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QT 「主にあって一つ」(ヨハネ17:20-26)

◎2月28日(火)
●QT ヨハネ17章20節-26節
●主題:主にあって一つ
●要約
イエスの大祭司としての祈りが続く。イエスは御名を信じた人、これから信じる人のために「すべての人を一つにしてください」。「わたしのいるところに、共におらせてください」という二つのことを父に祈った。

●聖書
17:20 また、彼らのためだけでなく、彼らの言葉によってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。

17:21 父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じるようになります。

17:22 あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。

17:23 わたしが彼らの内におり、あなたがわたしの内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです。こうして、あなたがわたしをお遣わしになったこと、また、わたしを愛しておられたように、彼らをも愛しておられたことを、世が知るようになります。

17:24 父よ、わたしに与えてくださった人々を、わたしのいる所に、共におらせてください。それは、天地創造の前からわたしを愛して、与えてくださったわたしの栄光を、彼らに見せるためです。

17:25 正しい父よ、世はあなたを知りませんが、わたしはあなたを知っており、この人々はあなたがわたしを遣わされたことを知っています。

17:26 わたしは御名を彼らに知らせました。また、これからも知らせます。わたしに対するあなたの愛が彼らの内にあり、わたしも彼らの内にいるようになるためです。」

●今日の御言葉
父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしを遣わしになったことを、信じるようになります。(21節)。

主は扇の要です。
主にあってわたしたち一人ひとりが結び合わされて一つの体となることによって、キリストの体である教会は世の人々に、教会という扇に描かれたキリスト御自身を表すことができるのです。
今日も主にあって、父・子・聖霊なる神の交わりの中に加えられていることを感謝して、一日をスタートしましょう。byバルナバ

PS.通読:詩編43 
ヨハネ18:1-14
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QT 「一つとなる」(ヨハネ17:11-19)

◎2月27日(月)
●QT ヨハネ17章11節-19節
●主題:一つとなる
●要約
イエスは残された弟子たちが悪い者から御名によって守られるように、真理の御言葉によって聖なる者となるようにと父なる神に祈る。

●聖書

17:11 わたしは、もはや世にはいません。彼らは世に残りますが、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。

17:12 わたしは彼らと一緒にいる間、あなたが与えてくださった御名によって彼らを守りました。わたしが保護したので、滅びの子のほかは、だれも滅びませんでした。聖書が実現するためです。

17:13 しかし、今、わたしはみもとに参ります。世にいる間に、これらのことを語るのは、わたしの喜びが彼らの内に満ちあふれるようになるためです。

17:14 わたしは彼らに御言葉を伝えましたが、世は彼らを憎みました。わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないからです。

17:15 わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです。

17:16 わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないのです。

17:17 真理によって、彼らを聖なる者としてください。あなたの御言葉は真理です。

17:18 わたしを世にお遣わしになったように、わたしも彼らを世に遣わしました。

17:19 彼らのために、わたしは自分自身をささげます。彼らも、真理によってささげられた者となるためです。


●今日の御言葉
聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。(11節)

一つになるとは、互いに愛し合うことです。
「神に願うことは何でもかなえられます。わたしたちが神の掟を守り、御心に適うことを行っているからです。その掟とは、神の子イエス・キリストの名を信じ、この方がわたしたちに命じられたように、互いに愛し合うことです」(Ⅰヨハネ3:22-23)。
今日も一日、主の御名によって守られますように。アーメン。byバルナバ

PS.通読:詩編42 
ヨハネ17:20-26

ボーリング大会

第二回ボーリング大会

2006年2月26日 於:スーパーボウル二見

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QT 「永遠の命」(ヨハネ17:1-10)

◎2月26日(日)
●QT ヨハネ17章1節-10節
●主題:永遠の命
●要約
栄光を現す時が来て、イエスは父なる神に祈る。イエスは永遠の命を与える権能が与えられており、永遠の命とは神とイエス・キリストを知り、キリストのものになることである。

●聖書

17:1 イエスはこれらのことを話してから、天を仰いで言われた。「父よ、時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すようになるために、子に栄光を与えてください。

17:2 あなたは子にすべての人を支配する権能をお与えになりました。そのために、子はあなたからゆだねられた人すべてに、永遠の命を与えることができるのです。

17:3 永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。

17:4 わたしは、行うようにとあなたが与えてくださった業を成し遂げて、地上であなたの栄光を現しました。

17:5 父よ、今、御前でわたしに栄光を与えてください。世界が造られる前に、わたしがみもとで持っていたあの栄光を。

17:6 世から選び出してわたしに与えてくださった人々に、わたしは御名を現しました。彼らはあなたのものでしたが、あなたはわたしに与えてくださいました。彼らは、御言葉を守りました。

17:7 わたしに与えてくださったものはみな、あなたからのものであることを、今、彼らは知っています。

17:8 なぜなら、わたしはあなたから受けた言葉を彼らに伝え、彼らはそれを受け入れて、わたしがみもとから出て来たことを本当に知り、あなたがわたしをお遣わしになったことを信じたからです。

17:9 彼らのためにお願いします。世のためではなく、わたしに与えてくださった人々のためにお願いします。彼らはあなたのものだからです。

17:10 わたしのものはすべてあなたのもの、あなたのものはわたしのものです。わたしは彼らによって栄光を受けました。


●今日の御言葉
永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。(3節)

「知る」とは、知的認識ではなく、関係認識です。永遠の命とは、神との交わりの回復なのです。
御言葉を通して主と交わり、主の声を聞き分ける人は幸いです。

「わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない」(10:27-28)。

今日は日曜日です。共に主を見上げて歩みましょう。byバルナバ

PS.通読:詩編41 
ヨハネ17:11-19

QT 「主の勝利」(ヨハネ16:25-33)

◎2月25日(土)
●QT ヨハネ16章25節-33節
●主題:主の勝利
●要約
イエスはたとえによらずに父のことを語り、弟子たちはイエスが父のもとから来たことを理解し、イエスを信じた。しかし、イエスは弟子たちが離れていくことを予告し、苦難に遭遇しても勇気を出すようにと語る。

●今日の御言葉
あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。(33節)

●聖書

16:25 「わたしはこれらのことを、たとえを用いて話してきた。もはやたとえによらず、はっきり父について知らせる時が来る。

16:26 その日には、あなたがたはわたしの名によって願うことになる。わたしがあなたがたのために父に願ってあげる、とは言わない。

16:27 父御自身が、あなたがたを愛しておられるのである。あなたがたが、わたしを愛し、わたしが神のもとから出て来たことを信じたからである。

16:28 わたしは父のもとから出て、世に来たが、今、世を去って、父のもとに行く。」

16:29 弟子たちは言った。「今は、はっきりとお話しになり、少しもたとえを用いられません。

16:30 あなたが何でもご存じで、だれもお尋ねする必要のないことが、今、分かりました。これによって、あなたが神のもとから来られたと、わたしたちは信じます。」

16:31 イエスはお答えになった。「今ようやく、信じるようになったのか。

16:32 だが、あなたがたが散らされて自分の家に帰ってしまい、わたしをひとりきりにする時が来る。いや、既に来ている。しかし、わたしはひとりではない。父が、共にいてくださるからだ。

16:33 これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」


「わたしたちは、わたしたちを愛して下さる方によって輝かしい勝利を収めています。わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです」(ローマ8:37-39)。
ノックダウンされてもノックアウトされない。それがキリストにある人生です。今日も祝福を祈ります。byバルナバ

PS.通読:詩編40 
ヨハネ17:1-10

QT 「喜び」(ヨハネ16:16-24)

◎2月24日(金)
●QT ヨハネ16章16節-24節
●主題:喜び
●要約
イエスが去ることによって弟子たちは悲しみ、悲嘆にくれる。しかし、すぐにイエスに出会い、再び喜び、その喜びを奪い去る者はいない。イエスの名によって願うならば、与えられ、喜びに満たされるという。

●聖書

16:16 「しばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる。」

16:17 そこで、弟子たちのある者は互いに言った。「『しばらくすると、あなたがたはわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる』とか、『父のもとに行く』とか言っておられるのは、何のことだろう。」

