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QT 「ひたすら祈る」(コロサイ4:2-18)

◎11月30日(水)

●QT コロサイ4章2節-18節

●主題:ひたすら祈る

●要約
パウロは牢の中から「ひたすら祈る」ことを勧め、門から出て御言葉を語ることができるように祈って欲しいと懇願する。パウロはティキコとオネシモにこの手紙を託し、自分たちの様子を伝えさせ、読み終わったら、この手紙をラオディキアの教会へ回覧し、向こうから回ってくる手紙も読むようにと勧める。

●今日の御言葉
目を覚まして感謝を込め、ひたすら祈りなさい。(2節)

「ひたすら祈りなさい」。
この御言葉を今朝は心に響かせましょう。

「どのような時にも、霊に助けられて祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。」(エフェソ6:18)。

「求めなさい。そうれば、与えられる。探しなさい。そうすれば見つかる。門をたたきなさい。そうすれば開かれる。」(マタイ7:7)。

今日も祝福を祈ります。byバルナバ

PS.通読:エステル5 
next:箴言1:1-19

●聖書
4:2 目を覚まして感謝を込め、ひたすら祈りなさい。

4:3 同時にわたしたちのためにも祈ってください。神が御言葉のために門を開いてくださり、わたしたちがキリストの秘められた計画を語ることができるように。このために、わたしは牢につながれています。

4:4 わたしがしかるべく語って、この計画を明らかにできるように祈ってください。

4:5 時をよく用い、外部の人に対して賢くふるまいなさい。

4:6 いつも、塩で味付けされた快い言葉で語りなさい。そうすれば、一人一人にどう答えるべきかが分かるでしょう。

4:7 わたしの様子については、ティキコがすべてを話すことでしょう。彼は主に結ばれた、愛する兄弟、忠実に仕える者、仲間の僕です。

4:8 彼をそちらに送るのは、あなたがたがわたしたちの様子を知り、彼によって心が励まされるためなのです。

4:9 また、あなたがたの一人、忠実な愛する兄弟オネシモを一緒に行かせます。彼らは、こちらの事情をすべて知らせるでしょう。

4:10 わたしと一緒に捕らわれの身となっているアリスタルコが、そしてバルナバのいとこマルコが、あなたがたによろしくと言っています。このマルコについては、もしそちらに行ったら迎えるようにとの指示を、あなたがたは受けているはずです。

4:11 ユストと呼ばれるイエスも、よろしくと言っています。割礼を受けた者では、この三人だけが神の国のために共に働く者であり、わたしにとって慰めとなった人々です。

4:12 あなたがたの一人、キリスト・イエスの僕エパフラスが、あなたがたによろしくと言っています。彼は、あなたがたが完全な者となり、神の御心をすべて確信しているようにと、いつもあなたがたのために熱心に祈っています。

4:13 わたしは証言しますが、彼はあなたがたのため、またラオディキアとヒエラポリスの人々のために、非常に労苦しています。

4:14 愛する医者ルカとデマスも、あなたがたによろしくと言っています。

4:15 ラオディキアの兄弟たち、および、ニンファと彼女の家にある教会の人々によろしく伝えてください。

4:16 この手紙があなたがたのところで読まれたら、ラオディキアの教会でも読まれるように、取り計らってください。また、ラオディキアから回って来る手紙を、あなたがたも読んでください。

4:17 アルキポに、「主に結ばれた者としてゆだねられた務めに意を用い、それをよく果たすように」と伝えてください。

4:18 わたしパウロが、自分の手で挨拶を記します。わたしが捕らわれの身であることを、心に留めてください。恵みがあなたがたと共にあるように。

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祈祷会 「愛を身に着ける」

「愛を身に着ける」(コロサイ3:12-4:1)

◎11月29日 火曜祈祷会説教

あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。(12節)

パウロは「憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容」を身に着けなさい、と言いました。
これはイエス様の持っておられた資質です。

パウロは、神に選ばれ、聖なる者、愛される者となるために、これらの資質を身に着けなさいと言っているのではありません。

神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されている者とされたのだから、これらの資質を身に着けて生きるべきであると教えられたのです。

私たちはイエス・キリストを信じることによって、栄えある神の子とされました。
神の子としての自己イメージを確立し、神の子として相応しい資質を身に着けて歩む者でありたいと願います。

先日、あるメールマガジンでこんな話が記されていました。

フランス革命によってルイ16世は王座を追われ投獄されました。
この時、ルイ16世の息子である王子は、王座を奪った人々に連れ去られたそうです。

そして、人々はこの王子を道徳的に堕落させようと、豪勢な食事を与えたり、みだらな女性を与えたりして、王子の品位を貶めようとしたそうです。
しかし、この王子は、そのたくらみに負けることがなかったそうです。

彼らは、王子に「あなたはなぜ負けないのか、染まらずにいられるのか」と尋ねました。
すると王子はこう答えたそうです。

「君たちがさせたがっていることをするわけにはいかない。
私は王になるために生まれてきたのだから」

王子としてのセルフイメージによって、自らの品性を保ったというのです。

私たちは神に選ばれ、聖なる者、愛される者とされました。
栄えある神の子とされています。
そのセルフイメージを保っているでしょうか。
古い着物を着たままの状態で生きていないでしょうか。

新しい着物であるキリストを身にまとい、
神の子に相応しい資質である「憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容」を身に着け、日々、新たにされていく者でありたいと思います。

第二番目
互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。(13-14節)

今、わたしは日曜日の夜、スカパー!で大和カルバリーチャペルの礼拝を家族で見ています。
先週の礼拝の説教題は「愛は我慢!」でした。
本当にそうだと思います。

パウロは互いに忍び合い、赦し合うようにと勧めました。

「責めるべきことがあっても」

パウロは責めてはいけないとは言っていません。
責めるべき事があっても、赦し合うようにと語るのです。
「主があなたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい」と。

私たちは、主から責められるべき事がたくさんあります。
にもかかわらず、主は赦してくださった。
我慢してくださったのです。
耐え忍んでくださったのです。

今、アドベントに入りました。
主の到来を私たちは待ち望んでいます。
主は再び来ると約束してから2000年以上が過ぎました。
ペトロは言いました。

「主は約束の実現を遅らせているのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです」(二ペトロ3:9)

愛は我慢です。
神様も我慢しておられるのです。

子育てにも我慢が必要です。
夫婦関係にも、人間関係にも我慢が必要です。
我慢すること、忍耐することは愛なのです。
愛は、すべてを完成させる絆なのです。

神は愛であり、神こそが平和と和解をもたらす絆なのです。


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QT 「愛を身に着ける」(コロサイ3:12-4:1)

◎11月29日(火)

●QT コロサイ3章12節-4章1節

●主題:愛を身に着ける

●要約
パウロはコロサイの人々に、神に選ばれ、聖なる者とされ、愛された者として、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着け、互いに忍び合い、赦し合い、愛を身に着けるように、キリストの平和が心を支配し、キリストの言葉が宿るように、互いに教え、諭し、神を讃美するように勧める。妻、夫、子供、両親、奴隷、主人たちにも主にあってどう振る舞うかを教える。

●今日の御言葉
あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。また、キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。いつも感謝していなさい。(12-15節)

キリストの言葉が豊かに宿る(16節)ために、今日の御言葉は何度も繰り返して読み、暗唱し、心に刻んでいきましょう。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:エステル4 
next:コロサイ4:2-18

●聖書
3:12 あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。

3:13 互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。

3:14 これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。

3:15 また、キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。いつも感謝していなさい。

3:16 キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、諭し合い、詩編と賛歌と霊的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい。

3:17 そして、何を話すにせよ、行うにせよ、すべてを主イエスの名によって行い、イエスによって、父である神に感謝しなさい。

3:18 妻たちよ、主を信じる者にふさわしく、夫に仕えなさい。

3:19 夫たちよ、妻を愛しなさい。つらく当たってはならない。

3:20 子供たち、どんなことについても両親に従いなさい。それは主に喜ばれることです。

3:21 父親たち、子供をいらだたせてはならない。いじけるといけないからです。

3:22 奴隷たち、どんなことについても肉による主人に従いなさい。人にへつらおうとしてうわべだけで仕えず、主を畏れつつ、真心を込めて従いなさい。

3:23 何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心から行いなさい。

3:24 あなたがたは、御国を受け継ぐという報いを主から受けることを知っています。あなたがたは主キリストに仕えているのです。

3:25 不義を行う者は、その不義の報いを受けるでしょう。そこには分け隔てはありません。

4:1 主人たち、奴隷を正しく、公平に扱いなさい。知ってのとおり、あなたがたにも主人が天におられるのです。


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QT 「日々新たにされ」(コロサイ3:1-11)

◎11月28日(月)
●QT コロサイ3章1節-11節
●主題:日々新たにされ
●要約
パウロは上にあるもの、すなわちキリストを求め、地上のものに心をひかれ、不従順に陥って、神の怒りを招くことのないようにと勧める。パウロは古い人を脱ぎ捨て、神の似姿に倣う新しい人(キリスト)を身に着け、日々、新たにされるようにと勧める。

●今日の御言葉
「造り主の姿に倣う新しい人を身に着け、日々新たにされて、真の知識に達するのです」(10節)

この新しい人とはキリストであり、キリストを身に着けるとは、御言葉を身に着けることです。
私たちは日々、「上にあるもの」(1節)を求め、御言葉によってアップグレードしていく必要があるのです。

「日々新たにされ」。
今朝は、この言葉を黙想し、昨日よりも、今日が、今日よりも明日が、恵みに満ちた日となりますように。祝福を祈ります。byバルナバ

PS.通読:エステル3 
next:コロサイ3:12-4:1

●聖書

3:1 さて、あなたがたは、キリストと共に復活させられたのですから、上にあるものを求めなさい。そこでは、キリストが神の右の座に着いておられます。

3:2 上にあるものに心を留め、地上のものに心を引かれないようにしなさい。

3:3 あなたがたは死んだのであって、あなたがたの命は、キリストと共に神の内に隠されているのです。

3:4 あなたがたの命であるキリストが現れるとき、あなたがたも、キリストと共に栄光に包まれて現れるでしょう。

3:5 だから、地上的なもの、すなわち、みだらな行い、不潔な行い、情欲、悪い欲望、および貪欲を捨て去りなさい。貪欲は偶像礼拝にほかならない。

3:6 これらのことのゆえに、神の怒りは不従順な者たちに下ります。

3:7 あなたがたも、以前このようなことの中にいたときには、それに従って歩んでいました。

3:8 今は、そのすべてを、すなわち、怒り、憤り、悪意、そしり、口から出る恥ずべき言葉を捨てなさい。

3:9 互いにうそをついてはなりません。古い人をその行いと共に脱ぎ捨て、

3:10 造り主の姿に倣う新しい人を身に着け、日々新たにされて、真の知識に達するのです。

3:11 そこには、もはや、ギリシア人とユダヤ人、割礼を受けた者と受けていない者、未開人、スキタイ人、奴隷、自由な身分の者の区別はありません。キリストがすべてであり、すべてのもののうちにおられるのです。

