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ルカ19:28-48 「主がお入り用なのです」

◎2月29日(金)
●ルカ19:28-48 「主がお入り用なのです」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
イエスはロバの子に乗ってエルサレムに入場されます。人々はイエスを神の権威を持つ王として歓呼します。しかし、イエスはエルサレムの滅亡を預言し、泣かれます。そして、神殿から商人たちを追い出され、教えをなされます。

二人は、「主がお入り用なのです」と言った。そして、子ろばをイエスのところに引いて来て、その上に自分の服をかけ、イエスをお乗せした。(19:34-35)

救い主はロバの子に乗って来ると預言されていました。

ロバの子の持ち主は、主に引き渡します。

彼が持っていたものは、聖書の預言が実現するために用いられたのです。

あなたにとってロバの子は、何でしょうか。

あなたが持っているものを、自分のためだけに使うのではなく、神様のために用いてください。

そこに祝福された人生があります。

与える者は、さらに与えられ、豊かな恵みを受けます。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
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ルカ19:11-27 「神のイメージ」

◎2月28日(木)
●ルカ19:11-27 「神のイメージ」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
主人が10人のしもべに1ミナずつを分けます。主人が帰ってきたとき、そのお金を上手く管理したしもべは、称賛とともに町を治める権威を受けます。利益を残さなかったしもべは、叱責とともに、持っていた分まで取り上げられます。
あなたは預けないものも取り立て、蒔かないものも刈り取られる厳しい方なので、恐ろしかったのです。』 (19:21)

神様がどのようなお方であるかというよりも、あなたが神様をどのようなお方としてイメージしているかということが、あなたの生き方を決めます。

イエス様は神様がどのようなお方であるかを示すために来られました。

聖書の中には神様の姿が映し出されています。

神様は愛です。

間違ったイメージを払拭し、御言葉を通して正しい神観を身につけていきましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ19:1-10 「主は覚えたもう」

◎2月27日(水)
●ルカ19:1-10 「主は覚えたもう」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
取税人として蔑視されていたザアカイは、イエスを見るためにいちじく桑の木に上ります。イエスはザアカイを呼び、その家に泊まると言われます。ザアカイはイエスを歓迎し、完全に悔い改め、救いという贈り物を受け取ります。

イエスは言われた。「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」(19:9-10)

ザアカイは自分を見失っていました。

イエス様は「ザアカイ。急いで降りてきなさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい」と、ザアカイの名を呼びました。

ザアカイは人からも神からも見放されたと思っていました。

ザアカイはイエス様との出会いを通して自分を取り戻し、生き方を選び直したのです。

あなたもザアカイです。

主はあなたの名を呼び、あなたの家に訪れ、救いを実現します。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ18:31-43 「あなたの信仰」

◎2月26日(火)
●ルカ18:31-43 「あなたの信仰」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
イエスはご自分の死と復活に対して自ら話されます。エリコの町の入口に座っていたひとりの盲人は、イエスが通られることを知り、ダビデの子であるイエスにあわれみを求め、叫び立てます。イエスはその信仰に答えられます。

「何をしてほしいのか。」盲人は、「主よ、目が見えるようになりたいのです」と言った。そこで、イエスは言われた。「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った。」(18:41)

盲人はイエス様が救い主であると信じ、叫び求めました。

周りは彼を黙らせようとしますが、叫び続け、ついに救いを得ます。

あなたの信仰とは「あなたがわたし(キリスト)を信じる信仰」です。

今日もイエス様は信じる者を招き「何をしてほしいのか」と尋ねられます。

主に近づき、祈り求める者は幸いです。

祝福がありますように。byバルナバ

ルカ18:15-30 「神の国」

◎2月25日(月)
●ルカ18:15-30 「神の国」
●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
幼な子のように神の国を受け入れてこそ、御国に入ることができます。金持ちが神の国に入ることより、らくだが針の穴を通る方がやさしいのです。イエスのために犠牲を惜しまない人は、天の御国でさらに大きな祝福を受けるのです。

イエスは、「人間にはできないことも、神にはできる」と言われた。(18:27)

