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エゼキエル48:1-22「祭司」

◇2016年4月29日(金)
●エゼキエル48:1-22「祭司」
●御言葉
この聖別された土地は祭司たち、つまりツァドクの子孫である祭司のものである。彼らはイスラエルの子らが迷ったとき、レビ人たちが迷ったように迷うことなく、わたしの務めを守った。(48:11)
●黙想
何が起ころうとも、主から目を離さないでください。

イスラエルの子らが迷い出たとき、

彼らを正しい道へと導くべき存在であるレビ人たちも一緒に迷いました。

しかし、ツァドクの子孫である祭司たちは、主の務めを守り抜いたのです。

あなたにも祭司の務めが委ねられています。

「主人が帰ってきたとき、言われたとおりにしているのを見られる僕は幸いである。はっきり言っておくが、主人は彼に全財産を管理させるに違いない」(マタイ24:46-47)

主が来られる日まで、忠実に務めを果たす人が受ける人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ
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エゼキエル47:13-23「境界線」

◇2016年4月28日(木)
●エゼキエル47:13-23「境界線」
●御言葉
主なる神はこう言われる。「あなたたちが、イスラエルの十二部族に土地を嗣業として割り当てるときの境界線は、次のとおりである。ヨセフの割り当て地は二倍である。(47:13)
●黙想
境界線を守ることは、平和の維持には不可欠です。

すべてのものが回復し、12部族に土地が再分配され、イスラエルに平和が訪れます。

境界線を破らない。

これは国同士、人間同士、さらに神とも、平和に過ごす秘訣です。

罪とは境界線を踏み越え、関係を失った状態を意味します。

人間が境界線を破り、他者の領域を侵すと、他者との関係を失います。

人間が神の領域を侵し、神を神とせず、己を神として生きる時、神との関係を失います。

神の国に生きる人は、境界線を守る人です。

「平和を実現する人々は幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」(マタイ5:9)。

すべての人と平和に暮らす人は幸いです。

今日も祝福がありますように。byバルナバ

エゼキエル47:1-12「命の水」

◇2016年4月27日(水)
●エゼキエル47:1-12「命の水」
●御言葉
川が流れて行く所ではどこでも、群がるすべての生き物は生き返り、魚も非常に多くなる。この水が流れる所では、水がきれいになるからである。この川が流れる所では、すべてのものが生き返る。(47:9)
●黙想
人は水なしには生きられません。

身体が水を必要とするように、心や霊は神を必要とします。

人は神なしには生きられないからです。

エゼキエルは神殿から泉のように水が湧き上がり、その水によって、すべてのものが清められ、生き返る幻を見ました。

この幻の如くに生き返る人。

それがクリスチャンです。

イエス様は言いました。

「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」(ヨハネ7:37-38)。

あなたが生きれば、あなたの家族も生き返ります。

あなたの内側から命の水が流れ溢れますように。

御名によって祝福します。byバルナバ
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