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QT 「キリストに結ばれ」(コロサイ2:16-23)

◎11月27日(日)
●QT コロサイ2章16節-23節
●主題:キリストに結ばれ
●要約
パウロは、この世のむなしい教えから遠ざかるために、頭であるキリストにしっかりとついているように勧める。この頭であるキリストの働きによって、体全体(教会)は節と節、筋と筋(信徒同士)によって支えられ、結び合わされ、神に育てられて成長していくという。

●今日の御言葉
「頭であるキリストにしっかりと付いていないからです。この頭の働きにより、体全体は、節と節、筋と筋とによって支えられ、結び合わされ、神に育てられて成長してゆくのです。」(19節)

パウロはあらゆる戒律に縛られて生きるのではなく、キリストに結ばれて生きるようにと勧めました。

「キリスト・イエスに結ばれていれば、割礼の有無は問題ではなく、愛の実践を伴う信仰こそ大切です」(ガラテヤ5:6)。

「おのおのの部分は分に応じて働いて体を成長させ、自ら愛によって造り上げられてゆくのです」(エフェソ4:16)。


今日は日曜日です。キリストに直結し、キリストの愛を自らの内に育んでいきましょう。byバルナバPS.通読:エステル2 next:コロサイ3:1-11

●聖書

2:16 だから、あなたがたは食べ物や飲み物のこと、また、祭りや新月や安息日のことでだれにも批評されてはなりません。

2:17 これらは、やがて来るものの影にすぎず、実体はキリストにあります。

2:18 偽りの謙遜と天使礼拝にふける者から、不利な判断を下されてはなりません。こういう人々は、幻で見たことを頼りとし、肉の思いによって根拠もなく思い上がっているだけで、

2:19 頭であるキリストにしっかりと付いていないのです。この頭の働きにより、体全体は、節と節、筋と筋とによって支えられ、結び合わされ、神に育てられて成長してゆくのです。

2:20 あなたがたは、キリストと共に死んで、世を支配する諸霊とは何の関係もないのなら、なぜ、まだ世に属しているかのように生き、

2:21 「手をつけるな。味わうな。触れるな」などという戒律に縛られているのですか。

2:22 これらはみな、使えば無くなってしまうもの、人の規則や教えによるものです。

2:23 これらは、独り善がりの礼拝、偽りの謙遜、体の苦行を伴っていて、知恵のあることのように見えますが、実は何の価値もなく、肉の欲望を満足させるだけなのです。



クリスマス

祈祷会 「キリストに結ばれて歩む」

「キリストに結ばれて歩む」(コロサイ2:6-15)

◎11月26日(土) 早天祈祷会

●今日の御言葉
「あなたがたがは、主キリスト・イエスを受け入れたのですから、キリストに結ばれて歩みなさい。キリストに根を下ろして造り上げられ、教えられたとおりの信仰をしっかり守って、あふれるばかりに感謝しなさい」(6-7節)

コロサイの教会には、「人間の言い伝えにすぎない哲学、つまり、むなしいだまし事」(8節)によって、人のとりこにされ、世を支配する霊に従って、信仰の道を踏み外してしまう人がいたようです。

パウロは、人の言葉に惑わされている人々の様子を聞いて、しっかりとキリストに結びつくようにと教えました。

この短い箇所の中に「キリスト」という言葉が14回も登場します。

パウロは、人の言葉に振り回されている人々に対し、キリストに目を向けさせようと必死で語っている様子が伝わります。

キリストを受け入れた者は、キリストに結びついて生きる必要があるというのです。
キリストを受け入れることと、キリストに結びつくことはイコールではありません。
神様を信じていることと、神様に従っていくこととはイコールはないのです。

キリストを受け入れても、キリストに結びついて生きていなければ、ヨハネ15章にあるように、豊かな実を結ぶことは出来ないのです。

15:1 「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。
15:2 わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。


イエス様は「つながっていながら、実を結ばない枝」があると言いました。
これはまさに、キリストを受け入れながらも、結ばれて歩んでいない人の姿なのです。

キリストに結びつくとは、御言葉に結びつくことであり、御言葉に根を下ろすことであり、御言葉に従うことであり、御言葉を通して神に感謝して生きることなのです。

私はオンヌリ教会の一対一弟子養育聖書研究の学びを受け、QTを実践するようになって、御言葉に結びついて生きることがいかに恵みであり、クリスチャンとして大切なことであるかを改めて教えられてきました。
パウロの言うように、一人ひとりがキリストに結ばれて歩めるように導いていくことの必要性を痛感しています。
「どう生きるか」というハウツー的な答えを提示するのではなく、
「どうあるか」というクリスチャンとしての基本的構えを教えていく事が何よりも大切であると思わされています。

パウロは「あふれるばかりに感謝するように」と言いました。

私たちは恵みを受け、自然に感謝な気持ちが心から溢れてくることがあります。
しかし、感謝は御霊の賜物ではありません。
パウロは御霊の実のリストには、「感謝」は出てきません。
感謝は神様から与えられる賜物としての実ではなく、神様から与えられたもの対して、私たちの側でなすべき自発的な行為であり、意識的な行為なのです。
ですから、私たちはどんな状況にあっても、感謝すべき事を探し出し、感謝して生きることが必要なのです。

パウロは、キリストが私たちのために共に葬られ、共に復活し、罪の中に死んでいた私たちを生かし、一切の罪を赦してくださり、勝利の列に加えてくださったと語ります。

これほど大きな恵みを私たちはキリストの十字架の贖いによって受けているのです。
「あふれるばかりに感謝しなさい」

キリストに結ばれ、キリストに根を下ろし、キリストを信じ、キリストに感謝して、今日も歩みましょう。

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QT 「キリストに結ばれて歩む」(コロサイ2:6-15)

◎11月26日(土)
●QT コロサイ2章6節-15節
●主題:キリストに結ばれて歩む
●要約
パウロは、キリストを受け入れた者として、人を惑わす異端的な教えから身を守るために、キリストに結ばれ、キリストに根を下ろし、信仰をしっかり守り、あふれるばかりに感謝するように教えた。
神はキリストを受け入れた者にキリストの割礼を施し、洗礼によってキリストと共に葬り、復活させた。神は罪に死んでいた者をキリストと共に生かし、一切の罪を赦し、勝利の列に加えられたと語る。

●今日の御言葉
「あなたがたがは、主キリスト・イエスを受け入れたのですから、キリストに結ばれて歩みなさい。キリストに根を下ろして造り上げられ、教えられたとおりの信仰をしっかり守って、あふれるばかりに感謝しなさい」(6-7節)

キリストを受け入れることと、キリストに結ばれて歩むことは違います。
結ばれて歩むとは、「キリストに従って共に歩む」ということです。
神様を信じて生きることと、神様に従って生きることとは違うのです。
神様は信じ従う者を喜ばれるのです。
キリストに結ばれ、キリストに根を下ろし、信仰を守り、感謝する者となりますように。
今日も祝福を祈ります。byバルナバ

PS.通読:エステル1 
next:コロサイ2:16-23

●聖書

2:6 あなたがたは、主キリスト・イエスを受け入れたのですから、キリストに結ばれて歩みなさい。

2:7 キリストに根を下ろして造り上げられ、教えられたとおりの信仰をしっかり守って、あふれるばかりに感謝しなさい。

2:8 人間の言い伝えにすぎない哲学、つまり、むなしいだまし事によって人のとりこにされないように気をつけなさい。それは、世を支配する霊に従っており、キリストに従うものではありません。

2:9 キリストの内には、満ちあふれる神性が、余すところなく、見える形をとって宿っており、

2:10 あなたがたは、キリストにおいて満たされているのです。キリストはすべての支配や権威の頭です。

2:11 あなたがたはキリストにおいて、手によらない割礼、つまり肉の体を脱ぎ捨てるキリストの割礼を受け、

2:12 洗礼によって、キリストと共に葬られ、また、キリストを死者の中から復活させた神の力を信じて、キリストと共に復活させられたのです。

2:13 肉に割礼を受けず、罪の中にいて死んでいたあなたがたを、神はキリストと共に生かしてくださったのです。神は、わたしたちの一切の罪を赦し、

2:14 規則によってわたしたちを訴えて不利に陥れていた証書を破棄し、これを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました。

2:15 そして、もろもろの支配と権威の武装を解除し、キリストの勝利の列に従えて、公然とさらしものになさいました。
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QT 「知恵と知識の宝」(コロサイ1:24-2:5)

◎11月25日(金)

●QT コロサイ1章24節-2章5節

●主題:知恵と知識の宝

●要約
パウロは神の奥義である御言葉を伝えるという任務を神から受け、教会に仕えた。
この働きには多くの労苦があったが、パウロはキリストの苦しみに与ることを喜びとした。
パウロはすべての人がキリストに結ばれて、完全な人になるように、心を励まされ、愛によって結び合わされ、神の奥義を悟るようにと、知恵を尽くして人々を諭し、教えた。

●今日の御言葉

「知恵と知識の宝はすべて、キリストの内に隠れています。(3節)

「わが子よ、わたしの言葉を受け入れ、戒めを大切にして、知恵に耳を傾け、英知に心を向けるなら、分別に呼びかけ、英知に向かって声をあげるなら、銀を求めるようにそれを尋ね、宝物を求めるようにそれを捜すなら、あなたは主を畏れることを悟り、神を知ることに到達するであろう。知恵を授けるのは主。主の口は知識と英知を与える」(箴言2:1-6)。

御言葉を受け入れる人は、キリストを受け入れる人であり、神の計画を悟ることができる人なのです。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:ネヘミヤ13 
next:コロサイ2:6-2:15

●聖書
1:24 今やわたしは、あなたがたのために苦しむことを喜びとし、キリストの体である教会のために、キリストの苦しみの欠けたところを身をもって満たしています。

1:25 神は御言葉をあなたがたに余すところなく伝えるという務めをわたしにお与えになり、この務めのために、わたしは教会に仕える者となりました。

1:26 世の初めから代々にわたって隠されていた、秘められた計画が、今や、神の聖なる者たちに明らかにされたのです。

1:27 この秘められた計画が異邦人にとってどれほど栄光に満ちたものであるかを、神は彼らに知らせようとされました。その計画とは、あなたがたの内におられるキリスト、栄光の希望です。

1:28 このキリストを、わたしたちは宣べ伝えており、すべての人がキリストに結ばれて完全な者となるように、知恵を尽くしてすべての人を諭し、教えています。

1:29 このために、わたしは労苦しており、わたしの内に力強く働く、キリストの力によって闘っています。

2:1 わたしが、あなたがたとラオディキアにいる人々のために、また、わたしとまだ直接顔を合わせたことのないすべての人のために、どれほど労苦して闘っているか、分かってほしい。

