QT 「主の言葉を守る」(ヨハネ8:48-59)

◎1月31日(火)
●QT ヨハネ8章48-59節
●主題:主の言葉を守る
●要約
イエスとユダヤ人との論争が続き、ユダヤ人たちはイエスの言葉を正しく理解できず、イエスを悪霊呼ばわりし、石を取り上げて投げつけようとする。イエスは身を隠し、神殿の境内から去って行かれた。

●聖書

8:48 ユダヤ人たちが、「あなたはサマリア人で悪霊に取りつかれていると、我々が言うのも当然ではないか」と言い返すと、

8:49 イエスはお答えになった。「わたしは悪霊に取りつかれてはいない。わたしは父を重んじているのに、あなたたちはわたしを重んじない。

8:50 わたしは、自分の栄光は求めていない。わたしの栄光を求め、裁きをなさる方が、ほかにおられる。

8:51 はっきり言っておく。わたしの言葉を守るなら、その人は決して死ぬことがない。」

8:52 ユダヤ人たちは言った。「あなたが悪霊に取りつかれていることが、今はっきりした。アブラハムは死んだし、預言者たちも死んだ。ところが、あなたは、『わたしの言葉を守るなら、その人は決して死を味わうことがない』と言う。

8:53 わたしたちの父アブラハムよりも、あなたは偉大なのか。彼は死んだではないか。預言者たちも死んだ。いったい、あなたは自分を何者だと思っているのか。」

8:54 イエスはお答えになった。「わたしが自分自身のために栄光を求めようとしているのであれば、わたしの栄光はむなしい。わたしに栄光を与えてくださるのはわたしの父であって、あなたたちはこの方について、『我々の神だ』と言っている。

8:55 あなたたちはその方を知らないが、わたしは知っている。わたしがその方を知らないと言えば、あなたたちと同じくわたしも偽り者になる。しかし、わたしはその方を知っており、その言葉を守っている。

8:56 あなたたちの父アブラハムは、わたしの日を見るのを楽しみにしていた。そして、それを見て、喜んだのである。」

8:57 ユダヤ人たちが、「あなたは、まだ五十歳にもならないのに、アブラハムを見たのか」と言うと、

8:58 イエスは言われた。「はっきり言っておく。アブラハムが生まれる前から、『わたしはある。』」

8:59 すると、ユダヤ人たちは、石を取り上げ、イエスに投げつけようとした。しかし、イエスは身を隠して、神殿の境内から出て行かれた。


●今日の御言葉
はっきり言っておく。わたしの言葉を守るなら、その人は決して死ぬことがない。(51節)

「守る」というのは、ただうなずき、同意するという程度のものでなく、宝物のように失わないように、奪われないように守り続ける態度を意味します。主の言葉を宝として、守り続ける人は死を見ることがない(口語訳)のです。
死の恐怖に目を奪われることなく、天国の希望を抱いて、今を生きることができるのです。
御言葉はあなたの人生を支える最高の宝なのです。
今日も祝福を祈ります。byバルナバ

通読:詩編15 
nextヨハネ9:1-13
スポンサーサイト

QT 「イエスを愛する」(ヨハネ8:41-47)

◎1月30日(月)
●QT ヨハネ8章41-47節
●主題:イエスを愛する
●要約
イエスは自分に敵対する者はこの世に属しており、その父は悪魔だと言われる。神に属する者はイエスの言葉を聞き、イエスを愛するという。

●聖書

8:41 あなたたちは、自分の父と同じ業をしている。」そこで彼らが、「わたしたちは姦淫によって生まれたのではありません。わたしたちにはただひとりの父がいます。それは神です」と言うと、

8:42 イエスは言われた。「神があなたたちの父であれば、あなたたちはわたしを愛するはずである。なぜなら、わたしは神のもとから来て、ここにいるからだ。わたしは自分勝手に来たのではなく、神がわたしをお遣わしになったのである。

8:43 わたしの言っていることが、なぜ分からないのか。それは、わたしの言葉を聞くことができないからだ。

8:44 あなたたちは、悪魔である父から出た者であって、その父の欲望を満たしたいと思っている。悪魔は最初から人殺しであって、真理をよりどころとしていない。彼の内には真理がないからだ。悪魔が偽りを言うときは、その本性から言っている。自分が偽り者であり、その父だからである。

8:45 しかし、わたしが真理を語るから、あなたたちはわたしを信じない。

8:46 あなたたちのうち、いったいだれが、わたしに罪があると責めることができるのか。わたしは真理を語っているのに、なぜわたしを信じないのか。

8:47 神に属する者は神の言葉を聞く。あなたたちが聞かないのは神に属していないからである。」


●今日の御言葉
イエスは言われた。「神があなたたちの父であれば、あなたたちはわたしを愛するはずである。なぜなら、わたしは神のもとから来て、ここにいるからだ。わたしは自分勝手に来たのではなく、神がわたしをお遣わしになったのである。(42節)

イエスは父が遣わされた目的を知っていました。
私たちもこの世に自分勝手に生まれ、偶然存在しているのではなく、父がこの世に誕生させた目的があるのです。
この目的を知って神の子となった人はイエスを愛するようになるのです。
私たちの目的は神(イエス)を愛し、自分を愛し、人を愛して生きることなのです。今日も祝福がありますように。byバルナバ

通読:詩編14 
nextヨハネ8:48-59

QT 「自由」(ヨハネ31-40)

◎1月29日(日)
●QT ヨハネ8章31-40節
●主題:自由
●要約
イエスの言葉にとどまる者は弟子である。罪を犯す者は罪の奴隷であるが、真理を知ることによって自由がもたらされる。しかし、ユダヤ人たちは真理であるイエスの言葉を受け入れず、イエスを殺そうとしていた。

●聖書

8:31 イエスは、御自分を信じたユダヤ人たちに言われた。「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。

8:32 あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。」

8:33 すると、彼らは言った。「わたしたちはアブラハムの子孫です。今までだれかの奴隷になったことはありません。『あなたたちは自由になる』とどうして言われるのですか。」

8:34 イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。罪を犯す者はだれでも罪の奴隷である。

8:35 奴隷は家にいつまでもいるわけにはいかないが、子はいつまでもいる。

8:36 だから、もし子があなたたちを自由にすれば、あなたたちは本当に自由になる。

8:37 あなたたちがアブラハムの子孫だということは、分かっている。だが、あなたたちはわたしを殺そうとしている。わたしの言葉を受け入れないからである。

8:38 わたしは父のもとで見たことを話している。ところが、あなたたちは父から聞いたことを行っている。」

8:39 彼らが答えて、「わたしたちの父はアブラハムです」と言うと、イエスは言われた。「アブラハムの子なら、アブラハムと同じ業をするはずだ。

8:40 ところが、今、あなたたちは、神から聞いた真理をあなたたちに語っているこのわたしを、殺そうとしている。アブラハムはそんなことはしなかった。


●今日の御言葉
わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。(31-32節)

イエス・キリストは「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことはできない」(14:6)と言われました。
父のもととは、罪の束縛から解放された自由な世界です。
キリストは私たちに赦しによる自由をもたらすために来られたのです。イエスの言葉にとどまる人は幸いです。
今日は日曜日。共に主を礼拝しましょう。byバルナバ

通読:詩編13 
nextヨハネ8:41-47

QT 「御心を行う」(ヨハネ8:22-30)

◎1月28日(土)
●QT ヨハネ8章22-30節
●主題:御心を行う
●要約
イエスを信じない者は世に属し、罪の中で死に、イエスが行く世界に行くことができない。イエスは父から遣わされ、父から聞いたことを語り、父の御心を行っていると語り、多くの人々がイエスを信じていく。

●聖書

8:22 ユダヤ人たちが、「『わたしの行く所に、あなたたちは来ることができない』と言っているが、自殺でもするつもりなのだろうか」と話していると、

8:23 イエスは彼らに言われた。「あなたたちは下のものに属しているが、わたしは上のものに属している。あなたたちはこの世に属しているが、わたしはこの世に属していない。

8:24 だから、あなたたちは自分の罪のうちに死ぬことになると、わたしは言ったのである。『わたしはある』ということを信じないならば、あなたたちは自分の罪のうちに死ぬことになる。」

8:25 彼らが、「あなたは、いったい、どなたですか」と言うと、イエスは言われた。「それは初めから話しているではないか。

8:26 あなたたちについては、言うべきこと、裁くべきことがたくさんある。しかし、わたしをお遣わしになった方は真実であり、わたしはその方から聞いたことを、世に向かって話している。」