どんな人でも、神を求める時があります。

人は、どんな時に神を求めるのでしょうか。

自分の力で対処できなくなった時です。

神と人との決定的な違いは、人の力には限界があるが、神の力には限界がないということです。

「神にはできないことがない」

不可能を可能にする神様がずっと一緒にいてくださる。

これが神の国です。

幼子のように神の国を受け入れる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ18:1-14 「謙遜」

◎2月24日(日)
●ルカ18:1-14 「謙遜」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
神を恐れず、人を無視する不義の裁判官も、しつこくやって来てせがむやもめの願いを聞いてやるしかありません。パリサイ人は自分の正直さと敬虔さを誇り、隣人を蔑みますが、取税人は自分の罪を告白し、神のあわれみを求めます。

だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる(18:14)

アウグスティヌスは、「キリスト教の教えで何が一番大切ですか?と尋ねられ、一言、「謙遜」と答えました。

「二番目に大切なものは?」と問われ、再び「謙遜」。

「三番目は?」と問われても、「謙遜」と答えました。

♪主よ、私を柔和で謙遜な者に変えてください。

どんなに人に苦しめられて、辛い思いをしても、あなたから受けた愛の大きさに比べたら。

ほんの少しでもその愛を返せる者になりたい♪(
作詞作曲:中野賢二・亀有教会)。

今日は日曜日です。

主を礼拝し、謙遜さを学びましょう。byバルナバ。

ルカ17:22-37 「救いの箱船」

◎2月23日(土)
●ルカ17:22-37 「救いの箱船」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
終末は天を遮って輝くいなずまのように臨みます。しかし、それ以前に苦難があります。終末はノアの時、ロトの時のように、日常の繰り返しの中で突然臨むものです。そして、ひとりは取り去られ、ひとりは残されます。

ノアの時代にあったようなことが、人の子が現れるときにも起こるだろう。(17:26)

人の子(イエス様)が現れる時とは、世の終わり(終末・死)です。

ノアの時代。

ノアは箱船を造り、入った人々は救われました。

イエス様は救いの箱船を用意しました。

そこに入ることができるのは、「信じて、従う人」です。

ノアの言葉を信じ、箱船に入った人が救われたように、イエス様の言葉を信じ、従う人が救われるのです。

救いの箱船の中で、終末を迎えられる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ17:11-19 「癒しよりも救い」

◎2月22日(金)
●ルカ17:11-19 「癒しよりも救い」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
ツァラアトに冒された10人がイエスにあわれみを求めます。イエスは祭司の元に行き、体を見せるようにと言われます。彼らは体が癒されたことを知ります。そして、ひとりのサマリヤ人だけが、イエスに感謝と栄光をささげます。
立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った」(17:19)

10人のらい病人がイエス様に憐れみを求めました。

彼らはイエス様の言葉に従い、病気が癒されます。

しかし、神を讃美し、イエス様のところに戻り、救いを手にしたのは一人だけでした。

神を信じ、祈る人はたくさんいます。

しかし、感謝し、従う人は少ないのです。

一時的な癒しよりも、永遠の救いを手にした人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ17:1-10 「和解」

◎2月21日(木)
●ルカ17:1-10 「和解」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
つまずきを避けることは大切なことです。また、イエスはからし種ほどの信仰でも大きな力を現せるということと、しもべが主人のために尽くしても、自ら「役に立たないしもべ」だと言うように、主に忠誠を尽くすことを語られます。
一日に七回あなたに対して罪を犯しても、七回、『悔い改めます』と言ってあなたのところに来るなら、赦してやりなさい。(17:4)

赦しの教えは、神様がそのようなお方であることを意味します。

もし、私たちが罪を悔い改めても、神様が赦してくれなければ、神との和解は実現しません。

神様は私たちが七回罪を犯しても、七回悔い改めれば赦してくださるお方です。

悔い改めとは、方向転換です。

向き直ることです。

本心に立ち帰ることです。

毎日、立ち帰って、神と人と和解して生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ16:14-31 「ラザロを遣わしてください」

◎2月20日(水)
●ルカ16:14-31 「ラザロを遣わしてください」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
毎日ぜいたくに暮らすある金持ちがいました。また、その家の門前には、全身におできのある乞食のラザロが寝ていました。やがて二人とも死を迎えますが、金持ちはハデスで苦しみに遭い、ラザロはアブラハムの胸に抱かれています。

金持ちは言った。『父よ、ではお願いです。わたしの父親の家にラザロを遣わしてください。(16:27)