2:2 それは、この人々が心を励まされ、愛によって結び合わされ、理解力を豊かに与えられ、神の秘められた計画であるキリストを悟るようになるためです。

2:3 知恵と知識の宝はすべて、キリストの内に隠れています。

2:4 わたしがこう言うのは、あなたがたが巧みな議論にだまされないようにするためです。

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QT 「御子のために造られた」(コロサイ1:15-23)

◎11月24日(木)

●QT コロサイ1章15節-23節

●主題:御子のために造られた

●要約
パウロは御子イエス・キリストについて語る。
御子は見えない神の姿であり、万物は御子によって、御子のために造られ、御子によって支えられている。
御子は教会の頭であり、神は御子の十字架の血によって万物と和解し、神から離れ、敵対していた人を御子の死によって和解へと導かれた。
この良き知らせ(福音)を伝えることがパウロの使命であった。

●今日の御言葉
「天にあるものも地にあるものも、見えるものも、見えないものも、王座も主権も、支配も権威も、万物は御子によって造られたからです。つまり、万物は御子によって、御子のために造られました。(16節)

「万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった」(ヨハネ1:3)。

世にあるすべてのものは、言=御子=イエス・キリスト=神によって、造られました。
あなたは神が願われ、神の目的のために造られた存在です。
人生の最大の目的は、あなたを造られた神のために、神が喜ばれる生き方が何であるのかを御言葉を通して黙想し、実践して生きることなのです。
今日も祝福を祈ります。byバルナバ

PS.通読:ネヘミヤ12 
next:コロサイ1:23-2:5

●聖書 1:15 御子は、見えない神の姿であり、すべてのものが造られる前に生まれた方です。

1:16 天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、王座も主権も、支配も権威も、万物は御子において造られたからです。つまり、万物は御子によって、御子のために造られました。

1:17 御子はすべてのものよりも先におられ、すべてのものは御子によって支えられています。

1:18 また、御子はその体である教会の頭です。御子は初めの者、死者の中から最初に生まれた方です。こうして、すべてのことにおいて第一の者となられたのです。

1:19 神は、御心のままに、満ちあふれるものを余すところなく御子の内に宿らせ、

1:20 その十字架の血によって平和を打ち立て、地にあるものであれ、天にあるものであれ、万物をただ御子によって、御自分と和解させられました。

1:21 あなたがたは、以前は神から離れ、悪い行いによって心の中で神に敵対していました。

1:22 しかし今や、神は御子の肉の体において、その死によってあなたがたと和解し、御自身の前に聖なる者、きずのない者、とがめるところのない者としてくださいました。

1:23 ただ、揺るぐことなく信仰に踏みとどまり、あなたがたが聞いた福音の希望から離れてはなりません。この福音は、世界中至るところの人々に宣べ伝えられており、わたしパウロは、それに仕える者とされました。


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QT 「パウロの祈り」(コロサイ1:1-14)

◎11月23日(水)
●QT コロサイ1章1節-14節
●主題:パウロの祈り
●要約
パウロの友、エパフラスによって蒔かれた福音の種は、コロサイの地で実を結んだ。パウロはコロサイの信徒が福音によって、信仰と愛と愛を抱いている様子を、エパフラスから伝え聞いて神に感謝し祈った。その日以来、パウロは彼らのために耐えず祈り続けていた。パウロは、彼らが聖霊によって、御心を悟り、主に従い、実を結び、神を深く知り、強められ、忍耐し、神に感謝するようにと祈り続ける。

●今日の御言葉
「わたしたちは絶えずあなたがたのために祈り、願っています。どうか、霊によるあらゆる知恵と理解によって、神の御心を十分悟り、すべての点で主に喜ばれるように主に従って歩み、あらゆる善い業を行って実を結び、神をますます深く知るように。そして、神の栄光の力に従い、あらゆる力によって強められ、どんなことにも根気強く耐え忍ぶように。喜びをもって、光の中にある聖なる者たちの相続分に、あなたがたがあずかれるようにしてくださった御父に感謝するように。御父は、わたしたちを闇の力から救い出して、その愛する御子の支配下に移してくださいました。わたしたちは、この御子によって、贖い、すなわち罪の赦しを得ているのです。(9-14節)

今日からコロサイに入ります。少し長くなりましたが、素晴らしい内容の御言葉です。
何度も繰り返して読み、黙想し、味わいましょう。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:ネヘミヤ11 
next:コロサイ1:15-23


●聖書

1:1 神の御心によってキリスト・イエスの使徒とされたパウロと兄弟テモテから、

1:2 コロサイにいる聖なる者たち、キリストに結ばれている忠実な兄弟たちへ。わたしたちの父である神からの恵みと平和が、あなたがたにあるように。

1:3 わたしたちは、いつもあなたがたのために祈り、わたしたちの主イエス・キリストの父である神に感謝しています。

1:4 あなたがたがキリスト・イエスにおいて持っている信仰と、すべての聖なる者たちに対して抱いている愛について、聞いたからです。

1:5 それは、あなたがたのために天に蓄えられている希望に基づくものであり、あなたがたは既にこの希望を、福音という真理の言葉を通して聞きました。

1:6 あなたがたにまで伝えられたこの福音は、世界中至るところでそうであるように、あなたがたのところでも、神の恵みを聞いて真に悟った日から、実を結んで成長しています。

1:7 あなたがたは、この福音を、わたしたちと共に仕えている仲間、愛するエパフラスから学びました。彼は、あなたがたのためにキリストに忠実に仕える者であり、

1:8 また、“霊”に基づくあなたがたの愛を知らせてくれた人です。

1:9 こういうわけで、そのことを聞いたときから、わたしたちは、絶えずあなたがたのために祈り、願っています。どうか、“霊”によるあらゆる知恵と理解によって、神の御心を十分悟り、

1:10 すべての点で主に喜ばれるように主に従って歩み、あらゆる善い業を行って実を結び、神をますます深く知るように。

1:11 そして、神の栄光の力に従い、あらゆる力によって強められ、どんなことも根気強く耐え忍ぶように。喜びをもって、

1:12 光の中にある聖なる者たちの相続分に、あなたがたがあずかれるようにしてくださった御父に感謝するように。

1:13 御父は、わたしたちを闇の力から救い出して、その愛する御子の支配下に移してくださいました。

1:14 わたしたちは、この御子によって、贖い、すなわち罪の赦しを得ているのです。

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祈祷会 「祭壇を築いて祈る」

◎11月22日(火) 火曜祈祷会

●QT サムエル記下24章15節-25節

●メッセージ
いよいよサムエル記も今日で終わりです。
主はダビデをあらゆる敵の攻撃から守り、勝利を与えました。
ダビデは22章で高らかに主を讃美し、23章では、最後の言葉を語ります。
しかし、油断大敵です。
ダビデは人生の終わりの時に、再び高慢な思いを抱き、主の御心から遠ざかってしまったのです。
成功者ダビデの心には高ぶった思いがありました。
ダビデは御心に反し、民の人口を数えたのです。

この時の様子を、サムエル記では、主が誘ったと記されています。
しかし、歴代史上21章1節では、「サタン」がイスラエルに対して立ち上がり、ダビデを誘ったとなっているのです。

主がダビデを誘ったのか。
それともサタンがダビデを誘ったのか。
両者の見解は異なります。
なぜ、このような食い違いがあるのでしょうか。

それは、ピンポイントで見る視点と、グローバルな視点との違いです。
サタンはピンポイントで働き、ダビデを誘ってきたのです。
しかし、グローバルな視点で見るならば、神様はサタンの働きをも逆用されることがあるのです。

神様は、高慢になっていたダビデが、サタンの誘いに乗って、人口を数えることを、あえて許されたのです。
それは、ダビデが自らの過ちに気づき、悔い改めることを願われたからす。

かつて、サウル王も主からの悪霊に悩まされたことがありました。(サムエル記上16章)
これもピンポイントで見れば、ダビデに嫉妬したサウルはサタンからの悪霊によってさいなまれていたのです。
しかし、サムエル記の著者は、グローバルな視点で見て、主から悪霊と記したのです。
サウルは、結局、立ち帰ることなく、王位を失っただけではなく、サウル家も滅んでしまいます。
しかし、ダビデは、立ち帰るのです。
ここがサウルとダビデの違いです。

ダビデは、人口を数え終わった後、自らの高慢さに気づき、心に呵責を覚えます。
そして、主の前に悔い改めるのです。

しかし、旧約の神は義の神であり、非常に厳しいお方ですね。
主の御心に反した罪は大きく、ダビデは三つの災いの内、どれか一つを選ばされます。
私たちの理解に苦しむ内容です。

ダビデは、三日間の疫病を選び、主の御手にかかって倒れる道を選びました。
それが昨日の聖書日課の箇所です。

そして、今日の箇所では、三日間とはいえ、疫病の被害は甚大で、あっという間に七万人の命が奪われていくのです。

ダビデは御使いが民を打つ姿を目の当たりにし、耐えられなくなっ主に叫びます。
「罪を犯したのはわたしです。わたしが悪かったのです。この羊の群れが何をしたのでしょうか。どうか御手がわたしとわたしの父の家に下りますように」と。

ダビデは自らの罪を悔い改め、民の執り成しのために祈りました。
このダビデに対し、主は預言者ガトを遣わし、祭壇を築くように命じます。

「ダビデは主が命じられたガドの言葉に従い上って行った」(19節)

ダビデは、ガドの言葉を、主の言葉として受け取り、従順に従ったのです。
ここにもダビデとサウロの違いがあります。
私たちはこのダビデの従順さを学ばなければなりません。
サウロの不従順さを反面教師にしなければなりません。

ダビデは、アラウナの麦打ち場を買い取って、そこに祭壇を築き、献身と和解の献げ物をささげていきました。

アラウナの麦打ち場は、主の御使いが傍らに立っていた場所でした。
それは、あのヤコブがベテルで、主が傍らに立っておられた場所に祭壇を築いたのに似ています。

ダビデは、主の御使いが立っていた場所に、祭壇を築き、焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげていったのです。

主はこのダビデの行為を喜ばれ、この国の祈りは聞かれ、疫病はやんだのです。

私たちは、人生の最後の最後まで、決して高慢になることなく、従順に歩む者でありたいと思います。

たとえ、高慢な思いによって、主の御心に反するような生き方をしたとしても、ダビデのように、すぐに自分の態度を悔い改め、主の祭壇の前に行き、祈ることが大切なのです。

「主はこの国のために祈りにこたえられ、イスラエルに下った疫病はやんだ」

私たちにとって、疫病に悩まされる時は、祭壇を築き直すべき時なのです。
御言葉に従順する生き方。
祭壇の前に祈る生き方。

祈りと御言葉を欠かさない生き方。
これがクリスチャンライフなのです。

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11月23日(水)の夜の祈祷会は、
加古川リバイバルチャペルのコンサートに合流のためお休みです。

QT 「祭壇を築く」(サム下24:15-25)