16:18 また、言った。「『しばらくすると』と言っておられるのは、何のことだろう。何を話しておられるのか分からない。」

16:19 イエスは、彼らが尋ねたがっているのを知って言われた。「『しばらくすると、あなたがたはわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる』と、わたしが言ったことについて、論じ合っているのか。

16:20 はっきり言っておく。あなたがたは泣いて悲嘆に暮れるが、世は喜ぶ。あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。

16:21 女は子供を産むとき、苦しむものだ。自分の時が来たからである。しかし、子供が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはやその苦痛を思い出さない。

16:22 ところで、今はあなたがたも、悲しんでいる。しかし、わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。

16:23 その日には、あなたがたはもはや、わたしに何も尋ねない。はっきり言っておく。あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。

16:24 今までは、あなたがたはわたしの名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる。」


●今日の御言葉
ところで、今はあなたがたも、悲しんでいる。しかし、わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。その日には、あなたがたはもはや、わたしに何も尋ねない。はっきり言っておく。あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。今までは、あなたがたはわたしの名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる。(22-24節)

今日も主を求め、主に出会い、誰にも奪われることのない喜びに満たされますように。byバルナバ

PS.通読:詩編39 
ヨハネ16:16-24

QT 「去られるイエス」(ヨハネ16:1-15)

◎2月23日(木)
●QT ヨハネ16章1節-15節
●主題:去られるイエス
●要約
時は迫り、イエスが地上を離れることによって、弁護者である真理の霊が来る。故にイエスが去ることは弟子たちのためになる。真理の霊は罪、義、裁きについて明らかにし、理解できなかったイエスの言葉を悟らせる。

●聖書

16:1 これらのことを話したのは、あなたがたをつまずかせないためである。

16:2 人々はあなたがたを会堂から追放するだろう。しかも、あなたがたを殺す者が皆、自分は神に奉仕していると考える時が来る。

16:3 彼らがこういうことをするのは、父をもわたしをも知らないからである。

16:4 しかし、これらのことを話したのは、その時が来たときに、わたしが語ったということをあなたがたに思い出させるためである。」

16:4 「初めからこれらのことを言わなかったのは、わたしがあなたがたと一緒にいたからである。

16:5 今わたしは、わたしをお遣わしになった方のもとに行こうとしているが、あなたがたはだれも、『どこへ行くのか』と尋ねない。

16:6 むしろ、わたしがこれらのことを話したので、あなたがたの心は悲しみで満たされている。

16:7 しかし、実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。

16:8 その方が来れば、罪について、義について、また、裁きについて、世の誤りを明らかにする。

16:9 罪についてとは、彼らがわたしを信じないこと、

16:10 義についてとは、わたしが父のもとに行き、あなたがたがもはやわたしを見なくなること、

16:11 また、裁きについてとは、この世の支配者が断罪されることである。

16:12 言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。

16:13 しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。

16:14 その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。

16:15 父が持っておられるものはすべて、わたしのものである。だから、わたしは、『その方がわたしのものを受けて、あなたがたに告げる』と言ったのである。」


●今日の御言葉
わたしが去っていくのは、あなたがたのためになる。(7節)

「去る」というのは十字架の死と復活と昇天を意味します。
イエス様の十字架と復活と昇天によって、約束の聖霊が地上に降り、教会が誕生しました。
聖霊は私たちを弁護してくださる方であり、御言葉を悟らせてくださる方です。
もうすでにイエスは去り、聖霊様は来られました。
今朝も「聖霊、あなたを歓迎します。御言葉を悟らせてください」と祈り、一日をスタートしましょう。byバルナバ

PS.通読:詩編38 
ヨハネ16:16-24

QT 「神の選び」(ヨハネ15:18-27)

◎2月22日(水)
●QT ヨハネ15章18節-27節
●主題:神の選び
●要約
イエスが選ばれた人は世に属さない。主が選ばれた人を憎む人は、イエスを憎むことであり、イエスを憎むことは父なる神を憎むことである。神から遣わされた真理の霊と、世から選び出された人がイエスを証する。

●聖書

15:18 「世があなたがたを憎むなら、あなたがたを憎む前にわたしを憎んでいたことを覚えなさい。

15:19 あなたがたが世に属していたなら、世はあなたがたを身内として愛したはずである。だが、あなたがたは世に属していない。わたしがあなたがたを世から選び出した。だから、世はあなたがたを憎むのである。

15:20 『僕は主人にまさりはしない』と、わたしが言った言葉を思い出しなさい。人々がわたしを迫害したのであれば、あなたがたをも迫害するだろう。わたしの言葉を守ったのであれば、あなたがたの言葉をも守るだろう。

15:21 しかし人々は、わたしの名のゆえに、これらのことをみな、あなたがたにするようになる。わたしをお遣わしになった方を知らないからである。

15:22 わたしが来て彼らに話さなかったなら、彼らに罪はなかったであろう。だが、今は、彼らは自分の罪について弁解の余地がない。

15:23 わたしを憎む者は、わたしの父をも憎んでいる。

15:24 だれも行ったことのない業を、わたしが彼らの間で行わなかったなら、彼らに罪はなかったであろう。だが今は、その業を見たうえで、わたしとわたしの父を憎んでいる。

15:25 しかし、それは、『人々は理由もなく、わたしを憎んだ』と、彼らの律法に書いてある言葉が実現するためである。

15:26 わたしが父のもとからあなたがたに遣わそうとしている弁護者、すなわち、父のもとから出る真理の霊が来るとき、その方がわたしについて証しをなさるはずである。

15:27 あなたがたも、初めからわたしと一緒にいたのだから、証しをするのである。

●今日の御言葉
あなたがたは世に属していない。わたしがあなたがたを世から選び出した。(19節)

クリスチャンとはこの世から救い出され、神との平和が与えられ、神の支配に属する人のことです。
「平和な人には未来がある。背く者はことごとく滅ぼされ、主に逆らう者の未来は断たれる。主に従う人の救いは主のもとから来る。災いがふりかかるとき、砦となってくださる方のもとから。主は彼を助け、逃れさせてくださる。主に逆らう者から逃れさせてくださる。主を避けところとする人を、主は救ってくださる(詩編37:37-40)。

今日も主があなたを守り支えてくださるように。byバルナバ

PS.通読:詩編37 
ヨハネ16:1-15

QT 「豊かに実を結ぶ」(ヨハネ15:1-17)

◎2月21日(火)
●QT ヨハネ15章1節-17節
●主題:豊かに実を結ぶ
●要約
イエスはぶどうの木、私たちはその枝である。枝は木から離れては実を結べない。互いに愛し合うこと。これが神の戒めであり、結ぶべき実である。

●聖書

15:1 「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。

15:2 わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。

15:3 わたしの話した言葉によって、あなたがたは既に清くなっている。

15:4 わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。

15:5 わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。

15:6 わたしにつながっていない人がいれば、枝のように外に投げ捨てられて枯れる。そして、集められ、火に投げ入れられて焼かれてしまう。

15:7 あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる。

15:8 あなたがたが豊かに実を結び、わたしの弟子となるなら、それによって、わたしの父は栄光をお受けになる。

15:9 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。

15:10 わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。

15:11 これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。

15:12 わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。

15:13 友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。

15:14 わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。

15:15 もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである。

15:16 あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。

15:17 互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である。」


●今日の御言葉
わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。(5節)。

枝は幹につながり、幹から養分を受けて実を結びます。「互いに愛し合いなさい」。これは主の命令です。(17節)。
愛の実を結ぶためには、ただつながっているだけではなく、イエスの言葉をいつも黙想し、適用(実践)して生きることが大切なのです(7節)。
日々のQTを通し、心の手入れをしていただき、(2節)、
豊かな実を結ぶ者となりましょう。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:詩編36 
ヨハネ15:18-27

QT 「キリストの平和」(ヨハネ14:25-31)

◎2月20日(月)
●QT ヨハネ14章25節-31節
●主題:キリストの平和
●要約
イエスが語っていることは、今は弟子たちには分からない。しかし、弁護者である聖霊が遣わされて来た時、すべてのことを教え、イエスの話を思い出させる。イエスは平和を残し、世の平和とは異なるイエスが持っておられる平和を与えられる。

●聖書

14:25 わたしは、あなたがたといたときに、これらのことを話した。

14:26 しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。

14:27 わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。

14:28 『わたしは去って行くが、また、あなたがたのところへ戻って来る』と言ったのをあなたがたは聞いた。わたしを愛しているなら、わたしが父のもとに行くのを喜んでくれるはずだ。父はわたしよりも偉大な方だからである。

14:29 事が起こったときに、あなたがたが信じるようにと、今、その事の起こる前に話しておく。

14:30 もはや、あなたがたと多くを語るまい。世の支配者が来るからである。だが、彼はわたしをどうすることもできない。

14:31 わたしが父を愛し、父がお命じになったとおりに行っていることを、世は知るべきである。さあ、立て。ここから出かけよう。」


●今日の御言葉
わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がすな。おびえるな。(27節)

主が残してくださった平和とは、主の御言葉です。
キリストの言葉が心を支配する時、心に平安が訪れます。
「キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。いつも感謝していなさい。キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。」(コロサイ3:15-16)。
今日も御言葉を口ずさみつつ平安な一日となりますように。byバルナバ

PS.通読:詩編35 ヨハネ15:1-17

QT 「イエスを愛する」(ヨハネ14:15-24)

◎2月19日(日)
●QT ヨハネ14章15節-24節
●主題:イエスを愛する
●要約
イエスは弁護者である真理の霊、すなわち聖霊について語る。この聖霊は弟子たちと共にいて、ずっと内にいる。イエスは弟子たちを孤児とせず、イエスを愛する者は父にも愛され、イエスの言葉を守る。

●聖書

14:15 「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。

14:16 わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。

14:17 この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。

14:18 わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。

14:19 しばらくすると、世はもうわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。

14:20 かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる。

14:21 わたしの掟を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である。わたしを愛する人は、わたしの父に愛される。わたしもその人を愛して、その人にわたし自身を現す。」

14:22 イスカリオテでない方のユダが、「主よ、わたしたちには御自分を現そうとなさるのに、世にはそうなさらないのは、なぜでしょうか」と言った。

14:23 イエスはこう答えて言われた。「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む。

14:24 わたしを愛さない者は、わたしの言葉を守らない。あなたがたが聞いている言葉はわたしのものではなく、わたしをお遣わしになった父のものである。


●今日の御言葉
わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところへ行き、一緒に住む(23節)

イエス様を愛するとは、御言葉を守ることであり、神は御言葉を守る人を愛し、その人と共に住んでくださるのです。「父は別の弁護者(聖霊)を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる」(16節)。
「わたしはあなたがたをみなしごにはしておかない」(18節)。
今日は日曜日です。
共に主を見上げて礼拝を捧げていきましょう。byバルナバ

PS.通読:詩編34 
ヨハネ14:25-31

QT ヨハネ14:1-14 「私は道である」

◎2月18日(土)
●QT ヨハネ14章1節-14節
●主題:私は道である
●要約
イエスは場所を用意して、再び戻ってくると弟子たちに語る。しかし、弟子たちは理解できなかった。イエスは自分を見た人は父を見たのだといい、信じる者はイエスよりも大きな業を行い、御名によって祈るならば、何でもかなえられると語る。

●聖書

14:1 「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。

14:2 わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。

14:3 行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。

14:4 わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」

14:5 トマスが言った。「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか。」

14:6 イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。

14:7 あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」

14:8 フィリポが「主よ、わたしたちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」と言うと、

14:9 イエスは言われた。「フィリポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのだ。なぜ、『わたしたちに御父をお示しください』と言うのか。

14:10 わたしが父の内におり、父がわたしの内におられることを、信じないのか。わたしがあなたがたに言う言葉は、自分から話しているのではない。わたしの内におられる父が、その業を行っておられるのである。

14:11 わたしが父の内におり、父がわたしの内におられると、わたしが言うのを信じなさい。もしそれを信じないなら、業そのものによって信じなさい。

14:12 はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである。

14:13 わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。こうして、父は子によって栄光をお受けになる。

14:14 わたしの名によって何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう。」


●今日の御言葉
イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことはできない。(6節)

トマスにはイエスが行かれる場所も、そこへの道順も分かりませんでした。しかし、イエス様は「私が道である」と言われ、「わたしがあなたと共にいて道案内をするから、あなたは何も心騒がせる必要はない。ただ、神を信じ、私を信じなさい」と言われたのです。主と共に人生を歩む人は幸いです。今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:詩編33 
ヨハネ14:15-24

QT 「新しい掟」(ヨハネ13:31-38)

◎2月17日(金)
●QT ヨハネ13章31節-38節
●主題:新しい掟
●要約
イエスは栄光を受ける時が来たことを弟子たちに告げ、新しい戒めとして「互いに愛し合うように」と命じ、殉教覚悟のペトロに対し、離反を予告する。

●聖書

13:31 さて、ユダが出て行くと、イエスは言われた。「今や、人の子は栄光を受けた。神も人の子によって栄光をお受けになった。

13:32 神が人の子によって栄光をお受けになったのであれば、神も御自身によって人の子に栄光をお与えになる。しかも、すぐにお与えになる。

13:33 子たちよ、いましばらく、わたしはあなたがたと共にいる。あなたがたはわたしを捜すだろう。『わたしが行く所にあなたたちは来ることができない』とユダヤ人たちに言ったように、今、あなたがたにも同じことを言っておく。

13:34 あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。

13:35 互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」

13:36 シモン・ペトロがイエスに言った。「主よ、どこへ行かれるのですか。」イエスが答えられた。「わたしの行く所に、あなたは今ついて来ることはできないが、後でついて来ることになる。」

13:37 ペトロは言った。「主よ、なぜ今ついて行けないのですか。あなたのためなら命を捨てます。」

13:38 イエスは答えられた。「わたしのために命を捨てると言うのか。はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしのことを知らないと言うだろう。」


●今日の御言葉
あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。(34-35節)

世の中は愛が不景気状態です。
経済が活性化するためには消費が必要なように、愛が活性化するためにも愛の消費が必要なのです。
互いに愛し合い、愛の景気を回復させていく者になりましょう。
今日も身近な人に愛を流し出していきましょう。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:詩編32 
ヨハネ14:1-14

QT 「キリストのように」(ヨハネ13:15-30)

◎2月16日(木)
●QT ヨハネ13章15節-30節
●主題:キリストのように
●要約
イエスに遣わされた者を受け入れる人はイエスを受け入れ、神をも受け入れることになる。イエスは自分を裏切ろうとしている者が弟子の中にいることを明らかにするが弟子たちは気づかず、サタンが入ったユダはすぐに飛び出していく。

●聖書

13:15 わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである。

13:16 はっきり言っておく。僕は主人にまさらず、遣わされた者は遣わした者にまさりはしない。

13:17 このことが分かり、そのとおりに実行するなら、幸いである。

13:18 わたしは、あなたがた皆について、こう言っているのではない。わたしは、どのような人々を選び出したか分かっている。しかし、『わたしのパンを食べている者が、わたしに逆らった』という聖書の言葉は実現しなければならない。

13:19 事の起こる前に、今、言っておく。事が起こったとき、『わたしはある』ということを、あなたがたが信じるようになるためである。

13:20 はっきり言っておく。わたしの遣わす者を受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。」

13:21 イエスはこう話し終えると、心を騒がせ、断言された。「はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」

13:22 弟子たちは、だれについて言っておられるのか察しかねて、顔を見合わせた。

13:23 イエスのすぐ隣には、弟子たちの一人で、イエスの愛しておられた者が食事の席に着いていた。

13:24 シモン・ペトロはこの弟子に、だれについて言っておられるのかと尋ねるように合図した。

13:25 その弟子が、イエスの胸もとに寄りかかったまま、「主よ、それはだれのことですか」と言うと、

13:26 イエスは、「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ」と答えられた。それから、パン切れを浸して取り、イスカリオテのシモンの子ユダにお与えになった。

13:27 ユダがパン切れを受け取ると、サタンが彼の中に入った。そこでイエスは、「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」と彼に言われた。

13:28 座に着いていた者はだれも、なぜユダにこう言われたのか分からなかった。

13:29 ある者は、ユダが金入れを預かっていたので、「祭りに必要な物を買いなさい」とか、貧しい人に何か施すようにと、イエスが言われたのだと思っていた。

13:30 ユダはパン切れを受け取ると、すぐ出て行った。夜であった。


●今日の御言葉
わたしがあなたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示されたのである。はっきり言っておく。僕は主人にまさらず、遣わされた者は遣わした者にまさりはしない。このことが分かり、そのとおりに実行するなら、幸いである。(15-17節)

イエスのしたとおりにするというのは、足を洗うという目に見える行為を真似するのではなく、主が僕のように弟子に仕えられた心の姿をモデルとし、互いに仕え合う心を持ち、実行していきなさい、ということです。
僕の心を持ち、仕えて生きる人は幸いです。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:詩編31 
ヨハネ13:31-38

QT 「後で分かるようになる」

◎2月15日(水)
●QT ヨハネ13章1節-14節
●主題:後で分かるようになる
●要約
イエスは自分の時が来たことを悟り、弟子たちの足を洗われた。弟子たちにはこのイエスの行為を理解することはできなかったが、イエスは「後で分かるようになる」と言われ、弟子たちにも互いに足を洗うように命じた。

●聖書

13:1 さて、過越祭の前のことである。イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。

13:2 夕食のときであった。既に悪魔は、イスカリオテのシモンの子ユダに、イエスを裏切る考えを抱かせていた。

13:3 イエスは、父がすべてを御自分の手にゆだねられたこと、また、御自分が神のもとから来て、神のもとに帰ろうとしていることを悟り、

13:4 食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。

13:5 それから、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。

13:6 シモン・ペトロのところに来ると、ペトロは、「主よ、あなたがわたしの足を洗ってくださるのですか」と言った。

13:7 イエスは答えて、「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」と言われた。

13:8 ペトロが、「わたしの足など、決して洗わないでください」と言うと、イエスは、「もしわたしがあなたを洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもないことになる」と答えられた。

13:9 そこでシモン・ペトロが言った。「主よ、足だけでなく、手も頭も。」

13:10 イエスは言われた。「既に体を洗った者は、全身清いのだから、足だけ洗えばよい。あなたがたは清いのだが、皆が清いわけではない。」

13:11 イエスは、御自分を裏切ろうとしている者がだれであるかを知っておられた。それで、「皆が清いわけではない」と言われたのである。

13:12 さて、イエスは、弟子たちの足を洗ってしまうと、上着を着て、再び席に着いて言われた。「わたしがあなたがたにしたことが分かるか。

13:13 あなたがたは、わたしを『先生』とか『主』とか呼ぶ。そのように言うのは正しい。わたしはそうである。

13:14 ところで、主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。


●今日の御言葉
イエスは答えて、「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」と言われた。(7節)

人生は「後で分かるようになる」ことの連続です。
人生の背後に神の見えざる御手があることを信じ、今、分からないことをも、後の日に、主が明らかにしてくださると信じて、主に委ねて生きるのがクリスチャンの人生です。
過去を変えることはできませんが、主から与えられる知恵によって過去を解釈し直すことは可能なのです。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:詩編30 
ヨハネ13:15-30

QT 「イエスの言葉」(ヨハネ12:37-50)

◎2月14日(火)
●QT ヨハネ12章37節-50節
●主題:イエスの言葉
●要約
イザヤが預言したように、人々は多くのしるしを見ながらもイエスを信じなかった。議員の中には信じた人々も多くいたが、彼らは破門を恐れて公言しなかった。イエスを信じる者は神を信じるのであり、イエスを見る者は神を見るのであり、イエスが語る言葉は神が語る言葉であった。

●聖書


12:37 このように多くのしるしを彼らの目の前で行われたが、彼らはイエスを信じなかった。

12:38 預言者イザヤの言葉が実現するためであった。彼はこう言っている。「主よ、だれがわたしたちの知らせを信じましたか。主の御腕は、だれに示されましたか。」

12:39 彼らが信じることができなかった理由を、イザヤはまた次のように言っている。

12:40 「神は彼らの目を見えなくし、/その心をかたくなにされた。こうして、彼らは目で見ることなく、/心で悟らず、立ち帰らない。わたしは彼らをいやさない。」

12:41 イザヤは、イエスの栄光を見たので、このように言い、イエスについて語ったのである。

12:42 とはいえ、議員の中にもイエスを信じる者は多かった。ただ、会堂から追放されるのを恐れ、ファリサイ派の人々をはばかって公に言い表さなかった。

12:43 彼らは、神からの誉れよりも、人間からの誉れの方を好んだのである。

12:44 イエスは叫んで、こう言われた。「わたしを信じる者は、わたしを信じるのではなくて、わたしを遣わされた方を信じるのである。

12:45 わたしを見る者は、わたしを遣わされた方を見るのである。

12:46 わたしを信じる者が、だれも暗闇の中にとどまることのないように、わたしは光として世に来た。

12:47 わたしの言葉を聞いて、それを守らない者がいても、わたしはその者を裁かない。わたしは、世を裁くためではなく、世を救うために来たからである。

12:48 わたしを拒み、わたしの言葉を受け入れない者に対しては、裁くものがある。わたしの語った言葉が、終わりの日にその者を裁く。

12:49 なぜなら、わたしは自分勝手に語ったのではなく、わたしをお遣わしになった父が、わたしの言うべきこと、語るべきことをお命じになったからである。

12:50 父の命令は永遠の命であることを、わたしは知っている。だから、わたしが語ることは、父がわたしに命じられたままに語っているのである。」



●今日の御言葉
わたしの言葉を聞いて、それを守らない者がいても、わたしはその者を裁かない。わたしは、世を裁くためではなく、世を救うために来たからである。わたしを拒み、わたしの言葉を受け入れない者に対しては、裁くものがある。わたしの語った言葉が、終わりの日にその者を裁く。(47-48)。

御言葉を守らない人と御言葉を受け入れない人とは違います。イエス様は御言葉を守らない人、守れない人を裁くためではなく、救うために来られたのです。その救い主を拒み、救いの言葉を受け入れない人は既に裁かれているのです(3:18)。イエスを信じる者は、たとえ御言葉を守れなくとも決して裁かれません。なぜなら、救いは御言葉を守ることによってではなく、イエスを信じる者に与えられるからです。救われた人は御言葉を日々聞き続ける中で、守る人へと変えられていくのです。今日も祝福がありますように。byバルナバPS.通読:詩編29 ヨハネ13:1-14

QT 「一粒の麦」(ヨハネ12:20-36)

◎2月13日(月)
●QT ヨハネ12章20節-36節
●主題:一粒の麦
●要約
祭りに来ていたギリシャ人がイエスに会いたいと申し出て来た時、イエスは「時が来た」と語り、豊かな実を結ぶために一粒の麦となって死ぬことを示していく。

●聖書

12:20 さて、祭りのとき礼拝するためにエルサレムに上って来た人々の中に、何人かのギリシア人がいた。

12:21 彼らは、ガリラヤのベトサイダ出身のフィリポのもとへ来て、「お願いです。イエスにお目にかかりたいのです」と頼んだ。

12:22 フィリポは行ってアンデレに話し、アンデレとフィリポは行って、イエスに話した。

12:23 イエスはこうお答えになった。「人の子が栄光を受ける時が来た。

12:24 はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。

12:25 自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る。

12:26 わたしに仕えようとする者は、わたしに従え。そうすれば、わたしのいるところに、わたしに仕える者もいることになる。わたしに仕える者がいれば、父はその人を大切にしてくださる。」