8:27 彼らは、イエスが御父について話しておられることを悟らなかった。

8:28 そこで、イエスは言われた。「あなたたちは、人の子を上げたときに初めて、『わたしはある』ということ、また、わたしが、自分勝手には何もせず、ただ、父に教えられたとおりに話していることが分かるだろう。

8:29 わたしをお遣わしになった方は、わたしと共にいてくださる。わたしをひとりにしてはおかれない。わたしは、いつもこの方の御心に適うことを行うからである。」

8:30 これらのことを語られたとき、多くの人々がイエスを信じた。


●今日の御言葉
わたしをお遣わしになった方は、わたしと共にいてくださる。わたしをひとりにはしておかれない。わたしは、いつもこの方の御心に適うことを行うからである。(29節)

「見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたと約束したことを果たすまで決して見捨てない。」(創世記28:15)。

私たちはこのように語りかけてくださる方の御心に適うことをいつも行っているでしょうか。
御心に従って生きる人は幸いです。byバルナバ

通読:詩編12 
nextヨハネ8:31-40

QT 「世の光」(ヨハネ8:12-21)

◎1月27日(金)
●QT ヨハネ8章12-21節
●主題:世の光
●要約
イエスは世の光。イエスに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。自分で自分を証しするイエスの証しは真実ではないというファリサイ派の人々に対し、イエスは父も証ししてくれると答える。しかし、彼らは父が誰のことかを知らない。

●聖書

8:12 イエスは再び言われた。「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」

8:13 それで、ファリサイ派の人々が言った。「あなたは自分について証しをしている。その証しは真実ではない。」

8:14 イエスは答えて言われた。「たとえわたしが自分について証しをするとしても、その証しは真実である。自分がどこから来たのか、そしてどこへ行くのか、わたしは知っているからだ。しかし、あなたたちは、わたしがどこから来てどこへ行くのか、知らない。

8:15 あなたたちは肉に従って裁くが、わたしはだれをも裁かない。

8:16 しかし、もしわたしが裁くとすれば、わたしの裁きは真実である。なぜならわたしはひとりではなく、わたしをお遣わしになった父と共にいるからである。

8:17 あなたたちの律法には、二人が行う証しは真実であると書いてある。

8:18 わたしは自分について証しをしており、わたしをお遣わしになった父もわたしについて証しをしてくださる。」

8:19 彼らが「あなたの父はどこにいるのか」と言うと、イエスはお答えになった。「あなたたちは、わたしもわたしの父も知らない。もし、わたしを知っていたら、わたしの父をも知るはずだ。」

8:20 イエスは神殿の境内で教えておられたとき、宝物殿の近くでこれらのことを話された。しかし、だれもイエスを捕らえなかった。イエスの時がまだ来ていなかったからである。

8:21 そこで、イエスはまた言われた。「わたしは去って行く。あなたたちはわたしを捜すだろう。だが、あなたたちは自分の罪のうちに死ぬことになる。わたしの行く所に、あなたたちは来ることができない。」

●今日の御言葉
イエスは再び言われた。「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ」(12節)

悪魔は今でも光の中を歩み始めた人たちのまぶたを閉じさせ、まるで闇の中に歩んでいるかのように錯覚を与えます。
イエス様の約束は真実です。
イエス様を信じる者は命の光を持っているのです。
「あなたの御言葉は、わたしの道の光、わたしの歩みを照らす灯。(詩編119:105)。
主よ、感謝します。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

通読:詩編11 
nextヨハネ8:22-30

QT 「赦し」

◎1月26日(木)
●QT ヨハネ8章1-11節
●主題:赦し
●要約
律法学者たちはイエスを試すため、姦淫を犯した女性を連れてきた。イエスは罪なき者が石を投げるように命じると、一人また一人とその場を離れていき、最後はイエスだけが残った。イエスは再び罪を犯さないように言って、彼女を帰していく。

●聖書

8:1 イエスはオリーブ山へ行かれた。

8:2 朝早く、再び神殿の境内に入られると、民衆が皆、御自分のところにやって来たので、座って教え始められた。

8:3 そこへ、律法学者たちやファリサイ派の人々が、姦通の現場で捕らえられた女を連れて来て、真ん中に立たせ、

8:4 イエスに言った。「先生、この女は姦通をしているときに捕まりました。

8:5 こういう女は石で打ち殺せと、モーセは律法の中で命じています。ところで、あなたはどうお考えになりますか。」

8:6 イエスを試して、訴える口実を得るために、こう言ったのである。イエスはかがみ込み、指で地面に何か書き始められた。

8:7 しかし、彼らがしつこく問い続けるので、イエスは身を起こして言われた。「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」

8:8 そしてまた、身をかがめて地面に書き続けられた。

8:9 これを聞いた者は、年長者から始まって、一人また一人と、立ち去ってしまい、イエスひとりと、真ん中にいた女が残った。

8:10 イエスは、身を起こして言われた。「婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか。」

8:11 女が、「主よ、だれも」と言うと、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない。」

●今日の御言葉
あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。(7節)

この言葉を聞いて、一人また一人と、裁きの座から去っていきました。罪のないイエス様だけはこの女に石を投げることもできました。
しかし、「わたしもあなたを罪に定めない」(11節)と言って、彼女を赦し、その場を去らせます。
イエス様は、私たちを責める場所からも、責められる場所からも離れさせてくださるお方です。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

通読:詩編10 
nextヨハネ8:12-21

QT 「生きた水」(ヨハネ7:37-53)

◎1月25日(水)
●QT ヨハネ7章37-53節
●主題:生きた水
●要約
イエスは渇いている者を招き、信じる者には生きた水が川となって溢れ出ると約束する。イエスが誰であるかを巡って論争が起こり、ユダヤ人指導者たちからイエスを捕らえるように命じられていた部下たちは、手をかけることができなかった。

●聖書

7:37 祭りが最も盛大に祝われる終わりの日に、イエスは立ち上がって大声で言われた。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。

7:38 わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」

7:39 イエスは、御自分を信じる人々が受けようとしている“霊”について言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、“霊”がまだ降っていなかったからである。

7:40 この言葉を聞いて、群衆の中には、「この人は、本当にあの預言者だ」と言う者や、

7:41 「この人はメシアだ」と言う者がいたが、このように言う者もいた。「メシアはガリラヤから出るだろうか。

7:42 メシアはダビデの子孫で、ダビデのいた村ベツレヘムから出ると、聖書に書いてあるではないか。」

7:43 こうして、イエスのことで群衆の間に対立が生じた。

7:44 その中にはイエスを捕らえようと思う者もいたが、手をかける者はなかった。

7:45 さて、祭司長たちやファリサイ派の人々は、下役たちが戻って来たとき、「どうして、あの男を連れて来なかったのか」と言った。

7:46 下役たちは、「今まで、あの人のように話した人はいません」と答えた。

7:47 すると、ファリサイ派の人々は言った。「お前たちまでも惑わされたのか。

7:48 議員やファリサイ派の人々の中に、あの男を信じた者がいるだろうか。

7:49 だが、律法を知らないこの群衆は、呪われている。」

7:50 彼らの中の一人で、以前イエスを訪ねたことのあるニコデモが言った。

7:51 「我々の律法によれば、まず本人から事情を聞き、何をしたかを確かめたうえでなければ、判決を下してはならないことになっているではないか。」

7:52 彼らは答えて言った。「あなたもガリラヤ出身なのか。よく調べてみなさい。ガリラヤからは預言者の出ないことが分かる。」

7:53 〔人々はおのおの家へ帰って行った。

●今日の御言葉
渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書にかいてあるとおり、その人から生きた水が川となって流れ出るようになる。(37-38節)

現代人は霊的に渇いており、スピリチュアルなものを求めています。霊的な渇きはこの世のもので満たされません。
主の招きに応え、命の水を飲む者(キリストを信じる者)は、生きた水(聖霊)が内側から泉となって溢れ出て川となって流れ出るというのです。
今日、聖霊があなたの心に満ち溢れますように。byバルナバ.