◎11月22日(火)
●QT サムエル記下24章15節-25節
●主題:祭壇を築く
●要約
イスラエルの罪の故に疫病が起こり、七万人が死んだ。ダビデは御使いが民を打つのを見て、主に「罪を犯したのはわたしです」と告白し、民のために執り成した。ダビデは預言者ガトの指示に従い、アラウナの麦打ち場を買い取り、主のために祭壇を築き、焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげて祈った。この祈りにこたえられ、イスラエルにくださった疫病はやんでいった。

●今日の御言葉
「そこに主のための祭壇を築き、焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげた。主はこの国のために祈りにこたえられ、イスラエルに下った疫病はやんだ。」(25節)

ダビデは御使いが民を打つ様子を見て、「罪を犯したのはわたしです。わたしが悪かったのです。この羊の群れが何をしたのでしょうか。どうか御手がわたしとわたしの父の家に下りますように」と自らの罪を悔い改め、主の御手にゆだねて祈りました。

主は預言者ガドを通し、ダビデに祭壇を築かせます。

「ダビデは主が命じられたガドの言葉に従い上って行った」(19節)

ダビデが主の言葉に従順し、祭壇を築き、献身と和解の献げ物をささげた時、主はこの国の祈りに答えられたのです。
日々、主の言葉に従い、祭壇の前で祈る人は幸いです。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:ネヘミヤ10 
next:コロサイ1:1-14
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●聖書
24:15 主は、その朝から定められた日数の間、イスラエルに疫病をもたらされた。ダンからベエル・シェバまでの民のうち七万人が死んだ。

24:16 御使いはその手をエルサレムに伸ばして、これを滅ぼそうとしたが、主はこの災いを思い返され、民を滅ぼそうとする御使いに言われた。「もう十分だ。その手を下ろせ。」主の御使いはエブス人アラウナの麦打ち場の傍らにいた。

24:17 ダビデは、御使いが民を打つのを見て、主に言った。「御覧ください、罪を犯したのはわたしです。わたしが悪かったのです。この羊の群れが何をしたのでしょうか。どうか御手がわたしとわたしの父の家に下りますように。」

24:18 その日ガドが来て、ダビデに告げた。「エブス人アラウナの麦打ち場に上り、そこに主のための祭壇を築きなさい。」

24:19 ダビデは主が命じられたガドの言葉に従い上って行った。

24:20 アラウナが見ると、王と家臣が彼の方に来るのが見えた。アラウナは出て行き、王の前で地にひれ伏して、

24:21 言った。「どのような理由で主君、王が僕のところにおいでになったのですか。」ダビデは言った。「お前の麦打ち場を譲ってもらいたい。主のために祭壇を築き、民から疫病を除きたい。」

24:22 アラウナは、「お受け取りください。主君、王の目に良いと映るままにいけにえをおささげください。御覧ください。焼き尽くしてささげる牛もおりますし、薪にする打穀機も、牛の軛もございます」と言って、

24:23 何もかも王に提供し、「あなたの神、主が王を喜ばれますように」と言った。

24:24 王はアラウナに言った。「いや、わたしは代価を支払って、あなたから買い取らなければならない。無償で得た焼き尽くす献げ物をわたしの神、主にささげることはできない。」ダビデは麦打ち場と牛を銀五十シェケルで買い取り、

24:25 そこに主のための祭壇を築き、焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげた。主はこの国のために祈りにこたえられ、イスラエルに下った疫病はやんだ。

日誌 同窓会

今日は日本聖書神学校の関西支部会。
数年前から関西支部長として、支部の同窓会を毎年行っている。
今年は、神学校から金子教授を招いて、「福音をどう捉えるか」というテーマで講演していただいた。

非常に有益な学びの時であった。
特に心に残ったのは、「遅れてきた人たち」という話。

マルコ2章1節以下に、寝たきりのひとりの中風の男性を四人の人が担架で運んできた話がある。
彼らがイエスのおられる家に着いたとき、すでに人々でいっぱいで、中に入ることも、近づくことも出来なかった。
彼らは遅れてきた人たちであった。
彼らは屋根をはぎ取り、イエスの前に担架をつり降ろした。
イエスは彼らの信仰を見て、「罪の赦し」が宣言された。

金子先生は、歩みの遅い者(中風の人)と共に、自らの速度を緩め、遅く歩もうとした行為、遅くしか歩くことができない者と共に身を寄せていく行為。
足の遅い者に速度を合わせる生き方。
それをイエスは良しとしたもうた、と話された。

私はこの話を聞きながらウサギとカメの話を思い出した。
ウサギはカメを見ながらレースをする。
カメはウサギではなく、ゴールを見てレースをした。
どんなに遅くても、ゴール(イエス)を見て歩む者が勝利する。

歩みの遅い私の歩幅に合わせて、主は共に歩んでくださる。
大切なのはゴールを見て歩むこと。
夕方になって、やっとぶどう園にたどりついた人にも、
主人は、朝から働いた人と同じ賃金を与えられた。
遅れてきた人をも同じように愛し給う神。
ふと、自分から目を隣人に移すとき、
遅れて歩いている人を見つめるまなざしを私は持っていただろうか、と自分を問い直させられた。

話は変わるが、
昨日、高橋尚子が東京国際マラソンで復活優勝をした。
今日のスポーツ新聞に「暗闇のいる人、悩んでいる人へ」というメッセージが掲載された。

一度はやめようと思った陸上でしたが、ここに戻って来れました。
夢を持つことで一日、一日充実した日々を過ごせました。
陸上に関係なく、今、暗闇の中にいる人、悩んでいる人、一日でも、三年後でも何でも目標を持つことで一歩、一歩、一日が充実すると思う。
どうか夢を持って一日を過ごして欲しい。
小学、中学、30代、中高年のみなさんも、
24時間の時間は平等に与えられたチャンスの時間。
精一杯充実した日にしてください。
きょう、みなさんのおかげで私はいい日になりました。

いい言葉だ。

以前、韓国ドラマでのセリフも忘れられない。
「人は夢だけでは生きられない。しかし、夢がなくては生きられない」

夢に向けて、一歩一歩、主を見つめて歩んでいけば、
必ず主が夢を現実にしてくださると信じる。


日本聖書神学校関西支部会

日本聖書神学校関西支部会

QT 「懲りない面々」(サム下24:1-14)

◎11月21日(月)
●QT サムエル記下24章1節-14節
●主題:懲りない面々
●要約
再びイスラエルは主の怒りを招いた。ダビデはイスラエルとユダの人口調査を指示する。ヨアブはこれは主が喜ばないことだと忠告するが、ダビデを説得することはできず、出発し、人口を数えていく。その結果、ダビデは罪責感に苛まれ、主に悔い改めるも、預言者ガドを通して、災いをが預言され、ダビデは主の慈悲をにすがり、主の御手にすべてを委ねていく。

●今日の御言葉
「主の怒りが再びイスラエルに対して燃え上がった。主は、「イスラエルとユダの人口を数えよ」とダビデを誘われた。(1節)

懲りない面。
イスラエルはまたもや主の前に悪を行い、主の怒りを招きました。
ダビデも同様でした。
歴代上1章を見ると、人口を数えさせ、災いを招いたのは、サタンだと記されています。
しかし、サムエル記の著者は、ダビデにあえて人口を数えさせ、心の呵責を経験させ、悔い改めに導かれたのは主であることを語っているのです。
今日の聖書通読箇所であるネヘミヤ記9章をぜひ読みください。
懲りない面々に対する主の忍耐と愛が記されています。
今日も祝福がありますように。byバルナバ

PS.通読:ネヘミヤ9 
next:サム下24:15-25

●聖書

24:1 主の怒りが再びイスラエルに対して燃え上がった。主は、「イスラエルとユダの人口を数えよ」とダビデを誘われた。

24:2 王は直属の軍の司令官ヨアブに命じた。「ダンからベエル・シェバに及ぶイスラエルの全部族の間を巡って民の数を調べよ。民の数を知りたい。」

24:3 ヨアブは王に言った。「あなたの神、主がこの民を百倍にも増やしてくださいますように。主君、王御自身がそれを直接目にされますように。主君、王はなぜ、このようなことを望まれるのですか。」

24:4 しかし、ヨアブと軍の長たちに対する王の命令は厳しかったので、ヨアブと軍の長たちはダビデの前を辞し、イスラエルの民を数えるために出発した。

24:5 彼らはヨルダン川を渡って、アロエルとガドの谷間の町から始め、更にヤゼルを目指し、

24:6 ギレアドに入って、ヘト人の地カデシュに至り、ダン・ヤアンからシドンに回った。

24:7 彼らはティルスの要塞に入り、ヒビ人、カナン人の町をことごとく巡ってユダのネゲブの、ベエル・シェバに至った。

24:8 彼らは九か月と二十日をかけて全国を巡った後、エルサレムに帰還した。

24:9 ヨアブは調べた民の数を王に報告した。剣を取りうる戦士はイスラエルに八十万、ユダに五十万であった。

24:10 民を数えたことはダビデの心に呵責となった。ダビデは主に言った。「わたしは重い罪を犯しました。主よ、どうか僕の悪をお見逃しください。大変愚かなことをしました。」

24:11 ダビデが朝起きると、神の言葉がダビデの預言者であり先見者であるガドに臨んでいた。

24:12 「行ってダビデに告げよ。主はこう言われる。『わたしはあなたに三つの事を示す。その一つを選ぶがよい。わたしはそれを実行する』と。」

24:13 ガドはダビデのもとに来て告げた。「七年間の飢饉があなたの国を襲うことか、あなたが三か月間敵に追われて逃げることか、三日間あなたの国に疫病が起こることか。よく考えて、わたしを遣わされた方にどうお答えすべきか、決めてください。」

24:14 ダビデはガドに言った。「大変な苦しみだ。主の御手にかかって倒れよう。主の慈悲は大きい。人間の手にはかかりたくない。」


●ネヘミヤ記9章
9:1 その月の二十四日に、イスラエルの人々は集まって断食し、粗布をまとい、土をその身に振りかけた。

9:2 イスラエルの血筋の者は異民族との関係を一切断ち、進み出て、自分たちの罪科と先祖の罪悪を告白した。

9:3 彼らは自分の立場に立ち、その日の四分の一の時間は、彼らの神、主の律法の書を朗読して過ごし、他の四分の一の時間は、彼らの神、主の前に向かって罪を告白し、ひれ伏していた。

9:4 イエシュア、バニ、カドミエル、シェバンヤ、ブンニ、シェレブヤ、バニ、ケナニは、レビ人のための台に立ち、神なる主に向かって大きな叫び声をあげた。

9:5 レビ人イエシュア、カドミエル、バニ、ハシャブネヤ、シェレブヤ、ホディヤ、シェバンヤ、ペタフヤは言った。「立って、あなたたちの神、主を賛美せよ。とこしえより、とこしえにいたるまで/栄光ある御名が賛美されますように。いかなる賛美も称賛も及ばないその御名が。

9:6 あなたのみが主。天とその高き極みを/そのすべての軍勢を/地とその上にあるすべてのものを/海とその中にあるすべてのものを/あなたは創造された。あなたは万物に命をお与えになる方。天の軍勢はあなたを伏し拝む。

