二ペトロ3:10-18「義」

◇2016年5月16日(月)
●二ペトロ3:10-18「義」
●御言葉
だから、愛する人たち、このことを待ち望みながら、きずや汚れが何一つなく、平和に過ごしていると神に認めていただけるように励みなさい。(3:14)
●黙想
歴史にも、人生にも必ず終わりが訪れます。

その日、その時が訪れた時、

一番大切なことは、神に認められていることです。

神は義なるお方であり、神に認められることを「義認」と呼びます。

罪ある人間は、どんなに努力しても傷や汚れが何一つなく、平和に過ごすことはできません。

にもかかわらず、そのように過ごす方法が与えられました。

それがイエス・キリストを信じることによって、義とされる方法です。

これが「信仰義認」です。

神に認められ、平和を実現する人は幸いです。

その人たちは神の子と呼ばれるからです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
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二ペトロ3:1-9「時」

◇2016年5月15日(日)
●二ペトロ3:1-9「時」
●御言葉
ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。(3:9)
●黙想
自分で定めた時に縛られていませんか。

主の約束は必ず実現します。

しかし、その時がいつ訪れるかは分かりません。

初代教会の人々は、主が再び来られる日を待ちきれませんでした。

彼らが忍耐して待つ以上に、主は忍耐して待っておられる、とペトロは言うのです。

もし、彼らの時に合わせて約束が実現していたならば、

現代の私たちはだれ一人、救われることはなかったのです。

今日はペンテコステです。

聖霊も主が定められた時に注がれました。

主の時に身を委ね、

祈りつつ、その時に備えて待つ人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

二ペトロ2:12-22「信仰」

◇2016年5月14日(土)
●二ペトロ2:12-22「信仰」
●御言葉
わたしたちの主、救い主イエス・キリストを深く知って世の汚れから逃れても、それに再び巻き込まれて打ち負かされるなら、そのような者たちの後の状態は、前よりずっと悪くなります。(2:20)
●黙想
信仰とは、神に立ち帰ることです。

不信仰とは、この世に戻ることです。

イスラエルの民はエジプトの苦しみから救い出されながらも、

エジプト時代を懐かしがり、帰りたいとつぶやきました。

ロトの妻は、ソドムとゴモラの町から救い出されながらも、

後を振り返り、塩の柱になってしまいました。

主を深く知ったならば、この世に戻ろうとしないでください。

常に、主に立ち帰ってください。

そうすれば、後の状態は、前よりずっと良くなることでしょう。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
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