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一コリント16:1-12「募金の勧め」

◎2008年11月29日(土)
●一コリント16:1-12「募金の勧め」  
●要約 (リビングライフより)
パウロは週の初めの日に、献金の分をとっておくように勧めます。彼は献金をもってエルサレムに行く際、コリント教会を訪ねると言います。また、テモテを敬うことと、アポロがコリント教会を訪問しないだろうと告げます。

●御言葉
聖なる者たちのための募金については、わたしがガラテヤの諸教会に指示したように、あなたがたも実行しなさい。(16:1)

この募金(献金)は、通常の献金とは別に捧げらるものです。

パウロは募金を集めて、厳しい迫害と貧しさの中にあるエルサレム教会をサポートしたのです。

明日からアドベントに入り、クリスマスを待ち望みます。

この季節、教会にもいろんな団体や施設から募金要請が届きます。

今年のクリスマス。

あなたもどこかに募金し、実践してみませんか。

そうすれば神様の祝福が豊かに注がれるでしょう。

なぜなら、神様は分け与えて生きる人を喜ばれるからです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ 
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一コリント15:50-58「主の報い」  

◎2008年11月28日(金)
●一コリント15:50-58「主の報い」  
●要約 (リビングライフより)
終わりのラッパの音が鳴ると、すべての聖徒は一瞬にして変化し、朽ちないからだを着ます。罪と死はイエスによって完全に滅びます。聖徒はイエスが再び来られる時まで、堅く立って、主の働きに力を尽くさなければなりません。

●御言葉
主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです。(15:58b)

苦労は報われてこそ喜びになります。

報われない苦労はむなしいのです。誰が報いてくださるのでしょうか。

もし、死がすべての終わりであるならば、報われない苦労もあります。

しかし、イエス様は復活し、死に打ち勝ったのです。

主に結ばれている人は、たとえこの世で報われなくても満足です。

なぜなら、神様が死から甦らせ、天国で最高の報いを与えてくださると信じるからです。

主に結ばれて苦労する人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ 

一コリント15:35-49「復活の体」  

●要約 (リビングライフより)
万物の姿が多様で、その栄光も多様なように、復活後の姿と栄光も多様です。復活は朽ちないもので、栄光に満ちたもの、強いものであり、御霊に属するからだとして再び生きることです。私たちは天におられる方のかたちを着ます。

●御言葉
死者の復活もこれと同じです。蒔かれるときは朽ちるものでも、朽ちないものに復活し、蒔かれるときは卑しいものでも、輝かしいものに復活し、蒔かれるときには弱いものでも、力強いものに復活するのです。(15:42-43)

種は地に落ちて死ぬことによって、豊かな実を結びます。

復活の時、神様が与えてくださる新しい肉体は、古い体をリサイクルしたものではありません。

パウロは復活の体は、朽ちることのない霊の体であり、輝かしく、力強いものだと語ります。

死の向こう側に新しい世界が待っている。

キリストの復活を信じ、死者の復活を信じつつ、人生の終末を迎えることのできる人は幸いです。byバルナバ 

一コリント15:29-34「良い習慣」  

◎2008年11月26日(水)
●一コリント15:29-34「良い習慣」  
●要約 (リビングライフより)
復活がなければ、死者のゆえにバプテスマを受け、敢えて危険を覚悟する必要がなく、明日は死ぬのだからと飲み食いをするでしょう。復活を信じる人は目を覚まし、復活に関して尋ねる人々に答える準備ができていなければなりません。

●御言葉
悪いつきあいは、良い習慣を台無しにする。(15:33)

「いかに幸いなことか。神に逆らう者の計らいに従って歩まず、罪ある者の道にとどまらず、傲慢な者と共に座らず、主の教えを愛し、その教えを昼も夜も口ずさむ人。その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び、葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。(詩編1:1-3)。

御言葉を口ずさむ習慣。

ここに祝福の道があります。

良き習慣を身につけ、保つことができますように。

御名によって祝福します。byバルナバ 

一コリント15:20-28「復活」  

◎2008年11月25日(火)
●一コリント15:20-28「復活」  
●要約 (リビングライフより)
復活されたイエスは、眠った者の初穂となられ、キリストにあってすべての人が、定められた順序通り、いのちを得ます。キリストはあらゆる支配と、権威と権力を滅ぼし、救いを完成された後、その国を父なる神にお渡しになります。

●御言葉
しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。(15:20)