金持ちと貧乏人ラザロ。

この世では好対照な二人でした。

しかし、死後、立場は逆転します。

この世は一時的、天国は永遠です。

この金持ちの叫びは、死後の世界で苦しむ人々の叫びです。

神様は永遠の世界でラザロのように慰めを受けられるようにイエス様を遣わされました。

死人の中から甦られたイエス様を信じ、従う人は、たとえ一時的なこの世で地獄を味わっても、永遠の天国が約束されるのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ16:1-13 「小事に忠実であれ」

◎2月19日(火)
●ルカ16:1-13 「小事に忠実であれ」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
ある金持ちにひとりの管理人がいましたが、彼は主人の財産を乱費し、解雇される危機に置かれます。すると、しもべは主人に借りのある者の借金を減免してやります。主人から解雇されても、彼らからよくしてもらえるからです。

ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である。ごく小さな事に不忠実な者は、大きな事にも不忠実である。(16:10)

スモールスタート。

どんな大きな木も小さな種からはじまります。

どんな偉大な人も赤ちゃんを経験します。

過去の小さな苦労と忍耐が未来に大きな実を結ばします。

「あなたの初めは小さくあっても、/あなたの終りは非常に大きくなるであろう。」(ヨブ8:7)。

小さなことに忠実な人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

日本基督教団ベテル清水教会

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日本基督教団ベテル清水教会

ベテルチャーチ


見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。」 ヤコブは眠りから覚めて言った。「まことに主がこの場所におられるのに、わたしは知らなかった。」 そして、恐れおののいて言った。「ここは、なんと畏れ多い場所だろう。これはまさしく神の家である。そうだ、ここは天の門だ。」 ヤコブは次の朝早く起きて、枕にしていた石を取り、それを記念碑として立て、先端に油を注いで、その場所をベテル(神の家)と名付けた。
創世記28章15節~19節a

集会案内 
 聖  日 礼 拝     日曜日 10時30分~11時40分
 キッズチャペル     日曜日  9時30分~10時00分
 聖書の学びと祈り会  水曜日 20時00分~21時00分
 聖書の学びと祈り会  木曜日 10時00分~11時00分
 
〒674-0074 明石市魚住町清水2427番地2
         牧師 井上真一(バルナバ)
         mail bethel20040215@yahoo.co.jp

Profile
1962年 1月 1日 大阪府寝屋川市で生まれる。
1975年 7月27日 高知ペンテコステ教会で受洗(司式:大川修平牧師)
1985年 日本基督教団高知教会(当時:吉田満穂牧師)に転籍
1986年 献身への思いが与えられる。
1987年 4月 日本聖書神学校に入学。
1987年 4月 日本基督教団亀有教会(鈴木靖尋牧師)で神学生として奉仕。
1992年 2月 日本聖書神学校を卒業。
1992年 4月 日本基督教団高砂教会伝道師就任。
1995年 5月 日本基督教団兵庫教区総会で按手礼を受ける。
1995年 5月 日本基督教団高砂教会副牧師就任(2004年1月まで奉仕)
2004年 2月 神戸市西区春日台において開拓伝道を開始
2006年 5月 日本基督教団・ベテル春日台教会設立
2007年 9月 明石市魚住町清水に移転
2008年 2月 日本基督教団・ベテル清水教会に名称変更
2011年 7月 教会取得・改装工事完了 献堂式

Information
ベテル春日台教会は2007年9月23日(日)より、明石市魚住町清水に拠点を移しました。
場所は、明石西・土山インターを降りてすぐのところです。
リサイクルショップ「開放倉庫」に隣接する住宅です。
2008年2月17日より「ベテル清水教会」と名称を変更しました。
2011年4月より改装工事を行い、6月に入堂式、7月に献堂式を終えました。


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会堂建設支援献金送金窓口
郵便振替 00920-9-281017
振込名義 ベテル清水教会

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携帯用のアドレスは↓です。
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教会設立式&牧師就任式〈3〉 子供たちとの記念撮影 
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教会設立式&牧師就任式〈2〉 教会員との記念撮影 
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教会設立式&牧師就任式〈1〉 来賓の方々との記念撮影