通読:詩編9 
nextヨハネ8:1-11

QT 「イエスの教え」(ヨハネ7:14-24)

◎1月23日(月)
●QT ヨハネ7章14-24節
●主題:イエスの教え
●要約
イエスが神殿で教えるとユダヤ人たちはその教えに驚いた。イエスは自分の教えではなく、自分を遣わした方の教えであり、御心を行おうとする者には、この教えが神からのものであることが分かると言って、教えを理解せず、イエスを殺そうと考えていたユダヤ人と論争を始める。

●聖書

7:14 祭りも既に半ばになったころ、イエスは神殿の境内に上って行って、教え始められた。

7:15 ユダヤ人たちが驚いて、「この人は、学問をしたわけでもないのに、どうして聖書をこんなによく知っているのだろう」と言うと、

7:16 イエスは答えて言われた。「わたしの教えは、自分の教えではなく、わたしをお遣わしになった方の教えである。

7:17 この方の御心を行おうとする者は、わたしの教えが神から出たものか、わたしが勝手に話しているのか、分かるはずである。

7:18 自分勝手に話す者は、自分の栄光を求める。しかし、自分をお遣わしになった方の栄光を求める者は真実な人であり、その人には不義がない。

7:19 モーセはあなたたちに律法を与えたではないか。ところが、あなたたちはだれもその律法を守らない。なぜ、わたしを殺そうとするのか。」

7:20 群衆が答えた。「あなたは悪霊に取りつかれている。だれがあなたを殺そうというのか。」

7:21 イエスは答えて言われた。「わたしが一つの業を行ったというので、あなたたちは皆驚いている。

7:22 しかし、モーセはあなたたちに割礼を命じた。――もっとも、これはモーセからではなく、族長たちから始まったのだが――だから、あなたたちは安息日にも割礼を施している。

7:23 モーセの律法を破らないようにと、人は安息日であっても割礼を受けるのに、わたしが安息日に全身をいやしたからといって腹を立てるのか。

7:24 うわべだけで裁くのをやめ、正しい裁きをしなさい。」

●今日の御言葉
イエスは答えて言われた。「わたしの教えは、自分の教えではなく、わたしをお遣わしになった方の教えである。この方の御心を行おうとするものは、わたしの教えが神から出たものか、わたしが勝手に話しているのか、わかるはずである。(16-17節)

神様はイエス様を通して、私たちに大切な真理を教えてくださいました。イエス様を通して神様の御心を悟る人は幸いです。
明日は一泊研修会出席のため御言葉メールはお休みします。byバルナバ

通読:詩編7 
nextヨハネ7:25-36

QT 「時は備えられている」(ヨハネ7:1-13)

◎1月22日(日)
●QT ヨハネ7章1-13節
●主題:時は備えられている
●要約
ユダヤ人たちはイエスを殺そうと狙って、イエスを探していた。イエスの兄弟たちはエルサレムでしるしを見せ、アピールするように勧めるが、イエスはまだ時が来ていないと、人目を避けてエルサレムに上る。

●聖書

7:1 その後、イエスはガリラヤを巡っておられた。ユダヤ人が殺そうとねらっていたので、ユダヤを巡ろうとは思われなかった。

7:2 ときに、ユダヤ人の仮庵祭が近づいていた。

7:3 イエスの兄弟たちが言った。「ここを去ってユダヤに行き、あなたのしている業を弟子たちにも見せてやりなさい。

7:4 公に知られようとしながら、ひそかに行動するような人はいない。こういうことをしているからには、自分を世にはっきり示しなさい。」

7:5 兄弟たちも、イエスを信じていなかったのである。

7:6 そこで、イエスは言われた。「わたしの時はまだ来ていない。しかし、あなたがたの時はいつも備えられている。

7:7 世はあなたがたを憎むことができないが、わたしを憎んでいる。わたしが、世の行っている業は悪いと証ししているからだ。

7:8 あなたがたは祭りに上って行くがよい。わたしはこの祭りには上って行かない。まだ、わたしの時が来ていないからである。」

7:9 こう言って、イエスはガリラヤにとどまられた。

7:10 しかし、兄弟たちが祭りに上って行ったとき、イエス御自身も、人目を避け、隠れるようにして上って行かれた。

7:11 祭りのときユダヤ人たちはイエスを捜し、「あの男はどこにいるのか」と言っていた。

7:12 群衆の間では、イエスのことがいろいろとささやかれていた。「良い人だ」と言う者もいれば、「いや、群衆を惑わしている」と言う者もいた。

7:13 しかし、ユダヤ人たちを恐れて、イエスについて公然と語る者はいなかった。

●今日の御言葉
兄弟たちも、イエスを信じていなかったのである。そこで、イエスは言われた。「わたしの時はまだ来ていない。しかし、あなたがたの時はいつも備えられている」(5-6節)

イエスの兄弟たちは、イエスのなさったしるしを見ながらも信じていませんでした。「わたしの時」とは、最大のしるしである十字架と復活を意味します。「あなたがたの時」とは、イエスを信じる時です。しるしを見ていた彼らは、すでに時が備えられていたにもかかわらず、その時を逃し続けていました。「時」とは、チャンスです。救いのチャンス、イエスを信じるチャンスなのです。この時はいつでも備えられています。今日は主の日です。祝福がありますように。byバルナバ.通読:詩編6 nextヨハネ7:14-24

QT 「命の言葉」(ヨハネ6:52-71)

◎1月21日(土)
●QT ヨハネ6章52-71節
●主題:命の言葉
●要約
イエスは「人の子の肉を食べ、血を飲む者は永遠の命を得、終わりの日に復活する」と教えた。ユダヤ人のみならず、イエスの弟子ですらこの霊的な意味を悟れず、イエスに躓き離れていくが、12人の弟子はイエスのもとに残る。しかし、その中の一人は裏切ろうとしていた。

●御言葉

6:52 それで、ユダヤ人たちは、「どうしてこの人は自分の肉を我々に食べさせることができるのか」と、互いに激しく議論し始めた。

6:53 イエスは言われた。「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない。

6:54 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。

6:55 わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物だからである。

6:56 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる。

6:57 生きておられる父がわたしをお遣わしになり、またわたしが父によって生きるように、わたしを食べる者もわたしによって生きる。

6:58 これは天から降って来たパンである。先祖が食べたのに死んでしまったようなものとは違う。このパンを食べる者は永遠に生きる。」

6:59 これらは、イエスがカファルナウムの会堂で教えていたときに話されたことである。

6:60 ところで、弟子たちの多くの者はこれを聞いて言った。「実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか。」

6:61 イエスは、弟子たちがこのことについてつぶやいているのに気づいて言われた。「あなたがたはこのことにつまずくのか。

6:62 それでは、人の子がもといた所に上るのを見るならば……。

6:63 命を与えるのは“霊”である。肉は何の役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、命である。

6:64 しかし、あなたがたのうちには信じない者たちもいる。」イエスは最初から、信じない者たちがだれであるか、また、御自分を裏切る者がだれであるかを知っておられたのである。

6:65 そして、言われた。「こういうわけで、わたしはあなたがたに、『父からお許しがなければ、だれもわたしのもとに来ることはできない』と言ったのだ。」

6:66 このために、弟子たちの多くが離れ去り、もはやイエスと共に歩まなくなった。

6:67 そこで、イエスは十二人に、「あなたがたも離れて行きたいか」と言われた。

6:68 シモン・ペトロが答えた。「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。

6:69 あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています。」

6:70 すると、イエスは言われた。「あなたがた十二人は、わたしが選んだのではないか。ところが、その中の一人は悪魔だ。」

6:71 イスカリオテのシモンの子ユダのことを言われたのである。このユダは、十二人の一人でありながら、イエスを裏切ろうとしていた。


●今日の御言葉
命を与えるのは霊である。肉は何の役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、命である。(63節)

主が語られる御言葉は霊であり、命です。
「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」(マタイ4:4)。
毎日、命の御言葉を食する人は幸いです。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

通読:詩編5 nextヨハネ7:1-13

QT 「命のパン」(ヨハネ6:34-51)

◎1月20日(金)
●QT ヨハネ6章34-51節
●主題:命のパン
●要約
イエスは命のパンであり、イエスの元に来る者、信じる者は決して飢え渇かない。父の御心は信じる者が皆永遠の命を得、終わりの日に復活させること。しかし、人々はつぶやき、イエスの元に来ようとしない。

●聖書
6:34 そこで、彼らが、「主よ、そのパンをいつもわたしたちにください」と言うと、

6:35 イエスは言われた。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。

6:36 しかし、前にも言ったように、あなたがたはわたしを見ているのに、信じない。

6:37 父がわたしにお与えになる人は皆、わたしのところに来る。わたしのもとに来る人を、わたしは決して追い出さない。

6:38 わたしが天から降って来たのは、自分の意志を行うためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである。

