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マルコ15:1-15「妬みの処理」

◇2020年4月9日(木)

●マルコ15:1-15「妬みの処理」

15:10 祭司長たちがイエスを引き渡したのは、ねたみのためだと分かっていたからである。

●黙想
十字架は妬みの結果です。
ピラトは、イエスに罪を見出せず、祭司長たちの妬みが原因であることが分かっていました。

妬みの火は、初期消火に失敗すると、
周りに延焼し、取り返しのつかないことになります。
妬みは殺意を生み、殺意はサタンに機会を与えるからです。

彼らは、イエスを捕らえ、総督ピラトに渡し、群衆を扇動し、
ついにピラトは死刑判決を下すに至るのです。

妬みが心で暴れ始めた時、十字架を見上げましょう。
罪の火は、早期発見、初期消火が大切です。
キリストはすべての罪の火を消し去り、心を守ってくださるお方です。
今日も神様の祝福がありますように。byバルナバ
Next:マタイ27:45-56(受難節QT)
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マルコ14:32-42「御心のままに」

◇2020年4月8日(水)

●マルコ14:32-42「御心のままに」

14:36 こう言われた。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」

●黙想
苦難にも意味があります。

苦難を喜ぶ人はいません。
できるならば避けたいものです。

「この杯」とは、十字架の苦しみです。
イエス様は、この苦しみなしには、御心(救いの御業)が成し遂げられないことを知っていました。

苦しみで終わりません。
苦しみに意味があり、そこから生まれるものがあります。
大切なことは、わたしが願うことではなく、御心が行われることです。

神様には不可能はありません。
主よ、御心がこの地に行われ、すべてが益に変えられますように。
御名によって祝福します。byバルナバ
Next:マルコ15:1-15(受難節QT)

マルコ12:1-12「立ち帰る時」

◇2020年4月7日(火)

●マルコ12:1-12「立ち帰る時」

12:12 彼らは、イエスが自分たちに当てつけてこのたとえを話されたと気づいたので、イエスを捕らえようとしたが、群衆を恐れた。それで、イエスをその場に残して立ち去った。

●黙想
御言葉は心を照らす光です。

宗教指導者たちは、イエスを捕らえ、殺そうと考えていました。
イエス様はぶどう園の農夫のたとえを語り、彼らの罪を露にします。

御言葉を黙想すると、気づきが起こります。
大切なのは、その後です。
彼らは、群衆を恐れても、神を恐れず、悔い改めなかったのです。

自分の罪を知り、神を恐れると、
裁きが分かり、十字架が分かり、悔い改め、神の愛と赦しを体験します。

今は受難(国難)の時です。
今日、総理が非常事態宣言を発表されます。
今こそ、御言葉を黙想し、主を恐れ、主に立ち帰る時です。

復活は近い。
主を信じ、祈り続けましょう。
今日も祝福がありますように。byバルナバ
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