9:7 あなたこそ、主なる神。アブラムを選んでカルデアのウルから導き出し/名をアブラハムとされた。

9:8 あなたに対して忠実なその心を認め/彼と契約を結び/子孫に土地を与えると約束された。カナン人、ヘト人、アモリ人/ペリジ人、エブス人、ギルガシ人の土地を。あなたは約束を果たされた。まことにあなたは正しい方。

9:9 わたしたちの先祖がエジプトで苦しんでいるのを見/葦の海で叫び声をあげるのを聞き

9:10 ファラオとその家来/その国民すべてに対して/あなたは数々の不思議と奇跡を行われた。彼らがわたしたちの先祖に対して/傲慢にふるまったことを/まことにあなたは知っておられた。こうしてかちえられたあなたの名声は/今日も衰えることを知らない。

9:11 あなたは先祖の目の前で海を二つに裂き/海の中の乾いた地を通らせ/追い迫る敵をあたかも石のように/荒れ狂う水の深みに投げ込まれた。

9:12 昼は雲の柱、夜は火の柱をもって/わたしたちの先祖を導き/その進み行く道を照らされた。

9:13 あなたは天からシナイの山に降って彼らと語り/正しい法、真実の律法/優れた掟と戒めを授け

9:14 あなたの聖なる安息日を布告し/僕モーセによって/戒めと掟と律法を授けられた。

9:15 彼らが飢えれば、天からパンを恵み/渇けば、岩から水を湧き出させ/必ず与えると誓われた土地に行って/それを所有せよと命じられた。

9:16 ところが、わたしたちの先祖は傲慢にふるまい/かたくなになり、戒めに従わなかった。

9:17 聞き従うことを拒み/彼らに示された驚くべき御業を忘れ/かたくなになり/エジプトの苦役に戻ろうと考えた。しかし、あなたは罪を赦す神。恵みに満ち、憐れみ深く/忍耐強く、慈しみに溢れ/先祖を見捨てることはなさらなかった。

9:18 彼らが牛の像を鋳て造り/エジプトから救ってくれた神だと称し/背信の大罪を犯したときも

9:19 まことに憐れみ深いあなたは/彼らを荒れ野に見捨てることはなさらなかった。昼は雲の柱を取り去ることなく行く手を示し/夜は火の柱を取り去ることなく/行く道を照らされた。

9:20 あなたの優れた霊を授けて彼らに悟りを与え/口からマナを取り上げることなく/渇けば水を与えられた。

9:21 四十年間、あなたが支えられたので/彼らは荒れ野にあっても不足することなく/着物は朽ち果てず、足もはれることがなかった。

9:22 諸国、諸民族を彼らの支配下に置き/分け与えて国境に住まわせられた。ヘシュボンの王シホンの国も/バシャンの王オグの国も彼らの所有となった。

9:23 その子らの数を天の星のように増やし/行って所有せよと先祖に約束された土地に/彼らを導き入れられた。

9:24 その子らはその地に入り、これを所有した。あなたはその地の先住民カナン人を服従させ/彼らの支配下に置かれた。その地にいた諸民族とその王たちを/彼らは思いのままにあしらった。

9:25 堅固な町々、肥沃な土地を奪い/すべての良きものに満ちた家/貯水池、ぶどう畑、オリーブと果樹の園を/数多く手に入れた。彼らは食べて飽き、太り/大きな恵みを受け、満足して暮らした。

9:26 しかし、彼らはあなたに背き、反逆し/あなたの律法を捨てて顧みず/回心を説くあなたの預言者たちを殺し/背信の大罪を犯した。

9:27 あなたは彼らを敵の手に渡し/彼らを苦しめられた。彼らが苦難の中から叫び声をあげると/あなたは天にあってそれを聞き/豊かな憐れみをもって、次々と救い手を送り/苦しめる者の手から救い出してくださった。

9:28 しかし、平穏になると/彼らは再び御前に悪を行ったので/あなたは彼らを敵の手に任せ/その支配下に落とされた。彼らが再び叫び声をあげると/あなたは天にあってそれを聞き/豊かな憐れみをもって彼らを救い出された。

9:29 律法に立ち帰るようにと/あなたは彼らに勧められたが/彼らは傲慢になり、御命令に耳を貸さず/あなたの法に背いた。これを守って命を得るはずであったが/彼らは背を向け、かたくなになり/聞き従おうとしなかった。

9:30 長い年月、あなたは忍耐し/あなたの霊を送り/預言者によって勧められたが/彼らは耳を貸さなかったので/諸国の民の手に彼らを渡された。

9:31 しかし、まことに憐れみ深いあなたは/彼らを滅ぼし尽くそうとはなさらず/見捨てようとはなさらなかった。まことにあなたは恵みに満ち、憐れみ深い神。

9:32 今この時/わたしたちの神よ/偉大にして力強く畏るべき神よ/忠実に契約を守られる神よ/アッシリアの王の時代から今日に至るまで/わたしたちが被った苦難のすべてを/王も高官も祭司も預言者もわたしたちの先祖も/あなたの民の皆が被ったその苦難のすべてを/取るに足らないことと見なさないでください。このすべては起こるべくして起こったのです。

9:33 あなたは正しく行動されました。あなたは忠実に行動されました。しかし、わたしたちはあなたに背いてしまいました。

9:34 王も高官も、祭司もわたしたちの先祖も/あなたの律法に従わず/度重なる命令にも戒めにも/耳を貸しませんでした。

9:35 あなたがお与えになった/国と豊かな恵みの中にありながら/あなたがお与えになった/広く肥沃な土地にありながら/彼らはあなたに仕えようとはせず/不正と悪行を改めようとはしませんでした。

9:36 御覧ください、今日/わたしたちは奴隷にされています。先祖に与えられたこの土地/その実りと恵みを楽しむように/与えられたこの土地にあって/御覧ください/わたしたちは奴隷にされています。

9:37 この土地の豊かな産物も/あなたがわたしたちの罪のためにお立てになった/諸国の王のものとなり/わたしたち自身も、家畜も/この支配者たちの意のままに/あしらわれているのです。わたしたちは大いなる苦境の中にあるのです。」

QT 「三勇士」(サム下23:13-39)

◎11月20日(日)
●QT サムエル記下23章13節-39節
●主題:三勇士
●要約
ダビデには忠実な勇士が大勢いた。かつてダビデが敵が侵入してきたベツレヘムの井戸の水を飲みたいと言った時、三人の勇士が命がけで水を汲んできたことがあった。総勢37名の勇士がダビデに忠誠を尽くしていた。

●今日の御言葉
「三人の勇士はペリシテの陣を突破し、ベツレヘムの城門の傍らにある井戸から水をくみ、ダビデのもとに持ち帰った」(16節)

ダビデをあらゆる苦難から勝利へと導いたのは神様が共にいたからです。
ダビデには、自らの命を惜しまず、水を運んでくる勇士たちが与えられ、敵に勝利していきました。
神はあなたの三勇士のような存在です。
神はあなたに命の水を与えるために、キリストをあなたに遣わされました。
キリストは僕のように仕えられたのです。
聖霊様は、いつもあなたと共にいて、あなたを助けてくださる方です。

父なる神様の愛、イエス・キリストの恵み、聖霊の親しき交わりがあなたを勝利の人生へと導くのです。
今日は日曜日です。
共に主を礼拝していきましょう。byバルナバ

PS.通読:ネヘミヤ8 
next:サム下24:1-14

●今日の聖書箇所

23:13 三十人の頭の中の三人が、刈り入れ時にアドラムの洞窟にいるダビデを訪ねて来たことがあった。ペリシテ人の一隊がレファイムの谷に陣を張っていた。

23:14 ダビデは要害におり、ペリシテ人の前哨部隊はベツレヘムにいた。

23:15 ダビデは、「ベツレヘムの城門の傍らにある、あの井戸の水を飲ませてくれる者があればよいのに」と切望した。

23:16 三人の勇士はペリシテの陣を突破し、ベツレヘムの城門の傍らにある井戸から水をくみ、ダビデのもとに持ち帰った。ダビデはこの水を飲むことを望まず、注いで主にささげ、

23:17 こう言った。「主よ、わたしはこのようなことを決してすべきではありません。これは命をかけて行った者たちの血そのものです。」ダビデはその水を飲もうとしなかった。以上が三勇士の武勲である。

23:18 ツェルヤの子、ヨアブの兄弟アビシャイ。三勇士の頭。槍を振るって三百人を刺し殺し、三勇士と共に名をあげた。

23:19 三勇士の中で最も重んじられ、彼らの長でもあったが、武勲は三勇士に及ばなかった。

23:20 ヨヤダの子ベナヤ。勇士の子。カブツェエルの出身。多くの功を立てた。モアブのアリエルの二人の息子を討ち取り、雪の日に、洞穴に獅子を追って下り、それを殺した。

23:21 また彼は、屈強のエジプト人をも殺した。エジプト人は槍を手にしていたが、ベナヤは棒を持って襲いかかり、エジプト人の手から槍を奪い、その槍でエジプト人を殺した。

23:22 以上がヨヤダの子ベナヤの武勲であり、三勇士と共に名をあげ、

23:23 三十人の中でも重んじられたが、武勲は三勇士に及ばなかった。ダビデは彼を護衛兵の長に任じた。

23:24 三十人に名を連ねた者は以下のとおりである。ヨアブの兄弟アサエル。ドドの子エルハナン、ベツレヘム出身。

23:25 ハロド人シャンマ。ハロド人エリカ。

23:26 パルティ人ヘレツ。イケシュの子イラ、テコア人。

23:27 アナトト人アビエゼル。フシャ人メブナイ。

23:28 アホア人ツァルモン。ネトファ人マフライ。

23:29 バアナの子ヘレブ、ネトファ人。リバイの子イタイ、ベニヤミンのギブア出身。

23:30 ピルアトン人ベナヤ。ヒダイ、ガアシュ川の出身。

23:31 アルバト人アビ・アルボン。バフリム人アズマベト。

23:32 シャアルボン人エルヤフバ。ベネヤシェン。ヨナタン。

23:33 ハラリ人シャンマ。シャラルの子アヒアム、アラル人。

23:34 アハスバイの子エリフェレト、マアカ人の子孫。アヒトフェルの子エリアム、ギロ人。

23:35 カルメル人ヘツライ。アラブ人パアライ。

23:36 ナタンの子イグアル、ツォバ出身。ガディ人バニ。

23:37 アンモン人ツェレク。ベエロト人ナフライ、ツェルヤの子ヨアブの武具を持つ者。

23:38 イエテル人イラ。イエテル人ガレブ。

23:39 ヘト人ウリヤ。総員三十七名。

祈祷会 「神と共にある」(サム下23:1-12)

◎11月19日(土) 土曜早天祈祷会

「神と共にある人生」(サム下23:1-12)

●今日の御言葉
「神と共にあってわたしの家は確かに立つ」(5節)