●ルカ15:11-32 「父の愛」

◎2月18日(月)
●ルカ15:11-32 「父の愛」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
父親から財産の分け前をもらって遠くに旅立った息子のたとえ話です。彼は放蕩の限りを尽くし、豚の世話をする生活にまで落ちぶれます。息子は父の雇い人になることを覚悟で帰ってきますが、父親は息子を迎えて宴会を開きます。

そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。(15:20)

放蕩息子は、財産を失い、人生のどん底を経験し、我に返り、父の元に帰ってきます。

父は帰ってきた息子の姿を見つけるやいなや、走り寄って抱きしめます。

息子は、謝る前に抱きしめられました。

父は息子が「ごめんなさい」を言う、言わないに関係なく愛していました。

家に帰って来なければ、この愛が分からなかったのです。

神様はあなたを愛しています。

この愛は、神様に近づくときに体験します。

今日も神様の子として、祝福された一日となりますように。byバルナバ

ルカ15:1-10 「100%の愛」

◎2月17日(日)
●ルカ15:1-10 「100%の愛」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
羊飼いはいなくなった一匹の羊を見つけるために、残りの羊たちを仲間に預けて捜しに行きます。いなくなった羊を見つけた羊飼い、なくした銀貨を見つけた女の人は、人々とその喜びを共に分かち合います。
あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。(15:4)

一匹の羊の価値は、他の九九匹にまさります。

神の愛は相対愛ではなく、絶対愛です。

母親は、子供が五人いても、一人を100%愛します。

20%ずつに低下しません。

今、世界人口は66億です。

神様の目には、あなたの存在は66億分の一ではないのです。

神様の愛は常に100%です。

あなたは100%の絶対愛で愛されているのです。

今日は日曜日です。

100%の愛を受け、感謝と礼拝を共に捧げましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ14:25-35 「塩として生きる」

◎2月16日(土)
●ルカ14:25-35 「塩として生きる」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
イエスの弟子になることは、すべての所有といのちまでも差し出し、自分の十字架を負うことです。弟子の道に踏み入る前に、このことをまず深く考えなければなりません。それでこそ、塩としての本来の味を出すことができるのです。
「確かに塩は良いものだ。だが、塩も塩気がなくなれば、その塩は何によって味が付けられようか。(14:34)

愛は捨てることです。

イエス様はあなたを愛し、あなたのために命を捨てました。

イエス様はあなたのために塩になりました。

塩は己を隠し、防腐剤、畑の肥料、料理の味付として用いられます。

イエス様は「あなたがたは地の塩である」と言いました。

イエス様の愛に味付けられた人。

それがまことの弟子です。

今日、あなたが塩として生きる場所はどこですか。

少量の塩が料理をおいしくするように、

あなたの小さな愛が用いられますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

ルカ14:7-24 「愛は必ず報われる」

◎2月15日(金)
●ルカ14:7-24 「愛は必ず報われる」
●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
イエスは宴会で上座に座ろうとすることや、身分の高い者同士が互いに招き合う慣習に対して鋭く指摘されます。また、神の国の宴会に招待された人がみな断ったため、目にも留められなかった異邦人や罪人たちに道が開かれました。

宴会を催すときには、むしろ、貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を招きなさい。そうすれば、その人たちはお返しができないから、あなたは幸いだ。正しい者たちが復活するとき、あなたは報われる。」(14:13-14)

神様はあなたを一方的に愛されました。

愛することは与えることです。

与える人は必ず報いを受けます。

与えても、愛しても、この世で報われない人がいます。

イエス様がそうでした。

しかし、その人が天で受ける報いは大きいのです。

返せない人に代わり、神様が報いてくださるからです。

一方的に与え、愛していく。

これがイエス様の生き方であり、教えです。

今日、あなたの愛を必要としている人は誰ですか。

与えて生きる人は幸いです。

祝福がありますように。byバルナバ

ルカ13:31-14:6 「今日が明日をつくる」

◎2月14日(木)
●ルカ13:31-14:6 「今日を生きる」
●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
イエスはエルサレムに向かわれ、神の目的を果たされなければなりません。しかし、ヘロデの殺害の威嚇が続く中で、エルサレムの人々は神の愛を拒絶します。安息日に水腫の人を癒されたイエスに、群衆は敵対心を持ちます。

だが、わたしは今日も明日も、その次の日も自分の道を進まねばならない。(13:44)

