士師記21:16-25「成熟」

◇2013年10月19日(土)
●士師記21:16-25「成熟」
●御言葉
そのころ、イスラエルには王がなく、それぞれ自分の目に正しいとすることを行っていた。(21:25)
●黙想
自己中心の世界に平和はありません。

これが士師記の最後の言葉が教える教訓です。

人生にはコペルニクス的転換が必要です。

人間は自己中心からスタートし、

他者との出会いで成長し、

神との出会いで成熟します。

成長した人間は、

人の目に正しいことを行い、

成熟した人間は、神の目に正しいことを行います。

ここに神の国があります。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
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士師記21:1-15「祈り」

◇2013年10月18日(金)
●士師記21:1-15「祈り」
●御言葉
民はベテルに帰って、夕方まで神の御前に座り、声をあげて泣き叫んだ。(21:2)
●黙想
主の声を聞くことも、祈りです。

民は、「なぜイスラエルにこのようなことが」と泣きながら祈りました。

彼らは、主から答えを待つことなく、

悟ることもなく、

同じ過ちを繰り返します。

祈りと御言葉は、

霊的な口と耳であり、

黙想は、霊的な心です。

主に語り、主の語りかけを聞き、御心を黙想する。

これが祈りであり、礼拝です。

今日も主の御心を悟り、御心に従う者でありますように。

御名によって祝福します。byバルナバ

士師記20:35-48「方向転換」

◇2013年10月17日(木)
●士師記20:35-48「方向転換」
●御言葉
そこへイスラエル人が引き返してきたので、ベニヤミンは、自分たちに、不幸な結末が訪れるのを知って、うろたえた。(20:41)
●黙想
人生で大切なのはスピードではなく、方向です。

どんなに快進撃を続けていても、

方向が間違っていれば、不幸な結末が待っています。

イスラエル人とベニヤミン。

明暗を分けたのは、方向転換です。

ペトロとユダも同じです。

悔い改めとは、主に向き直ることです。

誰でも、いつでも、主に向きを変えるならば、

幸福な結末(ハッピーエンド)を迎えます。

これが福音です。

日々、御言葉のナビに導かれて生きる人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
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