6:39 わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。

6:40 わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである。」

6:41 ユダヤ人たちは、イエスが「わたしは天から降って来たパンである」と言われたので、イエスのことでつぶやき始め、

6:42 こう言った。「これはヨセフの息子のイエスではないか。我々はその父も母も知っている。どうして今、『わたしは天から降って来た』などと言うのか。」

6:43 イエスは答えて言われた。「つぶやき合うのはやめなさい。

6:44 わたしをお遣わしになった父が引き寄せてくださらなければ、だれもわたしのもとへ来ることはできない。わたしはその人を終わりの日に復活させる。

6:45 預言者の書に、『彼らは皆、神によって教えられる』と書いてある。父から聞いて学んだ者は皆、わたしのもとに来る。

6:46 父を見た者は一人もいない。神のもとから来た者だけが父を見たのである。

6:47 はっきり言っておく。信じる者は永遠の命を得ている。

6:48 わたしは命のパンである。

6:49 あなたたちの先祖は荒れ野でマンナを食べたが、死んでしまった。

6:50 しかし、これは、天から降って来たパンであり、これを食べる者は死なない。

6:51 わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである。」


●今日の御言葉

わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることである。(39-40)
「わたしをお遣わしになった父が引き寄せてくださらなければ、だれもわたしのもとへ来ることはできない。わたしはその人を終わりの日に復活させる」(44節)
「わたしは、天から降ってきた生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる」(51節)


主よ、命のパンを感謝していただきます。今日も祝福がありますように。byバルナバ.通読:詩編4 nextヨハネ6:52-71

QT 「わたしだ」(ヨハネ6:16-33)

◎1月19日(木)
●QT ヨハネ6章16-33節
●主題:わたしだ
●要約
湖上で暴風に見舞われている弟子たちに、イエスは海の上を歩いて近づき、「わたしである。恐れることはない」と語る。イエスは群衆に向かって、朽ちるパンのためではなく、永遠の命に至る食べ物のために働くように語る。

●聖書

6:16 夕方になったので、弟子たちは湖畔へ下りて行った。

6:17 そして、舟に乗り、湖の向こう岸のカファルナウムに行こうとした。既に暗くなっていたが、イエスはまだ彼らのところには来ておられなかった。

6:18 強い風が吹いて、湖は荒れ始めた。

6:19 二十五ないし三十スタディオンばかり漕ぎ出したころ、イエスが湖の上を歩いて舟に近づいて来られるのを見て、彼らは恐れた。

6:20 イエスは言われた。「わたしだ。恐れることはない。」

6:21 そこで、彼らはイエスを舟に迎え入れようとした。すると間もなく、舟は目指す地に着いた。

6:22 その翌日、湖の向こう岸に残っていた群衆は、そこには小舟が一そうしかなかったこと、また、イエスは弟子たちと一緒に舟に乗り込まれず、弟子たちだけが出かけたことに気づいた。

6:23 ところが、ほかの小舟が数そうティベリアスから、主が感謝の祈りを唱えられた後に人々がパンを食べた場所へ近づいて来た。

6:24 群衆は、イエスも弟子たちもそこにいないと知ると、自分たちもそれらの小舟に乗り、イエスを捜し求めてカファルナウムに来た。

6:25 そして、湖の向こう岸でイエスを見つけると、「ラビ、いつ、ここにおいでになったのですか」と言った。

6:26 イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからだ。

6:27 朽ちる食べ物のためではなく、いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい。これこそ、人の子があなたがたに与える食べ物である。父である神が、人の子を認証されたからである。」

6:28 そこで彼らが、「神の業を行うためには、何をしたらよいでしょうか」と言うと、

6:29 イエスは答えて言われた。「神がお遣わしになった者を信じること、それが神の業である。」

6:30 そこで、彼らは言った。「それでは、わたしたちが見てあなたを信じることができるように、どんなしるしを行ってくださいますか。どのようなことをしてくださいますか。

6:31 わたしたちの先祖は、荒れ野でマンナを食べました。『天からのパンを彼らに与えて食べさせた』と書いてあるとおりです。」

6:32 すると、イエスは言われた。「はっきり言っておく。モーセが天からのパンをあなたがたに与えたのではなく、わたしの父が天からのまことのパンをお与えになる。

6:33 神のパンは、天から降って来て、世に命を与えるものである。」


●今日の御言葉
イエスは言われた。「わたしだ。恐れることはない。」(20節)

湖の上で暴風雨に見舞われ、疲労困憊していた弟子たちのもとにイエス様は海の上を歩いて近づき「わたしである」(エゴー・エイミー)と語られました。
かつてモーセがイスラエルの民をエジプトから導き出すとき、神様は「わたしはあるという者だ」(出エジ3章)と語ったのと同じ言葉です。
私たちには不可能だと思える場所にも主は来てくださり、「わたしだ」「わたしは共にいると語りかけてくださるのです。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

通読:詩編3 
nextヨハネ6:34-51

QT 「パンの奇跡」(ヨハネ6:1-15)

◎1月18日(水)
●QT ヨハネ6章1-15節
●主題:パンと魚の奇跡
●要約
イエスは弟子たちを試し、大群衆に食事を与えるにはどうすればよいかと尋ねた。弟子たちは不可能だと答えたが、イエスは少年が持っていた五つのパンと二匹の魚で満腹させ、再びしるしを行われた。

●聖書

6:1 その後、イエスはガリラヤ湖、すなわちティベリアス湖の向こう岸に渡られた。

6:2 大勢の群衆が後を追った。イエスが病人たちになさったしるしを見たからである。

6:3 イエスは山に登り、弟子たちと一緒にそこにお座りになった。

6:4 ユダヤ人の祭りである過越祭が近づいていた。

6:5 イエスは目を上げ、大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見て、フィリポに、「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」と言われたが、

6:6 こう言ったのはフィリポを試みるためであって、御自分では何をしようとしているか知っておられたのである。

6:7 フィリポは、「めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう」と答えた。

6:8 弟子の一人で、シモン・ペトロの兄弟アンデレが、イエスに言った。

6:9 「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」

6:10 イエスは、「人々を座らせなさい」と言われた。そこには草がたくさん生えていた。男たちはそこに座ったが、その数はおよそ五千人であった。

6:11 さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。

6:12 人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに、「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」と言われた。

6:13 集めると、人々が五つの大麦パンを食べて、なお残ったパンの屑で、十二の籠がいっぱいになった。

6:14 そこで、人々はイエスのなさったしるしを見て、「まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」と言った。

6:15 イエスは、人々が来て、自分を王にするために連れて行こうとしているのを知り、ひとりでまた山に退かれた。

●今日の御言葉
ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。(9節)

少年が差し出したものは、大勢の群衆の前では、何の役にも立ちそうにないものでした。
しかし、主の手に差し出され、主がこれを祝福し、配られるとき、奇跡が起こりました。
私たちの持っているものがどんなに小さく、貧しいものであっても、主の前に差しだし、祝福されて、主に用いられる時、そこに神様の栄光が現されるのです。
あなたの手にある五つのパンと二匹の魚は何でしょうか。
今日も神様があなた自身を祝福してくださるように。byバルナバ

通読:詩編2 
nextヨハネ6:16-33

QT 「証し」(ヨハネ5:30-47)

◎1月17日(火)

●QT ヨハネ5章30-47節

●主題:証し

●要約
ヨハネはイエスを証しした。しかし、人間の証しにまさる証しがある。父なる神が自ら証しされ、父がイエスを通して行っているしるしによっても証しされ、聖書も律法もイエスを証ししている。しかし、ユダヤ人たちはこの証しを信じなかった。

●聖書

5:30 わたしは自分では何もできない。ただ、父から聞くままに裁く。わたしの裁きは正しい。わたしは自分の意志ではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行おうとするからである。」

5:31 「もし、わたしが自分自身について証しをするなら、その証しは真実ではない。

5:32 わたしについて証しをなさる方は別におられる。そして、その方がわたしについてなさる証しは真実であることを、わたしは知っている。

5:33 あなたたちはヨハネのもとへ人を送ったが、彼は真理について証しをした。

5:34 わたしは、人間による証しは受けない。しかし、あなたたちが救われるために、これらのことを言っておく。

5:35 ヨハネは、燃えて輝くともし火であった。あなたたちは、しばらくの間その光のもとで喜び楽しもうとした。

5:36 しかし、わたしにはヨハネの証しにまさる証しがある。父がわたしに成し遂げるようにお与えになった業、つまり、わたしが行っている業そのものが、父がわたしをお遣わしになったことを証ししている。

