こそ、わたしの力。(49:5a)

あなたは母の胎内にいる時から、神様に愛されている存在です。

この世にあなたが生まれたのは、神様に呼び出されたからなのです。

神様はあなたに目をかけ、

あなたを必要とし、

あなたのためなら死んでもよい、と言ってくださるお方です。

この神の愛こそ、あなたの力の源です。

今日も神の愛の力に満たされて一日を始めましょう。

御名によって祝福します。byバルナバ

一ヨハネ4:7-21「神の愛」  

◎2009年1月2日(金)
●一ヨハネ4:7-21「神の愛」  
●要約 (リビングライフより)
神は愛です。神がまず私たちを愛されたゆえに、私たちは互いに愛さなければなりません。私たちが愛するとき、神が私たちの中におられ、私たちの中で主の愛が全きものとなります。神を愛する人は、兄弟をも愛するべきです。

●御言葉
わたしたちが愛するのは、神がまずわたしたちを愛してくださったからです。(4:19)

互いに愛し合うこと。これが私たちに対する神様の願いです。

互いに愛し合うためには、まず神様に愛されていることを知る必要があります。

神様の愛を知って、神様の愛を感じ、神様の愛に満たされてこそ、人を愛することができるようになるのです。

神は愛です。

いつもあなたの心が神の愛で満たされ、あふれ出ますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

申命記6:4-19「主の言葉を覚えよ」  

◎2009年1月1日(木)
●申命記6:4-19「主の言葉を覚えよ」  
●要約 (リビングライフより)
最高のおきては、主なる神を信頼することです。イスラエルの民は責任を持って、このおきてを教え、伝えなければなりません。それだけでなく、約束の地に入れば、神を覚え、神に仕え、その命令に従わなければなりません。

●御言葉
今日わたしが命じるこれらの言葉を心に留め、子供たちに繰り返し教え、家に座っているときも道を歩くときも、寝ているときも起きているときも、これを語り聞かせない。さらに、これをしるしとして自分の手に結び、覚えとして額に付け、あなたの家の戸口にも門にも書き記しなさい。(6:6-9)

新年あけましておめでとうございます。

今年も主の言葉を心に留め、メールやブログを通して主の言葉を書き記していきます。

今年もよろしくお願いします。byバルナバ
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