いよいよサムエル記下も終わりに近づきました。
ダビデの人生は戦いの連続でした。
ゴリアトを倒し、一躍、イスラエルで脚光を浴びるようになったものの、サウルに嫉妬され、命を狙われ、逃亡生活を余儀なくされました。
その後も、外敵と内なる敵に悩まされます。
しかし、主はダビデと共にいて、最後には必ず勝利を与えられたのです。

サウルとダビデ。
同じように神に選ばれ、王として油注がれたにもかかわらず、二人の明暗は分かれます。

二人の明暗を分けたのは、主のみ声に対する態度です。
サウルは主の御声に聞き従わなかったのです。(サムエル記上15章)
その結果、サウルは王位を退けられるのです。

サウルもダビデも同じように主に対して罪を犯し、サウルはサムエルに、ダビデはナタンに罪を指摘されます。

サウルもダビデも同じように、「わたしは罪を犯しました」と告白します。
なぜ、サウルの罪は赦されず、ダビデの罪は赦されたのでしょうか。

サウルは、サムエルに言いました。
「わたしは罪を犯しました。しかし、民の長老の手前、イスラエルの手前、どうかわたしを立てて、わたしと一緒に帰ってください。そうすれば、あなたの神、主を礼拝します」と言ったのです。

「しかし」と言って、面目を保つために、今までと変わらずに振る舞おうとします。

「そうすれば」と言って、サムエルのために礼拝を守ってあげるような言い方をしています。

さらに、サウルは、「わたしの神」ではなく、「あなたの神」と呼んでいます。

それに対して、ダビデは「わたしの神」と呼んでいます。

ダビデが悔い改めた時、ナタンは即座に「あなたの罪は赦される」と宣言しました。
それは、ダビデの悔い改めが真実なものだったからです。

ダビデはすべての敵から救い出された時、(22章)、「わたしの神」と言って、神様を讃美しています。

ダビデが「わたしの神」と言いえたのは、神と共に生きていたからです。

「神と共にあってわたしの家は確かに立つ」(5節)

ダビデの人生の土台は、ダビデの家の土台は、神と共にあることだったのです。
この土台の上に、私たちは家を建てなければならないのです。

「主がヨセフと共におられたので、彼はうまく事が運んだ」(創世記39:2)

ヨセフの人生も、神と共にいることが人生の土台でした。

「一生の間、あなたの行く手に立ちはだかる者はないであろう。わたしはモーセと共にいたように、あなたと共にいる。あなたを見放すことも、見捨てることもない」(ヨシュア1:5)

「わたしとわたしの家は主に仕えます」(ヨシュア24:15)


ヨシュアの人生も、神と共にいることが人生の土台であり、ヨシュアとその家族は、そのように告白したのです。

私たちも、ダビデのように、ヨセフのように、ヨシュアのように、神と共にいることを人生の土台とし、主の御声に耳を傾け、勝利ある人生を歩みましょう。

「神と共にあってわたしの家は確かに立つ」(5節)






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QT 「神と共にあって」(サム下23:1-13)

◎11月19日(土)
●QT サムエル記下23章1節-12節
●主題:神と共にあって
●要約
ダビデの最後の言葉とダビデの勇士たちの姿が描かれている。ダビデは神の声を聞き、神に従って、神を畏れて、国を治めた。ダビデは神と共にあって、ダビデの家は固く立ち、永遠の契約によって、救いと喜びが芽生えていった。

●今日の御言葉
「神と共にあってわたしの家は確かに立つ。(5節)

ダビデは最後まで神様の声に聞き従い続けました。
これがサウルとの決定的な違いでした。(サム上15章)。
「神と共にある」。
ここに勝利の秘訣があります。
「主がヨセフと共におられたので、彼はうまく事が運んだ」(創39:2)。
「わたしとわたしの家は主に仕えます」(ヨシュア24:15)。


ダビデのように、ヨセフのように、ヨシュアのように、最後まで主の声に聞き従い、神と共にある人は幸いなのです。
今日も祝福がありますように。byバルナバ 

PS.通読:ネヘミヤ7 
next:サム下23:13-39

23:1 以下はダビデの最後の言葉である。エッサイの子ダビデの語ったこと。高く上げられた者/ヤコブの神に油注がれた者の語ったこと。イスラエルの麗しい歌。

23:2 主の霊はわたしのうちに語り/主の言葉はわたしの舌の上にある。

23:3 イスラエルの神は語り/イスラエルの岩はわたしに告げられる。神に従って人を治める者/神を畏れて治める者は

23:4 太陽の輝き出る朝の光/雲もない朝の光/雨の後、地から若草を萌え出させる陽の光。

23:5 神と共にあってわたしの家は確かに立つ。神は永遠の契約をわたしに賜る/すべてに整い、守られるべき契約を。わたしの救い、わたしの喜びを/すべて神は芽生えさせてくださる。

23:6 悪人は茨のようにすべて刈り取られる。手に取ろうとするな

23:7 触れる者は槍の鉄と木を満身に受ける。火がその場で彼らを焼き尽くすであろう。

◆ダビデの勇士たち

23:8 以下はダビデの勇士たちの名である。ハクモニ人イシュバアル。三勇士の頭。槍を振るって一度に八百人を刺し殺した。

23:9 次にアホア人ドドの子エルアザル。三勇士の一人。ダビデに同行してペリシテ人に屈辱を与えたとき、ペリシテ人が集結して戦いを挑んで来た。イスラエルの兵は退いたが、

23:10 エルアザルはペリシテ人に向かって立ち、手が疲れ、手が剣にはり付いて離れなくなるまで彼らを討った。主はその日、大勝利をもたらされ、彼の後に戻って来た兵士には略奪することのみが残った。

23:11 次にハラリ人アゲの子シャンマ。ペリシテ人がレヒに集結したとき、そこにはレンズ豆が豊に実った畑があった。民はペリシテ人を前にして逃走したが、

23:12 シャンマは畑にとどまってこれを救い、ペリシテ人を討った。主は大勝利をもたらされた。

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QT 「救いの盾」(サム下22:29-51)

◎11月18日(金)
●QT サムエル記下22章29節-51節
●主題:救いの盾
●要約
ダビデの賛歌は続く。神は闇を照らす灯火であり、身を寄せる人の盾、砦。足を鹿のように速くし、強くし、戦う力を身に帯びさせ、勝利を与えてくださる方。

●今日の御言葉
「すべて御もとに身を寄せる人に、主は盾となってくださる。」(31節)
「あなたは救いの盾をわたしに授け、自ら降り、わたしを強い者としてくださる。」(36節)


ダビデの賛歌はさらに続きます。
ダビデの人生は戦いの連続でした。
しかし、ダビデは主の御許に身を寄せ、主の守りを経験し、主によって強くされ、戦いに勝利していったのです。

私たちの人生にも戦いがあります。
イエス・キリストこそ、すべての人のために天から降ってきた救いの盾です。
「すべて」です。
主の御許に身を寄せる人は、すべて主が盾となって守ってくださるのです。
この「すべて」の中には、あなたも例外なく含まれているのです。
ただし、救いの盾によって身を守るためには、主に身を寄せることが不可欠なのです。
それがイエス・キリストを信じるということなのです。

今朝はこの「すべて」を黙想しつつ、讃美をもって一日をスタートしましょう。
今日も祝福を祈ります。byバルナバ 

PS.通読:ネヘミヤ6 
next:サム下23:1-12

●聖書
22:29 主よ、あなたはわたしのともし火/主はわたしの闇を照らしてくださる。

22:30 あなたによって、わたしは敵軍を追い散らし/わたしの神によって、城壁を越える。

22:31 神の道は完全/主の仰せは火で練り清められている。すべて御もとに身を寄せる人に/主は盾となってくださる。

22:32 主のほかに神はない。神のほかに我らの岩はない。

22:33 神はわたしの力ある砦/わたしの道を完全にし

22:34 わたしの足を鹿のように速くし/高い所に立たせ

22:35 手に戦いの技を教え/腕に青銅の弓を引く力を帯びさせてくださる。

22:36 あなたは救いの盾をわたしに授け/自ら降り、わたしを強い者としてくださる。

22:37 わたしの足は大きく踏み出し/くるぶしはよろめくことがない。

22:38 敵を追い、敵を絶やし/滅ぼすまで引き返さず

22:39 彼らを餌食とし、打ち、再び立つことを許さない。彼らはわたしの足もとに倒れ伏す。

22:40 あなたは戦う力をわたしの身に帯びさせ/刃向かう者を屈服させ

22:41 敵の首筋を踏ませてくださる。わたしを憎む者をわたしは滅ぼす。

22:42 彼らは見回すが、助ける者は現れず/主に向かって叫んでも答えはない。

22:43 わたしは彼らを地の塵のように砕き/野の土くれのように踏みにじる。

22:44 あなたはわたしを民の争いから解き放ち/国々の頭としてくださる。わたしの知らぬ民もわたしに仕え

22:45 わたしのことを耳にしてわたしに聞き従い/敵の民は憐れみを乞う。

22:46 敵の民は力を失い、おののいて砦を出る。

22:47 主は命の神。わたしの岩をたたえよ。わたしの救いの岩なる神をあがめよ。

22:48 わたしのために報復してくださる神よ/諸国の民をわたしの下においてください。

22:49 敵からわたしを救い/刃向かう者よりも高く上げ/不法の者から助け出してください。

22:50 主よ、国々の中で/わたしはあなたに感謝をささげ/御名をほめ歌う。

22:51 勝利を与えて王を大いなる者とし/油注がれた人を、ダビデとその子孫を/とこしえまで/慈しみのうちにおかれる。


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QT 「救い主」(サム下22:14-28)

◎11月17日(木)
●QT サムエル記下22章14節-28節
●主題:救い主
●要約
主は激しい怒りをもって、ダビデを敵対する者たちの手から救い出した。ダビデは「主の道を守り、神に背かず、主の掟を近くに置き、主に対して無垢であり、罪から身を守る」と告白していく。

●今日の御言葉
「主は高い天から御手を伸ばしてわたしをとらえ、大水の中から引き上げてくださる。敵は力があり、わたしを憎む者は勝ち誇っているが、なお、主はわたしを救い出される。彼らが攻め寄せる災いの日、主はわたしの支えとなり、わたしを広い所に導き出し、助けとなり、喜び迎えてくださる。」(17-20節)

ダビデの讃美は続きます。主はあなたを敵の手から引き上げ、救い出され、支え、導き出し、助け、喜び迎えてくださるお方です。
今日も神様の御手が共にありますように。byバルナバ 