5:37 また、わたしをお遣わしになった父が、わたしについて証しをしてくださる。あなたたちは、まだ父のお声を聞いたこともなければ、お姿を見たこともない。

5:38 また、あなたたちは、自分の内に父のお言葉をとどめていない。父がお遣わしになった者を、あなたたちは信じないからである。

5:39 あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書はわたしについて証しをするものだ。

5:40 それなのに、あなたたちは、命を得るためにわたしのところへ来ようとしない。

5:41 わたしは、人からの誉れは受けない。

5:42 しかし、あなたたちの内には神への愛がないことを、わたしは知っている。

5:43 わたしは父の名によって来たのに、あなたたちはわたしを受け入れない。もし、ほかの人が自分の名によって来れば、あなたたちは受け入れる。

5:44 互いに相手からの誉れは受けるのに、唯一の神からの誉れは求めようとしないあなたたちには、どうして信じることができようか。

5:45 わたしが父にあなたたちを訴えるなどと、考えてはならない。あなたたちを訴えるのは、あなたたちが頼りにしているモーセなのだ。

5:46 あなたたちは、モーセを信じたのであれば、わたしをも信じたはずだ。モーセは、わたしについて書いているからである。

5:47 しかし、モーセの書いたことを信じないのであれば、どうしてわたしが語ることを信じることができようか。」


●今日の御言葉
あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書はわたしについて証しをするものだ。それなのに、あなたたちは、命を得るためにわたしのところへ来ようとしない。(39-40節)

車を欲しいと願い、パンフレットを取り寄せ、性能を調べ、熟知したとしても、パンフレットを研究するだけでは、車を得られません。売り手である店に行って買い求める必要があります。
私たちは聖書を通して信じる者に与えられる恵みの数々を知ります。それらを知っているだけでは与えられません。与えてくださる主の元に行くことが大切なのです。今日も祝福がありますように。byバルナバ.

通読:詩編1 
nextヨハネ6:1-15

QT 「死から命へ」(ヨハネ5:16-29)

◎1月16日(月)

●QT ヨハネ5章16-29節

●主題:死から命へ

●要約
イエスは神を父と呼び、自ら神と等しく語ったためにユダヤ人の殺意を受ける。イエスは神の子であり、神の御心を人々に伝え、信じる者に命を与え、信じない者を裁く権限をもっておられる。

●聖書

5:16 そのために、ユダヤ人たちはイエスを迫害し始めた。イエスが、安息日にこのようなことをしておられたからである。

5:17 イエスはお答えになった。「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ。」

5:18 このために、ユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうとねらうようになった。イエスが安息日を破るだけでなく、神を御自分の父と呼んで、御自身を神と等しい者とされたからである。

5:19 そこで、イエスは彼らに言われた。「はっきり言っておく。子は、父のなさることを見なければ、自分からは何事もできない。父がなさることはなんでも、子もそのとおりにする。

5:20 父は子を愛して、御自分のなさることをすべて子に示されるからである。また、これらのことよりも大きな業を子にお示しになって、あなたたちが驚くことになる。

5:21 すなわち、父が死者を復活させて命をお与えになるように、子も、与えたいと思う者に命を与える。

5:22 また、父はだれをも裁かず、裁きは一切子に任せておられる。

5:23 すべての人が、父を敬うように、子をも敬うようになるためである。子を敬わない者は、子をお遣わしになった父をも敬わない。

5:24 はっきり言っておく。わたしの言葉を聞いて、わたしをお遣わしになった方を信じる者は、永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている。

5:25 はっきり言っておく。死んだ者が神の子の声を聞く時が来る。今やその時である。その声を聞いた者は生きる。

5:26 父は、御自身の内に命を持っておられるように、子にも自分の内に命を持つようにしてくださったからである。

5:27 また、裁きを行う権能を子にお与えになった。子は人の子だからである。

5:28 驚いてはならない。時が来ると、墓の中にいる者は皆、人の子の声を聞き、

5:29 善を行った者は復活して命を受けるために、悪を行った者は復活して裁きを受けるために出て来るのだ。


●今日の御言葉
はっきり言っておく。わたしの言葉を聞いて、わたしをお遣わしになった方を信じる者は、永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている。(24節)

キリストの言葉を通して、キリストを遣わされた創造主なる神を信じる人は、永遠の命が与えられており、神の裁きを受けることなく、もうすでに命の世界に移されているのです。
「神の子の名を信じているあなたがたに、これらのことを書き送るのは、永遠の命を得ていることを悟らせたいからです」(Ⅰヨハネ5:13)。
人生のゴールが死ではなく、命である人は幸いです。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

通読:ヨブ42 
nextヨハネ5:30-47

QT 「床を担いで歩きなさい」(ヨハネ5:1-15)

◎1月15日(日)
●QT ヨハネ5章1-15節

●主題:床を担いで歩きなさい

●要約
イエスはベトザタの池の前に38年間、病気で苦しんでいる人を癒された。それが安息日であったため、ユダヤ人たちは誰が律法を破ったのかを探そうとした。

●聖書

5:1 その後、ユダヤ人の祭りがあったので、イエスはエルサレムに上られた。

5:2 エルサレムには羊の門の傍らに、ヘブライ語で「ベトザタ」と呼ばれる池があり、そこには五つの回廊があった。

5:3 この回廊には、病気の人、目の見えない人、足の不自由な人、体の麻痺した人などが、大勢横たわっていた。

5:3 (†底本に節が欠落 異本訳<5:3b-4>)彼らは、水が動くのを待っていた。それは、主の使いがときどき池に降りて来て、水が動くことがあり、水が動いたとき、真っ先に水に入る者は、どんな病気にかかっていても、いやされたからである。

5:5 さて、そこに三十八年も病気で苦しんでいる人がいた。

5:6 イエスは、その人が横たわっているのを見、また、もう長い間病気であるのを知って、「良くなりたいか」と言われた。

5:7 病人は答えた。「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです。」

5:8 イエスは言われた。「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」

5:9 すると、その人はすぐに良くなって、床を担いで歩きだした。その日は安息日であった。

5:10 そこで、ユダヤ人たちは病気をいやしていただいた人に言った。「今日は安息日だ。だから床を担ぐことは、律法で許されていない。」

5:11 しかし、その人は、「わたしをいやしてくださった方が、『床を担いで歩きなさい』と言われたのです」と答えた。

5:12 彼らは、「お前に『床を担いで歩きなさい』と言ったのはだれだ」と尋ねた。

5:13 しかし、病気をいやしていただいた人は、それがだれであるか知らなかった。イエスは、群衆がそこにいる間に、立ち去られたからである。

5:14 その後、イエスは、神殿の境内でこの人に出会って言われた。「あなたは良くなったのだ。もう、罪を犯してはいけない。さもないと、もっと悪いことが起こるかもしれない。」

5:15 この人は立ち去って、自分をいやしたのはイエスだと、ユダヤ人たちに知らせた。


●今日の御言葉
イエスは言われた。「起きあがりなさい。床を担いで歩きなさい」。すると、その人はすぐに良くなって、床を担いで歩き出した。その日は安息日であった。(8-9節)

イエスに癒された人が床を担いで歩く様子を見て、ユダヤ人たちは、床を担ぐのは安息日を破る労働行為であると彼を責め立てました。
彼らは律法に縛られ、38年間の苦しみから解放された人の喜びに目を向けられなかったのです。
安息日は主を喜び、主の御業を讃える日なのです。
今日は日曜日。共に主を喜び、礼拝していきましょう。byバルナバ
通読:ヨブ41 
next:ヨハネ5:-15-29

QT  「信じて帰って行った」(ヨハネ4:39-54)

◎1月14日(土)

●QT ヨハネ4章39-54節

●主題:信じて帰って行った

●要約
サマリヤの人たちは女の証言でイエスを信じ、その後、直接イエスの言葉を聞いて信じた。カファルナウムの役人は「あなたの息子は生きる」と言われたイエスの言葉を信じ、その後、神の御業を体験し、イエスを信じた。

●今日の御言葉
イエスは言われた。「帰りなさい。あなたの息子は生きる。」その人はイエスの言われた言葉を信じて帰って行った。」(50節)

役人はイエスの言葉を信じて帰る途中、息子が癒されたことを知りました。
彼はイエスの言葉を信じた結果、神の御業を体験し、イエス自身を信じるようになりました。
御言葉を信じる時、御業を体験し、その御業を通して、イエス様ご自身を信じる信仰が生まれるのです。
今日も神様の祝福がありますように。byバルナバ

通読:ヨブ40 
nextヨハネ5:-16

QT 「目を上げて」(ヨハネ4:27-38)

◎1月13日(金)
●QT ヨハネ4章27-38節
●主題:目を上げて
●要約
サマリヤの女に生きた水について語ったイエスは、弟子たちに、神の御心を行い、その業を成し遂げることが、命の食べ物であることを語る。畑が刈り入れを待って色づいているように、魂も永遠の命を求めて待っていると教える。