キリストは復活の初穂です。

眠りについた人たちは、キリストが死者の中から復活したように、復活する時が来るとパウロは語ります。

クリスチャンは洗礼を受けた時、永遠の命が与えられ、永遠の世界に生きる者となりました。

クリスチャンは死は終わりではなく、キリスト共に歩む永遠の世界の始まりです。

キリストにあって眠りにつく人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ 

一コリント15:12-19「復活」  

◎2008年11月24日(月)
●一コリント15:12-19「復活」  
●要約 (リビングライフより)
キリストの復活が偽りであるなら、私たちの信仰もむなしく、復活を伝える人々も偽る者となってしまいます。聖徒は依然として罪の中におり、イエスを信じる私たちは、世で最も哀れな者となってしまいます。

●御言葉
死者の復活がなければ、キリストも復活しなかったはずです。(15:13)

十字架と復活はキリスト教信仰の両輪であり、基盤です。

十字架のない信仰も、復活のない信仰もキリスト教ではありません。

キリストの復活は、私たちを死と滅びの世界から救い出すためのものであり、もし、死者の復活がないなら、キリストは復活する必要も、十字架にかかる必要もなかったのです。

キリストの復活を信じ、自らの復活も信じて生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ 

一コリント15:1-11「神の恵み」

◎2008年11月23日(日)
●一コリント15:1-11「神の恵み」  
●要約 (リビングライフより)
イエスの復活は聖書の通りに成就されました。復活されたイエスは、ケパ、12弟子、500人以上の兄弟、ヤコブ、すべての使徒、そしてパウロに現れました。パウロは自分の人生のすべてが、神の恵みによるものであることを告白します。

●御言葉
神の恵みによって今日のわたしがあるのです。そして、わたしに与えられた神の恵みは無駄にならず、わたしは他のすべての使徒たちよりずっと多く働きました。しかし、働いたのは、実はわたしではなく、わたしと共にある神の恵みなのです。(15:10)

パウロは復活のキリストに出会うことによって、人生が180度変わりました。

彼は神の恵みによって生かされ、神の恵みによって満たされ、神の恵みによって働きました。

神と共に歩む。

これにまさる恵みはありません。

今日は日曜日です。

共に主を見上げて、神を礼拝しましょう。byバルナバ 

一コリント14:26-40「秩序の神」

◎2008年11月22日(土)
●一コリント14:26-40「秩序の神」  
●要約 (リビングライフより)
複数の人が異言や預言を話す場合、順序に従って話し、すべてのことを徳を高めるために行います。預言の賜物を受けた女たちも、教会では静かに従わなければなりません。すべてのことを秩序をもって、適切に行います。

●御言葉
神は無秩序の神ではなく、平和の神だからです。(14:33a)

神様は秩序の神であり、平和の神です。

神様は「光あれ」と言葉を発して、混沌とした世界に秩序ある世界を創造されました。

エデンの園は秩序ある平和な世界であり、そこは楽園、神の国でした。

アダムとエバは、サタンの誘惑に負けて、神の秩序を破り、楽園を失いました。

秩序を失った世界は平和を失い、争いが生じます。

神様はイエス様を遣わして、再び秩序を回復し、平和の世界(天国)を用意してくださりました。

神の平和が皆さんの上にありますように。

御名によって祝福します。byバルナバ 

一コリント14:13-25「成熟」  

◎2008年11月21日(金)
●一コリント14:13-25「成熟」  
●要約 (リビングライフより)
パウロは異言を語る人に解き明かしの賜物を求めるように勧めます。異言で一万語話すよりも、知性によって五つの言葉を話す方が良いと語ります。異言は信じていない人のためのしるしであり、預言は信者のためのしるしです。
●御言葉
兄弟たち、物の判断については子供となってはいけません。(14:20a)

コリントの教会の人たちは、霊的な賜物である異言や預言の用い方については、正しい判断ができずに、教会内に混乱がありました。

神の国に入るには幼子のような信仰が必要ですが、物を判断することにおいては、幼子であってはいけないのです。

神に知恵を求め、成熟した大人のクリスチャンとなって、御心にかなう正しい判断をすることができますように。

御名によって祝福します。byバルナバ 

一コリント14:1-12「霊的な賜物」

◎2008年11月20日(木)
●一コリント14:1-12「霊的な賜物」  
●要約 (リビングライフより)
パウロは愛によって求め、特に預言の賜物を求めなさいと勧めます。異言は個人の徳を高めますが、預言は教会の徳を高めるからです。解き明かしのない異言は、その意味を知ることができず、教会の徳を高めることはできません。

