一テサロニケ5:12-28「喜び・祈り・感謝」

◎3月31日(月)
●一テサロニケ5:12-28「喜び・祈り・感謝」

●要約 (リビングライフより)
パウロは指導者たちの労苦を知って、彼らを最も尊くみなしなさいと勧めます。聖徒は弱い者たちを守り、すべての人に対して忍耐をもち、悪を捨て去り、いつも善を追求しなければなりません。

●今日の御言葉
いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。(5:16-18)

神様が私たち人間に望んでいることは、いつも神を喜び、絶えず神に祈り、どんなことにも神様に感謝することです。

状況や現実を見ると喜べないことがあります。

祈れないこともあります。

感謝できないこともあります。

しかし、どんな時にも共におられる神に目を注ぐならば、喜びと祈りと感謝が生まれます。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
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一テサロニケ5:1-1「主と共に生きる」

◎3月30日(日)
●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
主の日は盗人のように臨みます。ですから、パウロは光の子として生きなさいと勧めます。私たちは目を覚まして、身を慎み、信仰と愛の胸当てを着け、救いの望みのかぶとをかぶり、慎み深く生きなければなりません。

主は、わたしたちのために死なれましたが、それは、わたしたちが、目覚めていても眠っていても、主と共に生きるようになるためです。(5:10)

イエス様の十字架の目的は何でしょうか。

それは私たちが生きていても、死んでも、主と共に生きる世界を準備することです。

イエス様が共におられる世界。

そこが神の国、天国です。

この世で天国。死んでも天国。

これが主と共に生きる人の人生です。

今日は日曜日です。

いつも共におられる主に礼拝を捧げていきましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

一テサロニケ4:9-18「復活の希望」

◎3月29日(土)
●一テサロニケ4:9-18「復活の希望」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
パウロは兄弟愛をさらに強め、怠けず、正直に働いて生きることを勧めます。また、パウロは死んだ者に対して悲しまないようにと言われ、主の再臨のとき、みな復活し、主を受け入れるようになると慰められます。

兄弟たち、既に眠りについた人たちについては、希望を持たないほかの人々のように嘆き悲しまないために、ぜひ次のことを知っておいてほしい。イエスが死んで復活されたと、わたしたちは信じています。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます。(4:13-14)

イエス様を死から復活させた神様は、終わりの日に私たちをも復活させてくださる。

これがクリスチャンの死生観であり、希望です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

一テサロニケ4:1-8「神に喜ばれる生き方」

◎3月28日(金)
●一テサロニケ4:1-8「神に喜ばれる生き方」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
パウロはテサロニケの聖徒たちに教会に対する神の御心が聖さだと強調し、不品行を避け、自分のからだを聖く、尊く保ち、情欲を追い求めないように勧めます。聖さを拒むことは、聖霊をくださった神を拒むことだからです。
神がわたしたちを招かれたのは、汚れた生き方ではなく、聖なる生活をさせるためです。(4:7)

神様の御心は私たちが「聖なる者」となることです。テサロニケの人々はパウロから神に喜ばれる生き方を学びました。

パウロは、その歩みを続けるようにと命じます。

世は汚れに満ちた情報や誘惑に満ちています。

日々、祈りと御言葉によって、心の汚れを落とし、何が善で、何が神に喜ばれるかを黙想し、行動する者となりますように。

イエス・キリストの御名で祝福します。byバルナバ

一テサロニケ3:1-13「愛が満ちるように」

◎3月27日(木)
●一テサロニケ3:1-13「愛が満ちるように」
●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
パウロはテサロニケの教会を慰め、艱難の中で動揺することがないようにテモテを送ります。テモテを通して、彼らがパウロに会いたがっていること、主にあって堅く立っていることを聞き、喜び祈ります。

どうか、主があなたがたを、お互いの愛とすべての人への愛とで、豊かに満ちあふれさせてくださいますように、わたしたちがあなたがたを愛しているように。(3:12)

愛するとは、大切にすることです。

神様にとって全ての人は大切な存在です。

この神様の心がパウロたちの心となり、テサロニケの教会の人々のことを愛したのです。

神様の心である大切に思う心が豊かに満ちあふれていく時、人は幸せを享受し、幸せを与える者となります。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

一テサロニケ2:13-20「神の言葉」

◎3月26日(水)
●一テサロニケ2:13-20「神の言葉」
●みことばの要約 (リビングライフより)
テサロニケの教会はパウロのメッセージを、人の言葉ではなく、神のみことばとして受け入れました。パウロは迫害のために、しばらくの間離れていますが、彼にとってテサロニケの教会は栄光であり、喜びであり、愛すべき冠です。