イエス様は「今日も明日も悪霊を追い出し、病気をいやし、三日目にすべてを終える」(32節)と言って、いつものように働き、三日目に十字架にかかり、救いを完成しました。

「たとえ明日が世界の終わりであっても、私は今日リンゴの木を植える」(宗教改革者・ルター)。

たとえ明日(未来)が脅かされても、今日(現在)まで失う必要はありません。

明日が今日をつくるのではなく、今日の生き方が明日をつくるのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ13:18-30 「狭き門」

◎2月13日(水)
●ルカ13:18-30 「狭き門」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
神の国は小さなからし種やパン種のようなものです。それは強い力と権威を発揮します。神の国は狭い門を持つ家のようなものです。その門は宴会が始まると固く閉ざされます。門が閉まった後に入ろうとしてももはや手遅れなのです。

「狭い戸口から入るように努めなさい。言っておくが、入ろうとしても入れない人が多いのだ。(13:24)

天国への門は狭き門です。

天国に入ろうとしても入れない理由が二つあります。

一つは滅びに向かう広き門(罪の誘惑)に向かっているためであり、もう一つは、門限に間に合わなかったためです。

救いの門は、全ての人に開かれ、制限はありませんが、門限があるのです。

死んでからでは手遅れなのです。

人生の総決算が行われる時(終末・死)までに、救いのパスポートを取得した人は幸いなのです。

「わたしは門である。わたしを通って入る者は救われる。(ヨハネ10:9)。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ13:1-17 「人生の軌道修正」

◎2月12日(火)
●ルカ13:1-17 「人生の軌道修正」
●今日のみことばの要約 (リビングライフより)

イエスは災難を神のさばきとみなす人々の考えを正されます。さばきは罪の結果ではなく、悔い改めない頑なな信仰の結果です。神の国はまことの悔い改めを通して、サタンの束縛から解かれ、まことの自由を味わうことなのです。

イエスはお答えになった。「そのガリラヤ人たちがそのような災難に遭ったのは、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い者だったからだと思うのか。決してそうではない。(13:2-3b)

私たちの周りに色んな災難(天災・人災)が起こります。

イエス様は災難は罪の結果ではないと言いました。

災いを罪の結果(因果応報)として見る人(宗教)は、過去(罪責感)に縛られて生きる人です。

災いを通し、自分の人生を見つめ直す(悔い改める)人(キリスト教)は、過去(赦されない人生)から解放され、未来(赦された人生)を生きる人になります。

大切なのは何が起こっても、どんな時にも、それを軌道修正の機会とし、前(未来)に向かって生きることなのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ12:49-50 「真の平和のために」

◎2月11日(月)
●ルカ12:49-50 「真の平和のために」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
イエスは群衆に終末に臨むさばきと救いに関するしるしを語られます。そして、今は速やかな行いが要求される時であり、悔い改め、実を結ぶべき時だと警告されます。天候を予想するように、時代を見分けなければなりません。

あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ。(12:51)

ここで言われている「平和」とは、表面的な平和です。

イエス様は偽りの平和を破壊し、真の平和を実現するために来られました。

子どもの高熱が続く時、熱を下げるだけの治療では、本当の解決にはなりません。

熱の原因を調べ、手術が必要な病気だとわかったら、たとえ子どもが嫌がっても子どもを救うために手術を受けさせるものです。

イエス様は人生の手術を施し、罪という名の癌を除去し、あなたに真の平和(神との平和)をもたらすお方なのです。

イエス様から治療を受けた人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ12:35-48 「明かりを灯して生きる」

◎2月10日(日)
●ルカ12:35-48 「明かりを灯して生きる」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
主人から、しもべの管理をまかされていた管理人が、その任務を忠実に果たすなら、帰ってきた主人からほめられるでしょう。しかし、やりたい放題をして、怠けていたしもべは、主人が帰ってきたとき、さばきを受けるのです。
12:35 「腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい。(12:35)

婚礼に出かけた主人は、夜遅く帰ってきます。

忠実な僕は、主人がいつ帰ってきても大丈夫なように、明かりを灯して待ちます。

主人はその僕を見て喜びます。

神様から与えられた命と時間。

いつか終わりが来ます。

その日、イエス様は現れ、主を待ち望み、明かりを灯して生きて来た人々を神の国の食卓(天国)に招かれるのです。

命が尽きるその日まで、輝いて生きる人は幸いです。

今日は日曜日です。

共に主を礼拝し、主を待ち望みましょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ12:13-34 「心のベクトル」