●御言葉
愛を追い求めなさい。霊的な賜物、特に預言するための賜物を熱心に求めなさい。(14:1)

霊的な賜物とは、信仰者に与えられる特別な賜物です。

異言は自分自身を造り上げ、預言は教会を造り上げていきます。

預言とは、未来を占う予言ではなく、神から預けられた言葉です。

聖書は預言の言葉で満ちています。

この言葉が人を造り上げ、励まし、慰めるのです。

神は愛です。

神を追い求め、神様が与えてくだる霊的な賜物が与えられ、神の言葉を語る者となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ 

一コリント13:1-13「愛の賛歌」

◎2008年11月19日(水)
●一コリント13:1-13「愛の賛歌」  
●要約 (リビングライフより)
愛がなければ、異言、預言の賜物、山を動かすほどの信仰、慈善などは、何にもなりません。愛は寛容で、高慢にならず、不義を喜ばず、すべてを期待して耐え忍びます。信仰と希望と愛は永遠ですが、その中で最高のものは愛です。

●御言葉
愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。(13:4-7)

これが神の愛であり、キリストはこの愛に生きた人であり、この愛を持ってあなたを愛してくださいました。

この愛から引き離すものはなく、この愛は決して廃れることはありません。

神に愛され、愛する者となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

一コリント12:22-31「共に生きる」  

◎2008年11月18日(火)
●一コリント12:22-31「共に生きる」  
●要約 (リビングライフより)
神にあって、弱く、あまり重要でない人などいません。聖徒は争いなく、互いに痛みと栄光を共に味わう、キリストのからだであり、各器官です。神は教会の中に様々な奉仕を与えられ、仕えるようにされます。

●御言葉
一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。(12:26-27)

教会はキリストの体であり、クリスチャンはその肢体です。

体の一部が怪我をすると、その痛みは全体に広がり、他の部分が補います。

右足を怪我すると、手はその足をさすり、左足が右足を支えるように、互いに支え合い、補い合って生きる。

これが神様の御心です。

泣く者と共に泣き、喜ぶ者と喜ぶ人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ 

一コリント12:1-11「イエスは主である」

◎2008年11月16日(日)
●一コリント12:1-11「イエスは主である」  
●要約 (リビングライフより)
クリスチャンは聖霊の導きに従って生き、聖霊によってイエスを主であると告白します。賜物、奉仕、働きは多様ですが、それをくださる聖霊はおひとりです。聖霊はすべての人の益のために、御心のままに、賜物を分け与えられます。

●御言葉
神の霊によって語る人は、だれも「イエスは神から見捨てられよ」とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」とは言えないのです。(12:3)

クリスチャンとは「イエスは主である」と告白する人です。

この告白ができるのは、神の霊(聖霊)によります。

一人一人の賜物、奉仕、働きは異なります。

また、国籍や人種や性格が異なります。

しかし、イエスを主と告白する信仰において、みんな神の家族です。

世界中に大勢の家族がいる。

それがクリスチャンです。

家族を愛していますか。

今日は日曜日です。

共に主を礼拝し、共に良き交わりがなされますように。

御名によって祝福します。byバルナバ 

一コリント11:17-34「聖餐」

◎2008年11月15日(土)
●一コリント11:17-34「聖餐」  
●要約 (リビングライフより)
パウロは、主の晩餐に空腹な者や酔っている者もいるという問題について責めます。主のパンと杯にふさわしくないまま食べ、飲むなら、主のからだと血に対して罪を犯すことになります。そのため、互いに配慮することを勧めます。

●御言葉
だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです。(11:26)

命のパンを食べ、救いの杯を飲み、主にあって一つになる。

これが聖餐です。

♪マラナタ♪ 

1.主の食卓を囲み 命のパンを頂き 救いの杯を飲み 主にあって我らは一つ 

マラナタ マラナタ 主の御国が来ますように。

2.主の十字架を想い 主の復活をたたえ 主の御国を待ち望み 主にあって我らは生きる 

3.主の呼びかけにこたえ 主の御言葉に従い 愛の息吹に満たされ 主にあって我らは歩む。

今日も祝福がありますように。byバルナバ 

一コリント11:1-16「キリストに倣う」  

◎2008年11月14日(金)
●一コリント11:1-16「キリストに倣う」  
●要約 (リビングライフより)
女のかしらは男であり、男のかしらはキリストであり、キリストのかしらは神です。女は権威の下にあるしるしとして、公的な礼拝において頭にかぶり者を着なければなりません。しかし、男女は神の被造物としては同等です。