●聖書

4:27 ちょうどそのとき、弟子たちが帰って来て、イエスが女の人と話をしておられるのに驚いた。しかし、「何か御用ですか」とか、「何をこの人と話しておられるのですか」と言う者はいなかった。

4:28 女は、水がめをそこに置いたまま町に行き、人々に言った。

4:29 「さあ、見に来てください。わたしが行ったことをすべて、言い当てた人がいます。もしかしたら、この方がメシアかもしれません。」

4:30 人々は町を出て、イエスのもとへやって来た。

4:31 その間に、弟子たちが「ラビ、食事をどうぞ」と勧めると、

4:32 イエスは、「わたしにはあなたがたの知らない食べ物がある」と言われた。

4:33 弟子たちは、「だれかが食べ物を持って来たのだろうか」と互いに言った。

4:34 イエスは言われた。「わたしの食べ物とは、わたしをお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである。

4:35 あなたがたは、『刈り入れまでまだ四か月もある』と言っているではないか。わたしは言っておく。目を上げて畑を見るがよい。色づいて刈り入れを待っている。既に、

4:36 刈り入れる人は報酬を受け、永遠の命に至る実を集めている。こうして、種を蒔く人も刈る人も、共に喜ぶのである。

4:37 そこで、『一人が種を蒔き、別の人が刈り入れる』ということわざのとおりになる。

4:38 あなたがたが自分では労苦しなかったものを刈り入れるために、わたしはあなたがたを遣わした。他の人々が労苦し、あなたがたはその労苦の実りにあずかっている。」


●今日の御言葉
目を上げて畑を見るがよい。色づいて刈り入れを待っている」。(35節)

作物が色づくのは、収穫の時が来ていることのサインです。
イエス様はサマリヤの女が飢え渇いていたサインを見逃さず、生きた水を与えました。
彼女は町の人々にイエスのことを語り始めたのです。
人目を避け、人と交わらなかった彼女が変えられたのです。
四ヶ月あるという自分の思いに固執せず、目を上げて、時のサインを見逃さない者になりましょう。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:ヨブ39 
nextヨハネ4:39-54

QT 「礼拝とは」(ヨハネ4:15-26)

◎1月12日(木)

●QT ヨハネ4章15-26節

●主題:礼拝とは

●要約
自分の現実を言い当てられたサマリヤの女はイエスを預言者だと思い、礼拝について質問する。イエスは礼拝の場所よりも、誰に、どのような態度で、何のために礼拝するのかが重要であることを教え、自らがメシアであることを明らかにする。

●御言葉

4:15 女は言った。「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」

4:16 イエスが、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい」と言われると、

4:17 女は答えて、「わたしには夫はいません」と言った。イエスは言われた。「『夫はいません』とは、まさにそのとおりだ。

4:18 あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたは、ありのままを言ったわけだ。」

4:19 女は言った。「主よ、あなたは預言者だとお見受けします。

4:20 わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています。」

4:21 イエスは言われた。「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。

4:22 あなたがたは知らないものを礼拝しているが、わたしたちは知っているものを礼拝している。救いはユダヤ人から来るからだ。

4:23 しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。

4:24 神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」

4:25 女が言った。「わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。その方が来られるとき、わたしたちに一切のことを知らせてくださいます。」

4:26 イエスは言われた。「それは、あなたと話をしているこのわたしである。」


●今日の御言葉
イエスは言われた。「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。あなたがたは知らないものを礼拝しているが、わたしたちは知っているものを礼拝している。」(21-22節)

「父はこのように礼拝する者を求めておられる」(23節)。
礼拝とは英語でWorship。
価値あるものに価値を帰することを意味します。
誰を礼拝し、何のために礼拝し、どのように礼拝するのかを知ることは重要です。
人は造り主なる神に向かい、霊と真理を持って礼拝するように造られいます。
♪どこにいてもあなたは主に向かい、ただ主を仰ごう♪ 

今日も「主よ、あなたこそ、かけがえのない価値ある存在です」と告白し、一日をスタートしましょう。byバルナバ

PS.通読:ヨブ38 
nextヨハネ4:27-38

QT 「生きた水」(ヨハネ4:1-14)

◎1月11日(水)
●QT ヨハネ4章1節-14節
●主題:生きた水
●要約
イエスが井戸のそばに座っていると、サマリヤの女が水を汲みにやってきた。イエスは肉体の渇きを潤す水を彼女に求めつつ、彼女に必要な霊的渇きを満たす生きた水を紹介する。

●聖書

4:1 さて、イエスがヨハネよりも多くの弟子をつくり、洗礼を授けておられるということが、ファリサイ派の人々の耳に入った。イエスはそれを知ると、

4:2 ――洗礼を授けていたのは、イエス御自身ではなく、弟子たちである――

4:3 ユダヤを去り、再びガリラヤへ行かれた。

4:4 しかし、サマリアを通らねばならなかった。

4:5 それで、ヤコブがその子ヨセフに与えた土地の近くにある、シカルというサマリアの町に来られた。

4:6 そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅に疲れて、そのまま井戸のそばに座っておられた。正午ごろのことである。

4:7 サマリアの女が水をくみに来た。イエスは、「水を飲ませてください」と言われた。

4:8 弟子たちは食べ物を買うために町に行っていた。

4:9 すると、サマリアの女は、「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」と言った。ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからである。

4:10 イエスは答えて言われた。「もしあなたが、神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』と言ったのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」

4:11 女は言った。「主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。

4:12 あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです。」

4:13 イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。

4:14 しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」


●今日の御言葉
「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」(13-14節)

喉の渇きを水で潤すように、心の渇きは愛で潤されるのです。
キリストが与える愛は、私たちの内側に泉となって、私たちの内側から湧き出て、永遠の命(神の国)に至るのです。
人は愛されることによって安息を覚え、愛することによって満足を得ます。愛あるところに神がおられるのです。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:ヨブ37 
nextヨハネ4:15-26

QT 「天より与えられ」(ヨハネ4:22-36)

◎1月10日(火)

●QT ヨハネ3章22節-36節

●主題:天より与えられ

●要約
ヨハネの弟子たちは、人々がイエスの方に行って、バプテスマを受けていることをヨハネに伝えた。ヨハネは改めて自分はメシアではなく、主を証しするために遣わされたのであるから、花婿の介添人のように、花婿が来たことを喜んだ。証しを受け入れ、御子を信じる者は永遠の命を得ている。

●聖書

3:22 その後、イエスは弟子たちとユダヤ地方に行って、そこに一緒に滞在し、洗礼を授けておられた。

3:23 他方、ヨハネは、サリムの近くのアイノンで洗礼を授けていた。そこは水が豊かであったからである。人々は来て、洗礼を受けていた。

3:24 ヨハネはまだ投獄されていなかったのである。

3:25 ところがヨハネの弟子たちと、あるユダヤ人との間で、清めのことで論争が起こった。

3:26 彼らはヨハネのもとに来て言った。「ラビ、ヨルダン川の向こう側であなたと一緒にいた人、あなたが証しされたあの人が、洗礼を授けています。みんながあの人の方へ行っています。」

3:27 ヨハネは答えて言った。「天から与えられなければ、人は何も受けることができない。

3:28 わたしは、『自分はメシアではない』と言い、『自分はあの方の前に遣わされた者だ』と言ったが、そのことについては、あなたたち自身が証ししてくれる。

3:29 花嫁を迎えるのは花婿だ。花婿の介添え人はそばに立って耳を傾け、花婿の声が聞こえると大いに喜ぶ。だから、わたしは喜びで満たされている。

3:30 あの方は栄え、わたしは衰えねばならない。」

3:31 「上から来られる方は、すべてのものの上におられる。地から出る者は地に属し、地に属する者として語る。天から来られる方は、すべてのものの上におられる。

3:32 この方は、見たこと、聞いたことを証しされるが、だれもその証しを受け入れない。

3:33 その証しを受け入れる者は、神が真実であることを確認したことになる。

3:34 神がお遣わしになった方は、神の言葉を話される。神が“霊”を限りなくお与えになるからである。

3:35 御父は御子を愛して、その手にすべてをゆだねられた。

3:36 御子を信じる人は永遠の命を得ているが、御子に従わない者は、命にあずかることがないばかりか、神の怒りがその上にとどまる。」

●今日の御言葉
「天から与えられなければ、人は何も受けることができない」(27節)

ヨハネの弟子たちは、師匠よりもイエスの方に人々が群がる様子を見て、ヨハネに不満をもらしたのです。
人は、同じ事をしていると必ず比較されるものです。
比較は、人よりも上にいたいという欲求から起こります。
ヨハネは、天から与えられた自分の使命を自覚していたので、主が栄えていくことを喜んだのです。
あなたが天から与えられたものは何でしょうか。今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:ヨブ36 
nextヨハネ4:1-14