◎2月9日(土)
●ルカ12:13-34 「心のベクトル」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
ある人がイエスに財産分与の問題の解決を願います。しかし、イエスは所有と安住の価値観によって生きる人に対し、たとえを通してその愚かさを示されます。まず神の国を求めるとき、すべての必要が満たされるのです。

あなたがたの富のあるところに、あなたがたの心もあるのだ。(12:34)

富のあるところに心が向かいますが、逆も真理です。

心のあるところに富が向かうのです。

あなたの宝をどこに置くかで心のベクトルが決まり、人生が導かれます。

イエス様は「神と富とに兼ね仕えることはできない」と言われました。

「ただ、神の国を求めなさい。そうすれば、これらのものは加えて与えられる」(31節)。

神様に心を向けて生きる時、すべての必要は満たされます。

今日も祝福を祈ります。byバルナバ

ルカ12:1-12 「一羽の雀」

◎2月8日(金)
●ルカ12:1-12 「一羽の雀」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
イエスは外側の飾るパリサイ人たちに気をつけるように勧告します。彼らの内側の暗闇は必ず明らかになります。弟子たちは世の権力者ではなく、神だけを恐れなければなりません。なぜなら、かららを導き、守るのは聖霊だからです。

五羽の雀が二アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、神がお忘れになることはない。(12:6)

一アサリオンで二羽。二アサリオンで四羽。残りの一羽はおまけです。

このおまけのような小さな雀すらも、神様はお忘れになりません。

あなたの存在は雀とは比較になりません。

たとえ人から値引かれようとも、あなたの存在は、神様の目には高価で尊いのです。

神様は独り子の命と引き替えにして、あなたを買い取ってくださったのです。

それが十字架の贖いの意味です。

今日も神様に愛されていること、覚えられていることを感謝して、一日を始めましょう。

主の祝福がありますように。byバルナバ

ルカ11:37-54 「器の内側を清くせよ」

◎2月7日(木)
●ルカ11:37-54 「器の内側を清くせよ」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
イエスはパリサイ人と律法の専門家たちにわざわいが及ぶと語られます。彼らの罪は、偽善、高慢、内的腐敗、無責任な律法主義、救いの妨げなどです。イエスが彼らに災いを宣言されると、主に対する彼らの敵意はさらに高まります。

ただ、器の中にある物を人に施せ。そうすれば、あなたたちにはすべてのものが清くなる。(11:41)

器は外側より内側の清さが重要です。

水筒の外側をどんなに磨いても、内側を洗わずに使い続けるならば、雑菌が繁殖し、水が汚れ、健康に害を与えます。

キリストは内側の汚れ(罪)を取り除くために来られました。

「わたしたちには神の家を支配する偉大な祭司がおられるのですから、心は清められて、良心のとがめはなくなり、体は清い水で洗われています。信頼しきって、真心から神に近づこうではありませんか。」(ヘブライ10:21-22)。

キリストは清い水です。

この水によって洗われ、神に近づいて生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ11:29-36 「心のともし火」

◎2月6日(水)
●ルカ11:29-36 「心のともし火」
●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
イエスはヨナとソロモンが旧約時代のしるしであったように、ご自分こそこの時代における、唯一確実なしるしであることを強調されます。そして、イエスの弟子であるならば、光の子どもらしく生きなければならないと語られます。

あなたの中にある光が消えていないか調べなさい。 (11:35)

イエス様は言われました。

「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ」(ヨハネ8:12)

「光は、いましばらく、あなたがたの間にある。暗闇に追いつかれないように、光のあるうちに歩きなさい。暗闇の中を歩く者は、自分がどこへいくのか分からない。光の子となるために、光のあるうちに、光を信じなさい」(同12:35-36)と。

イエス様(御言葉)は命の光であり、人生のともし火です。

今日も御言葉によって、心の灯し火を燃やし、明るい一日となりますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

ルカ11:14-28 「心の掃除」

◎2月5日(火)
●ルカ11:14-28 「心の掃除」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
イエスが口を聞けなくする霊につかれている人から悪霊を追い出されます。人々はそのような力がどこから来たのかと論争します。イエスは悪霊を追い出す力が「神の指」によるものであり、神の国が臨んだしるしだと語られます。