●御言葉
わたしがキリストに倣う者であるように、あなたがたもこのわたしに倣う者となりなさい。(11:1)

パウロに倣うとは、パウロのようにキリストに倣って生きることです。

キリストの頭は神であり、キリストは神に仕え、人を愛しました。

パウロは、このキリストに倣ったのです。

神に仕え、人を愛して生きる者となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ 

一コリント10:23-33「本当の自由」  

◎2008年11月13日(水)
●一コリント10:23-33「本当の自由」  
●要約 (リビングライフより)
すべてのことが有益ではなく、すべてのことが徳を立てるのでもありません。聖徒は自分の利益ではなく、他の人の利益を追求します。食べるにせよ飲むにせよ、何をするにせよ、神の栄光のためにすることが、真の聖徒の生き方です。

●御言葉
だれでも、自分の利益ではなく他人の利益を追い求めなさい。(10:24)

パウロは他人の利益(救い)のためなら、自由を放棄する自由をもっていました。

これが本当の自由であり、ここに愛があります。

愛とは、他者のために自らの益を捨て、相手の益のために仕えることなのです。

キリストは私たちに最高の益(永遠の命)を与えるために、自らの命を十字架で捨ててくださったのです。

ここに愛があります。

受けるよりは与える方が幸いなのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ 

一コリント10:14-22「偶像礼拝を避けよ」  

◎2008年11月12日(火)
●一コリント10:14-22「偶像礼拝を避けよ」  
●要約 (リビングライフより)
イスラエルの民が供え物を食べることで、祭壇にあずかるように、偶像への供え物を食べることは、悪例との交わりにつながるものです。聖徒は主の食事と悪霊の食卓に同時に座ることはできません。

●御言葉
わたしの愛する人たち、こういうわけですから、偶像礼拝を避けなさい。(10:14)

クリスチャンは神以外のものを礼拝しません。

たとえ偶像の前に行っても、礼拝しなければ問題はありません。

コリントの人たちは偶像の前で飲食をしても平気でいました。

パウロは聖餐が主との交わりであるように、偶像の前での飲食は、偶像の背後にいる悪霊と交わることになると注意ました。

異境の地日本では偶像は避けられません。

たとえ偶像は避けられなくても、偶像礼拝は避けるべきなのです。

主をのみ礼拝する人は幸いです。今日も祝福がありますように。byバルナバ 

一コリント10:1-13「逃れの道」

◎2008年11月11(火)
●一コリント10:1-13「逃れの道」  
●要約 (リビングライフより)
神の奇跡を経験しても、偶像崇拝、不品行、つぶやきの罪に陥ったイスラエルは、私たちにとっての鏡であり、警告です。恵みの後につまずかないよう、注意しなければなりません。神は耐えられないような試練は与えられません。

●御言葉
あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。(10:13)

どれだけ多くの人がこの御言葉によって支えられてきたことでしょう。

神がモーセを遣わし、エジプトから救い出されたように、神はキリストを遣わし、私たちをあらゆる苦しみから救い出してくださいます。

キリストに従う道に、逃れの道が準備されています。

どんな試練もキリストにあって必ず益に変わります。

主の祝福がありますように。byバルナバ 

一コリント9:19-27「キリスト者の自由」  

◎2008年11月10日(月)
●一コリント9:19-27「キリスト者の自由」  
●要約 (リビングライフより)
パウロは一人でも多くの人を救うために、律法をもたない人には、律法を持たない人のように、弱い人には弱い人のようになったと告白します。聖徒は朽ちない冠を得るために自制し、努力しなければなりません。

●御言葉
わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。(9:19)

「自由」を主張しながらも、自制できずに不自由なことがあります。

宗教改革者ルターは、「キリスト者の自由」という書物の冒頭で、「キリスト者はすべてのものの上に立つ自由な主人であって、だれにも服しない」「キリスト者はすべてのものに仕える僕であって、だれにでも服する」という二つの命題を掲げています。

パウロは、愛するために、自らの自由をも放棄できる自由を持っていたのです。

今日も神様の祝福を祈ります。byバルナバ 

一コリント9:13-18「幸運な人」  

◎2008年11月9日(日)
●一コリント9:13-18「幸運な人」  
●要約 (リビングライフより)
福音を伝える人々は、その働きによって生活の糧を得ますが、パウロはそのような権利さえも主張しなかったと明かします。彼は召されて福音を伝えるとき、報酬を求めず、使徒の権利を放棄したことが、自分の真の報酬だと告白します。