QT 「神の愛」(ヨハネ3:16-21)

◎1月9日(月)

●QT ヨハネ3章16節-21節

●主題:神の愛

●要約
神は世を愛し、御子を信じる者が滅びることなく、永遠の命を得るために、御子を遣わし、十字架につけられた。光の方に来て、御子を信じる者は裁かれない。光を憎む者、信じない者は既に裁かれている。

●聖書

3:16 神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。

3:17 神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。

3:18 御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。

3:19 光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。

3:20 悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。

3:21 しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」


●今日の御言葉
神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。(16節)

与えられたのは、単なるプレゼントではなく、命と引き換えに与えられたものです。
イエスが十字架で私たちの身代わりにすべての罪を背負って死なれたことによって、私たちは滅びから救われるのです。
滅びとは、「我と我が身を見失う」という意味があります。
救いとは、神に造られ、愛されている自己を発見し、この世においても、来るべき世においても、神と共に生きることなのです。
御子を信じる者は幸いです。今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:ヨブ35 
nextヨハネ3:22-36

QT 「新しく生まれる」(ヨハネ3:1-15)

◎1月8日(日)

●QT ヨハネ3章1節-15節

●主題:新しく生まれる

●要約
ユダヤ人の指導者ニコデモは、夜、イエスを訪ね、イエスが神と共におられることを認めた。イエスはニコデモに新しく生まれなければ神の国に入れないと教え、天から降って来た人の子を信じる者は、皆、永遠の命を得ると語る。

●聖書

3:1 さて、ファリサイ派に属する、ニコデモという人がいた。ユダヤ人たちの議員であった。

3:2 ある夜、イエスのもとに来て言った。「ラビ、わたしどもは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできないからです。」

3:3 イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」

3:4 ニコデモは言った。「年をとった者が、どうして生まれることができましょう。もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか。」

3:5 イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。

3:6 肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。

3:7 『あなたがたは新たに生まれねばならない』とあなたに言ったことに、驚いてはならない。

3:8 風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」

3:9 するとニコデモは、「どうして、そんなことがありえましょうか」と言った。

3:10 イエスは答えて言われた。「あなたはイスラエルの教師でありながら、こんなことが分からないのか。

3:11 はっきり言っておく。わたしたちは知っていることを語り、見たことを証ししているのに、あなたがたはわたしたちの証しを受け入れない。

3:12 わたしが地上のことを話しても信じないとすれば、天上のことを話したところで、どうして信じるだろう。

3:13 天から降って来た者、すなわち人の子のほかには、天に上った者はだれもいない。

3:14 そして、モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。

3:15 それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。

●今日の御言葉
イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。」(5節)

クリスチャンには二つの誕生日があります。
肉の誕生日と霊の誕生日です。
肉の誕生は終わりのある有限の命ですが、霊の誕生は終わりのない永遠の命です。
霊の誕生はイエスを救い主と信じる者、すべてに与えられる命なのです。
「信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである」(15節)。
今日は日曜日です。週の初め、まず神様を礼拝して一週間をスタートしましょう。今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:ヨブ34 
nextヨハネ3:16-21

QT 「心を知るための証し」(ヨハネ2:12-25)

◎1月7日(土)

●QT ヨハネ2章12節-25節

●主題:心を知るための証し

●要約
イエスは過越祭にエルサレムに着いた。神殿で商売する人々を見て、彼らを追い出し、宮清めをされた。イエスは御自身の体を神殿にたとえ、三日で立て直すと宣言した。イエスの復活後、弟子たちは聖書とイエスの言葉を信じた。

●聖書

2:13 ユダヤ人の過越祭が近づいたので、イエスはエルサレムへ上って行かれた。

2:14 そして、神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちを御覧になった。

2:15 イエスは縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒し、

2:16 鳩を売る者たちに言われた。「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」

2:17 弟子たちは、「あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす」と書いてあるのを思い出した。

2:18 ユダヤ人たちはイエスに、「あなたは、こんなことをするからには、どんなしるしをわたしたちに見せるつもりか」と言った。

2:19 イエスは答えて言われた。「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」

2:20 それでユダヤ人たちは、「この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか」と言った。

2:21 イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである。

2:22 イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこう言われたのを思い出し、聖書とイエスの語られた言葉とを信じた。

2:23 イエスは過越祭の間エルサレムにおられたが、そのなさったしるしを見て、多くの人がイエスの名を信じた。

2:24 しかし、イエス御自身は彼らを信用されなかった。それは、すべての人のことを知っておられ、

2:25 人間についてだれからも証ししてもらう必要がなかったからである。イエスは、何が人間の心の中にあるかをよく知っておられたのである。

●今日の御言葉
人間についてだれからも証ししてもらう必要がなかったからである。イエスは、何が人間の心の中にあるかをよく知っておられたのである。(25節)

人は神の心の中が分からないので、神について証ししてもらう必要がありますが、神は人の心が分かっておられるので、人について証ししてもらう必要がないのです。
神の心(御心)に何があるのかを知るために、神について証ししている聖書を読む必要があります。
御心を悟る人は幸いです。byバルナバ

PS.通読:ヨブ33 
nextヨハネ3:1-15

QT 「水がぶどう酒に」

◎1月6日(金)

●QT ヨハネ2章1節-11節

●主題:水がぶどう酒に

●要約
ガリラヤのカナでの婚礼に招かれたイエスは、宴会の最中、ぶどう酒がなくなったことを母から聞かされ、水をぶどう酒に変える奇蹟を起こした。この最初のしるしによって、弟子たちはイエスを信じた。

●聖書

2:1 三日目に、ガリラヤのカナで婚礼があって、イエスの母がそこにいた。

2:2 イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた。

2:3 ぶどう酒が足りなくなったので、母がイエスに、「ぶどう酒がなくなりました」と言った。

2:4 イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」

2:5 しかし、母は召し使いたちに、「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と言った。

2:6 そこには、ユダヤ人が清めに用いる石の水がめが六つ置いてあった。いずれも二ないし三メトレテス入りのものである。

2:7 イエスが、「水がめに水をいっぱい入れなさい」と言われると、召し使いたちは、かめの縁まで水を満たした。

2:8 イエスは、「さあ、それをくんで宴会の世話役のところへ持って行きなさい」と言われた。召し使いたちは運んで行った。

2:9 世話役はぶどう酒に変わった水の味見をした。このぶどう酒がどこから来たのか、水をくんだ召し使いたちは知っていたが、世話役は知らなかったので、花婿を呼んで、

2:10 言った。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。」

2:11 イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。


●今日の御言葉
しかし、母は召使いたちに、「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と言った。(5節)

イエスは水をぶどう酒に変える奇跡を起こしました。
ぶどう酒は喜びの象徴です。
私たちの人生にも喜びが失われることがあります。
召使いたちがマリアの言葉に従い、イエス様の言いつけに従って、かめに水を満たして、運んでいった時に奇跡は起こったのです。
主の御言葉に従い、「そのとおりに」に歩むならば、水がぶどう酒に変わり、悲しみは笑いに、苦しみは喜びに変わるのです。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:ヨブ32 
nextヨハネ2:12-25

QT 「来て、見なさい」

◎1月5日(木)

●QT ヨハネ1章43節-51節

●主題:来て、見なさい

●要約
イエスはフィリポに出会い、「わたしに従いなさい」と招いた。弟子になったフィリポはナタナエルに出会い、イエスを紹介するも信じない。「来て、見なさい」と言われたナタナエルは、イエスに直接出会うことによって、あなたは神の子です、と告白する。

●聖書
1:43 その翌日、イエスは、ガリラヤへ行こうとしたときに、フィリポに出会って、「わたしに従いなさい」と言われた。

1:44 フィリポは、アンデレとペトロの町、ベトサイダの出身であった。

1:45 フィリポはナタナエルに出会って言った。「わたしたちは、モーセが律法に記し、預言者たちも書いている方に出会った。それはナザレの人で、ヨセフの子イエスだ。」

1:46 するとナタナエルが、「ナザレから何か良いものが出るだろうか」と言ったので、フィリポは、「来て、見なさい」と言った。

1:47 イエスは、ナタナエルが御自分の方へ来るのを見て、彼のことをこう言われた。「見なさい。まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない。」

1:48 ナタナエルが、「どうしてわたしを知っておられるのですか」と言うと、イエスは答えて、「わたしは、あなたがフィリポから話しかけられる前に、いちじくの木の下にいるのを見た」と言われた。