「汚れた霊は、人から出て行くと、砂漠をうろつき、休む場所を探すが、見つからない。それで、『出て来たわが家に戻ろう』と言う。 (11:24)

イエス様は汚れた霊を追い出す力を持っています。

掃除機は家を綺麗に保ち続けるための必須アイテムです。

イエス様(御言葉)は心の掃除機です。

掃除は継続が必要です。

汚れた霊は、私たちの心に侵入し、心を汚し、言葉を汚し、人生を汚すからです。

「幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である。(28節)。

今日も御言葉によって心がクリーンされますように。byバルナバ

ルカ11:1-13 「求めなさい」

◎2月4日(月)
●ルカ11:1-13 「求めなさい」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
弟子たちが祈りについて教えてほしいというと、イエスが語られます。祈りは神を“父”と呼ぶことから出発します。子どもとしての確信によって祈るのです。父なる神は切に求める祈り、求め、捜し、たたく祈りを無視されません。

そこで、わたしは言っておく。求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。 (11:9-10)

神様は私たちが求める前から私たちの必要をご存じであり、多くの恵みを与えておられます。

祈らなければ、神の恵みに気づくことも、感謝することもありません。

神に祈って、与えられ、見つかり、開かれるという祈りが聞かれる体験は、与えられたもの以上の恵みを味わうことができます。

一番大きな恵みは、神様が共におられるという確信です。

神様に向かって「お父ちゃん」と呼びかけられる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ10:25-42 「良い方を選ぶ」

◎2月3日(日)
●ルカ10:25-42 「良い方を選ぶ」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
イエスは神の国にふさわしい者の姿について語られます。良きサマリヤ人は犠牲をいとわない献身によって強盗に会った者の隣人となります。イエスはみことばを聞くことを慕い求めるマリヤが良い方を選んだとほめられます。

しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」(10:42)

マリアのイエス様に対する態度を見て、マルタは心乱されました。

自分ならこうすると思ったからです。

主に仕える方法や賜物は一人一人異なります。

もし、マリアがマルタの態度に心騒いでいたなら、マリアにもイエス様は同じ言葉で注意されたことでしょう。

マリアはマリアらしく、マルタはマルタらしく、主に仕える。

これが良い方法なのです。

今日は日曜日です。

共に主を礼拝していきましょう。byバルナバ

ルカ10:17-24 「天に名が記されている」

◎2月2日(土)
●ルカ10:17-24 「天に名が記されている」

●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
70人が戻り、働きについての結果を報告します。弟子たちは悪霊が降伏したことを喜び、舞い上がっていました。しかし、イエスは悪霊を追い出す力を誇らず、ただ神の人々と共に分かち合う救いによって喜ぶようにと語られます。

しかし、悪霊があなたがたに服従するからといって、喜んではならない。むしろ、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。」。(10:20)

天に名が記されるというのは、天国にあなたの部屋が予約されているということです。

これにまさる喜びはありません。

人は自分の名を残したいと願います。

去っていく世界に名を残すことよりも、やがて行く世界に名が刻まれていること。

これが何よりも重要なのです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

ルカ10:1-16 「平和があるように」

◎2月1日(金)
●ルカ10:1-16 「平和があるように」
●今日のみことばの要約 (リビングライフより)
イエスは70人の伝道隊を遣わされ、収穫の働き手を求めなさいと言われます。この時のイエスの心情は小羊を狼の群れの中に送るようなものでした。世が弟子たちと福音を受け入れても拒否しても、神の国は近づいています。

どこかの家に入ったら、まず、『この家に平和があるように』と言いなさい。平和の子がそこにいるなら、あなたがたの願う平和はその人にとどまる。もし、いなければ、その平和はあなたがたに戻ってくる。(10-5-6)

神様の願いは「平和」です。

この平和とは、神との平和です。

福音とは、神との平和を告げる良い知らせであり、福音を受け入れ、イエス様を信じ、従う決心をした人は神との平和を得た人であり、平和を実現する人であり、その人の家には平和がとどまります。

「平和を実現する人々は、その人たちは神の子と呼ばれる」。(マタイ5:9)。

今日も上に平和がありますように。御名によって祝福します。byバルナバ

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