12:27 「今、わたしは心騒ぐ。何と言おうか。『父よ、わたしをこの時から救ってください』と言おうか。しかし、わたしはまさにこの時のために来たのだ。

12:28 父よ、御名の栄光を現してください。」すると、天から声が聞こえた。「わたしは既に栄光を現した。再び栄光を現そう。」

12:29 そばにいた群衆は、これを聞いて、「雷が鳴った」と言い、ほかの者たちは「天使がこの人に話しかけたのだ」と言った。

12:30 イエスは答えて言われた。「この声が聞こえたのは、わたしのためではなく、あなたがたのためだ。

12:31 今こそ、この世が裁かれる時。今、この世の支配者が追放される。

12:32 わたしは地上から上げられるとき、すべての人を自分のもとへ引き寄せよう。」

12:33 イエスは、御自分がどのような死を遂げるかを示そうとして、こう言われたのである。

12:34 すると、群衆は言葉を返した。「わたしたちは律法によって、メシアは永遠にいつもおられると聞いていました。それなのに、人の子は上げられなければならない、とどうして言われるのですか。その『人の子』とはだれのことですか。」

12:35 イエスは言われた。「光は、いましばらく、あなたがたの間にある。暗闇に追いつかれないように、光のあるうちに歩きなさい。暗闇の中を歩く者は、自分がどこへ行くのか分からない。

12:36 光の子となるために、光のあるうちに、光を信じなさい。」
イエスはこれらのことを話してから、立ち去って彼らから身を隠された。

●今日の御言葉
はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。(24節)

キリストは命を与えることによって、豊かな実を結びました。
豊かな実を結ぶ人生の秘訣は、自分に死に、キリストに従うことです。
「わたしに仕えようとする者は、わたしに従え。…わたしに仕える者がいれば、父はその人を大切にしてくださる」(26節)。
三浦綾子さんは「一生を終えて後に残るのは、我々が集めたものではなくて、我々が与えたものである」と語りました。豊かに蒔く人は収穫も豊かなのです。今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:詩編28 
ヨハネ12:37-50

日誌 創立2周年記念礼拝

今日は創立2周年記念礼拝
講師は京都グレースバイブルチャーチの関誠先生に来て頂いた。
「おそれてはならない」
新しいことをスタートする時、人は恐れる。
聖書の人物もみんな恐れた。
アブラハムもモーセもヨシュアもギデオンもパウロも恐れた。
主は「おそれるな」と語られる。
主が関先生を通して、必要なメッセージをくださった。
主に感謝。
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QT 「ロバの子」(ヨハネ12:9-19)

◎2月12日(日)
●QT ヨハネ12章9節-19節
●主題:ロバの子
●要約
イエスがラザロを蘇らせたしるしを通して多くの群衆がイエスを信じた。ユダヤ人たちはイエスのみならずラザロをも殺害しようと謀る。イエスはロバの子に乗ってエルサレムに入城し、群衆は「ホサナ」と叫びつつ歓迎していく。

●聖書

12:9 イエスがそこにおられるのを知って、ユダヤ人の大群衆がやって来た。それはイエスだけが目当てではなく、イエスが死者の中からよみがえらせたラザロを見るためでもあった。

12:10 祭司長たちはラザロをも殺そうと謀った。

12:11 多くのユダヤ人がラザロのことで離れて行って、イエスを信じるようになったからである。

12:12 その翌日、祭りに来ていた大勢の群衆は、イエスがエルサレムに来られると聞き、

12:13 なつめやしの枝を持って迎えに出た。そして、叫び続けた。「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように、/イスラエルの王に。」

12:14 イエスはろばの子を見つけて、お乗りになった。次のように書いてあるとおりである。

12:15 「シオンの娘よ、恐れるな。見よ、お前の王がおいでになる、/ろばの子に乗って。」

12:16 弟子たちは最初これらのことが分からなかったが、イエスが栄光を受けられたとき、それがイエスについて書かれたものであり、人々がそのとおりにイエスにしたということを思い出した。

12:17 イエスがラザロを墓から呼び出して、死者の中からよみがえらせたとき一緒にいた群衆は、その証しをしていた。

12:18 群衆がイエスを出迎えたのも、イエスがこのようなしるしをなさったと聞いていたからである。

12:19 そこで、ファリサイ派の人々は互いに言った。「見よ、何をしても無駄だ。世をあげてあの男について行ったではないか。」



●今日の御言葉
イエスはロバの子を見つけて、お乗りになった。(14節)

イエス様はロバの子を偶然見つけて乗られたのではなく、初めから神によって予定されていたことを行われたのです。
偶然のように思える出来事の中にも、そこにある神の必然を発見する者でありたいものです。
「人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」(ルカ19:10)。
「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ」(5:16)。
人生の背後に神の御手があることを信じて、歩みましょう。
今日は日曜日です。共に主を礼拝していきましょう。byバルナバ

PS.通読:詩編27 
ヨハネ12:20-36

QT 「謙遜」(ヨハネ12:1-8)

◎2月11日(土)
●QT ヨハネ12章1節-8節
●主題:謙遜

●要約
イエスは再びベタニヤに来て食卓に着かれた。マリアがナルドの香油をイエスの足に注ぎ、髪で拭った。それを見てイエスを裏切るユダが憤慨するが、イエスは彼をたしなめていく。

●聖書

12:1 過越祭の六日前に、イエスはベタニアに行かれた。そこには、イエスが死者の中からよみがえらせたラザロがいた。

12:2 イエスのためにそこで夕食が用意され、マルタは給仕をしていた。ラザロは、イエスと共に食事の席に着いた人々の中にいた。

12:3 そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。

12:4 弟子の一人で、後にイエスを裏切るイスカリオテのユダが言った。

12:5 「なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人々に施さなかったのか。」

12:6 彼がこう言ったのは、貧しい人々のことを心にかけていたからではない。彼は盗人であって、金入れを預かっていながら、その中身をごまかしていたからである。

12:7 イエスは言われた。「この人のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それを取って置いたのだから。

12:8 貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。」

●今日の御言葉
「そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持ってきて、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油のかおりでいっぱいになった。」(3節)

今日の箇所から謙遜な兄弟たちの姿を黙想します。
ナルドの香油を注いだマリアは僕のように主の足を洗いました。
給仕をするマルタからはつぶやきが消えています。
復活の奇跡を体験したラザロは、他の人々と同じ席に座っています。

神様は謙遜な人を祝福されます。
謙遜な人とは、神の前に自分の弱さ、他人の弱さを認め、受け入れることのできる人のことです。
家全体が謙遜の香りで満ち溢れますように。byバルナバ

PS.通読:詩編26 
ヨハネ12:9-19

QT 「民の代わりに」(ヨハネ11:45-57)

◎2月10日(金)
●QT ヨハネ11章45節-57節
●主題:民の代わりに
●要約
ラザロの復活を目撃した人々はイエスを信じた。この出来事を伝え聞いたファリサイ派の人々は議会を招集し協議する。大祭司カイアファは一人の人間が民の代わりに死ぬ方が、国民全体が滅びるよりは好都合だと語り、この日を境にイエスを殺そうとたくらみ始める。

●聖書

11:45 マリアのところに来て、イエスのなさったことを目撃したユダヤ人の多くは、イエスを信じた。

11:46 しかし、中には、ファリサイ派の人々のもとへ行き、イエスのなさったことを告げる者もいた。

11:47 そこで、祭司長たちとファリサイ派の人々は最高法院を召集して言った。「この男は多くのしるしを行っているが、どうすればよいか。

11:48 このままにしておけば、皆が彼を信じるようになる。そして、ローマ人が来て、我々の神殿も国民も滅ぼしてしまうだろう。」

11:49 彼らの中の一人で、その年の大祭司であったカイアファが言った。「あなたがたは何も分かっていない。

11:50 一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済む方が、あなたがたに好都合だとは考えないのか。」