このようなわけで、わたしたちは絶えず神に感謝しています。なぜなら、わたしたちから神の言葉を聞いたとき、あなたがたは、それを人の言葉としてではなく、神の言葉として受け入れたからです。事実、それは神の言葉であり、また、信じているあなたがたの中に現に働いているものです。(2:13)

聖書は人の言葉ではなく神の言葉です。

神の言葉を信じ受け入れた人には、神の言葉はその人の人生の中で働き、実を結びます。

それは畑に蒔かれた種のようです。

種は蒔かれなければその命を働かせることはできませんが、蒔かれた時には、芽を出し、花を咲かせ、実を結びます。

御言葉を信じ、受け入れる人は幸いです。

今日も祝福を祈ります。byバルナバ

一テサロニケ2:1-12「命さえ与える愛」

◎3月25日(火)
●一テサロニケ2:1-12「命さえ与える愛」
●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
パウロはだましごとやへつらいではなく、ただ神を喜ばせようとする純粋な心でテサロニケの聖徒たちに福音を伝えました。母親が愛を込めて子供を育てるように、自分のいのちをささげても惜しくないほどに彼らを愛しました。
わたしたちはあなたがたをいとおしく思っていたので、神の福音を伝えるばかりでなく、自分の命さえ喜んで与えたいと願ったほどです。あなたがたはわたしたちにとって愛する者となったからです。(2:8)

パウロは命さえ喜んで与えたいと願うほどにテサロニケの人々を愛しました。

このパウロの心はキリストの心です。

キリストはわたしたちを命さえ喜んで与えたいと願うほどに愛してくださり、実際に命を捨てて、愛を証明してくださったのです。

あなたも神に愛された者です。

キリストの愛の心、パウロの愛の心が与えられますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

一テサロニケ1:1-10「祈りの度に」

◎3月24日(月)
●一テサロニケ1:1-10「祈りの度に」
●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
パウロはテサロニケの教会の信仰の歴史、愛の労苦、望みの忍耐に感謝します。彼らは艱難の中でも喜んでみことばを聞き、主にならって信じる人々の模範となりました。彼らは偶像を捨て、神に仕え、主の再臨を待ち望んでいました。

わたしたちは、祈りの度に、あなたがたのことを思い起こして、あなたがた一同のことをいつも神に感謝しています。(1:2)

テサロニケの教会の人々は、パウロの祈りの中にいつも覚えられていました。

あなたが祈るときに、いつも思い起こして祈る人はいますか。

また、あなたのことを思い起こして祈ってくれる人がいますか。

祈りによって支えられ、守られて生きる人は幸いな人であり、誰かのために神に祈って生きる人は、更に幸いな人です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

マタイ28:1-20「いつも共にいる」

◎3月23日(日)
●マタイ28:1-20「いつも共にいる」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
イエスは復活された後に12弟子をはじめ、多くの人々に何度か現れます。しかし、祭司長と長老たちはイエスの復活を隠そうとします。イエスは昇天される前、弟子たちに世の終わりまで福音を伝えなさいという命令を残されました。

だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(28:19-20)

ハッピー・イースター。

今日はキリスト教の三大祭りの一つである復活祭です。

主は生きておられ、世の終わりまで、いつも共にいます。

命の神、今も生きておられる神を信じる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル37:1-14「墓を開く神」

◎3月22日(土)
●エゼキエル37:1-14「墓を開く神」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
主の霊がエゼキエルを干からびた骨でいっぱいの谷に連れて行きます。エゼキエルには干からびた骨に預言して、主のみことばを聞くようにしなさいと命令されます。彼が預言すると、干からびた骨は生き返り、大きな軍隊になります。

わたしが墓を開いて、お前たちを墓から引き上げるとき、わが民よ、お前たちはわたしが主であることを知るようになる。(37:13)