●御言葉
もっとも、わたしが福音を告げ知らせても、それはわたしの誇りにはなりません。そうせずにはいられないことだからです。福音を告げ知らせないなら、わたしは不幸なのです。(9:16)

パウロは報酬を得るためや自らを誇るために福音を伝えたのではありません。

福音を告げ知らせることに幸せを感じていたのです。

なぜなら、福音は聞いて信じる人たちを幸福にするからです。

パウロは人に幸せにすることを喜びとしたのです。

幸運な人とは、幸せを運ぶ人です。

今日は日曜日です。

共に主を礼拝し、福音の幸せを運ぶ人となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ 

一コリント9:1-12「福音のための忍耐」

◎2008年11月8日(土)
●一コリント9:1-12「福音のための忍耐」  
●要約 (リビングライフより)
パウロはコリントの聖徒たちに、自分が使徒であることを確認します。彼は自分も他の使徒たちのように、飲み食いし、結婚し、生活のための働きをしない権利がありますが、福音の証しのために、すべて放棄したと告白します。

●御言葉
他の人たちが、あなたがたに対するこの権利を持っているとすれば、わたしたちはなおさらそうではありませんか。しかし、わたしたちはこの権利を用いませんでした。かえってキリストの福音を少しでも妨げてはならないと、すべてを耐え忍んでいます。(9:12)

働く者には報酬があります。

パウロは福音のために働き、報酬を受ける権利がありましたが、あえてその権利を放棄しました。

福音の妨げとなると判断したからです。

パウロはこの世の報いよりも、神が与える報いの方が幸いであることを知っていました。

神の御心に適って生きる時、たとえ人から報いを得られなくとも、神は忍耐に必ず報いてくださるのです。

今日も祝福を祈ります。byバルナバ 

一コリント8:1-13「愛は造り上げる」  

◎2008年11月7日(金)
●一コリント8:1-13「愛は造り上げる」  
●要約 (リビングライフより)
偶像へのささげ物に対する論争において、パウロは、ささげ物を食べることが罪なのではなく、信仰が弱い人々をつまずかせることが罪だと言います。パウロは兄弟をつまずかせるくらいなら、永遠に肉を食べないと宣言します。

●御言葉
知識は人を高ぶらせるが、愛は造り上げる。自分は何かを知っていると思う人がいたら、その人は、知らねばならぬことをまだ知らないのです。(18:1b-2)

わたしたちがいつも警戒しなければならないのは「高慢」です。

神は高ぶる者をしりぞけ、へりくだる者に恵みを与えます。

パウロも知識によって自らを誇って生きていましたが、キリストに出会い、砕かれ、神の愛によって、造り変えられました。

御言葉によって知識を得るのではなく、神の愛と神の知恵を身につけていきましょう。

御名によって祝福します。byバルナバ 

一コリント7:32-40「幸福な道」

◎2008年11月6日(木)
●一コリント7:32-40「幸福な道」  
●要約 (リビングライフより)
結婚した人は世のことを煩い、配偶者を喜ばせるために心を配りますが、独身者は、主の働きに自分を自由にささげることができます。ですから、パウロは、処女であれ、やもめであれ、独身でいる方がもっと良いと助言します。

●御言葉
思い煩わないでほしい。(7:32)

人生には二つの道があります。

主に従って生きる道と主に逆らって生きる道です。

主に従う道こそベストな道です。

パウロはこの道を歩むために独身を守りました。

結婚をするにせよ、独身でいるにせよ、再婚するにせよ、主に従って生きるならば、そこに幸福があります。

二人の主人に兼ね仕えるのではなく、まず主に仕え、主に仕えるように夫や妻、人に仕えて生きる。

これがクリスチャンの生きる道です。

今日もベストな道を歩み、幸せな一日を過ごせますように。

御名によって祝福します。byバルナバ 

一コリント7:17-31「主に仕えるように」  

◎2008年11月5日(水)
●一コリント7:17-31「主に仕えるように」  
●要約 (リビングライフより)
割礼を受けた者であれ、無割礼の者であれ、奴隷であれ、自由人であれ、各自は神が召された通りに行わなければなりません。パウロは差し迫る危機のゆえに、結婚しない人は、独身でいるのが良いと勧めます。

●御言葉
おのおの主から分け与えられた分に応じ、それぞれ神に召された時の身分のままで歩みなさい。これは、すべての教会でわたしが命じていることです。(7:17)