PS.通読:ネヘミヤ5 
next:サム下22:29-51

●聖書

22:14 主は天から雷鳴をとどろかせ/いと高き神は御声をあげられる。

22:15 主の矢は飛び交い/稲妻は散乱する。

22:16 主の叱咤に海の底は姿を現し/主の怒りの息に世界はその基を示す。

22:17 主は高い天から御手を伸ばしてわたしをとらえ/大水の中から引き上げてくださる。

22:18 敵は力があり/わたしを憎む者は勝ち誇っているが/なお、主はわたしを救い出される。

22:19 彼らが攻め寄せる災いの日/主はわたしの支えとなり

22:20 わたしを広い所に導き出し、助けとなり/喜び迎えてくださる。

22:21 主はわたしの正しさに報いてくださる。わたしの手の清さに応じて返してくださる。

22:22 わたしは主の道を守り/わたしの神に背かない。

22:23 わたしは主の裁きをすべて前に置き/主の掟を遠ざけない。

22:24 わたしは主に対して無垢であろうとし/罪から身を守る。

22:25 主はわたしの正しさに応じて返してくださる。御目の前にわたしは清い。

22:26 あなたの慈しみに生きる人に/あなたは慈しみを示し/無垢な人には無垢に

22:27 清い人には清くふるまい/心の曲がった者には策略を用いられる。

22:28 あなたは貧しい民を救い上げ/御目は驕る者を引き下ろされる。

祈祷会 「勝利をもたらす主の怒り」

◎11月16日(水) 水曜祈祷会

「勝利をもたらす主の怒り」(サム下22:1-13)

●今日の御言葉
「主の怒りに地は揺れ動き、天の基は震え、揺らぐ」(8節)

●メッセージ
ダビデの人生は戦いの連続でした。
イスラエル王国を統一するために、諸外国との戦いがありました。
サウルに嫉妬され、忠実に仕えていた王からの思わぬ攻撃をも受けました。
サウルに代わり、王となってイスラエル王国を築き上げた後も、息子アブサロムの反乱によって、荒れ野へと再び逃亡することもありました。
息子の反乱が収まったと思ったら、その直後にシェバの反乱によって、再び悩まされました。
ダビデは度重なる苦難に遭遇し、死の陰の谷を歩むような苦しみを経験しました。
しかし、ダビデの叫びに主は怒りを持って立ち上がり、ダビデに勝利を与えてくださったのです。

今日の箇所は、勝利をもたらした主への感謝の賛歌なのです。

これは詩編18編でも歌われています。
「主はわたしの岩、砦、逃れ場、わたしの神、大岩、避けどころ、わたしの盾、救いの角、砦の塔。わたしを逃れさせ、わたしに勝利を与え、不法から救ってくださる方。(2-3節)

ダビデは苦難の中から、どん底から主を呼び求めたのです。
ダビデは苦難の様子を、次のように表現しました。
「死の波がわたしを囲み、奈落の激流がわたしをおののかせ、陰府の縄がめぐり、死の網が仕掛けられている」(5-6節)

ダビデのどん底からの叫びは、主の耳に達しました。
主はダビデの叫びを聞いて、天の基が震えるほど、怒られ、立ち上がられたのです。
ダビデは、主が立ち上がり、勝利してくださった時の様子を次のように表現します。
「主の怒りに地は揺れ動き、天の基は震え、揺らぐ。御怒りに煙は噴き上がり、御口の日は焼き尽くし、炭火となって燃えさかる。主は天を傾けて降り、密雲を足もとに従え、ケルビムを駆って飛び、風の翼に乗って現れる。周りに闇を置き、暗い雨雲、立ち込める霧を幕屋とされる。御前の輝きの中から炭火が燃え上がる」(8ー13節)

ダビデのために、主が怒られたのです。
ダビデを苦しめる者に対して、主は怒りを発せられたのです。

愛するラザロが死んだ時、キリストはラザロの墓の前で憤りを覚えられました。
人間を苦しめる最大の敵である死の前で、イエスは憤られたのです。
「イエスは、再び心に憤りを覚えて、墓に入られた」(ヨハネ11:38)イエスの憤りは、ラザロを生き返らせたのです。

ラザロの復活の奇跡物語は、復活の予表です。

キリストが十字架の上で死なれた時、天地は揺れ動きました。
神の怒りが下ったのです。

「そのとき、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、地震が起こり、岩が避け、墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った。(マタイ27:51:52)

天地が揺れ動いた後、眠りについていた聖なる者たちの体が生き返りました。
これもまた、復活の予表です。

終末に起こる最後の審判も同じです。

「それらの日には、このような苦難の後、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は空から落ち、天体は揺り動かされる」(マルコ13:24)

パウロは終末時の様子を次のように描いています。

すなわち、合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主御自身が天から降って来られます。すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります。(一テサロニケ4:16-17)

パウロはコリント教会の人々に言いました。

死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか。」
死のとげは罪であり、罪の力は律法です。
わたしたちの主イエス・キリストによってわたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう。(一コリント15章55-56)


パウロはローマ教会の人々に言いました。
では、これらのことについて何と言ったらよいだろうか。もし神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できますか。
わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか。
だれが神に選ばれた者たちを訴えるでしょう。人を義としてくださるのは神なのです。
だれがわたしたちを罪に定めることができましょう。死んだ方、否、むしろ、復活させられた方であるキリスト・イエスが、神の右に座っていて、わたしたちのために執り成してくださるのです。
だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。 「わたしたちは、あなたのために/一日中死にさらされ、/屠られる羊のように見られている」と書いてあるとおりです。
しかし、これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています。
わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。(ローマ8章31-39節)


ダビデは死の危険から、神の怒りによって救い出されました。
パウロもまた、死の危険から、神に助け出されました。
パウロはコリントの教会の人々に言いました。

兄弟たち、アジア州でわたしたちが被った苦難について、ぜひ知っていてほしい。わたしたちは耐えられないほどひどく圧迫されて、生きる望みさえ失ってしまいました。わたしたちとしては死の宣告を受けた思いでした。それで、自分を頼りにすることなく、死者を復活させてくださる神を頼りにするようになりました。神は、これほど大きな死の危険からわたしたちを救ってくださったし、また救ってくださることでしょう。これからも救ってくださるにちがいないと、わたしたちは神に希望をかけています。(Ⅱコリント1:8-10)

神は私たちをも、ダビデのように、パウロのように、救ってくださるのです。
パウロは、過去に救ってくれた神様は、現在も救ってくださるし、未来にも救ってくださると語っているのです。
私たちが主に呼ばわって祈るとき、神様は私たちを苦しめる敵に対して怒りを発し、勝利を与えてくださるのです。






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日誌 感謝!感謝!感謝!

今日、郵便局から緑の封筒が届いた。
封筒には「郵便振替受払書類在中」とあった。
実は、毎月、二人の壮年の方が献金を振り込んでくださっている。

二人ともわたしが神学生時代に親しくさせていただいた方で、わたしの父親のような方だ。

東京を離れて13年。
今でも、私たち夫婦のことを覚えて、ちょくちょく電話をくださる。
一人の兄弟は、数年前、看病を続けておられた愛する奥様を天に送られ、悲しみを乗り越えて、一人で頑張って生きておられる。
変わらない明るい声で電話をくださり、いつも励まされている。

今日、届いた封筒は、てっきりこの二人のどちらかと思って、開いてみたら、遠く福島に住んでおられる方からだった。
この姉妹は、以前、わたしが開拓をスタートした頃に、わたしのホームページを見て、連絡をいただいたことがある。
それ以来、ずっとわたしの礼拝説教を読んでくださっている。

ホームページは、誰が見てくれているのかは分からないが、どの地域の方が見てくれたのかは、知ることができる。
毎日のように、福島から見てくださっていたのは、この方なんだろうと思う。
今回、会堂建築のために献金を献げてくださった。
まだ一度もあったことがないというのに。
何という恵み。なんという愛。
封筒を握りしめて、思わず主に感謝のお祈りをした。

今晩の祈祷会の中で姉妹の上に祝福があるように、二人の兄弟の上に祝福があるようにと祈り、これからも、私たちの教会を支援し、支えてくださった方々、支え続けてくださってる教会のために、執り成し祈っていこうと思った。
主に感謝!!


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QT 「勝利をもたらす主の怒り」(サム下22:1-13)

◎11月16日(水)

●QT サムエル記下22章1節-13節

●主題:勝利をもたらす主の怒り

●要約
ダビデは主がすべての敵の手から、サウルの手から救い出された日に、主を讃美した。神はダビデの味方であり、ダビデが苦しみの中から叫ぶ声を聞き届けられ、ダビデのために怒りを露わにし、ダビデを救い出された。

●今日の御言葉
「主の怒りに地は揺れ動き、天の基は震え、揺らぐ」(8節)

ダビデは苦難の中から主を呼び求めました。
その叫びは主に届き、主は怒りを持って、ダビデを敵の手から救い出され、ダビデは主を讃美したのです。

ラザロが死んだ時、キリストは愛するラザロの故に憤られ、ラザロを生き返らせました。

キリストが十字架の上で死なれた時、天地は揺れ動き、神はキリストを死から甦らせたのです。

終末に起こる最後の審判も同じです。

パウロは言いました。
もし神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できますか。
だれが神に選ばれた者たちを訴えるでしょう。人を義としてくださるのは神なのです。
だれがわたしたちを罪に定めることができましょう。死んだ方、否、むしろ、復活させられた方であるキリスト・イエスが、神の右に座っていて、わたしたちのために執り成してくださるのです。
だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。
わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、
高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。(ローマ8章31-39節)


今日もあなたの味方である神を、讃美しつつ、一日をスタートしていきましょう。byバルナバ 

PS.通読:ネヘミヤ4 
next:サム下22:14-28
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祈祷会 「互いに愛し合いなさい」

火曜祈祷会 メッセージ

「互いに愛し合いなさい」

●昨日までの内容
アブサロムの反乱、シェバの反乱が終わり、ダビデは再びイスラエルを治めた。
三年間の飢饉が襲った時、ダビデは主にその原因を問うた。
主は「ギブオン人を殺害し、血を流したサウルとその家に責任がある」と答えた。
ダビデは、血の報いとして、サウルの子孫から7人をギブオン人の手に渡し、ギブオン人は七人を殺し、主の前にさらし者とした。

●今日の内容
アヤの娘リツパは、殺害し、さらし者となった七人の遺体を粗布で覆い隠し、野の獣が襲うことを防いだ。
このリツパの行為がダビデに報告された。
ダビデは、さらされたまま放置されていたサウルの骨とヨナタンの骨、さらに七人の子孫の骨を、先祖の墓に葬るようにとの命令を出した。
人々が王の命令をすべて果たした後、神は、この国の祈りに答えられた。

●今日の御言葉
「人々は王の命令をすべて果たした。この後、神はこの国の祈りにこたえられた」(サム下21章14節)

●メッセージ

王の命令は神様の御心に適っていました。
私たちが神様の御心を行う時、神様は祈りに答えてくださるのです。

イエス・キリストが私たちに与えた命令とは何でしょうか。
それは、「互いに愛し合うこと」です。

「互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である」(ヨハネ15:17)

イエス様がこの命令を語られた時、「私の名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである」と言っています。