エゼキエルは枯れた骨が復活する幻を見ました。

人は死ぬと墓に葬られます。

人は墓の前で無力です。

しかし、神様には墓を開く力があります。

墓とは絶望の世界です。

神様は絶望の世界にいる私たちを希望の世界へと引き上げてくださるお方です。

明日は復活祭です。

神様は墓を開き、イエス・キリストを甦らせました。

あなたの墓も必ず開かれます。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

イザヤ53:1-12「十字架」

◎3月21日(金)
●イザヤ53:1-12「十字架」
●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
メシヤは人々が見とれるような美しさもなく、さげすまれ、見捨てられました。そのお方は、道を失った羊のようにさまよっている私たちの咎と罪のために、苦しみを受けられます。その方の贖いのゆえに、多くの人が義とされました。
彼が刺し貫かれたのは/わたしたちの背きのためであり/彼が打ち砕かれたのは/わたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって/わたしたちに平和が与えられ/彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。わたしたちは羊の群れ/道を誤り、それぞれの方角に向かって行った。そのわたしたちの罪をすべて/主は彼に負わせられた。(53:5-6)


今日は受難日です。

イエス・キリストが私たちのために十字架にかかられた日を覚える時です。

この御言葉を暗誦し、口ずさみつつ、一日を過ごしていきましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

一コリント15:12-28「復活信仰」

◎3月20日(木)
●一コリント15:12-28「復活信仰」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
使徒パウロはキリスト教信仰における復活の重要性を強調します。もし、イエスの復活がないなら、私たちの信仰と証もむなしいものになります。すべての人は復活されたイエスの中でいのちを得、イエスは天地を支配されるのです。

しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。(15:20)

コリント教会は、復活を信じない人々によって混乱させられました。

もし、キリストが復活しなければ、クリスチャンの信仰はむなしくなり、天国への希望も、救いの道もなく、死は人生のゴールとなります。

しかし、実際、キリストは復活し、今も生きて働いています。

復活の希望を持って生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

一コリント15:1-11「神の恵み」

◎3月19日(水)
●一コリント15:1-11「神の恵み」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
使徒パウロがコリントの教会に伝えた福音は、イエス・キリストの死と復活に関するものです。パウロは本来神の教会を迫害した者でしたが、神の恵みにより、復活されたイエスに出会った後、使徒となり、福音の証人となります。
15:10 神の恵みによって今日のわたしがあるのです。そして、わたしに与えられた神の恵みは無駄にならず、わたしは他のすべての使徒よりずっと多く働きました。しかし、働いたのは、実はわたしではなく、わたしと共にある神の恵みなのです。(15:10)

パウロは復活のキリストと出会い、人生が180度変わりました。

自らの力を誇る人生から、神の力を誇る人生に変わりました。

パウロほど苦しみを経た使徒はいません。

しかし、彼ほど神の恵みを受けた使徒もいないのです。

復活が十字架という包装紙に包まれているように、神の恵みは苦しみという包装紙に包まれています。

苦しみの中に包まれた神の恵みを発見した人は幸いです。

今日も神の恵みと祝福がありますように。byバルナバ

ルカ24:36-53「心の目を開いて」

◎3月18日(火)
●ルカ24:36-53「心の目を開いて」
●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
復活されたイエスがまた現れ、イエスはご自分の受難と復活が神のご計画であり、弟子たちはそのすべてのことに対する証人だと語られます。弟子たちはイエスが昇天されると、エルサレムに戻り、神殿でほめたたえます。

そしてイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて、(24:45)

失意落胆していた弟子たちは、目が開かれ、復活の主に出会いました。

しかし、まだ心に疑いがあり、信じることができませんでした。

神がいるなら見せてくれ、という人がいます。

人は見ても信じれないのです。

しかし、イエス様が聖書を開いて、心を開かれた時、彼らは信じることができるようになりました。

イエス様に目と心を開かれた人。

これがクリスチャンなのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ24:28-35「目が開け」

◎3月17日(月)
●ルカ24:28-35「目が開け」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
イエスはまだ気づいていないふたりにパンを取って祝福し、裂いて渡されます。その時彼らの目は開かれ、イエスだと気づきますが、イエスは消え去ってしまいます。彼らはすぐにエルサレムに戻り、復活されたイエスを証しします。

すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。(24:31)

二人の弟子は、目が遮られている時、イエス様が見えていても、分かりませんでした。

しかし、イエス様が聖書を解き明かし、讃美の祈りを唱え、パンを裂くと、二人の目は開かれ、イエス様に気づきます。

目が開かれた人は、たとえイエスの姿が見えなくても、人生が変わるのです。

失意落胆していた彼らは方向転換し、エルサレムに戻って、復活の証人となっていきます。

主があなたの目を開いてくださるように。

御名によって祝福します。byバルナバ

ルカ24:13-27「御言葉による発見」

◎3月16日(日)
●ルカ24:13-27「御言葉による発見」
●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
クレオパともう一人の弟子はエルサレムを離れ、エマオへと向かいます。復活されたイエスが共に歩かれ、聖書の中でご自分についてのことを説明されます。しかし、彼らは全く気づきません。

しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。(24:16)

失意落胆し、エマオに向かって旅する二人の弟子は、イエス様が一緒に歩かれているのに、気づきませんでした。

イエス様は一緒に歩みながら、彼らに質問し、聖書の言葉を語り始めます。

御言葉は希望の火です。

御言葉が心を燃やし、やがて彼らの目を遮っていた覆いは取り去られ、主が生きておられることを悟ります。

今日は日曜日です。

主を礼拝し、主が語られる御言葉に耳を傾けていきましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ24:1-12「復活」

◎3月15日(土)
●ルカ24:1-12「復活」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
安息日が終わり、女たちは香料を持ってイエスの墓に行き、墓の中が空であることを発見します。途方に暮れていると、御使いがイエスの復活を伝えます。女たちは弟子たちのもとに急ぎ、すべてを報告しますが、彼らは信じません。

なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。(24:5)

安息日が明けると、婦人たちはイエス様に出会うために墓に向かいました。

墓とは死の世界であり、命も希望もない世界です。

しかし、墓の中にはイエス様はいませんでした。

イエス様は約束どおり三日目に甦られたのです。

人生のゴールは墓ではありません。

イエス様は墓の向こう側に新しい生の世界、希望の世界を準備してくださったのです。

今も生きておられる主を求め、主に感謝し、今日も一日を始めましょう。

祝福がありますように。

ルカ23:44-56「御手に委ねる」

◎3月14日(金)
●ルカ23:44-56「御手に委ねる」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
イエスが息を引き取られたとき、太陽が光を失い、全知に暗闇が覆い、神殿の幕が避けます。これを見た百人隊長はイエスが正しい人であったと告白します。アリマタヤのヨセフはイエスのからだを引き取り、新しい墓に葬ります。
イエスは大声で叫ばれた。「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」こう言って息を引き取られた。(23:46)

イエス様は生きることも死ぬことも、すべて父なる神の御手に委ね、祈りつつ息を引き取りました。

その光景を見て、百人隊長は「本当にこの人は正しい人であった」と神を讃美します。

一日一生。

一日を祈りで始め、祈りで終わり、一日を、一生を、御手に委ねながら歩む人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ23:32-43「天国の保障」

◎3月13日(木)
●ルカ23:32-43「天国の保障」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
人々はどくろという場所でイエスを十字架につけます。イエスの左右に二人の犯罪人が十字架につけられます。ひとりはイエスをあざけり、皮肉りますが、もうひとりは生涯の最後の瞬間にイエスから天国の約束をもらいます。
するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。(23:43)

イエス様の両隣には二人の極悪人が十字架につけられていました。

一人はイエス様に「自分と我々を救ってみろ」とあざけります。

しかし、もう一人は、自らの罪を認め、イエス様をメシアだと信じ、「御国でわたしを思い出してください」と懇願します。

イエス様は彼の願いを聞き入れ、天国を約束しました。

イエス様を信じ、従う人には、今日の御言葉が語られます。

主に覚えられ、御国が保障されている人は幸いです。byバルナバ

ルカ23:13-31「十字架につけろ」

◎3月12日(水)
●ルカ23:13-31「十字架につけろ」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
ピラトはイエスの無罪を宣言し、釈放しようとします。しかし、人々はバラバを釈放し、イエスを十字架につけろと叫びます。結局、ピラトはイエスを十字架に引き渡し、クネレ人シモンが十字架を背沿ってイエスについて行きます。。
しかし人々は、「十字架につけろ、十字架につけろ」と叫び続けた。(23:21)

ピラトは恩赦を用い、罪なきイエス様を釈放しようとします。

しかし、「十字架につけろ」と叫ぶ民衆の声に圧倒され、死刑判決を下します。

人間が神のように振る舞い、裁きの座に座り、人のみならず神までも裁く者となる。

この罪がイエス様を十字架につけたのです。

あなたの中にもこの民衆の叫びがあることに気く時、十字架はあなたのものとなり、神の恩赦の道が開かれるのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ23:1-12「判断と決断」

◎3月11日(火)
●ルカ23:1-12「判断と決断」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
人々はピラトの前でイエスを訴えますが、ピラトはイエスに何の過ちも発見できず、イエスをヘロデに送ります。ヘロデは奇跡も行わず、沈黙されるイエスを侮辱し、あざけったあげく、再びピラトのもとに送り返します。