11:51 これは、カイアファが自分の考えから話したのではない。その年の大祭司であったので預言して、イエスが国民のために死ぬ、と言ったのである。

11:52 国民のためばかりでなく、散らされている神の子たちを一つに集めるためにも死ぬ、と言ったのである。

11:53 この日から、彼らはイエスを殺そうとたくらんだ。

11:54 それで、イエスはもはや公然とユダヤ人たちの間を歩くことはなく、そこを去り、荒れ野に近い地方のエフライムという町に行き、弟子たちとそこに滞在された。

11:55 さて、ユダヤ人の過越祭が近づいた。多くの人が身を清めるために、過越祭の前に地方からエルサレムへ上った。

11:56 彼らはイエスを捜し、神殿の境内で互いに言った。「どう思うか。あの人はこの祭りには来ないのだろうか。」

11:57 祭司長たちとファリサイ派の人々は、イエスの居どころが分かれば届け出よと、命令を出していた。イエスを逮捕するためである。

●今日の御言葉
「あなたがたは何も分かっていない。一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済む方が、あなたがたに好都合だと考えないのか。」(49-50節)

大祭司は、「あなたがたは何も分かっていない」と叱責しながらも、自らも、「イエスが国民のために死ぬ」と語られた預言の意味を何も分かっていなかったのです。
イエスは大祭司が言うように国民がローマ軍に滅ぼされないために死ぬのではなく、真の支配者である神に滅ぼされないために罪の贖いとなって死なれたのです。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:詩編54 
ヨハネ12:1-8

QT 「イエスの涙」(ヨハネ11:31-44)

◎2月9日(木)
●QT ヨハネ11章31節-44節
●主題:イエスの涙
●要約
イエスはマリアが涙している姿を見て、彼女を絶望させる死の力に対して心に怒りを覚え、涙する。イエスは墓石を取りのけさせ、父に祈り、大声で「ラザロ、出てきなさい」と叫んだ。すると死人が墓から出てきた。

●聖書

11:31 家の中でマリアと一緒にいて、慰めていたユダヤ人たちは、彼女が急に立ち上がって出て行くのを見て、墓に泣きに行くのだろうと思い、後を追った。

11:32 マリアはイエスのおられる所に来て、イエスを見るなり足もとにひれ伏し、「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」と言った。

11:33 イエスは、彼女が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見て、心に憤りを覚え、興奮して、

11:34 言われた。「どこに葬ったのか。」彼らは、「主よ、来て、御覧ください」と言った。

11:35 イエスは涙を流された。

11:36 ユダヤ人たちは、「御覧なさい、どんなにラザロを愛しておられたことか」と言った。

11:37 しかし、中には、「盲人の目を開けたこの人も、ラザロが死なないようにはできなかったのか」と言う者もいた。

11:38 イエスは、再び心に憤りを覚えて、墓に来られた。墓は洞穴で、石でふさがれていた。

11:39 イエスが、「その石を取りのけなさい」と言われると、死んだラザロの姉妹マルタが、「主よ、四日もたっていますから、もうにおいます」と言った。

11:40 イエスは、「もし信じるなら、神の栄光が見られると、言っておいたではないか」と言われた。

11:41 人々が石を取りのけると、イエスは天を仰いで言われた。「父よ、わたしの願いを聞き入れてくださって感謝します。

11:42 わたしの願いをいつも聞いてくださることを、わたしは知っています。しかし、わたしがこう言うのは、周りにいる群衆のためです。あなたがわたしをお遣わしになったことを、彼らに信じさせるためです。」

11:43 こう言ってから、「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫ばれた。

11:44 すると、死んでいた人が、手と足を布で巻かれたまま出て来た。顔は覆いで包まれていた。イエスは人々に、「ほどいてやって、行かせなさい」と言われた。


●今日の御言葉
イエスは涙を流された(25節)

マリアは家から飛び出し、墓ではなく、イエスのもとで涙を流します。
キルケゴールは「絶望は死に至る病だ」と言いました。
愛する弟ラザロを失い、絶望の涙を流すマリアたちを見て、イエス様も涙を流されました。
イエスの涙はマリアの悲しみを共感する涙であると共に、人間に絶望をもたらす死(問題)に対する憤りの涙です。
イエスの涙は希望の扉を開く涙です。
主はあなたのためにも涙を流してくださることを黙想しましょう。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:詩編24 
ヨハネ11:45-57

QT 「死んでも生きる」(ヨハネ11:17-30)

◎2月8日(水)
●QT ヨハネ11章17節-30節
●主題:
●要約
イエスが墓に来た時、ラザロが死んで四日も過ぎていた。イエスは「あなたの兄弟は復活する」、「わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていていわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない」と語り、それを聞いてマルタはイエスがメシアであることを告白する。

●聖書

11:17 さて、イエスが行って御覧になると、ラザロは墓に葬られて既に四日もたっていた。

11:18 ベタニアはエルサレムに近く、十五スタディオンほどのところにあった。

11:19 マルタとマリアのところには、多くのユダヤ人が、兄弟ラザロのことで慰めに来ていた。

11:20 マルタは、イエスが来られたと聞いて、迎えに行ったが、マリアは家の中に座っていた。

11:21 マルタはイエスに言った。「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。

11:22 しかし、あなたが神にお願いになることは何でも神はかなえてくださると、わたしは今でも承知しています。」

11:23 イエスが、「あなたの兄弟は復活する」と言われると、

11:24 マルタは、「終わりの日の復活の時に復活することは存じております」と言った。

11:25 イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。

11:26 生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」

11:27 マルタは言った。「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております。」

11:28 マルタは、こう言ってから、家に帰って姉妹のマリアを呼び、「先生がいらして、あなたをお呼びです」と耳打ちした。

11:29 マリアはこれを聞くと、すぐに立ち上がり、イエスのもとに行った。

11:30 イエスはまだ村には入らず、マルタが出迎えた場所におられた。

●今日の御言葉
イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。(25節)

命ある者は必ず死を迎えます。誰一人死を免れることはできません。
しかし、キリストは「復活」であり、「命」であり、キリストを信じる者は、死んでも生きる世界、復活の世界があると言われたのです。「死」は終わりを意味します。終わりから始まる新しい世界がある。絶望から、悲しみから、苦しみから始まる世界が来る。十字架(死)の向こうには復活(命)があります。主よ、信じます。今日も祝福がありますようにbyバルナバPS.通読:詩編23 ヨハネ11:31-44

QT 「主への祈り」(ヨハネ11:1-16)

◎2月7日(火)
●QT ヨハネ11章1節-16節
●主題:主への祈り
●要約
イエスのところにラザロの危篤の知らせが届く。イエスは「この病気は死で終わるものではない」と言った。三日後、「ユダヤへ行こう」と弟子たちに告げ、ラザロを起こしに行く。

●聖書

11:1 ある病人がいた。マリアとその姉妹マルタの村、ベタニアの出身で、ラザロといった。

11:2 このマリアは主に香油を塗り、髪の毛で主の足をぬぐった女である。その兄弟ラザロが病気であった。

11:3 姉妹たちはイエスのもとに人をやって、「主よ、あなたの愛しておられる者が病気なのです」と言わせた。

11:4 イエスは、それを聞いて言われた。「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである。」

11:5 イエスは、マルタとその姉妹とラザロを愛しておられた。

11:6 ラザロが病気だと聞いてからも、なお二日間同じ所に滞在された。

11:7 それから、弟子たちに言われた。「もう一度、ユダヤに行こう。」

11:8 弟子たちは言った。「ラビ、ユダヤ人たちがついこの間もあなたを石で打ち殺そうとしたのに、またそこへ行かれるのですか。」

11:9 イエスはお答えになった。「昼間は十二時間あるではないか。昼のうちに歩けば、つまずくことはない。この世の光を見ているからだ。

11:10 しかし、夜歩けば、つまずく。その人の内に光がないからである。」

11:11 こうお話しになり、また、その後で言われた。「わたしたちの友ラザロが眠っている。しかし、わたしは彼を起こしに行く。」

11:12 弟子たちは、「主よ、眠っているのであれば、助かるでしょう」と言った。

11:13 イエスはラザロの死について話されたのだが、弟子たちは、ただ眠りについて話されたものと思ったのである。

11:14 そこでイエスは、はっきりと言われた。「ラザロは死んだのだ。

11:15 わたしがその場に居合わせなかったのは、あなたがたにとってよかった。あなたがたが信じるようになるためである。さあ、彼のところへ行こう。」

11:16 すると、ディディモと呼ばれるトマスが、仲間の弟子たちに、「わたしたちも行って、一緒に死のうではないか」と言った。

●今日の御言葉
姉妹たちはイエスのもとに人をやって、「主よ、あなたの愛しておられる者が病気なのです」と言わせた。(3節)