コリントの町は三分の一が奴隷でした。

多くの奴隷が福音を受け入れ、キリストを信じ、神の子という新しい身分が与えられたのです。

パウロは彼らに「キリストに従うように、恐れおののき、真心を込めて、肉による主人に従いなさい。人にへつらおうとして、うわべだけで仕えるのではなく、キリストの奴隷として、心から神の御心を行い、人にでなく主に仕えるように、喜んで仕えなさい」(エフェソ6章)と命じました。

今日も主に仕えるように、人に仕えて生きる者となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ 

一コリント7:8-16「神の聖さ」

◎2008年11月4日(火)
●一コリント7:8-16「神の聖さ」  
●要約 (リビングライフより)
性的に自制することが難しい人は、結婚する方がよいのです。配偶者が未信者であっても、離婚してはいけません。未信者は信者を通して聖められるからです。しかし、未信者の配偶者が望むなら、離婚することができます。

●御言葉
なぜなら、信者でない夫は、信者である妻のゆえに聖なるものとされ、信者でない妻は、信者である夫のゆえに聖なる者とされているからです。(7:14)

普通、きれいな器に汚れたものを入れると、器は汚れます。

聖さは汚れに負けるのです。

しかし、神の聖さは、汚れに勝利するのです。

信者とは神の聖さに触れて、聖なる者とされた人です。

汚れたものに触れ、汚れた者になるのではなく、いつも聖なるお方に触れ(祈りと御言葉)、自らが聖くされ、周りに良き影響を与える者となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ 

一コリント7:1-7「愛し、仕える」  

◎2008年11月3日(月)
●一コリント7:1-7「愛し、仕える」  
●要約 (リビングライフより)
夫婦は互いに義務を果たさなければなりません。ただし、お互いに合意の上で、祈りに専念する間だけ、しばらく離れることはできます。パウロは独身でいることを勧めながらも、結婚も独身も神の賜物であることを認めます。

●御言葉
夫は妻に、その努めを果たし、同様に妻も夫にその努めを果たしなさい。(7:3)

夫婦は一方が支配し、一方が支配されるという関係ではなく、互いに仕え合う関係です。

パウロは「妻たちよ、主に仕えるように、自分の夫に仕えなさい。…夫たちよ、キリストが教会を愛し、教会のために自分をお与えになったように、妻を愛しなさい」(エフェソ5章)と言いました。

仕えることは愛することであり、愛することは仕えることです。

愛あるところに神がいます。

仕えて生きるところに神がいます。

今日も神と共に歩めますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

一コリント6:12-20「復活」  

◎2008年11月2日(日)
●一コリント6:12-20「復活」  
●要約 (リビングライフより)
からだは不品行のための道具ではなく、主に仕える道具です。パウロは遊女と交わる人は、遊女と一つのからだになるとし、不品行を避けるように勧めます。私たちは神の住まう宮であり、キリストが血の代価を払って贖われた教会です。

●御言葉
神は、主を復活させ、また、その力によってわたしたちをも復活させてくださいます。(6:14)

福音とは、勝利の知らせです。

キリストは罪と死と滅びから私たちを救うために十字架にかかり、三日目に復活しました。

十字架と復活の知らせ。

これが福音です。

この福音を信じる人は、神の力によって、キリストと同じように復活するとパウロは語るのです。

今日は永眠者を記念する日です。

天に召された方々を偲びつつ礼拝が行われます。

キリストの復活、死者の復活を信じ、再会の時を待ち望みつつ、主を礼拝していきましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

一コリント6:1-13「人生の勝利者」

◎2008年11月1日(土)
●一コリント6:1-13「人生の勝利者」  
●要約 (リビングライフより)
パウロは、聖徒間の紛争の解決を、未信者に訴えていることを責めます。彼はむしろ不正を甘んじて受け、だまされている方がよいと言います。信徒のある兄弟姉妹に不正を行い、だます人は、神の国を相続することができません。

●御言葉
そもそも、あなたがたの間に裁判ざたがあること自体、既にあなたがたの負けです。なぜ、むしろ不義を甘んじて受けないのです。なぜ、むしろ奪われるままでいないのです。(6:7)

キリストは正しい人であったのに、不義を甘んじて受け、十字架の上で命を捨てました。

そのことによりキリストは不義に勝利しました。

キリストは神の義で裁くことをせず、神の愛で赦しの道を準備されたのです。

本当の勝利者とは、裁いて生きる人ではなく、赦して生きる人です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
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