ピラトは祭司長たちと群衆に、「わたしはこの男に何の罪も見いだせない」と言った。(23:4)

ピラトのこの判断は間違っていませんでした。

しかし、彼は決断を間違い、やがて罪のないイエス様を十字架に付けていくのです。

どんなに良い判断をしても決断を間違えると意味がありません。

御言葉を黙想する時、神様の御心を悟ります。

御心を知ることは大切です。

しかし、どんなに御心を知っても、御心に従わなければ、意味がありません。

御心を悟り、御心を行って生きる人。

それがクリスチャンの目標であり、祝福された人生の秘訣です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ22:54-71「主のまなざし」

◎3月10日(月)
●ルカ22:54-71「主のまなざし」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
イエスは大祭司の家に連れて行かれ、そこでペテロはイエスを三度否定します。監視人たちはイエスをからかい、むちで打ちます。次の日、大祭司と律法学者たちがイエスに対して神の子なのかと訊くと、イエスはそうだと答えられます。

主は振り向いてペトロを見つめられた。ペトロは、「今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われた主の言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた。(22:61-62)

イエス様はどんなまなざしでペトロを見つめられたのでしょうか。

「ほら、私の言ったとおりだろ」という冷たいまなざしではありません。ペトロの弱さを知り尽くし、「いいんだよ。

ペトロ、あなたは必ず立ち直る。

その時には兄弟を励ますんだ」という優しいまなざしです。

神様はあなたを見つめられています。

今日も愛と赦しのまなざしで見つめてくださる主と主の言葉を思い出しましょう。

そこから新しい明日が始まります。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ22:39-53「御心のままに」

◎3月9日(日)
●ルカ22:39-53「御心のままに」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
過越の食事の後、イエスはオリーブ山に向かわれます。そして、弟子たちに誘惑に陥らないように祈っていなさいと言われ、ひとり離れて、汗が血のしずくになるほど祈られます。一方、ユダは群れを離れ、イエスを捕らえに来ます。
すると、天使が天から現れて、イエスを力づけた。(22:43)

イエス様は「この杯(十字架)をわたしから取りのけてください。

しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください」と祈りました。

その瞬間、天使が現れ、イエス様を力づけたのです。

祈ることによって、一番大きな祝福は、願いどおりになることです。

それは自分の願いどおりではなく、神様の願いどおりの自分に変えられることなのです。

「御心のままししてください」と祈る者には、神様が味方となってくださいます。

今日は日曜日です。

共に主を礼拝しましょう。byバルナバ

ルカ22:24-38「仕える者のように」

◎3月8日(土)
●ルカ22:24-38「仕える者のように」
●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
弟子たちの間でだれが偉いかについて争いが起こります。これに対してイエスはこの世と神の御国の法則は異なり、神の御国では仕える者が偉い者だと言われます。そしてペテロがイエスを三度否定することを預言されます。

あなたがたの中でいちばん偉い人は、いちばん若い者のようになり、上に立つ人は、仕える者のようになりなさい。(22:26)

パウロは夫と妻に対し「キリストに対する畏れをもって、互いに仕え合いなさい。」(エフェソ5:21)と勧めています。

仕える者とは、助け、支える者です。

イエス様は仕えるために来られました。

このお方をモデルとし、互いに仕え合って、相手の弱点を補い合って生きる。

これが神様の願われる人間像です。

互いに仕え合う世界。

そこに愛があります。

愛あるところに神がいます。

神がおられるところに平和があります。

職場でも家庭でも学校でも、仕える心を持って生きる人となりますように。

イエスの御名で祝福します。byバルナバ

ルカ22:14-23「聖餐」

◎3月7日(金)
●ルカ22:14-23「聖餐」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
イエスは弟子たちと共に過越の晩餐を始められます。そして、神の御国で過越が成就される時までは過越を捧げることはないと言われ、ご自分の死を暗示されます。また、イエスはご自分を裏切る者はわざわいだと言われます。
食事を終えてから、杯も同じようにして言われた。「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である。(22:20)

イエス様は十字架にかかり、人類の罪を贖うために血を流されました。

「血を流すことなしには罪の赦しはありえない」(ヘブライ9:22)からです。

イエス様はあなたのために血を流し、新しい契約を用意されたのです。

洗礼式はこの契約を結ぶ儀式であり、聖餐式は、この新しい契約を心に刻みつけ、主の恵みに感謝する儀式です。

主と契約を結び、罪赦されて生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ21:37-22:13「心の見張り人」