「主よ、あなたの愛しておられる者が病気なのです」。
苦しみの中にある人のために、私たちができること、しなければならないこと、それは「主よ、あなたの愛しておられるあの人が苦しんでいます」と祈り続けることです。
主は「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである」と語り、ラザロを甦らせました。十字架(苦しみ)の後には必ず復活(快復)が来ます。
主の栄光があなたの祈りに現されますように。今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:詩編22 
ヨハネ11:17-30

QT 「父の業」(ヨハネ10:31-42)

◎2月6日(月)
●QT ヨハネ10章31節-42節
●主題:父の業
●要約
ユダヤ人たちはイエスが神を冒涜しているとの理由で石を投げつけようとする。彼らは父の業を行うイエスを信じなかった。一方、ヨルダンの向こう側に住む人々は、ヨハネのしるしではなく、彼の証しが真実であることをイエスの業を通して確信し、イエスを信じていく。

●聖書

10:31 ユダヤ人たちは、イエスを石で打ち殺そうとして、また石を取り上げた。

10:32 すると、イエスは言われた。「わたしは、父が与えてくださった多くの善い業をあなたたちに示した。その中のどの業のために、石で打ち殺そうとするのか。」

10:33 ユダヤ人たちは答えた。「善い業のことで、石で打ち殺すのではない。神を冒涜したからだ。あなたは、人間なのに、自分を神としているからだ。」

10:34 そこで、イエスは言われた。「あなたたちの律法に、『わたしは言う。あなたたちは神々である』と書いてあるではないか。

10:35 神の言葉を受けた人たちが、『神々』と言われている。そして、聖書が廃れることはありえない。

10:36 それなら、父から聖なる者とされて世に遣わされたわたしが、『わたしは神の子である』と言ったからとて、どうして『神を冒涜している』と言うのか。

10:37 もし、わたしが父の業を行っていないのであれば、わたしを信じなくてもよい。

10:38 しかし、行っているのであれば、わたしを信じなくても、その業を信じなさい。そうすれば、父がわたしの内におられ、わたしが父の内にいることを、あなたたちは知り、また悟るだろう。」

10:39 そこで、ユダヤ人たちはまたイエスを捕らえようとしたが、イエスは彼らの手を逃れて、去って行かれた。

10:40 イエスは、再びヨルダンの向こう側、ヨハネが最初に洗礼を授けていた所に行って、そこに滞在された。

10:41 多くの人がイエスのもとに来て言った。「ヨハネは何のしるしも行わなかったが、彼がこの方について話したことは、すべて本当だった。」

10:42 そこでは、多くの人がイエスを信じた。


●今日の御言葉
もし、わたしが父の業を行っていないのであれば、わたしを信じなくてもよい。しかし、行っているのであれば、わたしを信じなくても、その業を信じなさい。そうすれば、父がわたしのうちにおられ、わたしが父の内にいることを、あなたたちは知り、また悟るであろう。(37-38節)

「はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとに行くからである。わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。(14:12-13)。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:詩編21 
ヨハネ11:1-16

QT 「イエスと父は一つ」(ヨハネ10:14-30)

◎2月5日(日)
●QT ヨハネ10章14節-30節
●主題:イエスと父は一つ
●要約
イエスは自らを良い羊飼いだと告白すると、ユダヤ人の間に対立が生じた。イエスは信じない人たちに、「信じないのは私の羊でないからである」と言った。父(神)とイエスは一つであり、イエスの声に従う人は永遠の命を受ける。

●聖書

10:14 わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている。

10:15 それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである。わたしは羊のために命を捨てる。

10:16 わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる。

10:17 わたしは命を、再び受けるために、捨てる。それゆえ、父はわたしを愛してくださる。

10:18 だれもわたしから命を奪い取ることはできない。わたしは自分でそれを捨てる。わたしは命を捨てることもでき、それを再び受けることもできる。これは、わたしが父から受けた掟である。」

10:19 この話をめぐって、ユダヤ人たちの間にまた対立が生じた。

10:20 多くのユダヤ人は言った。「彼は悪霊に取りつかれて、気が変になっている。なぜ、あなたたちは彼の言うことに耳を貸すのか。」

10:21 ほかの者たちは言った。「悪霊に取りつかれた者は、こういうことは言えない。悪霊に盲人の目が開けられようか。」

10:22 そのころ、エルサレムで神殿奉献記念祭が行われた。冬であった。

10:23 イエスは、神殿の境内でソロモンの回廊を歩いておられた。

10:24 すると、ユダヤ人たちがイエスを取り囲んで言った。「いつまで、わたしたちに気をもませるのか。もしメシアなら、はっきりそう言いなさい。」

10:25 イエスは答えられた。「わたしは言ったが、あなたたちは信じない。わたしが父の名によって行う業が、わたしについて証しをしている。

10:26 しかし、あなたたちは信じない。わたしの羊ではないからである。

10:27 わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。

10:28 わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。

10:29 わたしの父がわたしにくださったものは、すべてのものより偉大であり、だれも父の手から奪うことはできない。

10:30 わたしと父とは一つである。」


●今日の御言葉
わたしと父とは一つである。(30節)

イエス様と父なる神様とは一つです。
「いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである」(1:18)

「わたしを見た者は、父を見たのだ」(14:9)

今日は日曜日です。共に主を礼拝していきましょう。
祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:詩編20 
ヨハネ10:31-47

QT 「良い羊飼い」(ヨハネ10:1-13)

◎2月4日(土)
●QT ヨハネ10章1節-13節
●主題:良い羊飼い
●要約
羊飼いは門から入り、羊は羊飼いの声を聞き分ける。キリストは門であり、この門から入る者は救われる。また、キリストは良い羊飼いであり、羊のために命を捨てるが、雇い人は狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして逃げる。

●聖書

10:1 「はっきり言っておく。羊の囲いに入るのに、門を通らないでほかの所を乗り越えて来る者は、盗人であり、強盗である。

10:2 門から入る者が羊飼いである。

10:3 門番は羊飼いには門を開き、羊はその声を聞き分ける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。

10:4 自分の羊をすべて連れ出すと、先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、ついて行く。

10:5 しかし、ほかの者には決してついて行かず、逃げ去る。ほかの者たちの声を知らないからである。」

10:6 イエスは、このたとえをファリサイ派の人々に話されたが、彼らはその話が何のことか分からなかった。

10:7 イエスはまた言われた。「はっきり言っておく。わたしは羊の門である。

10:8 わたしより前に来た者は皆、盗人であり、強盗である。しかし、羊は彼らの言うことを聞かなかった。

10:9 わたしは門である。わたしを通って入る者は救われる。その人は、門を出入りして牧草を見つける。

10:10 盗人が来るのは、盗んだり、屠ったり、滅ぼしたりするためにほかならない。わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである。

10:11 わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。

10:12 羊飼いでなく、自分の羊を持たない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして逃げる。――狼は羊を奪い、また追い散らす。――

10:13 彼は雇い人で、羊のことを心にかけていないからである。

●今日の御言葉
わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる(11節)

「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。主はわたしを青草の原に休ませ、憩いの水のほとりに伴い、魂を生き返らせてくださる。主は御名にふさわしくわたしを正しい道に導かれる。死の陰の谷を行くときもわたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる。あなたの鞭、あなたの杖、それが私を力づける。」(詩編23:1-4)。アーメン。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:詩編19 
ヨハネ10:14-30

QT 「主との再会」

◎2月3日(金)
●QT ヨハネ9章24節-41節
●主題:主との再会
●要約
再び目が開かれた盲人はユダヤ人の尋問を受け、目を開けた人は神から遣わされた人だと述べ、会堂から追い出されていく。イエスは彼と出会い、自らを現すと、彼はその場で主を告白し、ひざまずいて礼拝する。