「何よりもまず、心を込めて愛し合いなさい。愛は多くの罪を覆うからです。(Ⅰペトロ4:8)。

互いに愛し合うとは、互いに相手の罪を覆い合うことであり、リビングバイブルでは、「愛は多くの欠点を補うからです」と訳されています。

イエス様は言いました。

「どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。」(マタイ18:20)

二人が心を一つにして求めるためには、互いに愛し合うことが必要なのです。
互いに愛し合い、一つになっていくならば、その祈りは適えられるというのです。

ヨハネも言いました。

「神に願うことは何でもかなえられます。私たちが神の掟を守り、御心に適うことを行っているからです。その掟とは、神の子イエス・キリストの名を信じ、この方がわたしたちに命じられたように、互いに愛し合うことです。(Ⅰヨハネ3:22-23)

リツパが粗布を持ってさらし者にされている遺体を覆った姿を通して、ダビデも感化されていきました。

私たちが互いに愛し合って生きるならば、それを見た人、伝え聞いた人たちにも影響を及ぼしていくのです。

今、私たちが最も愛さなければならない人は誰でしょうか。
欠点を補ってあげなければならない人は誰でしょうか。

神様が祈りに答えてくださる人は、欠点を指摘する人ではなく、欠点を補って生きる人なのです。
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QT 「王の命令」(サム下21:10-22)

◎11月15日(火)
●QT サムエル記下21章10節-22節
●主題:王の命令
●要約
アヤの娘リツパはさらされているサウルの子孫の遺体を粗布で覆い、野の獣に蝕まれるのを防いだ。リツパの行為はダビデの耳に伝わった。ダビデは同じくさらされた状態になっていたサウルとヨナタンの骨を七人の子孫の遺骨と共に墓に葬るように命じた。この後、神はこの国の祈りに答えられた。その後、ペリシテ人が再びイスラエルに戦いを挑むが、ダビデが疲れているのを知って、家来たちはダビデに戦いに出ないように誓わせ、ダビデの家臣たちがペリシテ人を撃破していく。

●今日の御言葉
「人々は王の命令をすべて果たした。この後、神はこの国の祈りにこたえられた」(14節)

ダビデはリツパがさらしものになった遺体を粗布で覆っているとの報告を受け、サウルとヨナタンの骨を七人の骨と一緒に墓に葬るように命じました。
この後、神様はこの国の祈りを聞かれたというのです。
主の命令は「何よりもまず、心を込めて愛し合いなさい。愛は多くの罪を覆うからです。(Ⅰペトロ4:8)。
互いに愛し合い、罪を覆って生きる人の祈りに、神様は応えてくださるのです。byバルナバ

PS.通読:ネヘミヤ3 
next:サム下22:1-13
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QT 「罪の結果」 サム下21:1-9

◎11月14日(月)
●QT サムエル記下21章1節-9節
●主題:罪の結果と愛の結果
●要約
ダビデの時代、三年続いて飢饉が起こった。ダビデが主に託宣を求めると、主はサウルがギブオン人との契約を破り、血を流したことの責任の故だと答えた。ダビデはギブオン人へ謝罪し、その償いとして彼らが要求してきたサウルの子孫7人を引き渡し、この七人はギブオン人の手によって処刑されていく。

●今日の御言葉

「ダビデの世に、三年続いて飢饉が襲った。ダビデは主に託宣を求めた。主は言われた。「ギブオン人を殺害し、血を流したサウルとその家に責任がある」(1節)

「聖書は、罪を抑制するために、罪の結果を提示しています。預言者たちの緊迫した警告がその例です。結果に対する恐れは罪の強力な抑止力になるのです。」(リビングライフ)

一方、聖書は罪の結果(死)から救われるために、愛の結果(十字架)を提示しています。
この愛の結果に対する信仰によって、私たちは罪から解放されるのです。
「罪の支払う報酬は死です。しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです。」(ローマ6:23)
今日も祝福がありますように。byバルナバ 

PS.通読:ネヘミヤ2 
next:サム下21:10-22
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QT 「知恵は武力に勝る」 サム下20:14-26

◎11月13日(日)

●QT サムエル記下20章14節-26節

●主題:知恵

●要約
ダビデ王に反乱を起こしたシェバがアベルの町に入った。ヨアブは町を包囲し、城壁を破壊し、総攻撃をしようと準備した。その時、知恵ある女が現れ、シェバ一人のために町を滅ぼすことがないようにと願い、知恵を使ってすべての民の元へ行き、シェバの首をはねさせ、シェバの乱は幕を閉じる。

●今日の御言葉

「女は知恵を用いてすべての民のもとに行きビクリの子シェバの首を切り落とさせ、ヨアブに向けてそれを投げ落とした」(22節)

ダビデに反逆したシェバはアベルの町に入りました。
ヨアブはアベルの町を包囲し、塁を築き、城壁を破壊し、総攻撃を仕掛けようと準備していたのです。
そこへ、一人の平和を望む知恵ある女が現れ、ヨアブを説得し、知恵を用いて民に語りかけ、シェバの首を切り落とさせ、一人の男のために町全体が破壊されることを未然に食い止めていったのです。
知恵は武力に勝ります。
「知恵を授けるのは主。主の口は知識と英知を与える」(箴言2:6)。
「知恵は真珠にまさり、どのような財宝も比べることはできない」(箴言8:11)。

御言葉によって主から知恵を与えられた人は幸いです。今日は日曜日です。共に主を礼拝していきましょう。byバルナバ 

PS.通読:ネヘミヤ1 
next:サム下21:1-9
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日誌 「公園」

すっかりと朝晩が冷え込むようになってきた。
今日は土曜日。
いつもは一人でしている早天も、数名の兄姉と一緒にすることができるので、いつもにもまして恵まれ、土曜日が充実する。
木は一本よりも二本のほうが良く燃える。
祈りも一人よりも、二人または三人で祈る方がよく祈れる。
祈り始めると祈らなければならないことがたくさんあることに気づかされ、あっという間に時間が過ぎていく。

早天が終わり、家を飛び出し、いつものように公園へと向かう。
運動不足の解消と黙想不足の解消のために、20分~30分、公園を散歩するのが最近の日課。
紅葉が綺麗なので、今朝は、カメラを持って公園に向かった。
小鳥のさえずりが写真に写せないのが残念に思う。

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QT 「従い続ける」(サム下20:1-13)

◎11月12日(土)

●QT サムエル記下20章1節-13節

●主題:従い続ける

●要約
シェバが反逆を起こし、イスラエルの民は再びダビデから離れ、シェバに従っていく。しかし、ユダの民はダビデに従った。ダビデはシェバを追跡するためにアマサに指令を出すが、期日に戻らなかったので、アビシャイに命じて、シェバを追跡するように命じた。軍司令官の座をアマサに奪われたヨアブは、遅れてきたアマサを殺害し、シェバを追跡していく。

●今日の御言葉 

「イスラエルの人々は皆ダビデを離れ、ビクリの息子シェバに従った。しかし、ユダの人々はヨルダン川からエルサレムまで彼らの王につき従った。(2節)

アブサロムの反乱が終わり、エルサレムに戻ってきたダビデ王の前に、またもや反乱者が現れました。
一難去ってまた一難。
イスラエルの民とユダの民が主導権争いをしている時に、反乱ののろしが上がったのです。
ベニヤミン人ビクリの息子シェバは、角笛を吹き鳴らし、イスラエルの民に向かって、ダビデから離れるように叫びます。
イスラエルの民は、このシェバに耳を傾け、ダビデを離れ、シェバに従って行ってしまうのです。
アブサロムを失った後、かつてのダビデの功績を思い起こし、再びダビデを王として招き入れたばかりのイスラエルの民は、再びダビデから離れていくのです。

歴史は繰り返すと言われます。
イスラエルの民は、再びダビデを離れ、シェバに従っていったのです。
イスラエルの民は、同じ過ちを繰り返してしまったのです。

しかし、ユダの民は、ダビデに従い続けました。
私たちはユダの民の姿から学ぶ必要があります。
ユダの民も、かつてはダビデ王から離れてしまいました。
しかし、同じ過ちを繰り返さず、今度はユダの民はダビデの元に留まっていったのです。

悪魔はアブサロムのように、シェバのように、私たちクリスチャンの心を神様から遠ざけようと働きかけてきます。
人間関係のこじれに乗じて、ささやいてきます。
イスラエルの民にとって、アブサロム、シェバの声は悪魔の囁きでした。
私たちもその囁きに負けず、ユダの民がダビデに従っていったように、主に従っていく者でありたいと思います。

今日も祝福がありますように。byバルナバ 

PS.通読:エズラ10 
next:サム下20:14-26

「良いと映ることをしよう」(サム下19:32-44)

◎11月11日(金)

●QT サムエル記下19章32節-44節

●主題:良いと映ることをしよう

●要約
ダビデはマハナイムに滞在中に世話になったバルジライをエルサレムに誘った。しかし、彼は高齢であり、王の負担になるとの理由で、息子キムハムを同行させる。ユダの人々がダビデと共にヨルダン川を渡ってくると、先を越されたイスラエルの人々は怒りだす。

●今日の御言葉
「キムハムには、お前の目に良いと映ることをしよう。お前にはお前の選ぶとおりにしよう」(39節)

ダビデは荒れ野でバルジライに助けられました。
ダビデは彼をエルサレムに連れて行き、恩返しをしたいと申し出ましたが、バルジライは高齢を理由に断り、息子キムハムをお供させると言いました。
ダビデは快く、バルジライの申し出を受け入れていきます。
与えて生きる人、仕えて生きる人は、良好な人間関係を形成することができます。
「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。」(マタイ7:12)。
今日も祝福を祈ります。byバルナバ 

PS.通読:エズラ9 
next:サム下20:1-13

QT サムエル記下19章17節-31節

◎11月10日(木)

●QT サムエル記下19章17節-31節

●主題:誤解が解ける時

●要約
エルサレムに戻ろうとするダビデの元に、かつてダビデを呪ったシムイが現れ、赦しを請うて、赦しを得ていく。さらにかつて王の食卓に招かれていた足の不自由なメフィボシェトがやって来て、ダビデに従って行かなかった本当の理由を告げる。ダビデはツィバの言葉を信じ、メフィボシェトを誤解していたことを知り、ツィバに与えた土地の半分を分け与えると告げていく。

●今日の御言葉

「もう自分のことを話す必要はない」(30節)

ダビデと再会したメフィボシェトは、ダビデが王宮を去った後、僕ツィバの策略によって財産も奪われ、惨めな生活に陥っていたことをダビデに切々と語りました。
ダビデはメフィボシェトの話を聞いて誤解が解け、彼が失った土地の半分を戻すように命じました。
主は私たちの思いをすべてご存じです。「もう自分のことを話す必要はない」と言われるほどに、私たちの思いを受け止め、正しく理解してくださるお方なのです。
この主の心、ダビデの心を持って、人と接する者でありたいものです。今日も祝福がありますように。byバルナバ 

PS.通読:エズラ8 
next:サム下19:31-43
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