◎3月6日(木)
●ルカ21:37-22:13「心の見張り人」
●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
祭司長と律法学者たちがイエスを殺そうと企てます。サタンがイスカリオテのユダに入り、ユダは彼らと相談し、金と引き換えにイエスを引き渡す機会を狙います。そんな中、ペテロとヨハネはイエスの命令通り、過越の準備をします。

しかし、十二人の中の一人で、イスカリオテと呼ばれるユダの中に、サタンが入った。(22:3)

「魔が差す」という言葉があります。

ユダの心の隙間にサタンが侵入し、ユダはイエス様を裏切りました。

彼は僅かな金で人生を失うのです。

どれだけ多くの人が魔が差して、人生を台無しにしていることでしょう。

イエス様は弟子たちに「目を覚ましていなさい」と言いました。

「油断するな」ということです。

油断大敵。

御言葉は心の見張り人です。

いつも御言葉によって目を覚まし、心を守って生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ21:20-36「神の言葉は滅びず」

◎3月5日(水)
●ルカ21:20-36「神の言葉は滅びず」
●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
神殿破壊の前にエルサレムは軍隊に包囲され、異邦人たちに踏み荒らされてしまいます。イエスの弟子たちは神の御国が近づいたことを知り、最後の時に人の子の前に立つことができるよういつも目を覚ましていなければなりません。

天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。(21:33)

終末についての教えが続きます。

形あるものはやがて滅びていきます。

しかし、神様の言葉は決して滅びません。

「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」(一コリント13:13)。

人生の危機を支えるのは、信仰と希望と愛です。

神は愛です。

このお方を信じ、このお方の言葉に希望を置く人は、決して滅びません。

ノックダウンしてもノックアウトしない。

これがクリスチャンの人生です。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ21:5-19「終末の前兆」

◎3月4日(火)
●ルカ21:5-19「終末の前兆」
●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
イエスは神殿を見られ、やがてそれが破壊されることを予告されます。また、その時と前兆について訪ねる弟子たちに、惑わされないように気をつけなさいと言われます。これらの前に、聖徒は迫害され、会堂と牢に引き渡されます。

そして、大きな地震があり、方々に飢饉や疫病が起こり、恐ろしい現象や著しい徴が天に現れる。(21:11)

近年、震度7以上の大地震が頻発し、エイズや新型インフルエンザへの脅威、異常気象による天変地異も多く見られ、終末へのカウントダウンを感じます。

あなたは終末に備えていますか。

終末には二つの終末があります。

世界の終末と人生の終末(死)です。

前者は私たちの時代には起こらないかもしれませんが、後者は間違いなく訪れます。

終わりを意識する時、天国の命の保障と、この世に残された命の大切さを思います。

今日を感謝して歩みましょう。

祝福がありますように。byバルナバ

ルカ20:41-21:4「愛を込めて」

◎3月3日(月)
●ルカ20:41-21:4「愛を込めて」
●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
人々はキリストをダビデの子と期待しますが、イエスはダビデがキリストを主と呼んだことを思い起こされられます。そして、罪赦され、挨拶されることを好む律法学者に対して警告され、貧しいやもめの献金をより称賛されます。
「確かに言っておくが、この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた。(21:3)

金額からすれば、貧しいやもめの献金は、金持ちとは比較にならないほど僅かでした。

しかし、イエス様は彼女が一番、多くささげたと言われたのです。

彼女と金持ちの違いは何でしょう。

彼女の捧げ物には愛が込められており、イエス様は彼女の心を見抜かれたのです。

心に愛のある人は、たとえ僅かなものでも、多く与えることのできる人なのです。

今日も祝福がありますように。 byバルナバ

ルカ20:19-40 「神によって生きる人」

◎3月2日(日)
●ルカ20:19-40 「神によって生きる人」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
律法学者と祭司長が密偵を通してイエスを罠に陥れようと質問します。しかし、イエスは神の真理を教えられ、罠をすり抜けられます。また、復活を信じないサドカイ人たちもイエスを試みますが、そのすべてが失敗に終わります。
神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。すべての人は、神によって生きているからである。」(20:38)

「すべての人」とは、「次の世に入って死者の中から復活するのにふさわしいとされた人々」(35節)のことです。

彼らは神によって生きている人であり、「もはや死ぬことがない」(36節)人です。

「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」(ヨハネ11:25-26)。

生きている間に、神を信じ、神によって生きる人は幸いです。

その人こそ、復活にふさわしいとされた人々だからです。

今日は日曜日です。

共に復活の主を礼拝しましょう。byバルナバ
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