●聖書
9:24 さて、ユダヤ人たちは、盲人であった人をもう一度呼び出して言った。「神の前で正直に答えなさい。わたしたちは、あの者が罪ある人間だと知っているのだ。」

9:25 彼は答えた。「あの方が罪人かどうか、わたしには分かりません。ただ一つ知っているのは、目の見えなかったわたしが、今は見えるということです。」

9:26 すると、彼らは言った。「あの者はお前にどんなことをしたのか。お前の目をどうやって開けたのか。」

9:27 彼は答えた。「もうお話ししたのに、聞いてくださいませんでした。なぜまた、聞こうとなさるのですか。あなたがたもあの方の弟子になりたいのですか。」

9:28 そこで、彼らはののしって言った。「お前はあの者の弟子だが、我々はモーセの弟子だ。

9:29 我々は、神がモーセに語られたことは知っているが、あの者がどこから来たのかは知らない。」

9:30 彼は答えて言った。「あの方がどこから来られたか、あなたがたがご存じないとは、実に不思議です。あの方は、わたしの目を開けてくださったのに。

9:31 神は罪人の言うことはお聞きにならないと、わたしたちは承知しています。しかし、神をあがめ、その御心を行う人の言うことは、お聞きになります。

9:32 生まれつき目が見えなかった者の目を開けた人がいるということなど、これまで一度も聞いたことがありません。

9:33 あの方が神のもとから来られたのでなければ、何もおできにならなかったはずです。」

9:34 彼らは、「お前は全く罪の中に生まれたのに、我々に教えようというのか」と言い返し、彼を外に追い出した。

9:35 イエスは彼が外に追い出されたことをお聞きになった。そして彼に出会うと、「あなたは人の子を信じるか」と言われた。

9:36 彼は答えて言った。「主よ、その方はどんな人ですか。その方を信じたいのですが。」

9:37 イエスは言われた。「あなたは、もうその人を見ている。あなたと話しているのが、その人だ。」

9:38 彼が、「主よ、信じます」と言って、ひざまずくと、

9:39 イエスは言われた。「わたしがこの世に来たのは、裁くためである。こうして、見えない者は見えるようになり、見える者は見えないようになる。」

9:40 イエスと一緒に居合わせたファリサイ派の人々は、これらのことを聞いて、「我々も見えないということか」と言った。

9:41 イエスは言われた。「見えなかったのであれば、罪はなかったであろう。しかし、今、『見える』とあなたたちは言っている。だから、あなたたちの罪は残る。」

●今日の御言葉
イエスは彼が外に追い出されたことをお聞きになった。そして彼に出会うと、「あなたは人の子を信じるか」と言われた。(35節)

見えるようになった盲人はイエスが神から遣わされた方であることを公言したために会堂から追放されてしまいました。
それを知ったイエスは、再び彼に出会い、自らが人の子であることを明らかにし、彼はその場でひざまずいて主を礼拝するのです。
彼は主と一対一で向き合うことによって、本当の礼拝を捧げたのです。今日も神様の祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:詩編18 
ヨハネ10:1-13

QT 「見えるようになった」(ヨハネ9:13-23)

◎2月2日(木)
●QT ヨハネ9章13節-23節
●主題:見えるようになった
●要約
盲人が癒されたのは安息日であった。ファリサイ人たちは本人と両親に尋問する。彼はイエスを預言者だと言う。イエスをキリストだと告白する者は会堂から追放することになっていたので、両親は証言を拒否し、息子に聞くように言う。

●聖書

9:13 人々は、前に盲人であった人をファリサイ派の人々のところへ連れて行った。

9:14 イエスが土をこねてその目を開けられたのは、安息日のことであった。

9:15 そこで、ファリサイ派の人々も、どうして見えるようになったのかと尋ねた。彼は言った。「あの方が、わたしの目にこねた土を塗りました。そして、わたしが洗うと、見えるようになったのです。」

9:16 ファリサイ派の人々の中には、「その人は、安息日を守らないから、神のもとから来た者ではない」と言う者もいれば、「どうして罪のある人間が、こんなしるしを行うことができるだろうか」と言う者もいた。こうして、彼らの間で意見が分かれた。

9:17 そこで、人々は盲人であった人に再び言った。「目を開けてくれたということだが、いったい、お前はあの人をどう思うのか。」彼は「あの方は預言者です」と言った。

9:18 それでも、ユダヤ人たちはこの人について、盲人であったのに目が見えるようになったということを信じなかった。ついに、目が見えるようになった人の両親を呼び出して、

9:19 尋ねた。「この者はあなたたちの息子で、生まれつき目が見えなかったと言うのか。それが、どうして今は目が見えるのか。」

9:20 両親は答えて言った。「これがわたしどもの息子で、生まれつき目が見えなかったことは知っています。

9:21 しかし、どうして今、目が見えるようになったかは、分かりません。だれが目を開けてくれたのかも、わたしどもは分かりません。本人にお聞きください。もう大人ですから、自分のことは自分で話すでしょう。」

9:22 両親がこう言ったのは、ユダヤ人たちを恐れていたからである。ユダヤ人たちは既に、イエスをメシアであると公に言い表す者がいれば、会堂から追放すると決めていたのである。

9:23 両親が、「もう大人ですから、本人にお聞きください」と言ったのは、そのためである。


●今日の御言葉
あの方が、わたしの目にこねた土を塗りました。そして、わたしが洗うと、見えるようになったのです」(15節)

生まれつき盲人であった人は、どうして見えるようになったのかはわかりませんでした。
しかし、今、見えるという事実だけを語り続けたのです。福音は神の御業を体験した人たちの生きた証によって、広がりました。
救いの原点を思い出し、自分の人生に起こった価値観の変化を黙想していきましょう。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:詩編17 
ヨハネ9:24-41

QT 「神の御業」(ヨハネ9:1-12)

◎2月1日(水)
●QT ヨハネ9章1節-12節
●主題:神の御業
●要約
弟子たちは生まれつき目の見えない人を見て、彼が目が見えないのは誰の罪のせいであるかを尋ねた。イエスは神の御業が現れるためだと語り、この盲人の目を癒された。

●聖書

9:1 さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。

9:2 弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」

9:3 イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。

9:4 わたしたちは、わたしをお遣わしになった方の業を、まだ日のあるうちに行わねばならない。だれも働くことのできない夜が来る。

9:5 わたしは、世にいる間、世の光である。」

9:6 こう言ってから、イエスは地面に唾をし、唾で土をこねてその人の目にお塗りになった。

9:7 そして、「シロアム――『遣わされた者』という意味――の池に行って洗いなさい」と言われた。そこで、彼は行って洗い、目が見えるようになって、帰って来た。

9:8 近所の人々や、彼が物乞いであったのを前に見ていた人々が、「これは、座って物乞いをしていた人ではないか」と言った。

9:9 「その人だ」と言う者もいれば、「いや違う。似ているだけだ」と言う者もいた。本人は、「わたしがそうなのです」と言った。

9:10 そこで人々が、「では、お前の目はどのようにして開いたのか」と言うと、

9:11 彼は答えた。「イエスという方が、土をこねてわたしの目に塗り、『シロアムに行って洗いなさい』と言われました。そこで、行って洗ったら、見えるようになったのです。」

9:12 人々が「その人はどこにいるのか」と言うと、彼は「知りません」と言った。


●今日の御言葉
イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。(3節)

イエス様は変えようもない過去に苦しめられて生きている人に出会い、マイナスをプラスに変え、新しい目的を与え、未来に希望を与えられるのです。
神の御業が現れる時、プラスの恵みの大きさの故に、過去のマイナス(苦しみ)をも感謝できるのです。
「苦しみにあったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。」(詩編119:71:新改訳)。
マイナスをもプラスに変えたもう神の御業が今日、あなたの上に起こされますように。御名によって祈ります。byバルナバ

PS.通読:詩編16 
ヨハネ9:13-23
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