1:49 ナタナエルは答えた。「ラビ、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。」

1:50 イエスは答えて言われた。「いちじくの木の下にあなたがいるのを見たと言ったので、信じるのか。もっと偉大なことをあなたは見ることになる。」

1:51 更に言われた。「はっきり言っておく。天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる。」

●今日の御言葉
するとナタナエルが、「ナザレから何か良いものが出るだろうか」と言ったので、フィリポは、「来て、見なさい」と言った。(46節)

ナタナエルは先入観を持っていたために、フィリポの伝える話をまともに聞くことはできませんでした。
「百聞は一見にしかず」。
「来て、見なさい」。
この一言が、先入観の壁を超えさせ、ナタナエルが聖書を研究し、ずっと求め続けてきた最も良いものとの出会いへと導いたのです。
今日も神様の祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:ヨブ31 
nextヨハネ2:1-11

QT 「来なさい、そうすれば分かる」(ヨハネ1:35-42)

◎1月4日(水)

●QT ヨハネ1章35節-42節

●主題:来なさい、そうすれば分かる

●要約
「神の小羊だ」と言ったヨハネの言葉を聞いて、二人の弟子がイエスに従った。イエスのところに泊まった結果、イエスがメシアであることを悟り、シモンにイエスを紹介し、シモンもイエスに出会った。

●聖書

1:35 その翌日、また、ヨハネは二人の弟子と一緒にいた。

1:36 そして、歩いておられるイエスを見つめて、「見よ、神の小羊だ」と言った。

1:37 二人の弟子はそれを聞いて、イエスに従った。

1:38 イエスは振り返り、彼らが従って来るのを見て、「何を求めているのか」と言われた。彼らが、「ラビ――『先生』という意味――どこに泊まっておられるのですか」と言うと、

1:39 イエスは、「来なさい。そうすれば分かる」と言われた。そこで、彼らはついて行って、どこにイエスが泊まっておられるかを見た。そしてその日は、イエスのもとに泊まった。午後四時ごろのことである。

1:40 ヨハネの言葉を聞いて、イエスに従った二人のうちの一人は、シモン・ペトロの兄弟アンデレであった。

1:41 彼は、まず自分の兄弟シモンに会って、「わたしたちはメシア――『油を注がれた者』という意味――に出会った」と言った。

1:42 そして、シモンをイエスのところに連れて行った。イエスは彼を見つめて、「あなたはヨハネの子シモンであるが、ケファ――『岩』という意味――と呼ぶことにする」と言われた。



●今日の御言葉
イエスは、「来なさい、そうすれば分かる」と言われた。(39節)

二人の弟子はイエスに従った結果、イエスがどこに泊まっているかということを知りましたが、彼らが求めていたことよりも、もっと素晴らしいことを知りました。
それは「イエスがメシア(救い主)である」ということです。
アンデレは、即座に、この出会いを兄弟シモンに伝えたのです。
「何を求めているのか」と尋ねられる主は、私たちが求める以上の恵みを与えて下さるお方です。今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:ヨブ30 
ヨハネ1:43-51

QT 「神の小羊」(ヨハネ1:29-34)

◎1月3日(火)

●QT ヨハネ1章29節-34節

●主題:神の小羊

●要約
ヨハネはイエスを証しするために遣わされていたが、イエスを知らなかった。しかし、イエスの上に霊が降るのを見て、イエスが神の子であることを悟り、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」と紹介した。

●聖書

1:29 その翌日、ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。

1:30 『わたしの後から一人の人が来られる。その方はわたしにまさる。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。

1:31 わたしはこの方を知らなかった。しかし、この方がイスラエルに現れるために、わたしは、水で洗礼を授けに来た。」

1:32 そしてヨハネは証しした。「わたしは、“霊”が鳩のように天から降って、この方の上にとどまるのを見た。

1:33 わたしはこの方を知らなかった。しかし、水で洗礼を授けるためにわたしをお遣わしになった方が、『“霊”が降って、ある人にとどまるのを見たら、その人が、聖霊によって洗礼を授ける人である』とわたしに言われた。

1:34 わたしはそれを見た。だから、この方こそ神の子であると証ししたのである。」


●今日の御言葉
その翌日、ヨハネは、自分の方へイエスが来られるを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」(29節)

イエス・キリストは世の罪を取り除くために来られました。
十字架によって取り除くことのできない罪はありません。
洗濯機が家にあっても、洗濯物を中に入れなければ、洗濯できないように、イエスが世に来られても、十字架の贖いを信じ、キリストの中に入らなければ、罪は取り除けないのです。
日々、主にあって、心をクリーニングし、新たな気持ちで、今日一日をスタートしましょう。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:ヨブ29 
ヨハネ1:35-42

cross21.gif

QT 「更に恵みを」(ヨハネ1:14-28)

◎1月2日(月)

●QT ヨハネ1章14節-28節

●主題:更に恵みを

●要約
恵みと真理に満ちた言は肉(イエス・キリスト)となって私たちの間に宿って、見えない神を現した。私たちにこの神の満ち溢れる恵みの中から、恵みの上に、更に恵みが加えられた。ヨハネは、この方を証するために来た。

●聖書

1:14 言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。

1:15 ヨハネは、この方について証しをし、声を張り上げて言った。「『わたしの後から来られる方は、わたしより優れている。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。」

1:16 わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。

1:17 律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからである。

1:18 いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。

1:19 さて、ヨハネの証しはこうである。エルサレムのユダヤ人たちが、祭司やレビ人たちをヨハネのもとへ遣わして、「あなたは、どなたですか」と質問させたとき、

1:20 彼は公言して隠さず、「わたしはメシアではない」と言い表した。

1:21 彼らがまた、「では何ですか。あなたはエリヤですか」と尋ねると、ヨハネは、「違う」と言った。更に、「あなたは、あの預言者なのですか」と尋ねると、「そうではない」と答えた。

1:22 そこで、彼らは言った。「それではいったい、だれなのです。わたしたちを遣わした人々に返事をしなければなりません。あなたは自分を何だと言うのですか。」

1:23 ヨハネは、預言者イザヤの言葉を用いて言った。「わたしは荒れ野で叫ぶ声である。『主の道をまっすぐにせよ』と。」

1:24 遣わされた人たちはファリサイ派に属していた。

1:25 彼らがヨハネに尋ねて、「あなたはメシアでも、エリヤでも、またあの預言者でもないのに、なぜ、洗礼を授けるのですか」と言うと、

1:26 ヨハネは答えた。「わたしは水で洗礼を授けるが、あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。

1:27 その人はわたしの後から来られる方で、わたしはその履物のひもを解く資格もない。」

1:28 これは、ヨハネが洗礼を授けていたヨルダン川の向こう側、ベタニアでの出来事であった。


●今日の御言葉
わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。(16節)

キリストは恵みと真理に満ち溢れた方です。
キリストは恵みの上に、更に恵みを加えてくださる方です。
昨日の恵みで今日を生きるのでも、明日を生きるのでもなく、今日は今日の恵み、明日は明日の恵みを与えてくださる方なのです。byバルナバ

PS.通読:ヨブ28 
ヨハネ1:29-34
fish.jpg

QT 「信じる」(ヨハネ1:1-13)

◎1月1日(日)

●QT ヨハネ1章1節-13節

●主題:信じる人々

●要約
言は初めからあり、神と共にあり、神であった。言は創造者であり、命であり、光であった。ヨハネは光を証しした。世は言を認めなかったが、言を受け入れた人々には神の子となる資格が与えられた。

●聖書
1:1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。

1:2 この言は、初めに神と共にあった。

1:3 万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。

1:4 言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。

1:5 光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。

1:6 神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。

1:7 彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。

1:8 彼は光ではなく、光について証しをするために来た。

1:9 その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。

1:10 言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。

1:11 言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。

1:12 しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。

1:13 この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。


●今日の御言葉
しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。(12節)

新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

ヨハネ福音書は「信じる」がキーワードです。
「信じること」は、神との親子関係を結ぶ絆であると同時に、人間関係を結ぶ絆でもあるのです。
今日は元旦であり、今年最初の日曜日です。
主を礼拝し、主との絆を深めつつ、新しい年をスタートしていきましょう。byバルナバ

PS.通読:ヨブ27 
ヨハネ1:14-28



200501010002.jpg

プロフィール

バルナバ

Author:バルナバ
バルナバ牧師の部屋へようこそ!

カテゴリー

無料カウンター 現在の閲覧者数:
無料カウンター
最近の記事
リンク
月別アーカイブ
カレンダー
12 | 2006/01 | 02
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -